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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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二 前日祭(2)

 人通りが多くなってきた場所を歩きながら、宁麗文は肖子涵を見る。

 「そういえば、君の年齢を聞いてませんでした。おいくつですか?」

 それにすぐ我に返って苦笑する。

 「失礼でしたね。すみません」

 何も話題がない宁麗文は悲しいことに年齢を聞くしかできなかった。それもそのはず、彼は生まれて初めて家族以外の人間と話すのだから、緊張するのは当たり前なのだ。肖子涵は彼に顔を向けて立ち止まる。宁麗文も彼に続いて立ち止まると「あなたと同じくらい」と返された。

 「同じ……十八歳ですか」

 「ああ」

 「ああ、そしたらかしこまるのは不自然ですね。えっと……」

 「肖寧シャオニンだ」

 「肖寧」

 肖子涵はしっかりと頷き、宁麗文の茶色の双眸をじっと見つめる。宁麗文もまた彼の黒色の双眸を見つめ返し、彼の名前を繰り返した。宁麗文は肖子涵ににっこりと微笑んで口を開く。

 「だったら、私のことも宁巴ニンバーって呼んでほしい。家族以外の誰にも……ううん、誰からも言われたことがないんだ。どうせなら一番最初にできた友人に呼ばれたい」

 その言葉に肖子涵は瞬きをする。宁麗文は返した言葉を頭の中で反芻すると、「なんてことを言っちゃったんだ」とまた恥ずかしくなって顔を赤らめた。

 「あー、いや、その、えっと。一番最初の友人、じゃない、その……呼んでほしいのはそうなんだけど、違うんだ。普通は字で呼ぶべきなんだけど、その、君に倣って言ったわけで。違っ……ああもう、なんでこんなに言葉が出てこないんだ。恥ずかしい……」

 「恥ずかしい」の最後の声は段々と小さくなり、彼自身だけ聞こえる声量になる。両手で自分の顔を覆って俯いたが手に触れても分かるほどに顔は熱くなっており、晴天でもあるからか、体温は上昇していくように感じていた。

 「分かった」

 肖子涵の声に宁麗文は顔から手を離すと、彼の口元がわずかに上がっていることに気が付いた。

 (もしかして、私と同じで私が初めての友人だから呼ばせたかったのかな?)

 ありもしない考えが膨らんで、熱を冷ますように手を動かしながらその考えを打ち消した。宁麗文は懐から扇子を取り出して扇いでいると、肖子涵が彼の目を見る。

 「もう少し歩こう。この先に舞台があると聞いた」

 「舞台……ああ、華伝投のためのあれか」

 肖子涵は彼の言葉に頷き、行き先に身体を向ける。宁麗文も身体を向けてから二人でまた歩き出した。

 宁麗文の目の先に興味を示せば肖子涵がそれを買って彼に渡すという行動を三、四回ほど繰り返し、そうこうしているうちに明日の華伝投をやる舞台が目の前に立った。それは白い漆喰の壁を長くそびえ立たせ、屋根には多くの花たちが乗っている。これらは江陵宁氏の術でもあるが、実際に触れることもできる珍しいものたちだ。宁麗文は知っている仙術でも、実際に目にしたことがない。心の底から興味と感嘆の声を漏らしてただただそれを見上げている。

 宁麗文は肖子涵より一歩早く踏み出して舞台の入口に手をつける。それは古ぼけてはいるがまだ現役だと言わんばかりに分厚く、しっかりとしていた。

 「明日、ここに入るんだ……」

 肖子涵は彼の背後に立つ。宁麗文が振り返った。

 「肖寧、今更だけど緊張してきちゃったよ」

 「なぜ?」

 「なんでって、明日は華伝投にやっと参加できるんだ。……この十八年はずっと外に出ることを夢見てきた。私が生まれつき身体が弱かったことは知ってた?」

 「知っている」

 「なら話は早い。昔から病弱なもので、毎日は咳だったり頭痛だったり、そりゃあ普通の人なら考えられないぐらいの病状が毎日続いてたんだ。けど、整った食事と定期的な投薬、睡眠もちゃんと取って過ごしてたらこんなに元気になっちゃってさ。今は一回も風邪とかひいてないんだ。当たり前なことなんだけど、やっぱりこういうのは大事なんだろうね。それから──十六歳の頃かな。少しずつ身体が丈夫になってきたってことで、世家会に出席する話が出てさ。せっかくなら出ようって思ってあの日まで生きるのに必死だったよ」

 話せば話すほどややこしくなってきたことを感じながらも、徐々に顔を赤くしながら勢いよく最後まで終える。肖子涵はその間も何も言わず、宁麗文の話に耳を傾けていた。つい肖子涵の目を見てしまった宁麗文は勢いよく話したまま、若干の早口で話を切りあげる。

 「あー、えっと、つまりだ、今まで外に出なかった人間が急に出たらいろんなものに興味を示してしまうし、なんでも欲しがってしまう。そういう人がいることだけは分かってくれ」

 「分かっている」

 「そう? ならいいや」

 宁麗文は赤らんだ顔のままはにかんで振り返る。目の前の扉はまだ開かない。華伝投の当日以外は開かないように厳重に管理されているのだろう。宁麗文は扉を愛しむように何回も撫でて腕を下ろした。

 「まだ解散まで時間がある。飯でも食おう」

 肖子涵が彼に声を掛ける。また振り返った宁麗文も頷き、彼の隣に並んでその場から離れて歩き始めた。

 日は沈み辺りは薄暗くなる。一つの屋台が灯りを点けたのを皮切りに次々と空の下が明るくなる。その橙色の灯りは柔らかく風に揺れていた。子供たちは親に呼ばれて素直に家に帰り、若い者たちはこれからだと躍起になって町を練り歩く。宁麗文も肖子涵も例に漏れないが、初めての町に入った宁麗文は昼頃よりこの光景に心を弾めていた。二人は一炷香もしないほどの時間まで食事処を探して中に入る。そこは年季はさほど入ってはないが、この時刻だからか繁盛していた。店員に案内され通された座敷に座る。宁麗文は店での作法を知らないので肖子涵に全て任せた。

 「すごいな。ここはこんなに人がいるんだ。夜だからかな?」

 「そうだ。ここは初めてだが、他のところではたまに噂話や情報も手にすることもある」

 「邪祟のことか?」

 肖子涵は頷く。

 「半年前に起こった凶鶏事件を皮切りに多くの邪祟が出現した。ここ数ヶ月の間でも少なくとも三十もの依頼と怨詛浄化を行っている」

 宁麗文はその事実に驚いて目を丸くした。

 「世長会でもその話は出てなかったから知らなかった。最近兄上が家を空ける日が多いと思ったんだ。でも、その様子だとまだ各地にいるってことだろ? もう実害も出ていてもおかしくないか?」

 「それを防ぐために今は秋都漢氏しゅうとカンしが動いて、各世家の管轄内を覆う門と塀を建設している」

 秋都漢氏は江陵宁氏の四十里も西に存在する世家であり、彼らは様々な建築方法を生み出した親でもある。二年前まで出なかった邪祟に頭を抱えた各世家の宗主たちは少しでも被害を抑えるようにと議論を重ね合わせ、秋都漢氏の宗主の漢博龍カンハクリュウが案を出したのだ。しかし、秋都漢氏の管轄外の他世家の者たちはその案に不満を抱く者も少なくはなかった。それは各世家からの令を敷かれても尚治まることはなかった。一部からは暴動が出てしまう始末で、そこは治める世家によって鎮まったことではあるが、どうしても簡単には通ることはなかった。

 肖子涵による説明の途中で料理が卓に運ばれる。彼は箸を手に取って再び口を開いた。

 月に一回の世長会にて再び意見が飛び交い、最終的に江陵宁氏の宗主の宁浩然が全区域に出向かい地道な通告令を敷いた。この話は宁麗文も出席しているので知ってはいるが、肖子涵のように詳細までは知ることはなかった。

 「なんで私の知らないことまで知ってるんだ?」

 肖子涵は鹿肉の煮込みを口に運び、それを飲み込んでから「父上から聞いた」とだけ返す。

 洛陽肖氏はどの世家よりも一番長く歴史があり、彼の父でもあり現宗主でもある肖関羽は十九代目だ。この世家は江陵宁氏ととりわけ仲がよく、特に宗主同士の宁浩然と肖関羽は座学時代からの友人だ。しかし、彼らの子供たちは交流する機会は全くなく、特に三男である肖子涵だけはそれを避けていた。その理由は本人の口から聞くことはできず、はっきりとしたものは分からない。

 「そういえば、半年前の世長会には出席したっきりで次からは出てなかったよな? それもやっぱり怨詛浄化の依頼が来たからか?」

 「違う」

 「違う? じゃあなんだ?」

 「単に行きたくなかっただけだ」

 「なんだそれ……」

 「あんな老いぼれ共の集会には行きたくないんだ。俺たち若者に無理な押しつけをするから行きたくない」

 何度も「行きたくない」という言葉を発するほどに世長会への不満が大きいことが伺える。普段は洛陽肖氏の宗主、肖関羽とその長男は出席している。ごく稀にその長男が出られない代わりに肖子涵が出席をしている。決して強制されているわけではないが来ては飯を食い、すぐに帰るような男だった。洛陽肖氏に関しては肖関羽は必ず出席するが、その子供たちは出ないことが多い。宁麗文が出席し始めたその月からは長男も出ない月が長く続いていた。

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