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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十三 情報交換(2)

 その後は肖子涵は情報交換のために彼を買うと約束し、宁麗文もそれに応える。そうして夜明けを過ごしてから二人は別れた。肖子涵が部屋から出ると、宁麗文は一気に疲れが溜まったように寝台の上に横たわる。

 (結構疲れた……まさか肖寧が来るとは思わなかったな)

 宁麗文は戸を背にして胎児のように丸くなる。そのままうとうとと眠気を感じていると、戸がいきなり開かれた。

 「コラァッ! いつまでそこにいるんだい! 掃除の邪魔だから出て行きな!」

 「うわぁっ!?」

 驚いて飛び上がった宁麗文は素の声を上げてしまう。「しまった」と口を片手で押さえながら振り返ると、そこには鬼の形相で睨む桜綾が立っていた。桜綾は彼の声を聞いてするすると鬼から人間の顔に戻る。

 「あんた、飴を舐めてないとそんな声になるんだね。女の声もいいけどそっちも気に入ったよ」

 「あ、本当ですか?」

 「そうさ。だがこれとそれとは別だよ。早く出て行きな」

 桜綾は彼の羽織を胸ぐらを掴むように強く引っ張り、宁麗文は慌てて寝台から降りる。もみくちゃになった髪を整えもせずにその部屋から逃げるように去って、そのまま上階へ戻って飴を噛んだ。溜息をついて今度は自分の寝台に寝転がる。

 肖子涵との久しぶりの会話に疲れてしまったからか、やはり眠気に襲われて瞼が上下に揺れる。意識が朦朧としたところで不意に自分の指が自分の唇に触れた。途端に昨日の口付けのことを思い出し、それまで襲いかかってきていた眠気が一気に弾け飛び、宁麗文は顔を赤くして両手で覆いながら寝台の上をごろごろと左右に転がる。あまり叫んでしまうと何かと心配されるのがオチなので声にならない声をあげるしかない。

 (クッッッソ! クソ! なんで龔飛龍から聞かされてないのにここに来たんだ!? 協力してくれるのはありがたいけどここに来た理由を聞き損ねた!)

 おそるおそる手を顔から離して泣きかけの目のまま昨夜の出来事を思い返す。

 宁麗文の外れない腕輪によって肖子涵は最初から彼だと見破り、それでも尚、宁麗文からの口付けに応えた。それに付け加えて自分からも仕掛けてあまつさえ口の中に舌を入れてきたのだ。まるで最初からそうしてやろうかと思わんばかりの勢いで宁麗文は戸惑うしかなかったのだ。

 (あんなのっ……あんなの、どこで覚えてきたんだよっ! ていうか最初から分かってたなら拒否ぐらいしろ!)

 掌を拳に変えて息を荒らげながら顔を顰める。

 青鈴との事故で口付けをしたのは人生で初めてだが、肖子涵のように口の中で舌を蹂躙されるのは昨夜で初めてだった。そこまで考えて次に女の声の自分の上げた喘ぎ声を思い出してしまった。わなわなと拳を緩めてうつ伏せになり、片手でバンバンと寝台を叩く。えも言われぬ感情が彼に襲いかかりどう発散すればいいのか分からなかった。

 「どうしたの? すごい音が聞こえたけど」

 宁麗文は我に返って戸に顔を向ける。どうやら寝台を叩いた音が意外にも響き渡っていたようで、慌てて起き上がって身なりを整えながら戸をそっと開ける。戸を開けたその廊下にいたのは叶青だった。彼女は首を傾げながら彼を見ており、宁麗文は彼女に引き攣らせた頬で笑っていた。

 「ううん、なんでもない。虫が壁にいたから潰してたんだ」

 「そうだったんだ」

 「うん。他の皆は? 仕事?」

 叶青が頷く。宁麗文はそのまま部屋を出て後ろ手で戸を閉めた。

 「二人共、昨日から忙しいのなんの。私はしばらくお休みをもらったから、これからどこか行こうかなって思ってたところなの」

 「珍しいね? 叶青が休みだなんて」

 「そうなの。うちには子麗も入れて五人しかいないからね、その分忙しくもなっちゃうよ」

 「ずっと思ってたんだけど、なんでこんなに人が少ないの?」

 宁麗文の問いに答えようとする叶青は片目を閉じて開いて下階への階段に向かう。宁麗文も彼女に着いていって叶青は階段を降りて桜綾のいる卓を過ぎて外に出た。宁麗文はその間に髪を整え服の乱れを少しずつ直して羽織を肩にしっかりと掛ける。叶青は振り返って片手で肘を支え、もう片手で頬を支える。その顔にはどこか憂いを帯びていた。

 「最近ね、事件が結構起きてるの。子麗は知ってる? 行方不明の人たちが増えてるの」

 宁麗文は目的のものだと察知してすぐに嘘を吐く。

 「ううん、知らない」

 「そりゃあ最近来た子は知らないよね。詳しいことはご飯に行ってから話すね」

 宁麗文は頷き、叶青は手を解いて彼女の好きな茶楼へと向かった。宁麗文は彼女に着いていっている間に様々な情報を得ようと周囲に耳をそばたてる。所々にどの遊郭の女がいいだの酒場の飯が美味いだの、特に任務に関係のある話は出てこなかった。「流石琳玩だな……」と心底呆れていると叶青が立ち止まって「ここよ」と目の前の茶楼を指した。

 中に入って料理を頼み、それぞれ来た順から食べ始める。宁麗文はいつ話を始めるのだろうと今か今かと待ちながら箸を動かす。叶青の目の前の器が下げられたところでようやく口を開いた。

 「最初はね、門の一番手前にある遊郭から出たのよ。いなくなったのはとても綺麗な人とそのお客さん。二人共、部屋にいたときにスッていなくなっちゃったみたい」

 「部屋にいるのに?」

 叶青は頷く。

 「そこの周りにいる人もその二人を見てないって言ってたって。確かに窓は閉められてたし、かと言って中の戸から出た跡もないの。本当にどこかに消えちゃったらしいわ」

 宁麗文は眉を微かに顰める。中からも外からも出入り口を通っていない。なのにそこにいた男女二人は行方知れず。人が消えるのは非現実的であるが、なぜそうなったのかは分からない。

 「そこから段々他の遊郭でも増えてってる。それで、そこにいた妓女たちは怖くなって自分から死んだり遊郭から逃げてお客さんたちの家に逃げ込んだりしてるらしいのよ」

 「これまでどれだけ被害に遭ってるのかは知ってるの?」

 叶青は首を横に振った。

 「分かんない。でも、遊郭から人が消えていくのはバラバラだから、最初のところでも結構前よ」

 「結構前? どのぐらい前?」

 叶青の小さくて細い指が彼女の顎を軽く突く。その後に自分の指を年を数えるように折っていく。

 「んんと……五、六年ほど前かな? 私がその話を聞いたのは大体三ヶ月ぐらい前だけど、つい最近のだと四ヶ月ぐらい前になるわ」

 宁麗文は食べ終わった箸を置いて瞼を閉じて腕を組んでから小さく唸る。最初の被害は五、六年ほど前。そこから次々と虱潰しの如く行方が分からなくなっていく、元から化粧もしなくても分かる派手な顔つきの美女とその客。そして極めつきは窓も戸も開けずに忽然と消えた密室での出来事。あまりにも情報が多いと感じた宁麗文は少しずつ頭の中で整理をする。

 「子麗? 子麗ったら」

 「へっ?」

 叶青が宁麗文を呼んで、それに我に返る。妓女のふりをしているのに思わず素の癖が出てしまっていたようだ。

 「大丈夫? どうかしたの?」

 「いやっ……いや、違うの。もしうちにも来たらどうしようって思っただけ」

 軽く冷や汗をかきながら愛想笑いで返すと、彼女も同じように思ったらしく苦笑を浮かべていた。

 「そうよね。しかも、うちには姐さんがいるもの。あの人がいなくなっちゃったら私たちの心の拠りどころがなくなるわ」

 「心の拠りどころ?」

 首を傾げる宁麗文に叶青は苦笑から微笑みに変える。

 「そうよ。私たちのところはね、最初はまだ女の子がいっぱいいたの。子麗も初めて夜伽をしたときに気付いたと思うけど、お部屋の数が結構あったじゃない?」

 「確かに……少人数で回せる数じゃないなって思ってた」

 「うん、そうなの。姐さんが来る前まではお部屋たちが全部埋まるか女の子たちが余るかぐらいだったの。だけど……あの事件を知った皆は次々とうちを出ていったわ。結局残ったのは私と翠蘭と妃紗麻だけ。三人だけでなんてまともにお客さんを迎えるわけなんてないの」

 叶青は困り眉で茶器の縁を指でなぞる。宁麗文は彼女の指を見るだけだった。

 「……他の遊郭にも客は来るんじゃないの?」

 叶青はその問いに首を横に振った。

 「それがね、他のところも同じ状況で。今のところはうちとあと二、三軒ぐらいしかないわ。あと青楼もあるけど、あそこはお客さんの教養も必要だから入れる人は限られてる。だから実のところ、ちゃんと経営してるのは少ないのよ」

 話をしながら店員に追加で茶を頼み、注いでくれる途中でも話を続ける。

 「こんな状況で今後どうすればいいか分からなくて。私たちはお客さんを迎えながら、明日のご飯が食べられなかったらどうしようって怯えてたわ。けど、つい最近、姐さんが入ってきて。彼女のお陰で私たちも頑張ろうって思えるようになったし、姐さんも私たちがいてくれて助かるって言ってくれたの」

 「そうだったんだ……」

 玥という人物は彼女たちにとって希望という光の存在なのだろう。宁麗文も接してみて彼女は明るく、人を傷付けない人だと分かっていた。だが、あの朝の妙にもの憂げな表情に疑問が浮かぶ。

 (玥さんは確かいろんな遊郭を転々としてたって言ってたな……もしかして、その時その時に被害に遭いそうって危機を感じて変えていたのかもしれない)

 もちろん、これは宁麗文の推測に過ぎない。瞼を伏せて小さく息をついて茶器の中の茶を全て飲みきった。

 その後、叶青は買い物にでかけると言ったので茶楼の前で別れて宁麗文はそのまま遊郭に戻った。卓の奥にいた桜綾は彼を一目見て煙管の煙をふかす。

 「最近はどうだ? 叶青たちと仲よくなれてるかい」

 宁麗文は照れくさそうに頬を指で掻きながら「はい」と答える。

 「皆さん、とてもいい子たちで過ごしやすいです」

 頬から指を話してまた口を開く。

 「そういえば、龔飛龍はここに来ましたか?」

 「来てないね。あの子は遊郭が嫌いだから、あんたの受け渡しをして以来一切顔も見てないさ」

 (龔飛龍……)

 宁麗文は頬をぴくぴくと動かしながら呆れる。あくまで宁麗文の任務であり、依頼を持ち掛けた龔氏とは関係がないと言いたいのだろう。

 「桜綾さん」

 桜綾は煙管を吸ってから息を吐く。

 「なんだい」

 「なぜ龔飛龍は遊郭が嫌いなんですか?」

 桜綾は溜息をついて煙管の中の灰を灰皿に叩いて落とす。瞼を伏せて卓に肘をつけて自分の顎を支えた。

 「あたしから言うことはないよ。あれはただの災難だったんだ」

 「災難?」

 宁麗文が問いを投げても彼女は何も言わない。彼は疑問に満ちた顔をしていたが、これ以上聞き出すのは無理だろうと判断して会釈をして部屋に戻った。

 宁麗文は戸を閉めてすぐに寝台に転がる。叶青との食事で満腹になった心地よさと昨夜の一睡もできていない疲労感からか、今度は意識をなくすようにその場で眠った。

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