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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十一 遊郭(1)

 宁麗文はまだ酒が抜けきっておらず、二日酔いで何度も吐き気を訴えていた。そのため宁雲嵐が龔飛龍に「少しの間だけ待ってほしい」と告げて彼を数日間療養させた。そのうち体力を回復させ、琳玩へ行く準備を済ませてようやく龔飛龍に着いて向かうことになった。

 数刻を掛けて御剣で森を抜けて琳玩を囲む壁の前へ到着して祓邪を鞘に納める。宁麗文は高くそびえる壁を見上げた。

 「行こうか」

 龔飛龍は門の下を潜り抜ける。宁麗文も頷いて彼に続いて入った。その中の景色を見て目を見開く。

 桂城とも膳無とも違う、煌びやかな装飾が所々に散りばめられている。豪華に見える建物はおそらく、全て遊郭か青楼だろう。それの間に茶屋や茶楼があって、それにも人はひしめき合っているように見えた。行き交う人々は男も女もいたが、老若男女問わずではない。子供はいるが少なく感じていて、むしろそれが『花街』と強調している。

 宁麗文が目の前の光景に唖然としていると、龔飛龍が振り返って彼の前で手を振った。

 「どうした? まだ家に着いてないぞ」

 宁麗文は我に返って彼の隣に並ぶ。

 「こ、これが全部遊郭? なんだか思ってたのと違う……」

 「まあ、そうだろうな」

 龔飛龍は頭の後ろで腕を組みながら行き交う人々に会釈をしていく。宁麗文は見回してみると彼のような麗しい人がこの場を歩いているのが珍しいのだろう、主に女がちらちらと彼を見ていた。見られて見られて、見られまくってなんだかいたたまれない気持ちになって口を噤んだまま俯く。

 (なんか……なんか、本当に思ってたのと全然違うぞ……!?)

 「そういえば、江陵に青鈴いるって本当?」

 宁麗文は驚いて顔を上げて彼を見る。龔飛龍もまた彼を見た。まさか、女嫌いと言われていた龔飛龍が彼女の名前を口に出すとは思わなかったのだ。

 「な、なんで青鈴?」

 「その反応からすると本当っぽいな」

 「君はあの子とどういう関係なんだ?」

 龔飛龍は苦笑しながら腕を下ろす。頬を指を掻きながら「幼なじみなんだ」と呟く。

 「幼なじみ」

 「うん。青鈴から聞いたと思うけど、元は琳玩の生まれなんだ。あの子の父親は俺の父上の仕えで、彼は……まあ、それもあの子から聞いたか。それで山賊に襲われて、両親を失って……」

 龔飛龍は歩きながら瞼を少し伏せる。宁麗文はそんなもの憂げな彼を見ていた。

 「実は俺、その計画を知ってたんだ」

 「えっ」

 驚いた宁麗文にやや引き攣らせた顔で笑いかける。龔飛龍の顔はどこか後悔をしているように見えた。

 「知ってたけど、だいぶ昔だし、俺も青鈴も小さかった。当然だけど何もできないよな。だから山賊たちより早くあの子を連れて見つからないようなところに隠れさせたんだ」

 「……」

 「でも、その後のあの子の場所は知らなかった。どこかで野垂れ死にしちゃったらどうしようって。父上に言おうと思ったけど、どっかで誰かに聞かれて、それこそあの子も殺されてしまったらって思ったら何も言えなかった。……だから、よかった。あんたのところに住んでるんだな」

 龔飛龍は安堵するように口角を上げながら「元気そうでよかった」と言う。宁麗文は彼に微笑んで口を開いた。

 「青鈴ね。あの子、ちょっと前に結婚したよ」

 龔飛龍は目を丸くして立ち止まった。宁麗文も続いて止まる。龔飛龍は視線をあちらこちらに向けて、瞬きも何度もしてしばらく言葉を探してからようやく絞り出す。

 「だ、誰と? どこと?」

 「桂城唐氏。唐公子とだよ」

 龔飛龍は驚き、すぐに息を吸って泣きそうに笑いながら息を吐く。日に当たったその目は少し潤んでいるように見えた。

 「そっか……結婚したんだ……。じゃあ、今、桂城にいるんだな」

 「うん」

 「はぁ、本当によかった。ありがとう、教えてくれて。……でも、今更桂城に行ったら迷惑かな」

 宁麗文は首を傾げながら訝しげる。龔飛龍はまた頬を指で掻きながら視線を斜め下に落とす。

 「もう昔のことだし、俺があの子の親を見殺しにしたんだって恨まれてそう。それか、もう全く覚えられてないのかもしれない。そもそも世長会で会ってないんだし、お互いに成長だってしてる。今更会いに行っても無理かな」

 「そんなことないと思うけど」

 即答する彼に龔飛龍は目を丸くして顔を見た。宁麗文は口角も眉も上げる。

 「青鈴はどんなことも覚えてるだろうし、きっと君のことも覚えてる。私との馴れ初めだって昨日のことみたいに覚えてるんだ、間違いないよ」

 宁麗文は腕を組みながらまた微笑んで「だから大丈夫」と言いきった。龔飛龍は不意をつかれたような顔をして、それから次第に気の抜けた笑顔を見せた。

 二人はまた歩き始めて、他愛のない話をしながら龔氏の邸宅へと着く。龔飛龍が門を開けて中に入って彼にも促す。宁麗文も入って、近くにいる家僕が門を閉めた。

 「結構……豪華なんだね……」

 目の前にあるのは金を基調とした豪邸だった。どこもかしこも金で元々静かで質素なものを好む宁麗文にとってはそれが眩しく見える。光に反射して輝く邸宅を彼は手で影を作って細目で見ていた。慣れている龔飛龍は笑って「そうかな?」と返してまた歩く。

 中に入って琳玩龔氏の宗主である龔星宇キョウシンユーのいる書室に向かう。宁麗文は着くまでにいろんなところを見てはビクビクと怯えていた。慎重に慎重にと歩を進め、時々見掛ける開いている戸の奥の、とても高級そうな壺やらなんやらを見ては更に怯えていた。

 (こんなに金ピカな家そうそうないぞ!? 壊したら一体いくら掛かるんだ……? こっわ……私が宁氏の人間じゃなかったら絶対寄りたくないよこんなところ……)

 「宁麗文? 着いたぞ」

 龔飛龍に名前を呼ばれて驚いて間抜けな返事をする。龔飛龍は首を傾げながらも戸を手の甲で叩く。

 「父上。宁麗文を連れてきた」

 「入りなさい」

 「行こう」

 宁麗文は彼の言葉に頷いて戸が開かれる。中に飛び込んできたのは金で染まった部屋……ではなかった。普通のどこにでもあるような書室であり、所々に巻物や本たちが積まれている。龔飛龍は呆れながら入って溜息を吐いた。

 「あーあーあー、またこんなに出して。仕舞う時どうするんだよ」

 龔星宇は笑いながら「すまんすまん」とだけ返して立ち上がってから巻物を拾い上げる。世長会でしか知らない龔氏の行動に宁麗文は目を瞬かせることしかできなかった。

 世長会での彼らは厳かな印象を持っており、堂々とした佇まいだ。それに付け加えて発言をすることもなく、しっかりと宁浩然の話を聞いていたのだ。だからこそ、今のこのあっけらかんとした親子を見てぽかんと口を開けて呆然とするしかなかった。

 龔飛龍は振り返って「ごめんな」と苦笑する。

 「父上、こんなナリして適当なんだ」

 息子の声に龔星宇も笑う。

 「まあまあ。阿龍アーロン、宁麗文くんを座らせなさい」

 「分かってるよ」

 龔飛龍は宁麗文の手を引いて巻物の置いていない、空いている椅子に座らせる。その隣には今にも彼に転がり落ちそうな本たちが置いてあり、それを龔飛龍がまとめて空になっている本棚に詰めていく。二人で次々と片付けている図を見ている宁麗文は手伝いをした方がいいのか躊躇っていて、それに気付いた龔親子は「座って待ってくれ」と二人揃えて言った。

 それから一炷香もしない内にある程度の巻物と本が本棚に仕舞われ、だいぶすっきりと見えてきていた。改めて龔星宇が来客である彼に拱手をして、宁麗文も慌てて立ち上がって彼に拱手する。

 「ほ、本日はお呼びいただきありがとうございます」

 二人が腕を下げて龔星宇は眉を上げる。

 「そんなにかしこまらなくていい」

 この雰囲気は桂城唐氏の宗主である唐暁明と似ているが、違うのはその性格だった。唐暁明の場合はまあ、『随分と陽気な人』だったが、彼は違う。どこか『抜けのある陽気な人』だ。

 宁麗文はまた椅子に腰掛けて、龔飛龍が彼の隣に座る。龔星宇も座ってから拳を口元に寄せて軽く咳払いをした。

 「阿龍から聞いたと思うが、遊郭での行方不明者が出てな。こちらが調査に向かうと騒がせてしまうから君を呼ばせていただいた。応えてくれて助かるよ」

 「い、いえ。最近は怨詛浄化も落ち着いてきてますし……」

 龔星宇は口角を上げる。

 「そうだな。これは世長会には報告していないんだが、犯人は今のところ分かっていない。かと言って邪祟ではないとは限らないんだ」

 宁麗文と龔飛龍はそれぞれ目配せをして真剣に話を聞く。

 「実は昔にも似たようなことがあって、その時は自然消滅したんだ。邪祟がたまたまウチに入ってきて騒がせていた。それ以来この事件はなかったんだが……」

 「もしかしたらまた来たかもしれないってことだろ?」

 龔飛龍は頭の後ろで手を組んで脚も片脚に乗せて後ろにもたれる。龔星宇は彼の言葉に頷いた。

 「だが確証はない。しかも今は壁も建てられている。邪祟が通るのは門からしかないから、もしそうとなれば邪祟が誰かに成りすまして入っている可能性がある」

 秋都漢氏が全ての世家に建てた壁には、邪祟を避けるための術を張り巡らせている。以前までは当然ながらその壁はなく、邪祟が活発になり始めた数年前から当たり前のようにどこそこに邪祟が潜んでいたこともあった。それの対策として秋都漢氏が術を張った壁を各世家のある程度の周辺まで建築を行った。しかし唯一張り巡らせていないのはその門だけだ。賢い邪祟ならそこを通り抜けて人として擬態して過ごしている可能性は大いにあるのだ。

 「まあ、でも、虱潰し(しらみつぶし)に遊郭を巡るのはよくないよな。もしかしたら犯人を刺激するかもしれないし。けどさ、そうなったらどこに行けばいいんだ?」

 龔飛龍の問いに龔星宇は頷く。

 「被害の遭う遊郭に決まったものがある」

 「決まったもの?」

 龔飛龍は声を出して首を傾げる。宁麗文も首を傾げながら聞く。

 「全て、必ず綺麗な妓女がいるんだ」

 「綺麗な妓女? そんなのどこにでもいるだろ」

 「そうだな。だが、全部が全部そうじゃない。化粧で綺麗な女じゃなくて元から綺麗な女なんだ」

 龔飛龍は瞬きをして「もしかして」と答えが分かった顔をした。宁麗文は何がなんやら分からないまま眉を顰めて瞬きを繰り返す。龔星宇は息子の考えていることに頷き、龔飛龍はニヤ……と宁麗文を意味深な笑みと横目で見る。

 「え、え? なんだ?」

 宁麗文は龔親子の視線に驚きながらそれぞれの顔を見る。

 「なるほどね、そういうことか。だからこいつか」

 「そういうことだ。流石だな」

 「父上の息子だから分かるんだよ。よし、宁麗文」

 龔飛龍は隣にいる彼の肩に腕を回す。宁麗文は薄目で頬を引き攣らせながら彼の顔を見る。

 「きょ、龔飛龍……? なんだよその顔……?」

 「いや? ただ、ちょーっとばかし準備がいるんだ。協力してくれるよな?」

 にっこりと笑いかける龔飛龍に宁麗文は瞬きをして、眉を顰めていく。

 「……な……何をするつもり……?」

 宁麗文は顔も青ざめながら片方の口をぴくぴくと動かす。心の中で嫌な予感がすると、そう思ってしまった。

 そしてその予感も虚しく当たってしまい、宁麗文は邸宅の中で今日一番の大声を響かせた。

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