01.英国美少女
廊下で一際目立つ女子生徒が周りの生徒から視線を浴びている。
透き通る宝石のような綺麗な碧彩色の瞳、日頃からの手入れが行き届いている白い柔肌。
糸のように風で靡く金色の髪、イギリス人の母親譲りのモデル顔負けと言っても過言では無いくらいに美しい容姿。
男女問わず注目を集め、抜群なスタイルと学園トップクラスの頭の良さを兼ね備えた彼女は、高等部二年生のリ―シェ・アルナ―タ・天生。
学園において彼女を知らない者はいないほど有名で、未だに彼女に告白した成功した者はいないため、今や絶対零度の吹雪姫と一部の生徒には揶揄されている。
そんな彼女が教室へ入るとその場にいたクラスメイトほぼ全員が彼女に注目するがそれを諸共せず、呑気に大きい欠伸をしながら眠たそうな顔をしている男子生徒に声をかけた。
「おはよう、淺川くん。相変わらず、冴えない顔をしているわね」
「おはよう、リ―シェ」
現生徒会長の推薦で生徒会入りを果たしたことで有名な彼―淺川愁は一部の女性に人気があり、この学園で最もリ―シェと仲のいい生徒でもある。
そんな彼はリ―シェに視線を移すことなく、持ってきていた漫画を取り出し栞の挟まれたペ―ジを開き、読み始めた。
「淺川くん、いい度胸ね。校則でこの学園に漫画を持ち込むのは禁止なのよ? しかもそれを庶務とはいえ生徒会役員が破るなんてどんな道理があれば許されるのかしら?」
氷のように冷たく蔑むような視線で愁を睨みつけ、持っていた漫画を容赦なく取り上げる。
「ああ、我が姫よ! な、何卒この愚かで惨めな民にご慈悲を!」
リ―シェの足元にすかさず滑り込み愁は手を合わせ、没収した漫画を返してもらうように必死で懇願するが汚物を見るかのような侮蔑な目で呆れるようにため息をついた。
「貴方ねぇ、そもそも学校に関係ないものを持ってくること自体が間違ってるでしょ。なのにどうして私が悪いみたいな雰囲気になっているのかしら?」
傍から見ればこの状況は特殊すぎて理解できない。
そんなことはお構い無しで愁はその状況を楽しんでいる。
「だって、暇じゃん。休み時間とかさ」
「学生ならその時間を使って勉強しなさい」
「ごもっとも」
「ということでこの漫画は私が放課後まで預かっておくわ」
リ―シェが取り上げた漫画を自身の机の中に入れると小さな声で愁が「拙僧な」と呟いた。
「え、そういう話なの?」
「あら、文句があるの?」
「イエ、アリマセン」
(や、やべぇ、これ以上はさすがに殺される)
常人では耐えきれないほど凍えるような冷たい空気を纏ったリ―シェがさっきよりも格段に冷め切った声のト―ンで喋り、それに恐怖を感じた愁は大人しく従った。
四時限目の授業が始まると朝食が消化され、睡魔と空腹のダブルパンチがノ―トをとる愁に、襲いかかり、苦痛を感じているとそれに気づいたリ―シェが珍しく心配そうに声をかけた。
「淺川くん、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫、お腹すいてるだけだから」
「貴方ねぇ、人の心配をなんだと思って……」
ぐぅと可愛らしい音が愁の左隣から鳴り、耳元まで赤く染まった顔をリ―シェは逸らすが愁は決して見逃さなかった。
嗜虐的な笑みを浮かべ、愁は日頃の恨みと言わんばかりに羞恥的に顔を逸らしているリ―シェへちょっかいをかける。
「リ―シェさんってば、可愛らしい音を鳴らしちゃって」
「な、なんて屈辱ッ!」
「天下のリ―シェさんが授業中にお腹を鳴らすなんて」
今はどれくらい顔を赤くして恥じらっているのだろうと気になった愁がリ―シェのいる左側に視線を移すと殺気を纏った目に代わり、愁はやりすぎたと反省した。
中等部と高等部共同の食堂は、ガヤガヤと賑やかで空腹にクリティカルヒットのいい香りが漂う。
愁は仲のいい友人と対面で座り、学食人気メニュ―の一つである麻婆豆腐炒飯をのせたお盆をテ―ブルに置く。
「お、美味しそうな、麻婆豆腐炒飯だねぇ、しっち~」
「千夏、愁の昼ご飯食べてやるなって」
と愁の麻婆豆腐炒飯をつまみ食いした女子生徒は中等部からの付き合いでショ―トボブで背丈の低く男女問わず距離感が近く陰キャを勘違いさせる系の川瀬千夏でそれを注意しているのが同じく中等部からの友人にして、学園でも指折りのイケメンで人気の古川晃。
「誰が食べていいと言った」
麻婆豆腐炒飯を頬張る千夏のぷにぷにした両方の頬を愁が引っ張り、「いひゃい、いひゃいよぉ。ひゃふけて」と涙目で晃に救いを求める。
「君の自業自得だ、千夏」
「二人とも酷い。こんなにも可愛い美少女を虐めるなんて天罰が下るよ」
「天罰が下るとしたら圧倒的にお前だと思うぞ」
「く、そ、そこに愛はあるんかっ!」
悔しそうに千夏はバン! と机を叩き、新しいレンゲを手に取り愁が言い返した。
「ねぇよ。人の昼ご飯つまみ食いした奴が何を言うか」
小芝居が飽きたのか千夏は持ってきた弁当をテ―ブルの上に広げていると思い出したと言いながら愁へ質問を投げた。
「しっち~、お姫様とはどうなの~?」
お姫様とはリ―シェのあだ名のようなものでその雰囲気と容姿から他の生徒達はそう呼んでいる。
「どうって何が?」
「だってしっち~は好きでしょ? お姫様のこと」
突然の千夏の爆弾発言に思わず、愁が吹き出し、止まらないくらいにむせてしまう。
「やだ、汚い」
「お前なぁ」
「そうなのか? 愁」
「この馬鹿の話を鵜呑みにするな」
「へぇ、じゃあ、しっち~はお姫様のこと好きじゃないの?」
にやにやした顔で質問し、千夏は愁がどういう反応をするか楽しんでいた。
(他人事だと思ってこいつ……)
「っ! そういう事じゃねぇだろ」
麻婆豆腐炒飯を食べたせいだろうか体が暑く、顔も暑くなっている気がする愁は頭をリセットさせる。
(冷静になれ俺。こいつのペ―スにのったら最後だ)
「どした~?」
「お前をどうやって黙らせようか考えていただけだ」
「や―ん、こわぁい」
「知ってるか? 千夏。これを舐めると悶絶するくらい腹を下すらしい」
愁がポケットから出した小瓶には真っ赤な粉が入っていて、中身は世界で一番辛いと言われているキャロライナリ―パ―を粉末にし他の唐辛子なども混ぜた特製調味料だ。
辛いものが好きという訳ではなく、辛いもの好きの妹が誕生日に渡してきたものだ。
「ちょ、しっち~? じょ、冗談だよね?」
「安心しろ、保健室にはすぐ連れて行ってやるから」
「え、安心する要素どこにもなくない?」
猛省すると誓った千夏を許すことにした愁は小瓶をしまい、麻婆豆腐炒飯を再び食べ始める。