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17.煌凌祭


実行委員会による煌凌祭の開会式が終わると生徒達のほとんどはそれぞれの教室へ戻り、開店の準備に取り掛かった。


かくいう愁も一日目の生徒会の仕事が無いためクラスの出し物準備を手伝う。


「淺川くん、元々昼の店番だったと思うんだけど午前中に入る予定の子が部活の方で呼ばれたから代わってくれないかな?」


クラスメイトの女子が申し訳なさそうな表情で看板を立ててた愁へ必死に頭を下げる。


「別にいいよ。困った時はお互い様だし」


「ありがとね」


煌凌祭が始まると直ぐに他のクラスメイト達が看板娘みたいに女装していた愁と男装しているリ―シェをプラ板で呼び込んでいた結果、人が押し寄せ行列ができてしまう。


落ち着いてきたと休憩に入ろうとした愁を今最も顔を見たくない女子生徒が呼び止められた。


「そこのお嬢さん、席に案内して」


イラッとくる程にやにやした麗奈が水をコップに注ぐ愁へ手招きしていた。


「はぁぁぁぁ」


「私お客さんなんですけど……」


「お帰りくださいませ、お嬢様」


「あれれ、この店ツンデレ喫茶?」


「淺川くん?」


リ―シェが放つ少し冷たい空気を察知した愁はすぐに私情を忘れ、営業スマイルで台本通りの台詞で麗奈を席に案内する。


「お、お帰りなさいませ、お嬢様」


(屈辱っ! しかも妹に対してっ!)


苦虫を噛み潰したような感覚を抱きながら愁は対応するが面白がるようにして麗奈は一番注文して欲しくなかったメニュ―を容赦なく頼んだ。


「じゃあ、このスペシャルオムライスとオプションの萌えビ―ムをお願いしま~す」


「んなっ! ぅ。あ、あいをこめて、も、もえもえキュンキュン」


死ぬほど恥ずかしい思いをしながら愁は小さい声でオプションの萌えビ―ムをやるが全然ダメと麗奈がため息をついた。


「そんなじゃ全然嬉しくないですよ、愁くん。もう一回」


「っ! 愛をこめて萌え萌えキュンキュンっ!」


「うへ、うへへへ、最高なんじゃあ」


満足したのか満面の笑みで麗奈がポ―ズを決めた愁の姿をスマホのカメラで連写しまくり、それが三十分くらい続いた。


ようやく解放された愁は疲れきった顔で着替えようとしたらクラスメイトの女子にちょっと待ってと止められる。


「淺川くん、宣伝としてその格好のまま天生さんと校内を回ってくれないかな?」


「まぁそういうことなら……」


渋々クラスメイトのお願いを受けた愁は、同じように出てきたリ―シェと校内を回るため出し物リストを開いた。


「淺川くん、私と一緒で大丈夫?」


「ん? どういう意味だ?」


「あ、淺川くんだって、他の人と回りたいでしょ? 例えば麗奈とか……」


「さすがにこの格好であいつを誘ったらまたいじられるからいい。それに俺はリ―シェと回るの全然嫌じゃないから」


「そ、そう。それならいいけど」


クラスの出し物の宣伝文句が書かれたプラ板を持ちながら、色々な出し物を回っていると隣でリ―シェが物欲しそうな目で射的の景品として並ぶ大きい犬のぬいぐるみを見ていた。


(ちょっとやってみるか……良いとこ見せれるかもだし)


弓道部の出し物で的までの距離を選ぶことが出来るようになっていて中距離を選ぼうとした愁だったが否応なしに通りかかった埜生と何故か射的勝負をすることとなった。


「淺川くん、大丈夫なの?」


「ま、まぁ、弓道の心得はそれなりにあるから……」


(つってもなぁ。埜生は弓道部のエ―スだから勝てる自信がない)


「もしかして早速ビビってる? 逃げてもいいよ? あさりん」


「おいおい、舐めるなよ。ここで逃げ出したら男が廃るってもんだ」


内心かなり動揺している愁は手の震えが止まらない。


「淺川くん、顔色悪いわ。別に私はここで逃げ出しても格好悪いなんて思わない」


「……いや、大丈夫。心配してくれてありがとう、リ―シェ。おかげで勇気が出た」


部員の女子から丁寧に手入れがされた弓を受け取り、ゆっくりと深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせる。


「あさりん、ハンデをあげようか?」


「大丈夫。勝つさ」


部員の開始の合図で弓を構え、矢を持った右肘を胸辺りまで引いて勢いよく放つと真ん中を少し逸らし的を射る。


隣に立つ埜生は綺麗な射線で的の真ん中を射抜く。


「思ったよりやるね」


「ふぅ」


大丈夫大丈夫と愁は自分に言い聞かせ、震える手で同じように弓を引いて放つと今度は綺麗に真ん中を射抜いた。


「私が歓声にあてられるなんて……」


埜生の矢は的を大きく外れ、その表情は悔しさが滲み出でているのが分かった。


「はぁぁっ!」


今度も見事に愁の放った矢は的の真ん中を射るが隣で埜生は放つことなく弓を下ろし、降参を宣言している。


彼女の表情から愁はなんとなくその真意が伝わっていた。


「さすがはあさりんだね」


「手を見せろ」


半ば強引に小刻みに震えていた埜生の左手を掴み、開かせると包帯が巻かれ血で滲んでいる。


「っ!」


「どういうつもりだ。俺を舐めてるのか? この傷でも勝てるって」


「そ、それは違う。でも私はやっぱり今の君を認めたくない」


「何が言いたい」


「本当は君だって昔のように表舞台で活躍したいそう思ってるよね? じゃないとこんな勝負受けるはずがないし、二日目の……」


埜生が放ったその言葉は愁の心境を透かしているようで神経を逆撫でさせた。


「いい加減にしてくれっ! 俺はもうあの頃のようにはならないっ! 俺はもう秀才でもなんでもないんだよっ!」


「淺……川くん?」


愁がゆっくりと声の主の方へ振り向くと愁の豹変ぶりに驚いたリ―シェが悲しげな表情をしていた。


思わず愁はその場から逃げ出し、誰もいない静かな保健室に逃げ込む。


(惨めでみっともないな、俺は。こんなことで怒って逃げるなんて……)


心のどこかではもう一度昔のように注目を浴びたいと思っている愁だがそれと同じくらい人前に立つ怖さが迫る。


「はぁはぁ、やっと見つけたわ」


ぜぇぜぇと息を切らして走ってきたリ―シェが少し怒りながらも心配そうな顔で自己嫌悪に陥っていた愁に声をかけた。


「リ―シェ。俺を笑いに来たのか? 格好悪くてダサい俺を」


(何俺はリ―シェに八つ当たりしてんだよ)


「そんな事しないわ」


「嘘つくなよ。自分のことは自分が一番知ってる」


「私だって貴方のことを知っているわっ!」


「俺がクズってことをか?」


「淺川くん」


「俺は俺自身が辛くて妹を捨てたっ! 地獄のような家に置いてだっ! 俺はあいつを守ってやるって誓ったのにだっ! 俺は結局家族よりもテメェ自身のことしか考えてなかったっ!」


(俺は何をリ―シェに言っているんだ)


「それの何が悪いの? 自分のことが大切なんて当たり前でしょッ! 自分自身を愛せない人が他人のことなんてましてや家族を愛せるわけもないっ!」


「そういう事じゃない、そういう事じゃないんだよっ! 俺は俺はっ!」


愁が本心をリ―シェに言うとそこから歯止めが効かずに抑えきれないほどの感情が溢れ、言葉が止まらない。


「受け入れないでくれっ! 俺を否定してくれっ!」

「大丈夫、私は敵じゃない。お願いだから聞いて」


感情を抑えれなくなった愁を優しく抱きしめながらリ―シェは言葉を続けた。


「淺川くん、貴方は優しくて誰よりも他人を大切にしているわ。だから私は貴方を受け入れる。貴方はクズじゃ無い。本当は分かってるんでしょ? 貴方は妹を見捨てて逃げた自分に罰を与えて欲しかったんでしょ?」


「俺は……」


「でも、罰を与えられるのは他の誰でもない貴方自身よ。淺川くん、私は貴方の全てを受け入れるわ。誰が否定しようと貴方は変わらない貴方自身でいればいい」


「で、でも俺はっ!」


(俺が幸せになっていいわけが無い。救われていいはずがない)


「淺川くんっ! 自分を許したくないなら許さなくてもいい。私が淺川くんを許す」


自然な流れのように勢いよくリ―シェは愁を保健室のベッドに押し倒した。


「は、はい」


「分かればよろしい」


「失礼しま……した」


用事できたのか麗奈が保健室の扉を開け愁達と目が合い、変な間ができてすぐに扉を閉めて出ていく。


「ご、誤解よっ!」


愁とリ―シェは必死に麗奈へ釈明と説明をしなんとか誤解は解けたがどこか納得していない表情を浮かべていた。


「麗奈?」


「愁くん、君は過去から開放されたんですね」


「麗奈、それは……」


「責めてませんよ。愁くんが幸せなら私は嬉しいですから」


愁とリ―シェの目にはそう言って立ち去った麗奈の後ろ姿は少し寂しそうに見えた。

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