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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十六 淋しくならないように(3)

 そこには花が咲き乱れ少しずつ実の成っている杏の木が並んでいる。桂城唐氏による術で年中保たれているその輝く実る杏は日に当てられて優しく笑っている。

 一本の大きく美しい杏の木の下に一つの墓があった。宁麗文はその下まで歩いてそっと片膝を立てる。

 「可馨さん。お久しぶりです」

 そっと優しく呟く彼の表情は穏やかなものだった。肖子涵は先程の会話の内容を思い出して彼の隣で片膝を立てる。宁麗文は彼を見てまた墓に向き直る。

 「彼は私の、最初の友人です。もっと前に紹介すればよかったですね」

 宁麗文は微苦笑を浮かべてからもらった紙銭を点火符で起こした火に焚べる。杏の木に煙が当たってしまったが、その木は何も気にしていない様子で風に揺らされて葉を擦り合わせた。

 「紅花さんは今も元気ですよ。といっても、彼女もここには来ますか」

 一度また苦笑いをして、それでも言葉を続ける。

 「でも、あの子は懸命に頑張っています」

 宁麗文は一言二言と呟いてから小さく燃えた火を手で消した。肖子涵と共に立ち上がって踵を返し、振り返ってからまた微笑んだ。

 唐秀英と青鈴は宁麗文と肖子涵を杏の木が並んでいる手前で待っていた。二人が戻ってきたのを見て「おかえり」と青鈴が声を掛ける。その後も宁麗文と肖子涵は杏華坊に住む人々に挨拶を済ませて、青鈴に「もう江陵に戻るよ」と言った。唐秀英はそれに苦笑して口を開ける。

 「今から戻るとなると、夜更け頃になってしまいます。今日はこちらで泊まった方がいいでしょう」

 それに肖子涵が答えた。

 「いえ、俺たちはまた橙花坊へ戻って宿を探します。よそ者があまりここにいてはいけないので」

 『よそ者』という言葉に宁麗文は少し眉を顰める。それに気付いた青鈴が少し困ったように笑った。

 「分かりました。馬車をお呼びするので、もう少し待っててくださいね」

 宁麗文を一瞥してから三人の元を離れて町の入口まで走って去っていった。唐秀英も籠を持ち直してにっこりと笑う。

 「とにかく、本当に会えてよかったです。阿鈴もあんなに嬉しがってるのは初めて見ました」

 「琳玩にしばらくいましたから、中々行けなくて。でも元気でよかったです」

 宁麗文と唐秀英はにこにこ笑い、肖子涵は宁麗文の顔をちらりと見ながら少し戸惑っていた。宁麗文に「どうしたんだ?」と聞かれて視線を横にずらした。

 そして馬車が来て宁麗文と肖子涵は唐夫婦に見送られながら橙花坊へと戻った。

 二人はそのまま夕餉を食べに酒場へ入って野菜をふんだんに使った食事に舌鼓を打ちながら楽しみ、ほどよく酒が回ってきた頃に宿を探す。探して探して探しまくって二時辰ほどして、最後の宿に辿り着いた。

 「ひ、一部屋しかない……」

 「はい、申し訳ございません」

 宁麗文は外衣をずるりと肩から外してしまい、肖子涵がそれを直す。互いに顔を見合せて顔を顰めた。

 「どうする? 他のところでも探す?」

 「他は全部埋まっていただろう。ここしかない」

 「だよなぁ……」

 もしかしたらその一部屋が二人分の寝室があるところかもしれない!

 宁麗文はその思いを胸に抱いて店主に聞く。店主は笑顔ではっきりとこう言った。

 「寝台は一つだけです」

 

 結局他に泊まるところもなければ野宿も諦め、宁麗文と肖子涵は同じ一部屋に泊まることになった。宁麗文は「寝台が二つあればよかったのに」と心の中で嘆きながら外衣を屏風に掛けて祓邪を卓の上に乗せる。寝台に腰掛けて天井を見上げて息を吐いた。

 「それにしても、疲れたなあ……」

 「ああ」

 肖子涵も分厚い外衣を綺麗に畳んで卓の傍に置く。廓偲をその隣に置いて卓の前で座った。宁麗文は一つ思い出して顔を前に戻して彼に向ける。

 「君、さっきは『よそ者』って言っただろ」

 肖子涵は彼を見る。宁麗文は眉を顰めながら頬を膨らませていた。それを見た肖子涵は唖然として瞬きをした。

 「四年前にも思ったんだけどさ。君って何かと自分を卑下するよな。なんでそんなことするんだ?」

 「……それは……」

 肖子涵はふいと宁麗文から顔を背ける。言葉に迷っているようで、宁麗文は頬の空気を抜いて唇を尖らせながら彼の言葉を待っていた。

 「本当の、ことだから……」

 「何が本当なんだ?」

 宁麗文は寝台から立ち上がって肖子涵と卓を挟んで正座をする。

 「いいか、肖寧。君が自分のことをどれだけ卑下したとしても、私は君のことを決してそういう目で見ない。ていうかそうする君が嫌いだ」

 「え」

 「君が今までどうやって生きてきたのかは知らないけど。私はそれを知っても君を下に見ないし、見たくない。私は君と対等でいたいから、自分を下げるようなことはもう言わないでくれ」

 宁麗文は肖子涵の目を見ながら話す。肖子涵は彼の目を見て視線を迷わせる。口を少し震わせて迷って、三本の指を立ててから唾を飲み込んで喉仏を動かした。

 「分かった。もう言わない」

 宁麗文は口元を上げて「うん」と言った。卓から身を離して後ろ手でゆっくりとくつろぎ始める。

 「とにかく、問題は寝台なんだよな。まさかの一つしかないし、しかも二人で寝るには小さすぎる。どっちか床で寝るしかないよな」

 「それなら俺が下で寝る」

 肖子涵の声に宁麗文は目を丸くする。また卓に、今度は腕を乗せて前のめりになった。

 「いやいや、私が下で寝るよ。寝台は君に譲るよ」

 「いや、あなたは寝台で寝て。俺は床でも寝られる」

 「頑固だな君!? 私だって桂城の時に床で寝たことあるから慣れてるよ」

 「ダメだ。絶対に寝台で寝て」

 返せばまた返されるを繰り返し、疲れを感じてきた宁麗文は肘をついて額を掌で押さえる。瞼を閉じて頭を振って折衷案を出した。

 「じゃあ、狭いけど二人で寝るしかないな」

 肖子涵はその言葉を聞いて衝撃を受けたらしく、一度瞬いて目を丸くする。何も言わない彼に宁麗文は不思議に思って見上げると、今までに見たことのない驚いた顔に彼も驚いた。

 「君って、そんな顔もできるんだな」

 言わなくてもいいことも言ってしまった。

 そして二人はそれぞれ沐浴も済ませて寝台に腰掛ける。宁麗文は乾かした髪を上半分だけ取って緩く白の髪紐で結ぶ。同じく髪を下ろした肖子涵はそれを怪訝そうに首を傾げる。

 「四年前の時も思ったが、なぜ結ぶんだ?」

 宁麗文は結びながら視線を上にする。

 彼は元より、髪をそのまま下ろすのは苦手だった。……というのは嘘になるのだが、どうにも下ろしたままにすると少し気味が悪く感じてしまうのだ。その理由は分からないが、少しだけでもと寝る前にも髪を上半分だけ結んで寝るようにしている。

 「癖みたいなものなんだ。もちろん下ろしたままでもいいんだけど、こっちの方が落ち着くんだよ」

 「そうか」

 宁麗文は結び終えた髪を襟元から掬い上げるように払って服の中に入ってしまった髪も出す。沐浴の後の身体の温まりでうとうとと眠気に襲われ欠伸をした宁麗文に肖子涵は目を細めた。

 「もう眠いか」

 「うん……お酒も少し呑んだからね……君はお酒に強いのか?」

 「あまり呑まないが、強い方ではあると思う」

 宁麗文は瞼を揺らしながら気の抜けた笑顔で「いいなあ……」と零した。

 「私にも呑み方を教えてくれよ。漢沐熙にいつも迷惑を掛けちゃうんだ」

 頭をかくんかくんと上下に軽く揺らし始めた宁麗文を肖子涵が受け止める。少しずつ閉じられていく瞼を見た肖子涵の手が伸びる。肩を抱き寄せて「もう寝た方がいい」と呼び掛けた。

 「まだねたくない……」

 「眠そうだが」

 「ねむくないもん……」

 宁麗文は身体を少しよじって肖子涵の胸元に顔を擦り寄せた。肖子涵はそれに少し驚いてぴくりと身体を震わせる。宁麗文はそれに気付かずに声にならない声で笑っていた。……つまり、酔ってきているのだ。

 肖子涵はほとほと困り果ててしまい、宁麗文を優しく横に抱き上げてから寝台の奥の方へ寝かせる。灯りを手で消そうと立ち上がると、彼の服を宁麗文が掴んだ。

 「いかないで……」

 「……」

 宁麗文は薄目で彼を見つめながら裾を握る力を弱めていく。肖子涵は落ちかける彼の手を受け止めて握って、寝台の上で正座をした。

 「行かない。ずっと傍にいる」

 宁麗文は白い敷布と布団の間で微笑む。そのまま小さく口を開けて瞼を閉じた。肖子涵はそれを見ても尚、彼の手を離そうとしなかった。

 「今度こそ、あなたを護りたい」

 たったそれだけを呟いて、その手を愛おしそうに優しく握った。

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