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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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三十一 戦争(1)

 汪仔空が目覚めた頃に三人は焼いた肉を食べる。食べ終わった後に肖子涵が外に出て、持って帰ってきた薪になるような枝を火に焚べる。汪仔空の顔には徐々に青みが取れてきて、自分から肖子涵の外衣を脱いで綺麗に折り畳んで彼に返した。

 「もういいのか?」

 「ええ。ありがとう」

 「構わない」

 肖子涵は外衣を受け取って隣に置く。宁麗文は二人を横目に見てから膝を抱えて火を見る。

 「先程、なぜ自分のせいと言ったんだ?」

 肖子涵が彼女に疑問をぶつける。『自分のせい』という言葉に汪仔空は瞼を伏せた。

 「……私が、阿鳴に迫ったの。繋がりを壊されたくなくて、子供を作ろうって」

 「繋がり?」

 汪仔空は頷く。

 「湯氏と汪氏は仲が悪いでしょ。悪いって言っても……湯宗主が勝手にこっちに因縁をつけてくるだけよ。お父様は本当は、あの河に執着心を持っていない。もし、戦争が始まってしまったら、私と阿鳴は本当の敵同士になってしまう。そうなる前にほんの少しの……恋人としての繋がりを作っておきたかった。だから迫ったのよ」

 彼女の言葉に宁麗文も肖子涵も何も言わない。こうなることは汪仔空も承知の上だったのだろう。

 「湯宗主……湯連杰は酷い男だわ。自分の私腹を肥やすためだけにあの河を独占しようと企んでいるもの」

 肖子涵は一度伏せた瞼を上げて彼女を見る。

 「なぜそれに執着するんだ?」

 汪仔空は瞼を閉じた。

 「誰かから聞いたかもしれないけど。あの河は霊力が豊富なの。あの水を飲めば誰でも簡単に霊力を身に宿らせることができる。湯連杰はそれを手にして自分の霊力を強化しようと考えているみたい」

 そして息を吐いて瞼を細く開ける。

 「だから……阿鳴は彼のそのやり方が気に食わなくて家を出たのよ」

 「君は? どうして家を出たんだ?」

 宁麗文は顔を上げて汪仔空を見る。彼女は俯いて重く口を開ける。

 「私は……私は、普通に家を出ただけ。お父様やお母様にも言っただけよ」

 汪仔空は少しだけ顔を上げた。その顔には辛そうな表情が張りついている。

 「でも、両親は私と阿鳴が恋人同士だってことは知らない。もちろん、私が子供を身籠っていることも知らない。知ったらきっと、堕ろせだなんて言われる。だから言いたくもないし帰りたくもない」

 ぽつりぽつりとそう呟いては一粒ずつ涙を零し始める。宁麗文と肖子涵は何も言わないまま彼女から視線を逸らして火を見ていた。宁麗文は一つ息を吐いて立ち上がって出口へと向かう。それに気付いた肖子涵が顔を上げて彼を見た。

 「どこへ行く?」

 「ちょっと散歩に。ここにいたら気分が沈むだろ」

 「見つかったらどうする」

 「そんな簡単に見つかんないよ。ほら、汪仔空も出てみなよ。少しだけでも気分転換になるよ」

 汪仔空は少し躊躇いながらも、小さく頷いて立ち上がった。宁麗文と続いて出口に向かって外に出る。肖子涵は火を見ていると言ってそこに残った。

 宁麗文は汪仔空が転んでしまわないように手を繋いで、彼女は顔を上げて辺りを見回した。もう時刻は夜だ。邪祟たちが活発になる時間でもあるが、宁麗文の着けている腕輪のお陰で二人は何事もなかったかのように歩いている。

 「楠塔森には来たことある?」

 「全くないわ。とても新鮮ね」

 「まあ、結構曲がりくねってるからね。空気も美味しいし、いろんな動物もいる」

 宁麗文は歩きながら木々の後ろを見たりと景色を楽しむ。うさぎやイノシシ、鹿もいればタヌキもいる。楠塔森は埜湖森よりかは小さいが、それでも動物たちはそれなりにいるのだ。それに付け加えて新緑の匂いも全体的に膨らんでいて、歩けば歩くほどに気分も和らいでいく。

 「……さっき、肖子涵がイノシシと鹿を狩ってきてたわよね。あの人、強すぎるんじゃないかしら」

 汪仔空は呆れながら肖子涵に対して笑い、宁麗文もそれに釣られて笑う。

 確かに肖子涵は強い。それは宁麗文でも分かっているが、そう思わせられたのは琳玩での暁蕾との戦いの時だった。彼は宁麗文の元に来ながらも後ろ手で彼女の攻撃を防いだのだから、それを『強すぎる』と言わないのならなんと呼べばいいのだろう。

 「きっと閉関してたから、霊力も格段に上がっているだろうし、鍛錬も怠ってないんだと思うよ。私とは大違いだ」

 「そうかしら? そんなこと言って、あなたも実は強いんじゃない?」

 汪仔空は手を繋いでいる宁麗文の顔を覗き込む。彼はそれに瞬きをして苦笑した。

 「そうだといいな」

 そこからしばらく歩いて汪仔空が疲れを見せた頃に来た道を戻る。もう道は覚えているので難なく穴ぐらに帰ってこられた。

 「ただいま。なんともなかったよ」

 宁麗文は汪仔空を火の近くに座らせてから自分も座る。肖子涵は「そうか」とだけ返して解体した動物たちの処理をしていた。

 

 そして実に一週間が経った。朝に肖子涵が狩りのついでに周りに警戒を張り巡らせながら巡回する。昼は宁麗文が気分転換を図って汪仔空と少しの散歩をする。そして夜には穴ぐらで食事をして汪仔空が寝れば二人は交代しながら巡回をする。それを繰り返しをして、翌日になった。

 朝に狩った動物の処理の途中で肖子涵の手が止まる。宁麗文と汪仔空はそれに怪訝な顔をしていたが、彼が顔を上げて言うと目を見開いた。

 「もうすぐ、ここに来る」

 それから一炷香ほどして楠塔森に一人の男が入ってくる。肖子涵が迎えに行って、案内をされて穴ぐらに入ってきた。

 「阿鳴」

 汪仔空は立ち上がって彼に抱きつく。湯一鳴も彼女をしっかりと抱き締めて首元に顔を埋めた。

 「もう大丈夫なのか?」

 宁麗文が彼にそう聞くと、湯一鳴がゆっくりと頷く。宁麗文と肖子涵は互いに目配せをして二人を穴ぐらに残して外へ出た。

 「しばらく二人きりにさせよう」

 「ああ」

 外に出た二人は楠塔森から出る。鬱蒼としていた場所が開けていて、よく晴れている。宁麗文は深く息を吸って吐いて瞼を伏せた。

 「それにしても、湯宗主はあんなに酷い人だとは思わなかったな。通りで湯皓宇も湯一鳴も嫌そうな顔をするわけだ」

 「……彼は自分がよければ他はどうでもいいと思う人間だ。河を手に入れられれば他は生かそうが殺そうが関係ないのだろう。北武汪氏を滅ぼそうとしている口実は本当はなんでもよかったんだと思う」

 「それって、もし仮に湯一鳴がいなくならなかった時も別の口実をでっち上げて戦争をするつもりだったとか?」

 肖子涵は頷いた。宁麗文は腕を組んで首を傾げる。

 「そんなの暴君そのものじゃないか。世長会だと何も言わないのに」

 「言ったら言ったで罰せられると思うからじゃないか?」

 「あー……それもあるかもしれないな。小賢しいというかなんというか」

 腕を解いて懐から扇子を取り出して自分の顔を扇ぐ。ついでにと肖子涵の顔を扇いでいる宁麗文は小さく唸り声を出した。

 「君はなんでそんなに他の世家の事情に詳しいんだ? ていうか、久しぶりに会った時は開関して何日経ってたんだよ」

 「一週間ほど」

 「そんな一週間で他の事情を全部知れるのか? まあ、君のことだしどうせ食事処とか酒場とか茶楼とかで色々聞いてるんだろうけど」

 宁麗文は呆れながら肖子涵の顔に力強く扇子で扇ぐ。彼の前髪が宙にふわりふわりと舞っており、次第におかしくなって噴き出した。肖子涵が目の乾きで何回も瞬きをしたところでまた優しく扇ぐ。

 「でも、湯宗主が暴君だって話なら他の世家の人たちにもいつか耳に入るだろうな。私たちが先に知ったってだけだ」

 「そうだな」

 扇ぐのをやめて扇子を閉じ、懐に入れたところで肩の辺りにかさかさと布の擦れる音が聞こえた。肖子涵は、はっ、と目を見開き、宁麗文はその顔を見て何かと首を肩に向ける。そこには、一匹のやや大きい蜘蛛が乗っていた。

 宁麗文はそれを見てスッと顔を青ざめて身を硬くする。そして鳥が羽ばたいていくほどの大きな悲鳴を上げた。

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