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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
55/220

十八 訪れた客(2)

 そこには倒れている子牛の隣で血まみれになっている母牛がいた。彼女の目の前には別の男がおり、彼は先程宁麗文にぶつかって勝手にこちらのせいにして舌打ちをした者だった。男が刃を下向きに持って母牛に振り下ろすところを見た宁麗文は顔を青ざめながら駆け、彼の脇腹を両手で強く押して横に倒した。男は腰刀を持ちながら一瞬何が起こったのか分からずに驚いたまま固まる。宁麗文は母牛の身体を触って所々に傷があることに気付いたが、応急処置の仕方も分からずに焦る。男は宁麗文の顔を見て思い出したのか、顔を赤くしながら立ち上がって狭い牛舎の中で大声を上げながら腰刀を宁麗文に振り下ろす!

 宁麗文はすぐに一歩退いて懐に忍ばせていた簡易な『拘束符』を、振り下ろした直後の間合いを読んで男の顔に鷲掴みながら貼りつけた。男は顔面を鷲掴みにされ、彼の後ろにあった柵を背中で壊しながらその場で崩れ落ちる。

 「お前、なんのためにここに来たんだ?」

 宁麗文は男の近くへ近寄り片膝を立てて落ちていた腰刀を拾う。男はニタニタと笑いだして動けないままで彼を見上げる。

 「なんのためって? 肉のためだよ。お前ら膳無秦氏が外部からよこしたからな、俺たちはこの日のために計画を立てていたんだ」

 (私は膳無秦氏じゃないんだけどな……)

 宁麗文はぼんやりと呆れながらも質問を続ける。

 「計画って?」

 宁麗文は男の腰に佩いていた腰刀の鞘をまさぐって取り出して刃を仕舞う。それを手に取ったまま立ち上がって男を見下ろす。この時の男から見た宁麗文は、牛舎の中が薄暗いからか元より白い肌は更に白く見え、服も白なので遠目で見ても近くで見ても幽霊だと思わされるだろう。彼のその茶色の目の底には軽蔑を見せていて、男は頭の頂点からつま先まで一気に北の氷山から突き落とされたかのような冷えを感じる。しかしそれでも虚勢を張るように口端を上げる。

 「ここの羊肉は美味いらしいな。牛はどこでも食えるが、羊はそうはいかない。だからこいつらを殺して売り捌くんだよ」

 宁麗文は目を見開いて危険を察知する。すぐに顔を向けて牛舎の外を見るが、この男を野放しにするにはいかないと悟る。宁麗文は眉を顰めて息を吸ってから自分より低い男の胸ぐらを掴んで宙に浮かせる。男は拘束符を貼りつけられているのでもがこうにももがけない。宁麗文はその男の腹に膝蹴りをし、ぐったりとした彼を胸ぐらを掴んだまま引きずって牛舎の外に放り込んでから駆け出した。

 夕焼けに染まっている草原の中で秦麗孝は自分の剣を持っていた。こめかみには青筋が数本立っていて奥歯を噛み締めながら周りを睨み、はぐれてしまった秦雪玲を探す。

 宁麗文は周りに誰かいないのかを確認すると、以前彼が仕事をしている秦麗孝から見られないように隠れていた、大木の影に隠れている酪農家を見つけた。すぐに彼の元へ駆けて「今、牛舎で牛が怪我をしています」と早口で言う。窃盗犯に怯えて顔を白くしている酪農家は恐怖に震えていてまともに彼の言葉を聞くことができない。中々立ち上がらない彼に痺れを切らした宁麗文は、腕を掴んで無理やり立たせて牛舎へ押し込んだ。牛舎の近くにいる、気絶している男をもう一度引きずって牛舎から離れさせる。適当な開けた場所へもう一度放り投げてから三人の姿を探しながら草原を駆け巡る。

 漢沐熙は東の方に、秦麗孝は北の方角にいた。

 では、秦雪玲はどこに?

 「漢沐熙!」

 東に向かって名を呼びながら漢沐熙の元まで駆ける。見回しながら走っていくと、陽に照らされて鈍く光る刃が複数見えた。その先には羊が震えているのも見えた。宁麗文はその状況を目の当たりにして唖然とする。

 (こいつら……本気で狩るつもりだ!)

 宁麗文は方向を変えて刃を持って羊に近寄る男の隣で地面に手をつけて足で脇腹を蹴った。男は体幹がいいのか二、三歩横にずれ、急に攻撃してきた宁麗文に怒りを向けて長刀を振り下ろす。宁麗文は下から先程奪った腰刀の鞘でそれを受け流し、腰を低くして男の後ろ足を蹴った。姿勢が崩れ落ちるところにすかさず肘鉄で顔を殴って気絶させ、胸の辺りに拘束符を貼って動けなくする。羊には傷がなく無事だということに安堵して男に続けて羊から離れさせるように何度か蹴った。

 「もう大丈夫だ。怖かったな」

 羊は不安げに鳴いて彼から離れない。宁麗文は心配させないように笑いかけてから安全な場所に移動させ、そこにいた酪農家に任せた。

 この草原は広く、夕方頃になればほとんどの牛や羊は牧舎に入っている。となれば今ここにいる彼らは呼ばれていたのに気付かずに取り残された動物だ。宁麗文は動物を見つけ次第安全を確保しながら酪農家へ届け、途中で襲いかかりそうになれば腰刀で受け流して殴ったり蹴ったりを繰り返す。そうして動物たちを牧舎に送り届けてから周りを見回して一頭も見当たらないことを確認してからようやく漢沐熙の元へ行く。

 彼も剣を持ったまま息を荒らげていて、周りには多少なりとも血は見えていた。これを見るに彼は怪我をしていないだろうが、既に殺されてしまった動物の血か、はたまた窃盗犯を傷付けたときに出た血なのかは分からない。漢沐熙が息を整えながら横を見ると自分の元へ来る宁麗文に気付いた。

 「牛たちは?」

 「牧舎に突っ込んでおいた。それより秦麗孝と秦雪玲さんは?」

 「秦麗孝は窃盗犯と戦ってる。姉さんはどこに行ったか分からない。俺も捕まえるつもりで戦ってるんだけど……」

 漢沐熙は顎に流れる汗を拭いながら宁麗文の身体を見る。彼に何もついていない姿を見て呆然とする漢沐熙に宁麗文は「どうしたんだ?」と声を掛ける。

 「いや……あんた、今まで何してたんた?」

 「何してたって。牛舎に行ってあの母牛を傷付けてた男を殴って外に出してたし、君の元に来るまでに羊を殺そうとした男も殴ってきた。送っている途中でも襲いかかってくるんだ、殴ったり蹴ったりしてたらこんなに遅くなっちゃって。あ、大丈夫、今は拘束符で大人しくしてるよ」

 彼のにっこりとした笑顔と淡々とした答えに漢沐熙はまた唖然とし、心の中で「こいつを怒らせないようにしよう」と決めた。

 宁麗文も腰に佩いている祓邪を引き抜き、奪った腰刀を放り投げる。秦麗孝の元へ行こうとしたが、全ての動物を牧舎に放り込まれたのが惜しかったのか、複数の男たちが二人を囲んだ。

 「なんで羊を帰した!? 俺たちの計画が無駄になるだろうが!」

 一人の男が怒鳴り散らかしながら漢沐熙に向かう。漢沐熙は男が振りかざした刃を下から流す剣で受け止め、それを火花を散らしながら力強く押し込む。男は何歩か退いて、足を滑らせたところで漢沐熙の手が彼の長刀を奪って胸を蹴った。相当力強く蹴ったのか、その男は気絶したのを見た漢沐熙は奪った刀を放り投げる。一息ついてから背後に別の男が襲いかかってくるのに気付いてすぐに重心を下にし、後ろ足を垂直に上げて男の顎を蹴飛ばす。飛ばされた男は白目を向き、一瞬だけ宙に浮いてから倒れた。

 「どうもこうも、動きが単純すぎなんだよ」

 漢沐熙は呆れながら他に襲いかかる男に立ち向かう。

 一方その頃、宁麗文は長刀を持つ巨漢を前にしていた。彼は相当な力自慢なのだろうか、隆起した腕の筋肉に筋が立っている。背丈は宁麗文よりも幾分か高い。しかし、宁麗文はそれに怯むこともなく平然とその巨漢を見上げていた。

 「邪魔をするな。今すぐ家畜を出せ!」

 鈍く低い声が怒鳴り上げる。これを聞いた者は怯えて竦むだろうが、宁麗文は慣れているからか平然としていた。巨漢は自分の背丈に見合った長刀を構えながら彼へと向かい、その刃を振り落とす。宁麗文はそれを祓邪で火花を散らしながら受け流し、完全に軌道を逸らしたところで一度片手を剣から離して鉄拳を顎に突き上げる!

 しかし、巨漢がすぐに体勢を立て直し掛けていたからか、それほど力が伝わっていなかったらしく、すぐにその場から離れた宁麗文は瞼を閉じて悔しい顔をした。

 「おのれェ……」

 「もうちょっと強く上げてればなぁ……」

 余裕のあるその言葉に癪に触ったのだろう、巨漢は額に筋を立てて長刀を放り投げ、そのまま彼に殴り掛かろうと突進する!

 宁麗文はすぐに祓邪を鞘に納めて巨漢が向かう先から横にかわす。ぐらっと傾いた時に自身の身体も巨漢の方向へ向けて殴り掛けていた腕を掴み、そのまま剣を振り下ろすように投げ落とした!

 強く地面に叩き落とされた巨漢は一瞬だけ息ができず、目をぐるぐると回してからぐったりと意識を失う。宁麗文はその巨漢を見下ろしながら両手でお互いの掌についた土埃等を払い落として振り返った。まだ数は多い。宁麗文は顔を顰めながらまた祓邪を抜く。

 (どんだけいるんだ? 倒しても倒してもキリがない。秦麗孝と秦雪玲さんのことも心配だし……)

 宁麗文がそこまで考えていた時、一人の女の悲鳴が上がった。漢沐熙も宁麗文もその声に気付いて顔を上げる。

 その方向は、西だ。

 まだ迫ってくる男たちの刃を受け止めて殴る蹴るを繰り返し、自分たちの周りに人がいないことを確認した二人は息を荒らげながら西へ向かう。

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