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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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二 前日祭(3)

 思い返せば、宁麗文が出席した月の中には数度各世家の子供たちに辺鄙へんぴな場所への警備や意味のわからない捜索願いなどの無茶な問題を押しつけられていたこともあった。そういうものなのだろうと印象を受けていたが、確かにその度に彼らは半ば諦めた様子で受けていたことを覚えていた。

 (私が知らないだけで、皆苦労してきたんだな……。そりゃあ誰だって変なところに行きたがらないし、まだ若くて力のある奴に任せるだなんて、承知も何もないよ)

 宁麗文は彼より一回りか二回りも上の年齢を持つ大人たちに呆れながら食事を進める。彼は食べ進めていくうちに半年前の世長会での出来事を思い出した。

 「肖寧」

 「ん」

 「あの時、君は報告を父上の前でしてたよな? 会合が嫌いなのにどうして皆の前に出たんだ?」

 その問いに肖子涵は最後の一口を飲み込んで箸を置いた。しかし、何を言うわけでもなくその場に沈黙が訪れる。

 「肖寧? あれ、聞いてる?」

 「静かに」

 肖子涵の人差し指が彼の口元に立つ。宁麗文は口を開けながら黙っていると肖子涵の後ろの座席から「明日はもう一人の息子が出るらしいんだろ」会話が飛び込んできた。

 「まさかまだ息子がいたとはな。てっきり、若様と青鈴様だけだと思ってたぜ。あの二人だけ華伝投に出てるから、全く知らなかった」

 「噂によると去年まで外に出なかったらしいぞ? こりゃあ世を知りたくもない相当な引き籠もりだろうよ。いくつかは知らないが、急に俺たちの前に出るなんて……父親に怒られて渋々出るってもんじゃないかな。どんな奴かは知らないが、明日はきっと悪い意味での騒ぎになるだろうよ」

 二人して笑い出す男たちに宁麗文は自分の話題を出されたことに驚く。宁浩然が令を敷いていることは宁雲嵐から聞いたものの、中身までは知らないので、この話だと肝心の内容まで通達されていないのか、はたまた彼らが詳細まで知ろうとしなかったのどちらかになる。真実と全く逆の噂を聞いて何とも言えない顔をしながら茶を飲む。

 「はは、それはある。けど、宁宗主も宁宗主だ。二人目の息子もいるのになんで今まで出さなかったんだ? 何か後ろめたいことでもあったとか? もしかして、夫人の他に愛人でもいたんじゃないか? だとしたらその次男坊はか──」

 「愛人」という言葉に続いたその先に肖子涵の拳が卓に落とされ、店内に大きい音が鳴り響いた。茶を飲んでいた宁麗文と後ろで直前まで話を交わしていた男たち、そして他に食事をしている者や店員までもがその音に驚き静かになった。

 「しゃ……肖寧?」

 肖子涵は立ち上がって後ろの席にいる男たちの元へ行く。彼の顔はこの世とは思えないほどの憤りに満ち溢れており、額に青筋を浮き上がらせていて、周りの空気を凍りつかせるのに時間は掛からなかった。男たちは顔を白くし口をぱくぱくと動かしながら彼を見るだけで、何も言葉を発さなかった。いや、発する余裕がなかったが適切だろう。

 「貴様、今、彼を何と呼ぼうとした?」

 「へ、えっ……」

 「何と呼ぶつもりだったかをここで吐け。返答次第ではここで殺す」

 肖子涵の手に鞘が触れ、そして上へと伸びていく。柄に指が添えられたところでまずいと察知したのか、宁麗文は慌てて怒りに身を任せんばかりの彼の剣に触れた方の腕を引っ張る。

 「す、すみません。彼……今ちょっと機嫌が悪いみたいで。もうすぐ出るのでお気になさらないでください。店員さん、お金はここに置いておきますね! ほら、出るぞ」

 「しかし」

 「いいから出る! 分かった?」

 肖子涵は宁麗文の顔を見て小さく息を吐き、怯える男たちを強く睨みつけながら離れ、宁麗文に腕を引っ張られながら店を後にした。 

 食事処から少し離れた道を歩いて立ち止まる。宁麗文は肖子涵の腕を離して自分で腕組みをして彼と対面した。

 「あのさ、肖寧。ああいう話題が出たのは私もびっくりしたけど、いつか言われると思ったんだ。そりゃ全く外に出てないと引き籠もりだとか、外に関心がないだとか言われるのは当然だよ。でも君まで真に受けないでくれよ。彼らも悪気があって話してたわけじゃないんだ」

 「違う」

 「また違う? 今度は何が?」

 「あいつらはあなたのことを隠し子と呼ぼうとした」

 宁麗文は予想外の答えに拍子抜けする。組んでいた腕を離して腕をぶら下げた。

 「そこまで気にしてなかった……あっ、父上は母上一筋だから隠し子じゃないよ? 私はちゃんと母上から生まれたからそれは断じてない! 本当だよ?」

 宁麗文の言葉に肖子涵の肩の力が抜ける。先程まで憤りを露わにしていた彼は瞼を伏せて溜息をついた。宁麗文は彼のその様子に逆に困ってしまい、懐から扇子を取り出して顎先に先端をつけて唸る。

 (私、何か変なこと言ったかな。別に気にしたことなかったっていうか、最後まで聞いてなかったから……そもそもの話、私が出てくるとは思わなかったしな)

 宁麗文が首を傾げていると、肖子涵は瞼を開けて「もう戻ろう。あなたの家まで送る」と踵を返した。宁麗文は彼の行動を見て少し駆けながら後を追った。

 

 その後は何事もなく宁麗文は家まで送ってもらった。肖子涵は彼を門の前まで送って拱手をして背中を向ける。

 「あ、待って肖寧」

 宁麗文は彼に声を掛けて引き止める。肖子涵は彼に顔を向けた。

 「明日、また迎えに来てくれないか? 私一人でじゃ町に行くと買い物ができないからさ」

 閉じたままの扇子を顔の横で振って少し笑う。肖子涵は彼に身体を向けて小さく頷いた。

 「分かった。それまでに間に合うようにする」

 「うん。帰りは物騒だから気をつけて」

 宁麗文は彼に向かって拱手して背中を向ける。すると突然門が開いて中から青鈴が飛び出した。

 「あ、麗文。肖子涵さんは? まだいる?」

 「青鈴? まだ外にいるけど」

 青鈴が宁麗文の脇を通るとすぐに肖子涵を見つける。そのまま彼の元へ寄って拱手をした。

 「肖子涵さん、もうこんな夜更けですから、家に泊まってってください。明日もここを見てまわるんでしょう?」

 「はい。しかし、そこまでもてなさなくても結構です。近くの宿に泊まるつもりですので」

 「いやいや、最近物騒ですから。それに宿に泊まるって、今更遅いですよ。だからうちに泊まってってください」

 「平気です。そこら辺の魔や妖には負けませんので」

 「麗文! 肖子涵さんのこと止めて! 引きずってでもいいから家に入れて!」

 押し問答を繰り返して頭にきたのか、青鈴は宁麗文を大声で呼ぶ。彼はしばらく唖然としていたが、ふと我に返って困惑した。

 (家に入れてって? さっき別れの挨拶をしたばっかりなのに?)

 青鈴は宁麗文を睨みつけながら急かす。宁麗文は従わないと後のことを思うと憂ってしまい、門から離れて二人の元へ走った。

 「ですからお構いなく……」

 「ダメです。せっかくここまで来たんだから泊まってください。兄さんがあなたの分の布団を用意してるんですから」

 「兄上が? なんで布団まで用意してるんだ……」

 宁麗文は頭を振って仕方なしに肖子涵の背中を軽く押す。肖子涵は彼のその行動に少し驚き、押された背中がわずかに動いた。

 「だって。言うこと聞かないと怒られるのは私なんだ。今日だけでもいいから泊まっていってくれないか?」

 先程の挨拶をなかったことにして苦笑を浮かべながら肖子涵に耳打ちをする。彼は宁麗文の言葉を聞いて諦めたように「分かった」とだけ返事をした。

 三人は門の中に入り、肖子涵を客室へと通す。行く道中の廊下で前から布団を持っている宁雲嵐と会った。

 「ん、おかえり。布団持ってきたぞ」

 「兄さん。ありがとう」

 「これからどこに行くんだ? 客室か?」

 青鈴は頷いて「当然でしょ」と彼に返す。しかし、宁雲嵐は気難しそうな表情を浮かべた。

 「客室には父上と知らん奴がいる。肖子涵殿をそこに寝かせるわけにはいかないだろ」

 「知らん奴?」

 宁麗文が首を傾げる。肖子涵もわずかに彼と同じ行動をした。

 「無理に見るのも聞こうとするのも嫌そうだったから見なかった」

 「だったら肖子涵さんはどこに寝かせるの?」

 宁雲嵐が顎でどこかを指した。それを青鈴と肖子涵が後を追う。その視線の先には宁麗文がいた。彼は三人の顔をそれぞれ見て後ろを向くが誰もいない。瞬きをして段々と状況を掴んで、宁麗文は目元をぴくつかせながら自分の指を顔に向けた。

 「……私!?」

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