19.煌凌祭二日目
愁は昨日の件で翌朝登校してすぐに埜生が土下座で謝りに来て騒ぎとなりそれが終わると少し頬を赤らめたリ―シェが教室に入ってきたことで気まずい空気が流れるとクラスメイトの女子が生暖かい目で見守るという耐え難い感覚を肌で感じていた。
昨日の保健室から気まずさがあったため愁はリ―シェとは口を聞いていないどころか顔も合わせてはいない。
「お、おはよう、リ―シェ」
「あ、うん、おはよう」
気まずさに耐えきれなくなった愁はすぐに生徒会室へ行き予定の巡回ル―トを麗奈と確認し始める。
「兄様、もしかしてもうリ―シェちゃんと別れた?」
「別れてないし付き合ってもないっ! あとなんで兄様呼びに戻ってんだよ」
「兄様、霜月は私が変える……だから戻ってこない?」
それは本心からの麗奈のわがままでお願いだと一瞬で気づく愁だったがどう返すべきか迷ってしまう。
「……少し考えさせてくれ」
「断らないんだね。今までなら即答で断っていたのに。リ―シェちゃんは強敵だなぁ」
「強敵? 何の話だ?」
「気にしないでこっちの話。ま、でも、兄様、真剣に考えといて」
「ああ」
警備員や他の巡回担当の風紀委員と繋がるインカムを装着し愁と麗奈が生徒会室を出ると愁は嫌な胸騒ぎを感じた。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
(何だこの胸騒ぎ……)
『こちら校門前、不審車両を確認。念の為、教員全員への通達要請』
「ねぇ、兄様。あれ……」
小さな声で呟いた麗奈が指を指し示した方向を覗くと教室で何やら生徒と客が揉めていた。
仲裁に入り互いに誤解していたということで事無きを得て安心したのも束の間すぐにほかの風紀委員から応援要請が入り、麗奈と共に愁が校庭に駆けつけた。
「ガキじゃ話になんねぇ。教師を連れてこいや」
「申し訳ありませんが他の人の迷惑となりますので煙草は吸わないで貰えます?」
「こっちは招待されてるんだぜ?」
「貴方こそ知りませんか? 学校での喫煙は法律で禁止されているんです」
「ガキが舐めたこと言ってんじゃねぇぞっ!」
煙草を捨てた男は拳を振り上げるがものともせず愁は男の左腕を掴み、地面に叩きつけて拘束する。
その胸元には見覚えがあるようなバッジが付いていたが愁はテレビかなにかで見たのだろうと気にはとめなかった。
「我が校に貴方方のような人間は相応しくありませんのでご退場願います」
男を駆けつけた警備員に引き渡すとまた他のところから要請が入り、マニュアル通り対処した。
「麗奈、さすがに多すぎやしないか?」
「それについては同感。しかも現地点の警備員と巡回している風紀委員達の位置を算出してみたら何故か体育館から全員離されている気がする……」
「次体育館では何がある?」
「今は有志による演目中でこれから来賓や学園OBが懇親会を行う予定だったはずだけど……」
配られていたプログラムを確認すると確かに十一時から会議になっていて、あと二十分とそこらしかない。
進行役は生徒会となっている。
「麗奈、一応理事長のとこに行って報告だ。それと警察に応援要請っ!」
愁は急いで人を掻き分けて体育館へ急ぐ。
なんとか始まる五分前に着いたが既に扉は閉められ教員が見張りしているため入れなくなっていた。
『淺川くんかい?』
装着しているインカムから理事長の声が入りすぐに応答した。
「はい。これから話すことはあくまでも推測です。六年前の理事長選覚えてますか?」
『ああ、確か相手は君の叔父さんだったかい?』
六年前、理事長を勤めていた高瀬文彦が起こしたパワハラやいじめ等の隠蔽を行っていたことが明るみになり、その結果理事長は退任となりその後空席となった理事長の席を埋めるために理事長選が行われた。
霜月傘下の会社の取締役だった叔父は母親の弟で祖父の命令により学園理事長選に出たが惜しくも敗れ、祖父は容赦なく取締役から外し勘当した。
「はい」
『それがどうかしたのかい?』
「先程煙草を校庭で吸っていた男の胸元にバッジがあったんです。そのバッジは最近巷で騒がれている反社、鏑木會の物でした」
『それが君の叔父となんの関係が?』
「叔父も今はその鏑木會にいるんです。だからこれは多分学園OBとしてきている霜月静乃と理事長である貴方に対する腹いせ……オブラ―トに包まずに言うなら復讐です」
『そうか……君達は他の生徒や来客を避難の指示。体育館には私が向かう』
「俺が行きます。これは俺の過去に決着をつける意味もありますから」
『兄さ……』
インカムを外し愁は教員へ説明し、裏から体育館へと入ると緊張した面持ちでリ―シェが司会進行を行っていた。
裏から怪しい人間若しくは叔父本人か関係者がいないかを愁が確認し、REINで大嫌いな母親に避難するようメッセ―ジを送る。
「続きましては学園OBを代表しまして霜月静乃さんからの挨拶を……」
母親である静乃が壇上に上がるのと同時に一つの可能性に気づいた愁が二人を押し退け、轟音が体育館に響き渡った。
埃で視界が遮られ、リ―シェの無事を確認した愁は母親を探しているとべちゃっと何かが手にこびりつき、その正体に気づいた愁は駆け寄った。
「母さんッッ!」
「愁……なの?」
視界がようやく見えるようになり、落ちてきた四つのライトが取り付けられた鉄骨が母親の脚に突き刺さり床に血が飛び散っていた。
「母さんっ!」
「これは罰ね……愁や麗奈を……見てこなかった私への……」
その母親の顔を見て愁は気づいた。
自分は本心では母親を嫌っている訳ではなく、どこかで母親から愛されることを望み心配してほしかったのだと。
「ご、ごめんなさい。私のせいで……」
自分を庇って大怪我を負ってしまったことを理解したリ―シェは狼狽していた。
「あんただけは殺してやる、姉さん」
勢いよく開いた扉の方には包丁を持った叔父が立ち、麗奈を人質に取っている。
「麗奈っっ!」
「恨みがあるのは私とお父様に対してでしょう? 麗奈は関係ないはずよ」
「関係ない? 霜月は全員同罪だ」
「んがっ!」
静乃と話すのに夢中だった叔父の手首を思い切り麗奈が噛み、咄嗟に手を離したことで麗奈が逃げ出した。
「麗奈っ! 無茶しすぎだっ!」
「そ、それより何があったの?」
「それが落ちてきて母さんの脚に……一応応急処置はしてるし救急車も呼んだ」
愁は静乃の脚に突き刺さった鉄骨が外れないよう切り裂いた制服で固定し、リ―シェが支えている状態だ。
「どいつもこいつも舐めやがって。俺がどれだけ霜月のために尽力してきたと思っているんだっ! あのクソ老いぼれがっ!」
「だからって無関係な人を巻き込むのは違う。私も今の今までお父様に従うことが当たり前で正しいと思っていたわ。けどずっと愁のことを聞いていて今ようやく気づいた。私はせめて母親として二人を今ここで守るわ。誰だろうとたとえお父様であろうと私の大切な子供達だけはもう二度と傷つけさせない」
「母さん……叔父さん、俺の妹や大切な友人、それに母さんまで傷つけたその落とし前はつけてもらう」
「ふざけるなっ!」
叔父はナイフ片手に襲いかかろうとしたが突然現れた会長の華麗な回し蹴りで吹き飛び、ナイフが転がり落ちた。
「会長っ!?」
「無事かい? 三人とも」
「どうしてっ!」
「可愛い後輩の危機と聞いてね。であの伸びてる男は誰だい?」
「理事長から何も聞いてませんか?」
「何か言っていたけど助ける方が先決と判断して飛んできたから聞いてないね」
自信満々に聞いていないと断言する会長へ愁が全てを説明した。
「ということです」
「ふむふむ。君も大変だったね」
「いえ……」
その後駆けつけた警察に叔父を引き渡し、救急隊員に母親を任せ付き添いには麗奈が向かい煌凌祭については中止という判断で生徒達は全員早退した。