プロローグ
黒髪に緋色の瞳をした幼い少女は泣き腫らし、彼女を同級生のカ―スト上位のグル―プが取り囲んで、威圧的に問い詰める。
他の生徒達は見て見ぬふりを貫き、女子生徒達の行動に対して止めに入ろうとせず、教員も我関せずという顔で教室の前を通り過ぎた。
「兄様を馬鹿にしないでっ!」
少女も怯まずに必死の表情でそのグル―プのリ―ダ―の女子生徒へ訴えるがそれに逆上したように二人を隔てるようにある机を殴りつける。
「家が名家だからって調子に乗るんじゃないわよっ! 何も出来ない兄に守られているだけの愚図の分際でっ!」
「や、やばいよ。瑞稀ちゃん。先輩が怖いの知ってるよねっ!?......」
「なに? あいつだってただの子供よ? 怖くないわよ」
友人の注意も聞かずに女子生徒は少女の左頬を平手打ちし、鈍い音が教室に響いた。
「あ、謝ってっ! 兄様を馬鹿にしたことを謝ってよっ!」
「な、何よ、あんた。兄様、兄様って気持ち悪いのよっ!」
平手打ちされた少女の左頬は少し赤くなっているが、痛がる気配もなく女子生徒に兄への謝罪を求め詰め寄る。
いい加減にムカついたのか女子生徒は、他の友人の制止を振りほどくと少女の髪の毛を掴み、机に顔を押し付ける。
「瑞稀、もっとやれって」
「外野は黙ってなさいよ。あんた、どれだけ嫌われてるか分かる? 見てて惨めってなんで気づかないの?」
「うる……さい」
「は?」
「うるさいっ! 兄様に謝ってって言ってるのっ!」
髪を掴んでいた女子生徒の手から逃れ、少し後ずさった隙を見逃さずに少女は女子生徒の右腕を噛んだ。
「痛ッッ! 何すんのよッッ!」
勢いよく放たれた手が少女に当たり、そのまま後ろのロッカ―へと叩きつけられ、少女は体にはしる激痛を我慢して立ち上がろうと力を入れる。
心が打ち砕かれ、体も言うことを聞かないため、力を入れても泣きそうになったその瞬間、少女の目の前に最愛の兄が現れた。
「俺の妹に何してんの?」
「兄様? 兄様っ! どうしてっ!」
少女の中で兄が来てくれたことに嬉しい反面、迷惑をかけたくない気持ちの両方が溢れ、心を掻き乱したことで言葉が思いつかない。
「大事な妹が傷つけられて何にも思わない兄はいない」
「兄様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
助けが来たことで安堵した為か溢れ出した涙が止まらず、少女はその場で泣き崩れた。
「なんのつもり?」
「お前こそ俺の妹傷つけておいてただで帰れると思ってんの?」
女子生徒を含めたその場にいる全員が少年の向けた殺意に近いその感情へ恐怖を感じ、自分達のしでかした行いの愚かさに気づいた。
「おいおい、お前シスコンなん? きもっ!?」
「俺のことはいくらでも悪く言えよ。でも妹の悪口だけは許さない。知らないとでも思ってんの? お前らがあいつに何をしたのか」
「うるせ……痛っ!」
男子生徒へ少年が力一杯拳を振るい、その生徒が倒れ、それに煽られたように他の生徒が襲いかかるが何の躊躇いもなく、少年から拳を受けた。
結果、周りの机や椅子は床に散らかって教室は散々な有様だ。
「な、なに? 私に何かすればあんた退学だって分かってる? 私の父はがくえ……っ!」
女子生徒の顔のすぐ横で風を切るような音がなり、怯んだ女子生徒は床に尻もちをついた。
「退学なんて怖くもない。今度妹に手を出してみやがれ。次は容赦しない」
「に、兄様」
泣きじゃくっていた少女が心配そうに少年を見つめた。
「ごめんな、俺のせいで」
「ううん、兄様は何も悪くない。だからどこも行かないで、兄様」
必死に首を横に振って、少年の言葉を少女は否定してその手を握りしめる。
「大丈夫、俺はどこにも行かないよ。絶対にお前のそばに居るから」