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自称神

作者: 雉白書屋

「……私は神だ」


 椅子に座り、膝の上で手を組んでいるその男は、表情を一切緩めることなくそう言った。唯一神、それがこの部屋に――


「……いや、私が神だ」

「何を言っている、私こそが神だ」

「バカな。神は私だ」

「おいおい、神は私だよ」

「おれが神だ」

「私が神だ!」

「神は僕ですよ」

「おお、我こそが神……」

「神! 神! おおおお私の中に神がおられる! あああぁぁぁぁ!」


 十人もいた。


 ここはとある研究施設。

 ここで主に精神療法を研究している博士は、別室のモニターで神を自称する男たちを眺めていた。

 博士は、彼らが本物の神などとは微塵も思っていない。彼らは皆、精神異常者。家族や警察などに依頼され、ここに集められたのだ。一度に十人集まったわけではない。ここでそういった自称神の男たちが集められていると噂を聞き、『では、うちのも引き取ってください』と全国から送られてきたのだ。

 しかし、一向に治療が進まず、博士は頭を悩ませていた。そして、ある時ふと思いついた。彼らは皆、自分が唯一無二の神と主張している。話し合いをさせ、自信を失わせることができれば、治るのではないか、と。

 もっとも、思った通りに事が運んでも最後には一人だけ神が残るだろうが、まあ、心配しなくてもそこまでうまくは行かないだろう。良くて二、三人治ればいい。また、自分は本当に神なのだろうかと僅かでも疑念を持つようになれば、彼らの妄想症を取り去る糸口になる。博士はそう考えていた。


『では、じっくりと話し合ってくれ』


 部屋の天井に設置されたスピーカーを通して博士はそう言った。もっとも、彼らはすでに話し始めていたが。


「私が神だ!」

「神は私だと言っているだろう」

「フン、偽物どもめ」

「神罰を下してやるぞ、ぬぅぅぅぅ」

「愚かなりよ……」

「お前たちは全員偽物だ」

「ただの馬鹿どもめ。頬を差し出せ、殴ってやる」


『……あー、まず名前を述べることから始めて、いや、神だから名前はないんだったかな』


「そうだ、神と呼べ!」

「私はヤハウェだ!」

「私はブリンプルプルプルウェー」


『うん、いい。ありがとう。では、自分が神であるという根拠をみんなに話してみてはどうだろう』


「だから私が神だ。この星は私が創った」

「それは私だ。まず月から創ったのだ」

「違う違う。地球は初めからできていた。私は宇宙を旅し、見つけたこの星に降り、生命の種を撒いたのだ」

「この星は私よりもさらに上の存在である、大宇宙の神がお創りになり、私はその管理を任されたのだ」

「ある日、神が私の目の前に現れ、そしてこの体に宿ったのだ」

「おれが神だ。おれにはわかる。分からないやつは馬鹿だ」

「馬鹿はお前だ」

「神が現れてそして僕にこう仰ったんです。後を継げ。お前が次の神だって」

「我が神であることを証明する理由はない。我が神なのだから」

「きぃぃぃぃぃ! あああああぁぁぁ! 神の声がする! 神が私に乗り移ってぇ! あああああ!」


 わかってはいたことだが、到底議論とは呼べない罵り合いが続いた。

 博士には一応の終わりを迎えるまで彼らを部屋から出すつもりはない。食べ物や簡易トイレなどの差し入れはしたが、ある時、十人のうちの一人、ある神が「神である証明に自分は一切食事をとらない」と言い出した。他の自称神たちもそれに同調したので、食事の配給はなくなり、我慢比べのような状況になった。

 その間も、彼らはお互いに罵り合い、天地創造や悪魔を退けたなど妄言、もとい武勇伝を語った。当然、相手も同じようなことを言い、また相手の話を取り入れるなどして、むしろ妄想症は強まっているように見えた。

 博士もまたモニターにかじりつくようにして彼らの動向を見守った。時折、議論を誘導しようと指示を与えるが……


「神なら浮いてみせろ。できないのか? 全能と言ったよな」「お前がやってみせろ」「いいや、お前が先に」「言い出したお前が先にやれよ」「私をここから出せ! 出せ!」「壁を通り抜ければいいだろう。私はできるぞ。見てろ……今日は波長が合わないか。金星のせいだ」

 と、いった不毛な議論となった。当然のことだが、彼らは全員人間なので体力を消耗する。博士もまたそうだが、彼らに対してスピーカーから辛抱強く優しく話しかけた。彼らを治したいという想いの裏には、この実験が成功すれば論文を書ける、医学界に名を轟かせることができるかもしれないという期待があった。


『えー……開始から二日経ったわけだが、どうかな? そろそろ自分は神ではないんじゃないかと思ってきた人はいるかな……?』


「私は……神だ……」

「神は私だ……」

「神……神……神……」

「神……」

「あ、すみません、簡易トイレいただけますか?」 

「プルプルプルプルアイッ!」

「イッサンコッマウカカウムイムパム……」


『……まあ、気長にやっていこう』


 さすがに彼らを死なせるわけにはいかないので、「神だって食事をする」「肉体は人間のものだから食べたほうがいい」などと理由をつけて食事を促し、彼らもまた自分を納得させたのか応じ、それをきっかけに態度は次第に軟化していった。

 いがみ合っていた彼らの間で時折、笑顔が見えるようになり、仲間意識が芽生えたようだった。実際、彼らは同じ穴の狢。家族や世間から煙たがられてきた存在。神とて苦悩し、傷つく。孤独なのだ。話し合いは従来の集団セラピーの形に近づき、心だけではなく物理的距離も縮まり、彼らは互いに抱き合い、涙を流した。

 博士も頬と涙腺を緩ませた。

 彼らは声を張り上げて相手を罵ることはしなくなった。叫び出すこともない。もっとも、まだ少し怪しい人物はいるが、前と比べて間違いなく状況は良くなったと言える。それで十分だ。この方法で完全に治療できるというのは、甘い考えだろう。

 話し声の大きさも普通の人間同士がするものと同じになり、博士が音声を拾えないことも多々あったが、この試みはどうやら良い方向に進んだようだ。相手に共感し、相手の痛みや自分の弱さを知覚した。また相手の異常性を目にして、ふと我に返った者もいるのだろう。

 少なくとも何人かは自分が神ではないと思い至ったはずだ。そう考えた博士は椅子から立ち上がり、彼らの部屋に向かった。

 

「……やあ、話し合いは済んだかな」


「おぉ……」

「いらしたか……」

「ああぁ……」


 そう言い、博士を見つめる彼らはどれも憑き物が取れたかのように、なんとも穏やかな顔つきであった。

 博士も微笑み、そして、彼らに問いかけようと口を開いた。

 

「さあ、それで一体誰が神様なのかな? まだ一人や二人残って――」


「神……」

「神さまぁ……」

「おいでくださった」

「あああ、神!」


 ……私か?

 博士は彼らに向けられたその熱い視線からそう思った。後ろを振り返ってみたが間違いない。彼ら全員が博士を神と呼び、両手を合わせている。


「天からの……」

「優しいあの声」

「間違いない」

「食べ物も出した……」

「あなたこそが神」

「我らの神」

「我らはあなたのしもべ」


「そ、そういう方向に話はまとまったのか……いや、しかし、うーん、まあ、ではこれからはこの社会で、人として生きるわけだね? えっと、うむ。よいぞ、それは良い心掛けだ」


「いえ……」


「……うん?」


「神よ、我々に力を与えてください」

「私たちがあなたの仕事を引き継ぎます」

「天にお帰りになり、我らを見守っていてください」

「さあさあさあ……」

「全員で頂こうじゃないか……」

「ああ、ぷるぷるぷるぷる……」

「美味そうな、尊い……」

「あなたのその血と肉を僕らに……」

「そして神の力を……」

「あああぁぁ、神! 神が今、私の中に! ああぁぁぁぁぁ!」

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