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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十五 愛おしい蕾(2)

 二人も遊郭を出て振り返る。閨房のある場所には所々破損していて、宁麗文は呆れながら笑う。修繕費を請求されてしまうとどうしようもないが、桜綾は事件解決に協力してくれたのだから、なんとかチャラにしてもらえるだろう。

 「そういえば私の剣はどこから持ってきたんだ?」

 宁麗文からの問いに肖子涵は口を開く。

 「あなたの元へ行く前に龔氏の邸宅に寄ってもらってきた」

 「えっ、わざわざ!? それなら私の服ももらってこいよ! もうどんだけこの格好でいると思ってんだ!」

 宁麗文は頬をぴくぴくと動かしながら怒りと呆れを口に出す。怒られた彼は何も言わず、それに宁麗文は余計に呆れた。

 (肖寧って分かりにくい性格してるな……でも所々分かるからどうとも言えない。きっと私をバカにするためにもらってこなかったんだろうな)

 宁麗文は溜息を吐いて前を向く。夜更けだからか町の中は静かだった。二人は歩き出して龔氏の邸宅まで向かう。

 「阿龍!」

 少しもしない頃に急に悲鳴が聞こえた。宁麗文と肖子涵は顔を見合わせてから声のした方へ走って向かう。その場所は門のちょうど下だった。

 「やめて、阿龍は関係ない、あたしがやったんだよ! だからやめてってば!」

 その声の持ち主は暁蕾だった。彼女は男ら二人に捕らえられている。宁麗文は悲痛を訴える表情を浮かべる彼女を見てから周りの状態を確認する。彼女から少し遠いところに横たわって瞼をきつく閉じている龔飛龍と彼を剣の鞘で殴ったり蹴っている男たちがいた。それを見た宁麗文は駆け出して一人の男を祓邪の鞘で横に蹴飛ばす。肖子涵は彼の行動に目を見開き、すぐに我に返って別の男を彼と同じように足で蹴飛ばした。

 蹴飛ばされた二人の男は呻き声を上げて気を失い、残された一人の男が龔飛龍を踏みながら振り返る。その顔には鬼と呼べるほどの形相が張りついていた。

 「お前らは誰だ」

 「その人の友人だ」

 「男なのに妓女の格好をして恥ずかしくないのか?」

 男からの言葉に宁麗文はカチンと頭にきた。自分だって好きでこうしているわけではない。むしろもう着替えたいとその愚痴をどうにか心の底に押し込めて「お前こそ誰だよ」と問う。

 「十年前の放火事件を担当した捕手だ。今になってやっと犯人を捕まえたところなんだよ。邪魔をするな」

 「時効はとっくに切れている」

 次に返したのは肖子涵だ。彼は宁麗文を庇うように一歩前に出る。

 「それに、彼ではない可能性もある」

 捕手はそれを鼻で笑った。

 「いいや、こいつさ」

 「なぜ分かる?」

 「龔氏の息子様だからだよ」

 その言葉に暁蕾は絶句した。琳玩の中を取りまとめている世家は龔氏であり、宗主は龔星宇だ。彼は二十五年前にこの事件を捜索していて、暁蕾はその話を聞いたこともあるだろう。しかし、彼に息子がいるとは知らなかったようだ。

 ましてや、その息子が自分を愛していることも。

 「龔……氏……?」

 暁蕾は捕らえられたまま身体の力が抜けその場でへたり込む。捕手はそれを知らなかったらしい彼女を嘲笑った。

 「そうさ、龔氏だよ。遊郭をまさぐって犯人を探しをしていたお方さ。知らなかったか? 散々犯人を探しまわっていた挙げ句見つからずに打ち切りにした。ハッ、役立たずな宗主だよ」

 笑いだす捕手の下で龔飛龍が目を覚ます。身動ぎをすると捕手が彼に気付いてまた踏みつける。龔飛龍は痛みに顔を顰めながらもおかしく思えて噴き出して笑い始めた。

 「しぶとい奴だな。次期宗主だろうがなんだろうが知らないが、妓女と琳玩から出るって? こんなバカで身体を売るしか脳のねえ女より身分の高い女と結婚しろよ。卑しい奴が龔宗主の息子なんて恥ずかしくて他の世家に顔向けにすらできない。まあいい、どうせお前が放火事件の犯人なんだから、今のうちに死んだ方がその後楽だぞ?」

 「ハッ、だからなんだよ。宗主の息子だからって交際相手すらも自由に選ばせてくれないってか? 卑しい奴でもなんでも言えよ。政略結婚でつまらない人生を送るより、愛している人と一緒になれた方がまだマシだ。どうでもいいことをつらつら言ってて恥ずかしくないのか?」

 彼の口答えに捕手はまた何度も足蹴る。その卑劣な行動に肖子涵は顔を顰めた。それでも龔飛龍の口は止めさえもしない。

 「お前さぁ。捕手のくせになんで今更十年前のこと探してんの? なんか理由でもある? もしかしてあの遊郭の中に好きな女とかいた? それの憂さ晴らし? はは、バッカじゃねえの」

 龔飛龍は挑発を続け、捕手はそれに乗って彼の腹を蹴飛ばした。痛さに顰めた顔を更に顰めて咳き込む龔飛龍に暁蕾が声を荒らげる。

 「やめてってば! もう痛めつけないで。十年前の事件なんてあたしがやったんだ。あたしが、全部燃やしたんだよ! その子は関係ない!」

 「黙れ! その証拠はどこにある!? 十年も前なんだ、もうないだろう?」

 捕手は龔飛龍から離れて暁蕾の元へ寄って彼女の顎を持つ。

 「……お前、よくよく見りゃあいい顔してるな。脳はないが美人で顔は打ちどころもない。こんな美女なら奉仕されてやってもいいぜ」

 宁麗文はその謳い文句に吐き気がした。溜まった唾をぺっぺっと吐き捨てるがまだ苦い顔をするばかりだ。肖子涵は真顔のまま廓偲の柄に指を伸ばす。暁蕾は眉を顰めて目を見開き、すぐに嘲るように目を細めて笑う。

 「誰があんたなんかに奉仕するか。あたしはあの子の大切な女だ。そんなよぼよぼの身体でじゃ興奮なんてしないね」

 続けて煽られると思っていなかったのだろう。捕手は彼女の挑発に額に青筋を二本、三本と立て、彼女の腹を強く殴る。宁麗文と肖子涵は息を呑み、龔飛龍は目を見開いた。苦しむ暁蕾に捕手は何度も殴り、立ち上がってから蹴り始めた。

 「この卑しい女め! 妓女にはまともな奴がいないんだな!? 俺がこれだけ言ってるのにこのクソアマは!」

 暁蕾を押さえる男たちも笑いながら咳き込む彼女の苦しみ悶える顔を見ている。宁麗文がいてもたってもいられずに祓邪の鞘を構えた瞬間、彼と肖子涵の間を龔飛龍が通る。二人が彼の見えない横顔を見た瞬間だった。

 「ァガッ」

 ──捕手の首を剣で刺し殺した。

 その場にいる龔飛龍以外の全員がその行動に愕然とする。黒い顔をする彼は息を荒らげながらその剣を勢いよく引き抜いた。即死した捕手は横に倒れ、そこから血を流す。暁蕾は黒くて大きい目を揺らしながら龔飛龍を見上げた。

 「……阿、龍……」

 龔飛龍は続けて彼女を捕らえている男たちの腕を斬り離す。血飛沫が上がってそれが暁蕾に掛かる。腕を斬られた男たちは顔を青ざめたまま崩れ落ちて悶える。月に照らされた龔飛龍は感情を読み取れない表情を貼りつけていた。そして血まみれの暁蕾を引っ張り上げてそのまま抱き締めながら退く。宁麗文と肖子涵は呆然としながら二人を見る。龔飛龍は振り返って立ち尽くしている二人を見て目を細めた。

 「……阿龍、あんた……」

 彼は暁蕾にまた顔を向ける。彼女は顔を青ざめながら震えていた。

 「あんた、罪人になっちまうよ」

 「なる前に、ここから出ればいいだけの話だよ」

 暁蕾は戸惑いながら首を振る。それは拒絶の意味ではない。大切な人が罪人になることを恐れていた。

 捕手の仲間の一人が大声を上げて仲間を呼んだ。それを聞いた龔飛龍は彼女を宁麗文に預けてその男に向かって剣を垂直に刺す。何度も、何度も刺して、血の海を流して、捕手の仲間は口から、鼻からと血を噴き出して遂に声を上げることすらしなくなった。その隣にいた仲間は怯えきってしまい、龔飛龍が近付いてくれば「すまなかった」「殺さないでくれ」と命乞いをする。彼はそれを聞き入れようともせずにまた何度も目玉も鼻も口も全てみじん切るように顔を切り刻んだ。あまりの惨たらしさに宁麗文は顔を背けて暁蕾にも見せないように目元を隠す。肖子涵は目を細めて溜息を吐いた。

 全てを斬り殺した彼はまた三人に、それも暁蕾に顔を向ける。

 「暁蕾さん」

 龔飛龍は彼女の名前を呼ぶ。暁蕾は震えながら宁麗文の、彼女の目元を隠していた手を掴んで下ろして彼の顔を見た。

 「もう行こう」

 龔飛龍は彼女たちの元へ歩いてそっと手を差し出す。暁蕾は瞼を伏せてから開き、彼の手を取った。互い血にまみれた二人に宁麗文も肖子涵も何も言わない。

 龔飛龍は気が狂ってしまったのだ。愛する人を守るためにはどんな手段も選ばず、それを善だと認めて全て片付けてしまう。暁蕾との未来のために、邪魔をする何ものを全て排除する。

 宁麗文は彼のことを過去を話したくもないほどの生粋の女嫌いだと思っていた。だが、それは間違っていた。ただただ暁蕾だけを想って、それ以外の女には興味がなかっただけだった。

 血まみれの男女は門の下をくぐり抜ける。肖子涵はそっとそれを見守って瞼を伏せた。

 「……」

 何か言いたげにしているのを宁麗文は見る。彼を見上げれば肖子涵は宁麗文を見下ろした。その目には少しの迷いがあった。

 「肖寧? どうかしたのか?」

 「……なんでもない」

 宁麗文は首を傾げながらも何も言わなかった。それから前を見て振り返る。

 「……あのさ」

 彼が口を開いたのを肖子涵は見る。

 「私たちも外に出よう」

 「なぜ?」

 宁麗文はこれから起こるであろう出来事を予感して口元をぴくぴくと動かす。

 「このままいたら私たちが犯人になっちゃうだろ。外に出て頃合いになったらまた中に入ろう……」

 「……確かに……」

 二人は龔飛龍と暁蕾の後を追うように琳玩の門をくぐり抜けた。宁麗文は着替えたいのは山々だったが、このまま龔氏の邸宅に行けば何かと不審に思われると考え、それならば仕方なく夜が明けるまで妓女の格好でいようと思った。それを肖子涵に言うわけにはいかないし、彼もまた宁麗文に問うこともしなかった。

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