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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十四 嘘吐き(1)

 それから一週間ほど経ち、宁麗文と肖子涵は毎日のように聞いた情報を出し合って推理を重ねていく。それが終われば灯りを消して身を隠すように眠り、朝が来れば先に肖子涵が出る。その後に宁麗文もそそくさと部屋に戻って飴を噛み砕く。そして日中は翠蘭、妃紗麻、叶青と話をしてまた情報を得る。これを繰り返していた。

 この過ごしている間の宁麗文は首を傾げていた。玥とあまり会えておらず、ほとんど仕事や外出で入れ違っているのだ。最後に会ったのは宁麗文を起こして肖子涵が来ていることを伝えたあの日だった。

 (できれば玥さんからにも話を聞きたいんだけど……今のところは私は肖寧だけ客を取ってる状態で、彼女はいろんな人の相手をしてるから、忙しいんだろうな)

 宁麗文は部屋の中で溜息をついて卓の上に上半身を乗せて腕を向こうに投げる。のんびりとそのままの状態でくつろいでいると戸の向こうから声が聴こえた。

 「子麗。入ってもいい?」

 その声の持ち主は玥だった。宁麗文は慌てて卓から身を離して「どうぞ」と声を掛ける。すぐに彼女が戸を開けて入ってから閉めた。

 「隣の部屋同士なのに中々会えなかったね」

 「はは……」

 玥はにっこり笑って卓の前に座る。すぐにだらけるように卓に上半身を乗せた。

 「どう? 最近調子いい?」

 「はい。結構慣れてきました」

 「よかったよかった」

 玥は破顔して卓に転がって宁麗文を下から見上げるような姿勢を取る。宁麗文は彼女の流れる黒髪と派手な顔つき、そして豊満な胸を見て顔を赤くしながら俯いた。

 「一昨日に相手してた客が今日も来るみたいなんだ。多分あんたと同じ時間に入ると思うけど、そこで声出しちゃったらごめんね」

 彼女の片目が閉じられ、顔の横で両手を合わせる。宁麗文はそれを聞いて若干憂鬱な気分になった。

 (それされたら肖寧とまた気まずくなるんだけど……玥さんが入ってる日って大体声が筒抜けなんだよな……)

 これまで宁麗文が肖子涵と部屋にいる間、何度か玥の声が響いていた。彼女の声はよく通るらしく、翠蘭たちも最初は困っていたが、今はもう慣れたと言う。客もほとんど顔なじみが多く、玥がどれだけ声が大きいのかも分かっていた。唯一分かっていなかったのは宁麗文と肖子涵だけであり、彼女の嬌声を聞く度に宁麗文は恥ずかしくなってそっぽを向いて顔を両手で覆っていたのだ。

 「そういえば玥さん、聞きたいことがあるんですけど」

 玥は宁麗文からの問いに身体をひっくり返して卓の上に両腕を組み、そこに顎を乗せる。

 「なになに? お姐さんに聞かせてみなさい」

 「玥さんって各店舗を変えて仕事をしてるんですよね? ここに来たのはどのぐらい前なんですか?」

 彼女は眉を上げて瞬きをする。そして猫のように伸びをして卓から上半身を離し、手を自分の座っている椅子の背もたれの後ろに投げる。

 「んー……大体四、五ヶ月前? それとも前だっけな……分かんない、覚えてないや。でも、大体そのぐらいにここに来たよ」

 「結構長い間いるんですね」

 「そうだね」

 玥は卓の上に片腕を立てて拳を作ってからそこに頬を置く。そしてにこにことしながら宁麗文の顔をじっと見つめていた。宁麗文は彼女に対する戸惑いで頬を引き攣らせながら笑うしかなかった。

 「……何か、ついてますか?」

 「うん? ううん、そうじゃないの。元気なさそうだからどうしたのかなって」

 それはおそらく、日中の情報収集と夜での肖子涵との話し合いのせいだろう。まともに寝られていないのは数日間身を隠して彼を疲労に疲労を重ねさせた邪祟の怨詛浄化以来だった。

 「ずっと眠くて仕方ないんです……玥さんは元気いっぱいですね」

 「そりゃあね。ずっと閨なんてしてたら元気になるに決まってるでしょ」

 玥からの答えに宁麗文は呆れ笑いを浮かべた。こちらとしては身体を一切合わせずに話し合いをしているだけなのだ。それに頭を使ってしまって疲れが取れないのも無理はない。玥のように身体全体を使って奉仕をするわけにはいかないし、宁麗文も肖子涵も男なのだから尚更できない。

 玥はまた卓に上半身を乗せる。ふと目に止まった宁麗文の腕輪を指す。

 「ずっと聞こうって思ってて聞けなかったんだけど。これって?」

 「これですか? もらったんです」

 「誰から?」

 「……」

 宁麗文はこの時のための嘘を考えていなかった。潜入する前まではどうせ他の皆も何かしら着けてるだろうし言われないだろうとタカをくくっていた。しかし、実際には誰も何も身に着けておらず、宁麗文だけが腕輪を身につけていたのだ。あの三人からも同じ質問をされた時にはどうでもよくなって適当にはぐらかしていて、結局あやふやな状態で放ったらかしにしていたのでちゃんとした嘘を準備していなかった。

 「……昔、お世話になっていた人からです」

 「そうなの? あんた、どこの生まれかも育ちかも分からないのに、お世話になってた人のことは覚えてるんだ」

 その言葉に宁麗文は顔を逸らしてしまった。「しまった、あの時ちょっとでも嘘言っておけばよかった!」と後悔するが今更訂正しても時すでに遅し。宁麗文は場所を転々としながらもその時その時にお世話になった人から色々なものをもらい、その度に色々なものを手放したと玥に嘘を吐いた。ありがたいことに彼女はその嘘を信じてくれたもので宁麗文は心の中で盛大に感謝をした。彼の話を聞き終えた玥は一つ微笑んで瞼を伏せる。

 「あのね。その大切なもので思い出したんだけど。あたしも一つ持ってるんだよね」

 「持ってるんですか?」

 宁麗文の言葉に頷いて「ちょっと待ってて」と部屋を出る。そして少し間が空いて再び戻ってきた。その手には一本の黄金色の髪紐が収まっていた。彼女はそれを愛おしそうに撫でる。

 「これね、この前言ってた子供からもらったんだ。『今は買えないけど必ず稼いでくるから、それまでに持っていて』って」

 宁麗文はその髪紐を見る。それは端々に繊細な刺繍が施されていて、様々な花が咲いていた。おそらくこれを渡した子供は普通の家庭ではなく、身分の高い家庭で過ごした者だろう。

 「でももう来なくなっちゃったから意味ないんだけど。まあ、綺麗だし、捨てるのももったいないから持ってるだけだよ」

 「……来なくなってもまだ持ってるのは、失くしたくないほどに大切なものだと思います」

 玥は顔を上げて宁麗文を見る。彼はそっと微笑んで瞼を伏せた。

 「私にはそういうものはないけど。けど、玥さんが今もその髪紐を持っているのは、本当は迎えに来てほしいからかなって思います。だって、そうじゃないと今まで持つ理由なんてないですよ」

 「……そうかな?」

 玥は微苦笑しながら髪紐を両手で持って胸に押しつける。その表情は穏やかで、いつもの彼女とはまた違っていた。宁麗文は微笑んだまま玥を見つめ、次に違う話題を口に出す。

 「そういえば、もう八月が終わりそうなのに全然虫見えませんでしたね。どこも痒くないし……」

 「確かに蚊の時期だったね。婆さんが対策でもしてたんじゃない?」

 玥は黄金色の髪紐を持ったまま卓から離れて寝台に膝を乗せてから窓を開ける。外には活気で溢れて様々な声が流れてきた。

 ふと玥が窓の外を見る。宁麗文は何かを見ている彼女に気になって寝台に乗って並んで見た。そこにはやや大きい蜘蛛が巣を張って近くに張りついてしまった綺麗な蝶に近付いていた。宁麗文はそれを見て顔を顰めていたが、彼女に顔を向けると何も感情を表していないことに気付く。

 「……どっかに黒虫が潜んでたりして」

 「ヒッ! そんな怖いこと言わないでくださいよ!」

 玥は青ざめる宁麗文に顔を向けて笑った。窓を閉めてまた別の話題にのめり込む。その後は二人で彼女のお気に入りの茶楼に入って食事を済ませて宁麗文は先に部屋で待つことにした。

 (なんだかんだ、私が先に入るのは初めてだな。肖寧が入ってきたらびっくりするだろうな……)

 肖子涵が戸を開けて自分を見た時の反応の想像をしてつい笑みが溢れる。それもすぐに正して寝台に腰掛けて待っていた。

 一炷香ほどして戸を叩く音がした。

 「どうぞ」

 声を掛けるとゆっくりと戸が開き、中に入ってきたのはやはり肖子涵だった。彼は先に中にいる宁麗文を見て目を丸くする。宁麗文はおかしくなり笑いながら寝台に寝転んだ。肖子涵は我に返って戸を閉めて寝転がる彼の隣に座った。

 「やっぱりびっくりすると思った。私が先に入るのは初めてだよな」

 「ああ。なぜいるのかと思った」

 「ははっ、桜綾さんが先に入れって言ったんだよ。ここ毎日、私の客は君だけだからね。彼女もそれを分かってわざわざ言ってきてくれたんだ」

 「そうなのか」

 笑いすぎて目尻に涙を溜めてそれを指で拭ってから起き上がる。宁麗文が口を開きかけた時、近くから女の大きい嬌声が上がった。彼は分かっていたはずなのに、それに驚いて思わず肖子涵に抱き着いてしまう。

 二人はもう慣れたはずなのに、彼女の声が突然響くのだからその度に心臓が持たないのだ。……もちろん、違う意味で。

 宁麗文は慌てて肖子涵から離れて両手で顔を覆う。瞬く間に赤くなった顔を見られたくなかった。

 肖子涵にその顔を見られないように背を向けて瞼をきつく閉じてから耳を塞ぐ。玥の嬌声は耳に残りやすいらしく、それを何度も聞いた宁麗文は耳を塞いでもまだ聞こえていた。

 「宁巴」

 肖子涵は宁麗文を何度も呼ぶが、彼は耳を塞いでいて何も反応しない。肩に手を置こうとしたが、初めて二人で部屋にいた時のことを思い出して躊躇ってしまった。そのうち宁麗文は上半身を前に倒していき、とうとう全てを拒否する猫のように蹲ってしまった。肖子涵は更に困ってしまって情報交換どころではなくなった。意を決して宁麗文の耳を塞いでいる手を掴んで耳から遠ざける。宁麗文はおそるおそる振り返って彼を見た。真っ赤な顔はまだ冷めておらず、下唇を噛んで眉を顰めて泣きそうになっている。肖子涵はいたたまれない気持ちになって彼から手を離した。

 「……その……」

 「……なんだよ……」

 宁麗文は上半身を起こしてまたそっぽを向く。耳まで真っ赤になってしまっているのだから、相当熱いはずだ。膝に手を置いて羞恥からカタカタと震えている。

 (玥さん……! ちょっとでいいから声を抑えてくれ!)

 玥に対する不満を漏らすが、当然彼女には届かない。それどころか宁麗文を嘲笑うように喘ぎ声が段々と強くなってきていた。宁麗文は震えたまま瞼を強く閉じてまた下唇を噛む。

 「宁巴」

 「だから何?」

 「こっちを向いてほしい」

 宁麗文はぐっと向きたい気持ちを堪える。二人で話し合わなければ進まないのは分かっているが、どうしてもいたたまれない気持ちが勝ってしまうのだ。振り返って彼の顔を見てしまえばあの口付けをした時を思い出してしまうので振り向くこともできない。

 「……あのさ、肖寧」

 「なんだ」

 「今日は……もう寝よう……」

 宁麗文はもう、何もしたくなかった。

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