記憶の中で
「わぁびっくりした!って公女様じゃないですか、もう。急に光が表れたかと思ったら、そこに公女様が表れて私本当にびっくりして……ってあれ、どうしたんですか。公女様、凄く顔が真っ赤ですよ」
顔が赤い?そんなこと分かっているわよ。さっきから顔がずっと熱い、自分体のことは自分が一番よく分かっている。
「…エティ、お願いがあるんだけど。」
「はい!なんですか?」
手の震えが止まらない、声すら震えて上手く話せない。でも、早く、早く…!!
「すぐに洗面道具を持ってきて…!!!!」
口を洗いたい、私のこの綺麗な唇を汚された…!!見ず知らずの男に…!!
「お持ちしました公女様、ですがこれ今から使うんですか?…って、もう本当に何があったというんですか公女様。そんなに口を必死に拭いて…あれぇ?もしかして誰かとキスでもしちゃったんですか?なぁんて…」
蒸しタオルで顔を拭いていると突然図星を付かれて肩がピクリと揺れた。
嫌な汗が流れる、まずい。この子にバレてしまってはからかわれるに決まっている。何か言い訳を考えなければ…!
「え、本当に?あの公女様が?!えぇ、お相手は誰ですか?!」
「えっと、」
エティと同じでソフィアもしっかりと顔に出る性格をしていた。
嘘がつけないタイプの人間。これは人間界において全くもって役に立たない。
それに産まれてからずっと共にいるエティに隠し事をすることは不可能だ。
「あら~?そのブレスレット…なるほど公女様は想い人様に会いに行くために私に侯爵夫人の部屋の鍵を用意させたんですね?もう、そんなことなら私に言っておいてくださいよ!私と公女様のなかじゃないですか♪」
「…はは、そうね。」
もう何でもいい、そういうことにしておこう。これ以上恥をかきたくない。
一から説明するとしても情けなさ過ぎて途中で泣いてしまいそう…。
「ゆっくり話を聞きたいところですがこの後用があるのでまた後日、ちゃんと聞かせてもらいますからね!」
(話すことなんて何もないわよ、さっさと行って頂戴。一人になりたい、疲れた…)
「用って?」
エティは私専属のメイド。仕事といえば私の護衛や手伝いくらいだろうに用ってなんだろう。
疑問をそのまま問うと、エティはにっこりと笑って答えた。
「侯爵様です!今日は一日ソフィア様は部屋にいると伝えていたので、ソフィア様の過ごし方を報告しろと言われていたんです」
「ふーん、相変わらずお父様も過保護な人ね」
「いいじゃないですか私は少し羨ましいくらいです。…あ、もちろん言われた通りソフィア様は部屋でずっと勉強していましたとお伝えしますね」
「ごめんね、ありがとう。」
「私はソフィア様のメイドですから!留守番なら私にいつでも任せてくださいね!」
私のごめんね。は、留守をさせたことに対してじゃなくて嘘を付かせてしまうことに対してなんだけどね。私が留守中にどうせお昼寝でもしていたんでしょう?口の周りによだれがついてる。
主人の外出中。お利口にできなかった罰として、教えてあげないけどね。その顔で侯爵の部屋に行きなさい
・
「来たか、ソフィア」
「おはようソフィ。父上に聞いたよ、昨日は一日中勉学に励んでいたんだって?流石僕の妹と言いたいところだが目の下に隈ができてしまってるじゃないか」
朝、ダイニングへ向かうといつもは仕事で居ないはずの侯爵が居た。
私の席の前にはいつも通りアナスタシスお兄様が座っている。
「おはようございますお父様、お兄様。えへへ、ごめんなさい。お兄様の言う通りほどほどにしますね」
本当は勉強のしすぎじゃなくて昨日のことが忘れられなく一睡もできなくてそのせいでできた隈だけど。
あの黒髪キス魔野郎は誰なんだろう、真っ暗でカラスみたいな人だったな。顔がかっこいいのが無駄にムカつく。次に会ったら絶対、仕返ししてやるんだから…。本当なら殺してやりたいくらいムカつくけど、それじゃあ主人公じゃなくて悪役公女になっちゃうからね。
・・・あれ?そういえば皇宮を去る瞬間、あの人私の名前を呼んで…
「…ソフィア!!」
「はっ、はい!…どうされましたか?お父様」
大きな声で名前を呼ばれ、驚いて持っていたフォークを落としてしまい。カラン、カラン。と銀食器の音が部屋に鳴り響いた。
「遠い目をしていたが大丈夫かい?体調が悪いのか?」
「ちょっと考え事をしていたんです。ごめんなさい」
「少し疲れているんだろう部屋に戻ったらもう一度休みなさい。さっき話したことだが、アナスタシスの十七歳の誕生日会についてだ」
「もちろん、ソフィも参加してくれるよね?」
なるほど、だから最近侯爵邸が騒がしかったのね。時期当主のアナスタシスの誕生パーティ、失敗は許されない。
ティアルジ侯爵家で開かれるアナスタシスの十七回目の誕生パーティ。それには十五歳になったノア・アスタリア皇子が出席する。そこで、脇役公女ソフィアと男主人公ノア・アスタリアは初めて出会いだ。
「えぇ勿論ですわお兄様。とても楽しみにしています」
きっと、今回も小説と同様ノアが来るはず。
…第一印象は大切だ、アナスタシスお兄様の誕生日までに私も色々と準備をしておかないと。