03.家族の確執
高級住宅街の一区画に佇む綺麗に整えられた広い庭と海外にあるような白亜の洋館に住んでいるのは江戸末期から続く日本有数の名家・霜月家で家主は齢六十七の霜月恒三郎だ。
豪邸と解釈しても相違無く、設備や必要なものに関しては十二分なほど揃い、なんの不自由もなかった。
唯一、揃ってないものがあったとしたならそれはきっと愛情というものだろう。
祖父は寡黙で厳格な上、家訓を優先し、一切のミスなど決して許さないような人格だ。
それ故に、婿入りの父とは方針が噛み合わず対立し、勘当され、患っていた病気がそのストレスで悪化し他界した。
半分とはいえ、そんな男の血が流れる愁を恒三郎は毛嫌いし、有無も言わせず厳しい教育を行う。
どれだけ満点のテスト結果を見せても恒三郎は褒めず、それどころか一つでも満点でなければ怒鳴るような人間だ。
そんな特殊な環境に生まれ育った愁は家族のために絶え間ぬ努力をし続け、武術や水泳、音楽、塾など数え切れず、異常とも思えるほどに全てを完璧にこなした。
他の小学生や中学生、その父兄は彼を気味悪く感じるようになり、母親も同様に異常な努力を見せ続けたロボットのような完璧な結果を残した彼に恐怖を感じていた。
ある日、恒三郎が遠縁の神沢家の一人娘を愁の義妹として連れてきた。
両親を事故で亡くし、彼女自身も記憶喪失で最初の頃こそ警戒心が高かったがいつしか本当の妹のように愁を慕うようになった。
霜月家繁栄のためなら一切躊躇わない祖父とそれに従う母親に対する不満と怒りを抑えきれなくなった愁は祖父と口論になり、妹の制止も聞かずに家を飛び出した。
妹が温厚な祖母に愁のことを相談し、父の親戚に話を通してくれたおかげで愁は父方の親戚が所有するマンションの一室を借り、父の姓を名乗り一人暮らしをすることとなった。
試験に合格し高等部へ上がることができた愁とリ―シェが衝撃的な出会いをかわすこととなるのはまた別の話である。