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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
9/210

三 華伝投(1)

 宁雲嵐が無名に肖子涵の布団を置き、青鈴が宁麗文と肖子涵に作った杏仁豆腐を渡す。

 「じゃっ、また明日な。絶対寝坊すんなよ」

 「分かってるって……」

 「明日は客間に来てね。衣装に着替えなきゃだから。肖子涵さんは客室で待っててください」

 「分かりました」

 宁雲嵐と青鈴が無名から去った後の残された二人は卓を囲む。宁麗文は気まずそうにもらった杏仁豆腐を一粒食べる。肖子涵は彼のその行動に椀を持ちながら瞬きをしていた。宁麗文は椀を持ったままで固まっている彼に気付く。

 「ん、食べないのか?」

 「いや……夜はいつもこうなのか?」

 「こうって?」

 「寝る前に杏仁豆腐を食べること」

 宁麗文は目線を斜め上にして考える。昔からの習慣で気にしたことはなかったが、他世家にはないのだろう。杏仁豆腐を二粒ほど食べてからにっこりと笑顔を浮かべる。

 「もしかして私の家だけなのかも。君の家は何か習慣とかあるのか?」

 「習慣」

 肖子涵は戸惑いながら杏仁豆腐を一粒食べる。少し顔を顰めたが喉に通して少し息を吸った。

 「……俺は、そういうものに関心がない」

 「関心がない? どうして?」

 疑問を口に出す宁麗文に肖子涵はどう答えようか、迷いを見せながら視線を泳がす。宁麗文は彼のその態度に「しまった」と己を罵った。

 (会って二回目なのに。なんてことを……)

 慌てて先程の問いを打ち消して卓の上で頭を下げる。肖子涵は彼のその様子に目を丸くした。

 「肖寧、ごめん。言いたくもないことをしつこく聞かれたら嫌だよな。さっきのはなかったことにしてくれ」

 「いや……そうではない。ただ、俺は家族から除け者にされているだけで……」

 言い淀みながら椀を卓に置く。握り拳を膝の上に置いて更に力を込めていた。宁麗文は顔を上げて彼の気まずさに戸惑いながら自分の杏仁豆腐を急いで食べて空になった椀を置いた。椀は少し揺れ、そこから湯匙が零れ床に落ちる。音が鳴っても宁麗文は気にしなかった。

 「いい、言わなくていい。そんな辛いことなら口に出さなくていいよ。ただ君の家はどんな感じなのかなって興味が湧いちゃっただけで、君が答えたくなかったら無理に言わなくていいんだ」

 宁麗文は彼の隣へ寄って肩を掴む。肖子涵は彼の手に再び驚いて身を微かによじった。宁麗文はそれに気が付いてはいないが、肩を掴む手は離さないままでいた。

 「私だって言いたくないことの一つや二つぐらいある。聞かれたら答えたくないものだってある。そういうことなんて誰にでもあるって分かってるのに……どうしても……聞きたがっちゃうんだ。本当にごめん」

 肩から手を離して顔を俯かせる。他人と接したことのない宁麗文は家族や家僕たちとは違う距離感を保つのが苦手なのだ。家から出る直前まで他人には嫌われたくない、優しくありたいという一心で話し方には何度も気をつけていた。しかし、実際に前にしてみると失礼なことまで口に出してしまうのだからその度に自責の念に駆られてしまう。これを今日だけで何度やったかも分からない。

 肖子涵は俯いている彼にどう声を掛けたらいいのかしばし考え、自分の杏仁豆腐を全て食べてから椀を静かに卓に置いた。

 「謝らなくていい。自分で自分の説明をするのは苦手なんだ。もちろん、宁巴が聞きたいのならいくらだって話す」

 一つ息を吐いて、瞼を閉じてまた開く。

 「だけど、今は待っていてほしい。いつか話すから」

 宁麗文は彼の言葉を聞いて顔を思いきり上げる。予想もしなかった返答に瞬きをして、自然と姿勢を正していた。

 「うん、分かった」

 (よかった、嫌われてなかった……!)

 心の中で自分の胸に手を置いて安堵しながら空になった椀を二つ重ねる。肖子涵に「片付けてくる。君はもう寝てていいよ」と声を掛けて無名の戸を開ける。外は少し冷えていて、昼間よりも温度差があった。

 「へっくしょん!」

 思わず出てしまったくしゃみに宁麗文は驚いて口と鼻を隠す。聞かれていなかっただろうか、後ろを振り返って見ると肖子涵は瞬きをしながら彼を見ていた。

 「寒いのか?」

 「あ、いや、大丈夫。鼻に何か入っちゃったみたい、ははは……」

 その場の誤魔化しをして部屋から出る。廊下に一歩踏み出すと小さい風が彼を包んだ。宁麗文は身震いをしながら椀の音を立て、一歩、また一歩と足を出す。

 (流石にこの季節だからな……分かってたけど冷え込みがすごい)

 「持つ」

 後ろから椀を取られて反射的に取った方を見る。そこには灯りの影で表情が見えない肖子涵が立っていた。

 「別にいいのに」

 「大事な行事の前に風邪をひかれては困る」

 そのまま宁麗文の傍を通り過ぎて台所の場所を聞かれる。宁麗文は唖然として、我に返ってから肖子涵の傍に行く。静かに冷え込む空気の中で二人は昼間のように話しながら台所へ向かう。寒さで身震いする身体を、両手で腕を擦りながら歩く宁麗文に「やはり寒いだろう」と肖子涵が声を掛ける。

 「大丈夫。このぐらいなんとも……っくしゅん!」

 「無理はするな」

 「はは、君は優しいな。なんでそこまで私を心配するんだ?」

 肖子涵は口を固く閉じる。空の椀を握りながら浅く息を吐く。

 「友人だからだ」

 至って当たり前の返し方に宁麗文は笑った。友人という言葉に心が温かくなったのだ。

 「そりゃそっか」

 肖子涵は彼の言葉に小さく頷いた。宁麗文はいつしか、それまで少し冷えた身体が温かくなり、寒さを遠ざけていた。

 

 翌日になって鳥の囀りで目を覚ます。天井から顔をずらすと肖子涵が宁麗文に背中を向けて瞑想をしていた。いつ起きたのだろうとぼんやりと考えながら身動ぎをして起床する。その布擦れの音で気付いたのか、肖子涵は瞑想をやめて彼に身体を向けた。

 「おはよう」

 「おはよう。よく眠れた?」

 「ああ」

 宁麗文はまだ醒めない眠気に抗いながらも微笑む。少し気崩れた服を正しながら寝台から降りて屏風に掛けた外衣を身にまとう。

 「君は先に客室に向かってくれ。私は客間に行かなきゃいけないし、これから着替えるから」

 「分かった」

 肖子涵も立ち上がって軽く身なりを整える。無名から出るときにちらりと宁麗文を見た。彼は肖子涵の目線に気が付くと手をゆっくりと振って返す。そうして肖子涵は無名から立ち去った。残された宁麗文は髪を整え、普段着へと身なりを変える。客間に向かうとのことで、髪飾りなどはつけずに後ろに軽く結んだ状態で無名から去った。

 客間に着くと弟子や家僕が慌ただしく準備を始めていた。その中でも青鈴はせかせかと衣装を運んでいる。彼女はたった今到着した宁麗文に気が付くと手をこまねいた。

 「おはよう、麗文。来たところ悪いんだけど、先に沐浴してくれない?」

 「沐浴?」

 青鈴は頷いて顎で行き先を示す。宁麗文は顎の示す先に、湯が入った風呂桶と家僕がいる場所へ向かった。たった数人の出席のために彼よりも早く起きた家僕は眠そうにしながらも「宁二の若様、こちらへどうぞ」と呼び掛けた。宁麗文は沐浴を済ませてまた客間に戻り、飯を食わされながら衣装に着替えさせられる。普段とは違う、豪奢な身なりと髪飾りに心なしか逃げ出したい気持ちになった。

 (最初からこんなに大変だなんて……しかも重い。これを皆、毎年やってるのか? 最後までこの重さに耐えられるかな……)

 不安を持ちながら最後の支度を終えて客間から出る。肖子涵のことを気にかけてはいたが、中々彼に会うことは叶わずそのまま舞台へと向かわされた。

 馬車の中で揺られながらもの思いにふける。確かに昔まではこの華伝投に憧れを抱いてはいたが、実際に支度を行うとなるとまずは沐浴、食事をしながらの着替え、そして最終確認となる慌ただしさが身に染みる。しかも彼は生まれて初めての華伝投でもあるので、緊張も合わせて身体を震わせていた。

 対面している宁雲嵐もまた、宁麗文とは多少違う衣装ではあれど豪奢な身なりだ。彼は宁麗文と違い、髪飾りを着けてはおらず代わりに浅い緑の耳飾りを着けている。

 「大丈夫だって。すぐ終わるさ」

 「終わる前に倒れそうだよ」

 「心配すんな。倒れそうになったら俺が起こす」

 「落とさないように頼むよ……」

 宁麗文は両手で顔を覆って膝に肘をつける。長い溜息をついたと同時に舞台の裏側に着いた。二人は馬車から降りて裏口へ入る。そこには灯りで照らされている広間があった。見た目こそやや小さく見えたものの、中は広い。宁麗文は自分の目を疑ったが、術式をふんだんに使うのなら当たり前のことなんだろうと納得した。

 宁雲嵐は宁麗文を連れて、遅れて到着した青鈴を迎えに行く。彼女もまた浅い緑と白を羽織っていて、宁麗文と少し似ている髪飾りを着けていた。

 「麗文、すごく似合ってる」

 「ありがとう。青鈴も似合ってるよ」

 青鈴は目を細めて笑い、「行こうよ」と二人を連れて露台の前まで歩く。そこには宁浩然も深緑も待っており、三人を見ると迎えてくれた。

 「阿麗」

 「はい、父上」

 「今から華伝投が始まる。お前にはこれをやろう」

 宁麗文は宁浩然から一つの浅い緑の石を持たされた。疑問に思っていると、やがてそれは発光する。するとその光はたちまち彼の左手首を覆い、薄緑の宝玉がはめ込まれている一本の細い腕輪へと変化した。宁麗文は驚き、彼に向けて顔を上げた。

 「父上、これは?」

 「この日のために作った守護石だ。これはどの邪祟からも身を護ってくれる。大事に使いなさい」

 何度も腕輪に手を触れ、感嘆の溜息をついて宁浩然の前で拱手する。家僕の声が掛かり五人は露台へと足を運んだ。灯りは徐々に消えていき、陽の光が宁麗文の身体を照らす。緊張していた身体は気が付けば震えが止まっており、むしろ胸を高鳴らせていた。

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