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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
54/220

十八 訪れた客(1)

 秦雪玲の結婚まで残り三日。相変わらず膳無には人が押し寄せるように観光客が多く増えてきている。それでも江陵には適わないが、ほとんどは膳無にしかない名産品を求める者が多かった。

 「広場でも芸達者も増えたよな。娯楽が増えるっていうのはいいことだ」

 宁麗文は芸達者を観に行ってご機嫌よく目を孤にする。にこにこと笑っている様子を漢沐熙は怪訝そうに見る。

 「あんた、こういうのが好きなのか?」

 目の前で皿を細い棒で回して姿勢を変える芸達者を観ながら漢沐熙が問う。宁麗文は「うん」と口を開いた。

 「四年ほど前まではずっと家にいて全然観られなかったからね。今こうやって観れるのが嬉しいし、元々すごく好きなんだ」

 「へぇ」

 細い棒で回していた皿が遂に止まり、芸達者はそれを華麗に下ろして最後に拱手をする。周りからの歓声が上がって彼の目の前に置いてある箱に様々な貨幣が投げ込まれた。宁麗文も例にもれなくほんのわずかな銀貨を投げてその場を去る。

 漢沐熙は思い出したように一度立ち止まり、宁麗文も続けて立ち止まる。首を傾げて待っていると、漢沐熙は彼に顔を向けて口元を上げた。

 「秦麗孝と姉さんのところに行こう。今日は牛の出産を手伝っているらしい」

 「出産?」

 漢沐熙は頷く。

 「言ってなかったけど、二人は出産の手伝いもしているんだ。たまに動物の中で逆子だったり難産だったりがあるから、それを助けるためにやってる。もちろん二人ともその心得はあるし、ちゃんと他の酪農家とも一緒にやってるよ」

 「へえ。二人ってやっぱりすごいんだな」

 感嘆の声を上げる宁麗文に漢沐熙はまた口元を上げて「すごいだろ」と返した。

 広場からずっと歩き、一炷香もしないうちに草原に着いた。そこには複数の牛や羊はいたが、秦姉弟の姿は見当たらない。どこにいるのかと辺りを見回していると、漢沐熙が「こっちだ」と指で方向を示す。そこに向かうと広い牛舎に着いた。中に入れば今まさに一頭の母牛が出産をするところだった。母牛の周りには数人の酪農家がいて、その中に姉弟もいた。漢沐熙と宁麗文は声を掛けることもせずに彼らのやることに目を向けている。

 母牛はよろよろと身体を揺らしており、尻尾の下から水が流れていた。秦麗孝が彼女をゆっくり座らせてそこから時間を掛けて酪農家は激励の言葉を掛け、母牛の尻から前脚が覗く。それをすかさず秦雪玲が引っ張り、残りの身体も補助をしながら外に出す。宁麗文はその出産にハラハラと心配になって漢沐熙と牛を交互に見る。彼は何も言わずにただずっと見守っていた。宁麗文は声も上げることもできずに両手で扇子を持って口元を隠す。痛そうな母牛の表情にいたたまれなくなって顔を全部隠した。

 母牛は頭部まで出した辺りで子牛の身体を全て出す。一人の酪農家が子牛に引っついている粘膜を取り除き、息をしているかを確認してから子牛を逆さにして器官に詰まっているものを出す。全て終わった後に秦麗孝たちはその場から数歩退いて後は母牛がやることを見守っていた。その時に気付いたのだろう、彼が振り向いて漢沐熙と宁麗文を見た。

 「お前ら。来てたのか」

 宁麗文は扇子を下げてから頷く。漢沐熙も「暇だから来た」とだけ言った。

 母牛が子牛を舐め始めたところで秦姉弟を含めた酪農家はほっと息をついて牛舎から出た。秦麗孝も秦雪玲も胸を撫で下ろして「後はあいつに任せよう」と出産を手伝った手を服の裾で拭ってから二人を連れて外に出た。

 「どうだった? 牛の出産は。中々見れないでしょう?」

 秦雪玲が宁麗文に問う。宁麗文は扇子を閉じて懐に仕舞いながら「……すごかったです」としか言えなかった。

 (出産ってあんなに大変なものなんだな。母上も私たちを生む時はあんな感じだったのかな)

 今も江陵にいる深緑の身を案じながら息をついた。帰宅したら聞いてみようかと思ったが、それを子供から言われたらどう返せばいいのか困ってしまうだろう。宁麗文はやっぱりやめたと考え直して頭を振った。

 

 夕方になり仕事を終えた秦姉弟と食事をしてから秦氏の邸宅へと帰る。談話をしながら歩いていると宁麗文の右肩に人がぶつかった。振り返ってみると彼よりも少し低い男がぎろりと彼を睨みつける。宁麗文はどちらがぶつけたのかは分からないが、自分からぶつけたわけではないのだからやめてくれと困ってしまった。漢沐熙は彼の情けない顔を見て少し噴き出してから笑う。秦姉弟は振り返ってどうしたのかを問い、宁麗文がぶつかられたことを話すと笑われた。それに更に困ってしまってただただ眉を下げることしかできなかった。

 そして秦氏の邸宅に着いて姉弟は着替えに向かった。漢沐熙は欠伸をしてから伸びをする。

 「それにしても、本当に人が増えたな」

 「そうだな。乳製品も肉も売上が上がってってるらしいぞ」

 宁麗文は出された茶を飲みながら目線を上にする。そのうち保存方法も思いついて江陵にも羊肉を出してくれないかなとぼんやりと考えていた。

 その時に微かに門を叩く音が聞こえた。二人は部屋から顔を出して門を見る。遠くからだが、すぐに家僕が相手をしようと門を開けた。瞬間、中から必死めいた男が家僕の両肩を掴んで何かを叫んでいた。家僕は彼のその形相に周りを見る。宁麗文と漢沐熙は互いに顔を見合せて部屋から出る。家僕が秦宗主である秦峰風シンフォンファンを呼んだ。どうやらただならぬ事態らしい。後ろから秦麗孝の声が聞こえて振り返るといつもの服に着替えた双子が宁麗文と漢沐熙の元へ来ていた。

 「何があったんだ?」

 「分からない。ただ、よくない報せっぽい」

 宁麗文は答えてまた門を見る。秦峰風が出てきて家僕に引っついている男の肩を持って話を聞く。四人は門へと歩き、少し遠い距離から話の内容が聞こえた。

 「牛が……っ、羊も、盗まれて! おれァ、どうすれば……!?」

 先程まで泣いていたのだろう、男の目には泣き跡と充血した目が見えた。秦峰風は「落ち着け」と彼を落ち着かせてから状況を聞く。自分の元へ四人が来たことに彼が気付く。

 「お父さん、どうしたの?」

 秦雪玲が問えば秦峰風は難しい顔をした。

 「どうやら、家畜の窃盗が発覚している。今から規制を行うから、お前たちも自分たちの持ち場へ行きなさい」

 秦麗孝はその言葉に驚いてすぐに邸宅へ戻り、そしてそのまま風を切るように門から飛び出す。彼を見た秦雪玲も後に続き、残された宁麗文と漢沐熙も慌てて追いかけた。

 嫌な予感がすると、宁麗文はそう感じた。

 

 道行く人たちを避けながら眉間に皺を寄せる秦麗孝は草原へ向かう。秦雪玲に結んでもらったひと房の髪を揺らし、肩で息をしながら辿り着いた草原には複数の男たちがいた。

 「おい!」

 秦麗孝の声に男たちが振り返って彼を見て顔を青ざめる。どうやら、彼らが泣き腫らした酪農家の言っていた窃盗犯のようだ。秦麗孝は近くにいた男まで駆けて胸ぐらを強く掴む。

 「さっきうちに来た酪農家から牛と羊を盗まれたと聞かされた。お前たちがやったのか?」

 「……」

 「答えろ!」

 秦麗孝の激昂した声が聞こえた辺りまで宁麗文たちも着き、宁麗文と漢沐熙は彼が掴んでいる男の顔を見た。

 「あ、あれって」

 「昨日の奴か!?」

 漢沐熙の驚きの声に秦麗孝がわずかに振り返る。その隙を見たのか、男はがむしゃらに掴まれた腕を振り払って逃げ始める。秦麗孝は目を見開いてすぐに追いかけた。

 「小麗! 待って!」

 秦雪玲も彼を追いかけて、宁麗文と漢沐熙は呆然とする。すると、ある方向から怒鳴り声が聞こえた。顔を向けると先程母牛が子牛を産んでいた牛舎があった。宁麗文はいた場所から走って牛舎の中に入る。

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