表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
64/220

二十一 遊郭(2)

 宁麗文は憂鬱な表情を浮かべたまま龔飛龍が手配した籠の中にいる。

 (聞いてない……聞いてないし信じないぞ……)

 宁麗文は両手で顔を覆いながら頭を振る。

 (なんっっで私が女装なんかしなくちゃいけないんだ!? なんのための準備だよ!)

 籠の中にいる宁麗文は唇に少しの朱を、目尻にはやや抑え目の淡い朱を乗せていて、元から白い肌なために白粉は施していない。これまた元から絹のような肌触りのある茶髪も更に滑らかに整えられていて、服もいつものような簡潔な白と薄緑ではなく、繊細な牡丹の刺繍を施されている淡い赤をまとった上に鶴の綺麗な佇まいの刺繍をされた白の羽織を肩に掛けている。当然首下から胸元は何もなく、胸には詰めものがされている。

 宁麗文は自分のことを普通の顔立ちだと思っているのだろうが、女よりも凛々しいが男よりも柔らかい。つまり中性的な顔立ちであり、これを普通の顔と言える彼を見れば誰もが「そんなわけあるか」と口を揃えて返すだろう。しかし、それでも身体は男だ。琳玩龔氏の家僕たちは宁麗文がいかに『女』に見えるのかを色々と試行錯誤して仕立てて半時辰ほどしてようやく仕上がったのだ。

 溜息をついて両手を顔から離して、妓女の服の構造のせいできっちりと揃えられている膝にその手をつけた。どうしてこんな格好をさせられなければならないのか、綺麗に『女』として仕立てあげられてしまった彼は理由も聞けないまま突然籠に押し込められたのだ。

 宁麗文は垂れている簾を少し上げて近くで歩いている龔飛龍に嫌な顔をする。

 「なんで私がこうならなきゃいけないんだよ……」

 「似合ってるぞ」

 「似合ってるとかないとかそういう問題じゃない! 理由を聞いてるんだよ理由を!」

 「そんなに声出すなよ。男だってバレるぞ」

 「〜〜っ!」

 顔を真っ赤にしながら簾を思いきり叩いて籠の中に籠る。膝に顔を埋めながら椅子をドンドンと叩いて怒りを手に込めていた。いくらか恨み言をつらつらと垂れ流してから深呼吸をして膝から顔を離す。また簾を少し上げてから龔飛龍に声を掛けた。

 「なあ、聞きたいことがあるんだけど」

 龔飛龍はまた宁麗文を見上げた。

 「君、周りから女嫌いって言われてるけど、なんでそう呼ばれてるんだ?」

 宁麗文からの問いに龔飛龍は苦い顔で舌を出す。頭と手を振って「なんでそんなこと聞かれなきゃならないんだよ」と零す。

 「別に、昔色々あったからそうなっただけだ。女嫌いって言われるのは癪だけど……まあ、あながち間違ってはない」

 「ふうん」

 本人が理由を濁すのなら相当な過去があってのことだろう。様子を見るに青鈴のことではなさそうだし、宁麗文はこれ以上聞いても無駄だと考えて返事をした。

 「あ、そうだ。その声のままだと男だって分かられちまうだろ。これやるよ」

 龔飛龍は懐から小さな嚢を取り出して宁麗文に渡す。持ちながら首を傾げて中を開けばいくつかの飴が入っていた。

 「これは?」

 「舐めたら一日は女の声に変わる飴」

 今度は宁麗文が苦い顔をしながら一粒の飴を持ち上げる。

 「なんでそういう変なものがあるんだよ……非現実的すぎるだろ……」

 「そんなこと言うなら御剣もだろ。俺はそれの作り方は知らないから、文句を言うなら父上に言ってくれ」

 龔飛龍から飛び出た言葉に宁麗文は面食らった。と同時に呆れながら溜息をつく。

 (なんで龔宗主が作ったんだよ!? そういう趣味でもあるのか?)

 宁麗文はどんな感情を持ってしても他世家の宗主に文句を言う度胸はない。それは桂城で唐暁明から言われた「暇そうだったから」と言われた時もそうだった。宁麗文は不意にそのことをまた思い出してまた気落ちする。

 苦虫を噛み潰したような表情をそのまま続けて一粒の飴を口に入れる。カラコロと舌で舐めてから「あ、あ」と声を短く出す。すると、彼の声は瞬く間に女の声へと変わった!

 宁麗文は眉を顰めて驚愕しながら龔飛龍を見る。彼もまた驚いて瞬かせて、噴き出して笑った。

 「わはははははははは! 本当に女の声になってる! 宁麗文、お前は完全に女になってるぞ! はははははは!」

 「……」

 宁麗文は盛大に笑う龔飛龍を薄目で睨むことしかできなかった。

 

 二炷香ほどして潜伏先の遊郭に着く。宁麗文は籠から出てその建物を見上げた。その遊郭は二階建てであり、青色の瓦で屋根を作っていて、漆喰の壁をそびえたたせている。入口には赤い戸があり開けられていて中が見える。藍色に金で縁取られている看板には『宝仙』と書かれていた。

 「ここが今回の潜伏先だ。一応仕切ってる婆さんには話をつけてあるから安心しな」

 「安心しなって……」

 まだ女声になっている宁麗文に龔飛龍は噴き出して笑う。その度に宁麗文は眉を顰めたまま睨む。ここでたむろっていても仕方がないので中に入った。すぐ隣に受付をしているやや高い卓が置いてあり、その奥に煙管を手にしている老婆が立っている。彼女は宁麗文を見るやいなや「あんたか」と口に出した。

 「龔公子。こいつがそうなのかい?」

 「そうだよ。宁麗文、この人は桜綾ヨウリンさんだ。婆さん、後はよろしく頼む」

 龔飛龍は老婆に拱手をして、彼女もまた彼に拱手を返した。宁麗文は呆気なくその場に取り残され、中では桜綾との二人きりになった。

 自分の身長よりも幾分か低い彼女に頬を引き攣らせながら愛想笑いを浮かべる。

 「ふうん、身体はゴツいが顔はまあまあの上玉だね。髪も綺麗に整えられてるから売上の心配もなさそうだ」

 「あの……」

 「女の声もするね。あんた、何か食べてるのか?」

 宁麗文は手に持っている嚢を桜綾に見せる。彼女はそれを見て噴き出して笑う。宁麗文は驚いて口を開けながら瞬いた。

 「久しぶりに見たな。まだ持ってたのかい」

 その言葉に宁麗文はまた龔星宇に呆れた。もしかしたら、彼は昔こういうもので男を欺いては遊び呆けていたのかもしれない。彼女はひとしきり笑ってから落ち着いて目尻に溜まった涙を指で拭う。

 「それで、あんたはなんて言うんだ?」

 「あ、えっと、宁麗文です」

 「そうか。だけど今は任務中だ、その名前はやめて他の名前を使いな」

 「他の名前……?」

 宁麗文は面食らって白の羽織を肩からずるりと下ろしてしまう。桜綾はにこにこと何も言わない。

 (他の名前だって? 確かに今は女の人としているんだし、そうしなきゃいけないんだろうけど……)

 宁麗文は視線をあちらこちらへ動かしながら白の羽織を肩に掛け直し、腕を組みながら首を傾げる。うんうんと唸ってから思いつき、そしてやや俯いた。

 (肖寧の名前使おうと思ったけど、それは流石に失礼だよな)

 しかし俯きながら少しばかりのイラつきを目元に込める。桜綾に見せないまま頬をぴくつかせて頭を小さく振る。

 (いや、でも、私を避けた罰だ。肖寧の名前を使ってやろう)

 「子麗ズーレイにします」

 宁麗文は腕を下ろして顔を上げてから愛想笑いをまた浮かべる。人の名前を勝手に使って自分の名前と組み合わせたことに若干の良心が痛んだ。しかし、これは肖子涵への罰だと自分に言い聞かせながら、彼は自分のことをそう呼んだ。

 桜綾は「子麗ねえ」と名前を繰り返す。伸びた爪で卓をトントンと鳴らしてから歯を見せて笑った。

 「分かったよ。それじゃ、教育係のところに行こうか」

 「教育係?」

 そもそも宁麗文は任務のためにここに来たのだ。それなのに、なぜ教育係をつけられるのだろう。もしかして他に協力者がいるのではないだろうか。それを口に出すことはせずに自分の頭の中で考える。すると一人の女が上階から降りてきた。

 「婆さん、その子は?」

 彼女は宁麗文のように白く滑らかな肌を持ち、派手に近い顔つきをしている。目元や唇に化粧らしいものはなく、見てくれからして元々の顔立ちなのだろう。宁麗文と同じ、いや彼よりも美しい。どうやら彼女は宁麗文のことを知らされていなかったようだ。目を丸くしている女に桜綾は「新人だよ」と返す。

 「今から教育係を選ぶところだったんだ」

 「はあ、教育係ねえ」

 女は宁麗文の近くまで来て全身を舐めるように見回す。宁麗文はかつてないほど女に近くで全身を見回された経験が全くないので、身体の前で指を絡めて俯きながら顔を赤らめていた。

 女は「うん」とだけ頷き、桜綾に振り返る。

 「婆さん、この子の教育係にあたしが立候補してもいい?」

 宁麗文は嘘だろと言わんばかりに口をぽかんと開ける。桜綾は片眉を上げて「いいだろう」と返した。

 「この子の部屋は?」

 「上階の角部屋が空いている。そこに住ませな」

 女は歯を見せて笑いながら返事をして宁麗文の背中を押す。彼は押されながら上階へ昇っていって角部屋まで案内された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ