私のお父様
「ソフィア、美味しいか?」
「はいお父様!とても気に入りました」
季節のフルーツが使われたタルトが机に沢山並んでいる。
これは、侯爵が甘いものが好物の愛娘のために用意させたもの。美味しい。と喜べば、侯爵は満足げに笑った。
今私は、この大きな侯爵家の当主とお茶をしている。
この大帝国アスタリア帝国に三つ存在する侯爵家。
その一つ、ティアルジ家の当主。アレン・ティアルジ侯爵。彼は非常に聡明で、知識で言えばこの帝国一番と言っても過言ではない。頭の良さ国々の政治にも特化しており、皇帝の右腕とまで呼ばれるほど。
「ねぇお父様、昨夜はどうされたんですか?」
「あぁ、昨日はすまなかったね。」
アレン侯爵はとても優しい。ソフィアとアナスタシスを心から愛している。
そんな愛する家族との時間を、アレン侯爵は何よりも大切にしていた。どれだけ忙しくても毎晩、夜ご飯は家族三人揃って食事を共にしていた。それなのに昨夜、ダイニングに行くとそこに居たのはアナスタシス公子だけ。
「メイドから聞きました。皇宮に行かれていたんですよね?何もおっしゃられていなかったのに、どうして突然。」
「突然陛下から呼び出しがあってね、本当はお前たちに直接伝えてから行きたかったんだが、何せ緊急事案でね」
(緊急?皇帝陛下直々に…?)
そんな話、小説には出てこなかったはず。いや、私が忘れているだけかもしれない。情報が少なすぎる。
「緊急事案とは何ですか?」
「…ソフィアお前、」
「は、はい。」
どうしよう、突然侯爵の雰囲気が変わった。
まさか、追及しすぎて疑われてしまった?私が、本物のソフィアじゃないと気づいてしまったんじゃ
「さては、ティアルジ家当主の座を狙っているな?」
「…はい?」
本当に、何を言っているのか分からない。
私が、当主の座を狙っている?そんなはずないでしょう。私が狙っているのは当主なんて堅苦しい役じゃなくて、華やかなヒロイン!!
「何を言ってるんですかお父様、うちにはアナスタシスお兄様がいるじゃないですか」
「確かにアナスタシスは私に似て優秀だ。ただ、お前もまた私の子供だ。兄を理由に自分の目的を諦める必要はない」
本当に娘が好きなのね。私を見つめて微笑むその顔は、アナスタシス公子にそっくり。
アレン侯爵もアナスタシス公子と同じハニーブロンドに青い瞳。
ソフィアは母親似らしく、二人とはあまり似ていない。薄いピーチブロッサム色の長く伸びたふんわりと巻かれている髪型は、お人形のような顔をしたソフィアにぴったりだった。
ただソフィア本人は兄と父と似ていないこの髪色があまり好きではなかったそう。
(こんなにも愛らしいのに)
似ているといえばこの、青い瞳くらい。水色というより、青が近いだろうか。まるでサファイヤをそのまま埋め込んだかのようなその瞳の色。ソフィアは、大好きな二人と同じこの眼を何より気に入っていた。
「本当に私は当主の座なんてサラサラ興味がないんです、アナスタシスお兄様が居て本当に良かったと心から思います」
「そうか。でもなソフィア。よく聞きなさい、もし何か本当に手に入れたいものが出来た時、けして諦めてはいけないよ。父はお前の幸せを一番に願っているんだ。いつだって力になろう。」
「ありがとうございます、お父様」
その言葉、私は一生忘れることがないでしょう。アレン・ティアルジ侯爵。
ソフィアは、本当に愛されている。ここまで愛されてどうして疑問に感じることがあったのか、本当に謎だ。
愛し、愛され、なんて素敵な家族愛。
(私も少し、家族が恋しくなってしまうや。)
ソフィア・ティアルジに生まれ変わってから今日で一か月と少し。
短いと言えば短い、でも。アレン侯爵とアナスタシス公子、お父様とお兄様。本当の家族としての情が湧くまでには十分な期間だった。
「そうそう、緊急事案についてだったね。」
そばに置かれたワインをグイっと飲みごし、侯爵は話し始めた。
「あまりお前の耳に入れたくないんだがな。」
「お父様、私もティアルジ家の人間です。お願いします、教えてください。」
「…それも、そうだな。ソフィア、子供攫いの意味は分かるか?」
思ってもみない言葉が出た。てっきり、国々の政治の話や貴族間の話かと思えば。
子供攫いなんて。…そんな言葉は小説には一切登場しなかった。
知っています。と軽く相槌を打つと侯爵は話を続ける。
「近頃平民の間で子供攫いの事件が相次いでいるそうでな、恐らく人身売買などだろうが…その件数は日に日に増えていてついには陛下の耳にも届いたということだ。そこで、私の知恵を借りたいと陛下が私を呼んだんだが…。なにせ人身売買を行うものは手慣れているからな、中々足がつかないんだ」
「そうだったんですね。…それは、お疲れさまでした」
非日常でしかない、人身売買や子供攫いという言葉。もし自分が…なんて考えれば恐ろしくってたまらない。
「まぁ、その件よりもボルジア侯爵の自慢話の方が疲れたさ」
「ボルジア侯爵…ですか」
娘が暗い顔をしていることに気が付いた侯爵は、話を変えて話し始めた。
「あぁ、昨夜はボルジア家の一人息子もついて来ていてな。散々息子自慢されてしまってね、そんなことならうちのアナスタシスを連れて行きたかったが…まぁ、お前を一人にするわけにはいかないからね。」
一人息子、ね。
そう。世間ではロゼッタの存在は伏せられている。
知っているのは、ボルジア侯爵家はボルジア家一部の人間と、皇帝陛下のみ。
小説では、ロゼッタの存在を公表する際。病弱であったことを理由にしていたが、それはあくまで表向きの話。本当の理由は、ロゼッタよりも数か月早く産まれたソフィアを倒す駒にするため。
ボルジア侯爵とティアルジ侯爵の付き合いは長い、ボルジア侯爵は分かっていたのだろう。ロイド・ティアルジが自分の子供を甘く育てるはずだと。その読みは見事に当たり、甘やかされて育ったソフィア。
その陰で、ボルジア侯爵は徹底的にロゼッタを教育し、知性にあふれた淑女に育て上げた。
自分の娘こそを、皇后にするために。
「ソフィア、お前はこの帝国にただ一人の公女だ。お前以外にノア皇子の妻に相応しいものなどいないだろう!」
うんうん、侯爵。ソフィアがルイスとお似合いだって点は共感しますよ。
でも、ソフィアがたった一人の公女だって話は完全に間違っているのよね~。
「あぁ何、もちろんお前の意思が大事だが。いずれはお前もこの家を出て嫁に行ってしまう。本当はずっと家に置いておきたいがそういう訳にもいかないだろう。それならば、私はお前を一番幸せな結婚をさせてやりたいのだ」
「…私、頑張りますねお父様」
頑張りますよ、アレン侯爵。
貴方の言う通り、私は何としてでも彼と、ノア・アスタリアと結婚するしかないんです。
私が、生き残るためには。それしかないのですから。
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