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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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二十九 混乱の町(1)

 汪仔空から頼まれた生薬の名前をすっかり忘れてしまった宁麗文は肖子涵に着いていって別の薬局へ入る。本来なら棚の中を見ていくのだが、肖子涵はそのまま会計のある卓へ向かった。宁麗文は彼の注文を聞きながら彼の背中から背伸びをして卓を覗き見する。そのうち姿勢を崩して分厚い外衣にしがみついた。肖子涵は引っ張られて少し仰け反ったが、特に気にすることもなく続けて店主に頼まれたものを注文する。店主は二人の、特に宁麗文の行動に不思議そうな顔をしながらも薬の用意を進めた。

 その薬局では既に薬として取り扱っているものが多く、汪仔空から頼まれたものもその中にあった。肖子涵は財囊から数個の銀貨を置いて買い物を終え、外衣にしがみついた宁麗文の腕を掴んでから外に出た。そのまま北武から出て男女二人がいる民家へと急ぐ。時刻は既に陽を沈めようとしていて、なるべく早く向かわなければ方向を見失ってしまうだろう。宁麗文と肖子涵は来た道を戻っていき、ようやく民家へ辿り着いた。戸を叩くと中から湯一鳴が出てきて、すぐに二人も中に入る。

 民家の中は薄暗く、灯りという灯りがない。これも互いの世家に見つからないようにするためなのだろう。それは分かるのだが、宁麗文と肖子涵は落ち着かないまま手探りで卓の近くへ寄る。この暗闇に慣れているのだろう、湯一鳴が肖子涵から薬を受け取って汪仔空へ向かう。少し目が慣れてきた宁麗文は背中を支える湯一鳴と、茶器と共に薬を飲む汪仔空の二人の仲つむまじい行動に目を細めた。そして瞼を伏せて肖子涵を見る。彼もまた宁麗文を見ていて、不思議そうに首を傾げていた。彼女に薬を飲ませた湯一鳴が振り返って二人を見る。

 「ありがとう。金は卓に置いてある」

 「ああ」

 肖子涵は卓の真ん中に置いてある銀貨を手に取って財囊に入れる。宁麗文が湯一鳴を見ると、すぐに嫌そうな顔をして顎で戸の向こうを指していた。つまりもう用済みだから出て行けということなのだろう。宁麗文は少し苛立って頬を引き攣らせたが、その様子に勘づいた肖子涵が彼を脇に抱いて会釈をして民家を出た。戸を閉めた後の空は曇りがかっていて、今にも雨が降りそうだ。肖子涵は彼を降ろして「神呉へ行こう」と言う。また脇に抱かれた宁麗文は呆気に取られた猫のようになりながらも頷いた。

 神呉へ向かう途中から雨が降り出した。最初はぽつりぽつりと小雨だったが、徐々に雨足が強まってきていく。二人は走って雨宿りができる場所を探し、雑木林の中を駆け抜けていく。雨でぬかるんできた道に足を滑らせそうになった宁麗文を肖子涵がまた脇に抱えて、彼を外衣の中に入れて走る。宁麗文は「これで二回目だぞ」と心の中で呆れるが、「転んで怪我をするよりマシか」と考え直した。

 雨が酷くなり始めた頃に一つぽっかりと空いている洞窟が見えた。肖子涵はそこに入って宁麗文を降ろしてから点火符で周りを照らす。奥に続く道はあったが、そこまで進んで無駄に体力を削ぐわけにもいかない。入口も二人分ほどの大きさでどちらかと言えば狭い方だったが、ひとまず入口付近で休むことにした。肖子涵は濡れたまま洞窟の奥にあった枝を集めて中心部分に置いてから点火符をそれの上に乗せる。宁麗文はしとどになった外衣を脱いで絞って水分を出してから張るように振る。周りに外衣を掛けられる場所があるか探したが見つからず、仕方なく適当なところに放りこんだ。

 「宁巴。外衣を投げるな」

 「……だって掛けるところがないんだもん。仕方ないだろ」

 唇を尖らせて拗ねる宁麗文に、肖子涵は眉を微かに上げて彼の外衣を拾い上げてついた砂利を払い落とした。そして廓偲を鞘ごと身から外し、それを土壁に差し込んでから柄に掛ける。その行動に唖然とした宁麗文は我に返って「何やってるんだ!?」と立ち上がって廓偲から外衣を外した。

 「自分の剣を土壁に刺すバカがどこにいるんだよ!?」

 「ダメか?」

 「ダメに決まってるだろ! 自分の剣をそんな風に雑に扱うな!」

 肖子涵は眉を下げて下唇を少し噛んで項垂れる。見たことのない表情に宁麗文は怒るに怒れずに口をぱくぱくと動かしながら言葉に迷った。瞼をきつく閉じて外衣を握っていない片手で額を押さえながら肩を震わせて、頭の中でぐるぐると次の言葉を探したがそれも見つからず、結局彼に外衣を掛けてもらった。

 肖子涵の外衣は火の近くに干して、二人は焚き火を囲んで宁麗文は膝を抱え、肖子涵はあぐらをかきながら雨が止むのを待つ。時折強い風が洞窟の中を通って寒気がするので、肖子涵が守霊術を掛けて雨風が入って来ないようにした。

 「今日はここで野宿になりそうだな」

 宁麗文は見つけた枝を火の中に放り込む。肖子涵も頷いて瞼を伏せた。

 「腹は?」

 宁麗文は彼の顔を見る。膝を抱えたまま首を横に振るが、その後に腹の音が元気に肖子涵に返した。顔を赤くしてから膝に顔を埋める。

 「減っているだろう」

 「減ってないもん」

 肖子涵は立ち上がって自分の外衣の状態を確認する。守霊術が火の暖かさを籠らせているのだろう、分厚い外衣でありながらも表面だけは乾き始めていた。次に宁麗文の外衣の状態を確認する。彼の外衣は少し濡れた状態にまで乾いていた。宁麗文は彼の後ろ姿を見てから顎を膝に置く。また腹の音が鳴って赤くなっているままなのにまた更に赤くなる。

 「君は空いてないのか?」

 「空いてない」

 「辟穀へきこくをした経験は?」

 「ある」

 宁麗文は顔を上げてからまた下を向いて溜息をついた。彼は自分よりすごい人間だと、自分がやったことのないものをやってのけている経験者なのだと思った。同時に宁麗文は改めて自分がいかに未熟者なのかを思い知らされてしまい恥を感じる。

 肖子涵は振り返って膝を抱えて唇を尖らせている宁麗文を見る。彼とまた火を囲んで枝をその中に入れる。肖子涵の守霊術の壁を見た宁麗文は次に彼の顔を見た。

 「あのさ、術を掛けたままだと霊力を消費するだろ。交代しようか?」

 彼からの提案に肖子涵は首を横に振る。

 「しなくていい」

 「それじゃいざとなったら戦えないだろ」

 「大丈夫だ」

 「君、やっぱり頑固だな……」

 宁麗文は呆れながら立てていた膝を崩してあぐらをかく。顔を上に向けて息を吐いた。

 「それにしても、いつ止むんだろうな。どれぐらい時間が経ってるのかも分からない」

 「もしかしたら夜が明けても降っているかもしれない」

 「うわ、そういうのやだな。早いとこ神呉に行きたいんだけど」

 立ち上がった宁麗文は自分の服の乾き具合を確認した。火が当たっていたところは大分乾いていて、後ろはまだ湿っている。後ろ向きに座って枝で地面をガリガリと削る。肖子涵は首を伸ばして彼の動く手を見ていた。

 「何をしている?」

 「暇だから絵を描いてる」

 肖子涵が立ち上がって宁麗文の元で片膝を立てる。宁麗文の影であまりよく見えないが、彼の手元を見ると何やら絵が描いてあった。瞼を閉じて開けた肖子涵は宁麗文に「これは?」と問う。宁麗文は振り返って彼の顔を見た。

 「これって、うさぎだけど」

 「うさぎ」

 「うん。うさぎだよ」

 宁麗文が描いていた『うさぎ』は、肖子涵にとって『うさぎではない何か』に見えた。どの角度から見ていても片耳は短く、というより顔の大きさに反して比率が合っていない。体つきも一筆書きだからか、楕円をそれぞれ繋ぎ合わせたような、なんとも形容しがたい絵に見えた。宁麗文はにっこり笑いながら「どう? 上手く描けてるだろ」と言う。肖子涵は彼の顔を見て絵を見る。正直に言ってしまえば彼の自尊心に傷を付けてしまうと考えて「描けている」とだけ答えた。

 「たまに絵を描くんだけど、兄上と青鈴からは下手くそって言われるんだよな。これでもちゃんと描けてる方なんだけど。でも、君にそう言われるとやっぱり嬉しいや」

 宁麗文は膝を抱えて座っていたのを、しゃがみ込むように座り直した。膝に片手を置いてもう片手で枝でそのまま別の絵を描く。肖子涵は嬉しそうに鼻歌交じりに描く彼を気の毒に思って、しかし正直に言えるほどの度胸はなかったのでこれ以上は何も言わなかった。

 肖子涵は絵を描く方ではないが、描いてみれば彼のように下手ではないのだ。だから彼の絵を見て下手くそだとは思っているが宁雲嵐と青鈴と同じ感想を述べてしまえば宁麗文は泣きながらしょげてしまうだろう。罪悪感でいっぱいになってしまった肖子涵は困り顔をしながら彼を見つめていた。宁麗文は気の毒そうに見つめる彼に気付かないまま、別の絵をつらつらと描きながらにっこりと笑っていた。

 土にそれぞれ動物の絵を描いて満足した宁麗文は背中を触ってみた。もうほとんど乾いていて、気持ち悪さも消えている。立ち上がって外衣を掴んでそのまま羽織った。ついでにと肖子涵の外衣を手に取ってみたが、それはまだ湿っていた。

 「君の外衣は分厚いから、全然乾かないな。朝になったら乾くのかな」

 肖子涵は首を傾げて「さあ」とだけ返す。このままでは寝る時に不便になるだろうと宁麗文は自分の外衣を脱いでから肖子涵の隣に座った。

 「とりあえず、今日はもう寝よう。ほら、私の外衣を貸すよ」

 肖子涵は上目遣いをしている宁麗文に目を細めて外衣のほんの端っこを掴む。それでも自分に掛けた分は半分には満たしておらず、ほとんどが宁麗文に掛かっていた。彼はその掛け方に不満を抱いて無理やり肖子涵にも掛ける。そうすれば今度は自分の掛かっている分は半分より小さくなった。

 「うぅん、難しいな。二人一緒には入れないや。どうする?」

 「あなたの外衣だから、あなたが掛かればいい」

 「そんなわけにはいかないよ。雨が降ってるんだし、朝だって気温がどうなるのかも分からない。だったら二人で掛ければ少しはマシになるだろ」

 頬を膨らませながら反論する宁麗文に肖子涵は瞼を伏せて何も言わなかった。宁麗文は色々と考えて、ある方法を思いついて自分の身体を彼の前に置いた。肖子涵は彼の行動に驚いて身を硬くする。

 「ほら、もうちょっと脚の間隔空けてよ。私が座れないだろ」

 宁麗文は外衣を持ちながらずいずいと肖子涵の前に密着する。彼の言う通りに脚を少し前に出して座れる空間を確保した。そして宁麗文はそのまま外衣を自分の膝の上に掛けて、流れるように肖子涵の脚にも掛ける。

 「こうしたらお互い寒くならないだろ。どう? 寒くない?」

 「あ、ああ……」

 「ふふ、ならよかった。今日はこれで寝よう」

 宁麗文は膝に頬をつけてそのまま瞼を閉じる。肖子涵はしばし困惑しながら、それでも彼の腹に腕を躊躇うように回して後ろから抱きつくようにして瞼を閉じた。

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