愛し愛される
「これは、」
暫く部屋の中を探っていると、diaryと書かれた一冊の本を見つけた。中を開いてみると、そこには見慣れない文字で書かれた文章があった。全く見たことが無い文字なのに、何故か頭の中にスラスラと入る。
___今日はお父様が私にプレゼントを沢山買ってきてくれた。
「…もしかしてこれは、ソフィアの日記?」
意外と、ソフィアは真面目な性格だったのかもしれない。
それともただ、日記を書くのが好きだったのか。本の始まりから毎日毎日、一日たりとも休むことなく書かれていた。
お兄様と沢山話ができて嬉しかった、お父様がドレスや宝石を沢山送ってくれた。夕食に出たデザートが美味しかった、お気に入りのブレスレットを無くしてしまった。
どこにでもいる普通の女の子のような、家族のことや最近起きた嬉しかったことや悲しかったこと。
些細なことまで丁寧に書かれていたその日記は、ソフィアの性格が手に取るように分かった。ソフィアは、甘いお菓子が好きで、野菜が少し苦手みたい。
(こうしてみると、ソフィアはどこにでもいる少女と変わらないのね)
最新の日付から三日前に書かれているページ、”今日は私の十三回目のお誕生日、皆が私のお祝いをしてくれた。私が産まれたことを祝福してくれた”。
「十三回目、つまりソフィアは今十三歳。」
ソフィアの死刑執行の日まで、残り四年。
私に残された時間はあと四年。皇子とロゼッタが恋に落ちるまでに、私は何としてでも彼のヒロインになる。
「なんだ良かった、これなら私はやれる」
ソフィアの心情も、思考も、全てこの日記に書かれている。
私の所属していた部活は演劇部。演劇部は、小学生の時から所属していた。ソフィアは鬼や悪魔じゃない、ただの女の子。演劇なら私の得意分野、脇役なんかじゃない、主人公の公女ソフィアを演じてしまえばいい。
美しい容姿をしていないと、舞台上にすら上がれない。
でも、今、ソフィアとしてなら。私は・・・
「ソフィア?」
「うわぁっ!!」
「だ、大丈夫かい?」
背後から突然声が聞こえたかと思えば、肩に手を置かれた。
驚きのあまり変な声が出てしまう、すぐに振り返るとそこにいたのはハニーブロンドの少年。
(なっなんだ!この美少年!)
「具合が悪いと聞いたから心配で駆けつけてみれば、床に座り込んでどうしたんだい?どこか痛むのか?」
眉をひそめてソフィアの顔色を伺う美少年。ハニーブロンドの髪に、青い瞳が良く似合っている。
…ハニーブロンドに青の瞳、もしかして彼は。
「アナスタシス、お兄様?」
「どうした?」
アナスタシス…!!やっぱりそうだったのね。彼はソフィアの実の兄。ティアルジ家第一公子アナスタシス・ティアルジ
作中でも、アナスタシスは美少年と紹介されていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
(クラスで一番かっこよかった斎藤くんもアナスタシスと比べればダニみたいなものね。)
アナスタシス、彼は聡明で何事においても優秀な人間。
アナスタシスは主人公ロゼッタの初恋の相手とされていた。妹のことしか眼中になかったアナスタシスに対して、必死にアプローチをしたロゼッタ。そしていつの間にかアナスタシスもロゼッタに興味を引かれて行った…。
でも、アナスタシスがロゼッタに好意が向いた時には既にロゼッタは男主人公ノアと愛し合っていた。アナスタシスが恋心に気づいた時にはすべてが遅かったのよね。
(顔良し、頭良し、家柄良しの完璧男)
男主人公であるノア皇子の当て馬にされたとはいえ、流石主人公であるロゼッタが惚れた男。もしタイミングが違えば、男主人公の座はアナスタシスのものだったかもしれない。
「やはり具合が悪いようだな、顔色も悪い」
「そ、そうかな?」
心配そうにソフィアを見つめるアナスタシスはまるで童話の王子様みたい…。思わず見とれてしまうほどかっこいい。この人が今は私の兄だなんて信じられない。
「ほら、ベットに行こう。そんな所に座っていたら冷えてしまうよ」
アナスタシスは幼い妹の手を引くとベットまで連れて行き、そこへ寝かせ首元までしっかり布団をかけた。さっきまで寝ていたのにもう一度寝れるのか不安だったが、段々と眠気が押し寄せてきた。
「大丈夫だよソフィア、君が眠りにつくまでそばに居るから安心して。」
ソフィアが十三歳ということは今アナスタシスは十六歳。
まだアナスタシスだって子供なのに、ソフィアを慰める様は慣れたように感じた。きっと母親が居ないソフィアの代わりに昔からこうしてソフィアをあやしていたんだろう。
小説ではただの妹想いとしか説明がなく、当然のようにソフィアとアナスタシス二人だけの話は書かれなかった。何故なら脇役公女と当て馬公子との関係なんて、小説の本編ストーリーに必要無いからだ。
日記で、ソフィアは何度もアナスタシスのことを書いていた。私のお兄様は凄い人で、とても優しくてかっこいい、自慢の兄だと。
アナスタシスはずっと母親の居ないソフィアを不安にさせないように必死だったんだろうな。自分だって母が恋しかっただろうに。
・
「あら公女様、どこかへお出かけですか?」
「えぇ、アナスタシスお兄様の元に」
メイドは自分の仕える公爵家の娘、ソフィアが廊下で一人歩いているのを見つけ、一体何をしているのかと。声を掛けた。
ティアルジ家の兄妹が仲が良いということは公爵家の人間に限らず、貴族の界隈では周囲の事実だった。血の繋がった家族なんだから仲が良くて当たり前、そう思うかもしれないが貴族社会の家族関係には権力争いが付き物、そのせいで兄妹関係が良い方が珍しいことだった。そんな二人は非常に愛らしく、使用人たちは微笑ましく公子と公女の兄妹を見守っていた。
「それは公子様はお喜びになられますね。それではすぐに誰か付き添いの者を…」
「ここは侯爵家の中よ、一人で大丈夫。それに皆自分の仕事で忙しいはずでしょ?」
使用人の自分を敬ってくれるなんて、なんて心優しいお方だ。近頃のソフィア公女様はとてもお優しい、その噂は本当だったようだとメイドは驚き、感激した。
それもこれも、公女の作戦だと知りもせず。
「なんてお優しいのでしょうか…いや、ですがやはりお一人で向かわせることは…」
「本当に私は大丈夫だから、貴方も早く仕事に戻りなさい~!」
「あっ、お待ちください公女様!!」
大量の洗濯物を持っているメイドは簡単に追ってこれない、それを逆手にソフィアは廊下を走り逃げた。
(危ない危ない、作戦が失敗するところだった。アナスタシスに会いに行くなんて、嘘に決まってるでしょ)
ソフィア・ティアルジとしての人生が始まってから、あっという間に一か月が経った。
帰りたいと思わなかったわけじゃない。当然、前世に戻りたいと涙を流した夜もあった。でもそんなことはできない。
何度夜が来ようと、何度朝日が登ろうと、平凡な女子高生だったあの頃に戻ることは無かった。
現実を見ないといけない、いつまでもくよくよしていられない。
「よいしょっと、」
庭園にある噴水のそばに置かれた私専用のベンチに腰を掛ける。ここは、公爵がソフィアのために作った美しく広い庭園。この広い公爵家の当主である公爵なんて一体何者なんだと怯えていたが、そんな心配も虚しく公爵はアナスタシス公子と同じくソフィアに激甘な人だった。
そんなこんなで毎日甘やかされる人生…はっきり言って超絶最高。毎朝眠気に耐えながら無理やり目を擦って学校に通う日々とは全く違う。だからといって傲慢にならず、できる限り使用人の顔色を伺って言うことを聞いてきた。そのおかげで使用人たちからは好印象!
…というか、ソフィアは元々使用人から可愛がられていたはずだ。確かに親切にすればするほど好感度は上がっていたはずだけど。ソフィアになったその日から、使用人の人間皆凄く優しくてソフィアを見つめるその目は好意的なもの。ソフィアは我儘なお嬢だったのに、一体何故か。
理由は簡単、なんせ超絶美少女だから。私も思わず自分の姿にうっとりしちゃうくらいかわいい。
ふふ!このままいけば心優しくかわいい公女!それはソフィアになる!あのロゼッタを蹴落として、ソフィアを真の主人公に…!!
「ふふっ!ふっふふ!!」
「そーふぃあっ!」
気高い公女がする表情とは思えない悪巧みをしているような顔で笑うソフィアを見つけ、声を掛けたのは美しい少年。
「わ!!お兄様!!」
「やっぱりここに居た、お前は父上がくれたこの庭園が本当に好きだね」
「えへへ、お花が見たくて」
「ソフィは花が良く似合うからね。そうだ、今度部屋にお前の好きな花の花束をいくつか送ろう、そうしたらわざわざ出向かなくてもいつでも見れるだろう?」
アナスタシスはそう言うと、イエローローズを一輪摘み私の髪に刺した。
良く似合う。そう言って笑うその姿はどの花よりも美しい。
(…まぁ本当は花が見たいんじゃなくて一人になりたいだけなんだけどね)
公女として、身の回りの生活は全て使用人によって行われてきた。楽と言えば聞こえはいいが、常に人に監視されてする生活は正直に言って息が詰まる。
だから私は時折メイドを言いくるめて、たまには一人になりたいからと、この庭園に逃げてくることが多かった。それを見たアナスタシスに花が好きだと思われてしまっているみたい。
確かに、花は好きだけど。アナスタシスお兄様のことだ、いくつかの花束だなんてきっと私の広い部屋が埋め尽くされるほどの大量の花を送ってくるに違いない。
「嬉しいけど、やっぱりお花はここに来て見たいんです。もちろんお兄様と一緒に、ね!」
「そうかい?なら、ソフィの部屋をこの庭園のそばに…いや、それよりも部屋のそばに新たに庭園を…」
「ほっ本当に!いいから!ほら、お兄様お忙しいし、それに今の庭園だけで私は十分だから!!」
(アナスタシスなら本気でやりかねない...!!)
公爵に負けず劣らずのシスコンぶりに思わず顔が引き攣る
この一か月間毎日のようにアナスタシスからソフィアへの愛を飽き飽きするほど感じてきた。それでも全く慣れないこの大きすぎる愛。二人兄妹だからなのか、それともただアナスタシスが妹思いなのか。きっと、後者だろう。
「ふふ、慌てるソフィも可愛いなあ」
「ははっ…」
(アナスタシス、貴方まさか私の事からかってるの….?)
「僕の愛しい妹、母上に似てどんどん美しく育っていって、変な虫が付かないか僕は心配だよ」
もうその言葉は聞き飽きた。何を言ってるのソフィアはまだ十三歳よアナスタシス。貴方もまだ、十六歳になったばかりなのに相変わらず大人びている。
前世で私が十三歳だった時は、毎日友達と夜通しゲームをして遊んで、次の日の朝中々起きれなくてお母さんに怒られたりしていた。そんな何でもない日々が楽しかった。でも、アナスタシスはいつも部屋にこもって勉強ばかり。
公爵家の跡継ぎとしてのプレッシャーは、ちっぽけな私には想像がつかないほど大変なんだろう。
(そういえば、友達に開業医の息子がいたけれど、勉強に必死だったもんな。特に母親の方が。)
その感覚と少し似ているのかな?私にはよく分からないけど、立場のある人間には責任が付き物だから。
まあ、アナスタシスならきっと、それすらも簡単に乗り越えてしまうほど強い精神力を持っているから大丈夫だろうけど。
「アナスタシスお兄様ったらまたそんなこと言って」
いつものように、お兄様は私の頭を優しく撫でる。
少しうざったるく感じる時もあるけれど、愛されてる。きっとこれがそうなんだろう。
ソフィアへの愛は、この世界に来てからもう十分だというほど感じてきた。
だからこそ、疑問なのだ。どうしてこんなにも愛されているソフィアが愛に飢えていたのかと。
ずっと、日記で何度も繰り返し書かれていた言葉が気になっていた。愛されている、私は愛されているんだ。
ソフィアの言う通り、ソフィアは周りに愛されている。彼女もそれを理解して、何をしても許されると傲慢に振舞っていた節があるはずだ。それなのに、どうしてそんなことを言うのか。
家族からの愛を一身に受けていたソフィアが、どうして家族からの愛に飢えていたのか。
私はまだ、ソフィアがよく分からない。
貴方は一体何を考えて生きていたの?そう問うことができたら、どんなに楽か。
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