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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十 酔いどれ馬鹿(3)

 漢沐熙は宁麗文に顔を向けてから卓の前であぐらをかいて待つ。いつになったら来るのだろう、それまでに言い訳を用意しなければと一炷香ほど卓に肘を置いて頭を両手で抱えて待っていると、戸にコンコンと音が鳴った。

 「誰か来たのか。どうぞ」

 漢沐熙は安堵して頭から手を離して入室を促す。戸を開けて入ってきたのは、先程まで宁麗文が文句に文句を言っていた肖子涵本人だった。漢沐熙は面食らって彼と宁麗文を交互に見る。水の入っているかめを抱えている宁麗文は既に寝てしまっていたようだった。

 (は!? 代わりって宁氏の家僕じゃないのか!?)

 驚愕した漢沐熙に肖子涵は「あの」と声を掛ける。すぐに我に返っては頬を引き攣らせながら笑う。

 「ちょうどよかった。宁麗文くん、相当呑んでてさ。どう連れて帰ればいいか困ってたんだ。でもあんたが来てくれて助かるよ」

 肖子涵は二人の間にある卓の前で座る。漢沐熙は小さく溜息をついて安心した。

 「あんたはいつ頃開関したんだ? 彼、ずっと心配してたんだ」

 「一週間前だ」

 「そうか……」

 漢沐熙は片腕を組んでもう片手は顎を支える。肖子涵は彼の黒い手袋を見た。

 「その手は?」

 腕を解いて自分の黒い手を見て、そして肖子涵を見る。

 「ああ、これ? ちょっと色々あって。まあ、気にしないでくれ。それより早く宁麗文くんを連れて帰ってくれ……そろそろ宿に帰って寝たいんだ……」

 漢沐熙は顎を支えていた方の手を軽く振ってから大きく欠伸をして肖子涵に促す。彼は頷いて立ち上がって宁麗文の隣に片膝を立てる。

 「宁麗文くんには俺が代金を払ったって言っといてくれ。飯に付き合わせてくれたんだ」

 「いや、必要ない」

 「へ?」

 肖子涵は懐から財囊を取り出して銀貨を置く。漢沐熙は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

 (なん、なんでお前が払うんだ!? 何も食っても呑んでもないだろ!?)

 彼の面食らっている顔を見た肖子涵が「どうした?」と声を掛け、またもや我に返った漢沐熙は「い、いやなんでも……」と返す。そのまま愛想笑いを浮かべながらすっかり冷えた茶を口元に寄せて飲み始めた。

 その時、肖子涵は戸に背を向けていた宁麗文の脇と膝に腕を通して立ち上がる。それを見た漢沐熙は意外な持ち方に思わず飲みかけていた茶を噴き出してむせた。

 まさか、肖子涵が宁麗文を横に抱くとは思わなかったのだ。

 それまで少しほろ酔いだった漢沐熙はすっかり酔いが覚めて目を白黒とする。肖子涵はそんな彼を見ても何も思わずに戸を片手で器用に開けて綺麗に会釈をして閉めた。

 一人残された漢沐熙は口元を茶で濡らしながら、ただただ呆然とするしかなかった。

 

 宁麗文を横に抱えたまま外に出た肖子涵は日が落ちた町中を歩く。その頃には人はまばらになってきていた。所々照らされる灯りは肖子涵と宁麗文を淡く照らされていて、それが途切れるまで続いた。肖子涵は彼をしっかりと抱え直して一つ息を吐く。

 うとうとと瞼を揺らしていた宁麗文はぼんやりとした視界の中で誰かに抱きかかえられていることに気付く。

 (なんだ……? これは……夢か……)

 睡魔との戦いとの途中で霞む視界のままに一つしゃっくりをする。

 (なんか肖寧がいる……夢の中ぐらい、愚痴ってもいいだろ……)

 泣きすぎて腫れた瞼を少し瞬かせて赤らんだ顔のまま口を小さく開く。

 「……肖寧……」

 彼の呼ぶ声に肖子涵の歩みがふと止まった。

 「なんで私を避けたんだ。ずっと待ってたのに。心配してたのに……あんまりすぎるぞ……」

 宁麗文は少し身動ぎをして彼に顔を傾ける。またしゃっくりをして続ける。

 「この四年間……君に、会いたかったんだ。……君が、いない間。いろんな、ところに……行って。いろんな……ことを、知ったんだ……」

 「……」

 「わたし……と、きみは……ゆうじん、じゃない、のかよ……ばか……」

 瞼をゆっくりと閉じかける彼に肖子涵は瞼を伏せる。宁麗文は彼の肩に顔を擦りつけた。

 「ゆるさないからな……ずっとゆるすもんか……」

 少しずつ閉じられていく瞼を見る肖子涵は躊躇いがちに瞼を揺らした。

 「……俺は」

 静かに、ゆっくりと口を開く。それも躊躇っているようで、か細く迷いながら動かす。

 「あなたの……」

 その先に続く言葉を紡ごうとしたところで宁麗文の身体が急に強ばる。

 「うっ」

 「?」

 突然の異変に瞬きをした肖子涵が首を傾げる。急に強ばった宁麗文はスッと顔を赤から青に変えて口元を両手で押さえた。

 「吐ぐ」

 「え」

 ……その後は、まあ、ご察しの通りである。

 

 無名で起床した宁麗文はガンガンと鳴る頭を片手で押さえていた。

 (頭いった……途中から何も覚えてないし……)

 振った頭を押さえ顔を青くしながら寝台から降りて着替えをする。口の中が気持ち悪く感じたので部屋を出て洗面器を探して水を入れて顔を洗ってから口をゆすいだ。そこで水面に映る自分に気付く。

 (うわ、すごく目が腫れてる。昨日どんだけ泣いたんだ? もしかしたら漢沐熙にまた迷惑を掛けたかもしれない)

 宁麗文は溜息をついて器の中の水を捨てる。服の袖で顔を拭って無名に戻って財囊やら剣やらを身につけて戸を閉めた。宿にいるか既に帰ってしまっているだろう漢沐熙に謝りに向かおうと廊下を歩いていると、宁雲嵐がちょうど彼を探していたようだった。

 「おはよう」

 「おはよう、兄上。昨日、私はどうやって帰ったんだ?」

 宁雲嵐は昨夜の酒の呑みすぎで仕上がった宁麗文の声の枯れと目の腫れに呆れながら息で笑う。

 「またお前、泥酔してたんだよ。昨日は俺は手が離せなかったから代わりの奴に任せたんだ。そうしたら帰ってきた時のお前ったら。盛大に吐いてたんだって」

 「はっ、はぁ、吐いてた!?」

 頷いて腕を組む宁雲嵐に宁麗文はゾッと顔を青ざめて震える。

 (どうっ、ど、どうしようっ、最悪だ! 昨日バカみたいに呑んで、漢沐熙に呆れられて、挙句の果てには人の前で吐いたって!? いくらなんでも無様すぎるだろ!)

 俯いて頭を抱えながら代わりに来てもらった家僕にどう謝罪をしようかと考えていると、宁雲嵐が呆れ笑いながら「まあそれは仕方ないとして」と口を開ける。

 「客が来たぞ」

 宁麗文は頭を抱えていた手を下ろす。瞬きをして彼を見上げた。

 「客?」

 その後宁雲嵐に連れてられて客室へ向かった宁麗文は戸を開けた。そこにいたのは意外な客だった。

 「……琳玩龔氏の」

 「うん? おお、宁麗文」

 宁麗文よりかは日で焼けている肌を持ち丸々とした目を少し垂れている瞼で包んでいる。口元は口角を上げていてやや黒に近い茶の髪を下にまとめている。体格は宁麗文とほぼ同じだが背丈は彼よりやや低い。その男は琳玩龔氏の次期宗主である、龔飛龍キョウフェイロンだった。

 「世長会ぶりだな。こういう場で会うのは初めてだけど。で、なんでそんなに声を枯らして目も腫らしてるんだ?」

 彼を待っていた龔飛龍は立ち上がって彼に拱手をする。宁麗文も我に返って拱手をして二人同時に腕を下ろした。

 「これは昨日色々あって……ていうか、なんで君がここに?」

 「ちょっと頼みたいことがあって」

 「頼みたいこと?」

 宁麗文は首を傾げる。二人と宁雲嵐は改めて椅子に座って龔飛龍を前に、宁兄弟は並んで卓を囲んだ。

 「最近、ウチで行方不明者が頻発しているんだ。誰かから聞いたかもしれないけど、ウチは花街で、数えきれないほどの遊郭と青楼がある。で、そこの行方不明者ってのがそこにいる妓女と客なんだ」

 「妓女? 妓女ってなんだ?」

 宁麗文の言葉に龔飛龍と宁雲嵐は面食らう。

 「え、し、知らないのか?」

 「当たり前だろ。前に漢沐熙から聞いたけど、遊郭っていうのは女性が男性に頼まれた仕事をすることなんだろ? それを妓女って呼ぶのか?」

 龔飛龍は卓に身を乗り出して宁雲嵐に耳打ちをする。

 「あ、あの。宁麗文って……」

 宁雲嵐は頬を引き攣らせながら視線を斜め下に落とす。龔飛龍はいつの間にか皺を寄せてしまった眉間を揉みながら椅子に座り直した。片手で拳を作ってから口元に寄せて空咳をする。

 「うん……うん、分かった……そういうことにしよう……それで、そういうのがいろんな遊郭から出ているんだ。青楼には一切なくて、犯人も分からない」

 龔飛龍は宁麗文に顔を向けながら言葉を続ける。

 「本当はウチの問題だからこっちでやらなきゃいけないんだけど。いろんなところに顔を出したりなんてしたら事件じゃないかって騒がれてしまうんだ。だから外部の人に任せるしかないって父上が言ってて」

 「それでここに?」

 龔飛龍が頷く。

 「なんでここを選んだんだ?」

 「そりゃあ世長会をしていて邪祟の情報をまとめてるからだよ。大体変な任務も押しつけられるけどさ。まあ、江陵宁氏に任せた方が何かと安全だし楽かなって。ウチに来たことあるか?」

 宁麗文と宁雲嵐は二人揃って首を横に振った。龔飛龍は苦笑を浮かべる。

 「普通は行かないよな。分かってる。だからこそ適任だと思ったんだ」

 龔飛龍は、特に宁麗文に身体を向けた。急に向けられて瞬きをして彼の顔を見る。

 「宁麗文。俺と琳玩に来てくれ」

 通常なら指名されるのは宁雲嵐だ。彼なら幾度の事件や怨詛浄化を成し遂げているし、宁麗文に至ってはまだ彼には到底及ばない。なのにこの龔飛龍という男は、まさかの宁麗文を指名したのだ。

 宁雲嵐は龔飛龍と弟を交互に見て驚き、宁麗文は彼に指名をされて、思わず顔の前で自身を指した。

 「わ……私が!?」

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