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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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二十七 巣立ち(2)

 中にいた深緑は宁麗文を見てから肖子涵を見て目を見開いて驚く。

 「ごめんなさい、帰ってくるのが遅くなりました」

 「いいのよ、あなたが無事に帰ってこられるなら。……それで、どうしたの?」

 深緑は肖子涵から宁麗文に視線を移す。彼を見たくないというのだろう、その顔に宁麗文は瞼を閉じて眉を顰め、下唇を少し噛んで呆れた。

 (やっぱり、母上は肖寧のことが嫌なんだろうな……絶対止められそう……絶対行ってやるからな……)

 宁麗文は瞼を開けて「今からこの方と旅に出ます」と言う。彼の予想通りに深緑はサッと顔を青ざめた。

 「い、今から? もうちょっと後でもいいんじゃない?」

 「いえ、今から行きます。この方とも約束をしました」

 「……」

 「母上。今まで私の心配をしてくれてありがとうございます。ですが、私はもう二十を超えていて、一人で怨詛浄化にも他世家からの依頼任務にも出ています。それでもまだ世の中のことを知り尽くしていません。だからこれからは、この方と……肖寧と共に行きます」

 「……そうしたら、ここには……」

 宁麗文は頷いて唾を飲む。

 「しばらく江陵には戻りません」

 深緑は顔を青ざめたまま瞼を閉じた。宁麗文はそれだけ言って去りたかったが、このまま終わらせてはくれないだろう。彼女は本当に息子を溺愛するほどに心配しているのだ。

 気まずい雰囲気を感じている二人が深緑の続きの言葉を待っていると、瞼を開けた彼女の目から涙が零れた。それに二人は面食らって互いに顔を見合わせる。

 「……本当に、行くのね……?」

 「え、あ、はい」

 「……そう……」

 宁麗文は渋柿を食べてしまったような顔で肖子涵を見る。彼もまた先程と同じく、まだ気まずい顔をしていた。

 「分かったわ」

 「えっ」

 深緑は涙を指で拭って真剣な顔を向ける。意外な反応に宁麗文は瞬きをして顔を向き直す。彼女は続けて三本の指を掲げた。

 「でも約束して。必ず一ヶ月……いえ、二ヶ月に一回は顔を見せに来てちょうだい。あとは華伝投がある日にも帰ってきなさい」

 「は、はい」

 「そしてそちらのあなた」

 深緑は手を下ろして肖子涵に顔を向ける。肖子涵は彼女の顔に気圧されたようで息を呑んだ。

 「もし、阿麗に何かがあったら、真っ先に洛陽肖氏に訴えます。そうならないようにこの子を守ってあげてください」

 (ちょ、ちょっと強引すぎやしないか!?)

 宁麗文は口を開けて口元をぴくぴくと動かして呆れる。肖子涵はゆっくりと頷いて「分かりました」と返した。

 「あなたの父にも伝えておきます。でも、彼と関わるなと言われているでしょう。だからあなただけが旅に行くと嘘をつくわ。阿雲にはもう言ったの?」

 「はい。先に言いました」

 深緑は立ち上がって宁麗文の元へ歩く。昔は大きかった母が、今では彼が背を抜いて低く見える。宁麗文は瞼を伏せて深緑を見ると、彼女はにっこりと微笑んで息子の頬を優しく撫でた。

 「どうか、無事で。気を付けて行ってらっしゃい」

 宁麗文は目を見開いた。

 初めて、母に言葉を投げられた。

 今までは逃げるように一人で外に出ていた。帰ってきてもろくに会話もせず、必要最低限のことだけ告げてまた出ていく。そうやって繰り返して過ごしてきた宁麗文にとって、彼女からもらったこの言葉に泣きそうになった。

 「……はい。行ってきます」

 二人は深緑に挨拶を済ませてから廊下を歩いて門へ向かう。宁麗文は俯いたまま歩いていて、肖子涵がその彼の様子に気付いた。

 「どうした?」

 我に返った宁麗文は顔を上げて彼を見る。少し息をついてから笑った。

 「なんでも。ただ、母上からあんなことを言われるのは初めてだったから……今まで、そんなことなかった。言わせなかった私のせいなんだけど……」

 瞼を伏せて一度口を噤む。躊躇いがちに開いて、気弱そうにまた笑う。

 「でも、本当は。言われてほしかったんだろうね」

 肖子涵はゆっくりと首を横に振った。

 「あなたのせいではない。でも、夫人のせいでもない」

 宁麗文は瞬いて苦笑を浮かべた。

 「……そうかな? そうだったらいいや」

 宁麗文はその場で立ち止まって振り返る。その邸宅には誰もいなかった。彼は瞼を伏せてまた門に顔を向けてまた歩き出す。肖子涵も彼に続いて歩き出した。

 「行こう」

 宁麗文は決意をはっきりと声に出した。

 

 江陵から出て、二人は御剣を使わずに道を進んでいく。御剣は霊力を消費するので、二人はいつ邪祟に遭ってしまっても大丈夫なように温存していた。

 「どこに行く? 君はどこに行ったことがない?」

 宁麗文は彼を見上げながら問う。肖子涵は少し考えて「北武に」と手短く答える。

 「珍しい薬があると聞いた」

 「へえ、そうなんだ。どういうもの?」

 「行けば分かる」

 宁麗文は彼が視線を逸らしたことに眉を顰めながら首を傾げる。行けば分かるということは、今は話せないということなのだろう。仕方なく「じゃあそこに行こうか」と言った。

 肖子涵は頷いて宁麗文の隣に並び、宁麗文は横目で改めて彼の格好を見た。すらっとした彼の黒ずくめに臙脂色の分厚い外衣を羽織っている。今は終わりが近いが夏だ。だからこそその分厚さに疑問を持っていた。

 「思ったんだけどさ、それって暑くないの?」

 肖子涵は自身の外衣を見る。「いや」と声に出して視線を前に向ける。

 「そこまで暑くない」

 「本当? ちょっと掛けさせてもらってもいい?」

 宁麗文からのお願いに肖子涵は立ち止まって頷き、外衣を外してそれを彼の肩に掛けてやる。宁麗文は急にずっしりとした重みと広がる熱の籠りにすぐに顔を赤くした。

 「暑いじゃないか! 嘘つき!」

 宁麗文は外衣を脱いで肖子涵に押しつけるように返す。彼は真っ赤な顔をした宁麗文に少しだけ笑みを零した。

 しばらく歩いて暗くなりかけた空を見て二人は野宿をしようと話し合い、辺りに散らばっている乾いた枝を集めて点火符で火をつける。二人で火を挟んで、宁麗文が食糧を探すために立ち上がろうとすると肖子涵が止めて懐から囊を取り出して懐紙に包んだ麺包を手に取る。

 「これを食べて」

 肖子涵はやや大きく、丸い麺包をそのまま宁麗文に渡す。

 「君は?」

 「俺はいい」

 宁麗文は瞬きをして、すぐに頬を少し膨らませる。

 「私だけ食べるのは嫌だ。半分こして、二人で食べよう」

 驚く肖子涵に彼は気にせず、麺包を綺麗に二つに分けて渡した。肖子涵は少し躊躇いながらもそれを受け取って一口かじる。宁麗文は彼が食べ始めたのを見て自分も口を開けて食べた。食べ終えてから火に枝を放り込んでただじっと見つめる。膝を立てて腕で抱えながら座る宁麗文は次第に瞼がゆらゆらと揺れ動き、身体もかくんかくんと動かし始めた。

 「宁巴。もう寝よう」

 「寝たら淋しくなるからいや……」

 宁麗文の口から素直な気持ちが出る。それもそのはず、彼は今まで肖子涵と会えず、邸宅で再会した。しかし彼は宁麗文を避け、まともに会話もせずにまた離れたのだ。そしてようやく、琳玩での本当の再会を遂げた。

 宁麗文は一番最初の友人との会話をまだやめたくなかった。自分が寝てしまえば、また彼と離れてしまうのではないかと恐れていた。だから口で「淋しくなる」と呟いたのだ。

 肖子涵は細目で彼を見て、少し息を吐いて彼の隣に座り直す。外衣を外してそっと宁麗文に掛ける。

 夏は終わりを告げ、次は秋が来る。段々と冷えが始まっていく頃であり、火を起こせば多少は紛れるが消してしまえば少し肌寒くなる。

 宁麗文は「そんなことしなくていいよ」と彼の外衣を拒むが、肖子涵はそれでもそれを彼に掛けた。

 「そんなことしなくていいって言ってるのに、もう……私だけだと重いし、君が冷えるだろ。だったら二人で丸まろうよ。その方がいい」

 「……そうか」

 宁麗文は肖子涵の隣に擦り寄って肩と肩を合わせる。そのまま外衣の半分を彼に掛けて、自分の掛かっている方の裾を握って掛け直した。そのまま温もりにうとうとと眠たげにしている宁麗文を肖子涵は瞼を伏せて、触れ合っている彼の体温を感じていた。宁麗文の頭は肖子涵の肩に置かれ、そのまま瞼を閉じて眠ってしまった。彼の寝顔を見てから火に枝を放り込む。空間をなくすために少しだけ彼の腰を手で寄せて更に密着させた。気持ちよさそうに寝ている宁麗文に肖子涵は微かに口元を上げた。

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