表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
51/220

十七 羊肉(1)

 よく晴れた朝に猫のように唸りながら伸びをして起きる。ぼんやりとした頭でうとうとと前に傾けては起きるを数回繰り返してのそのそと寝台から降りた。外から「起きたか? 飯あるから来いよ!」と元気いっぱいの秦麗孝の声が聞こえる。宁麗文は寝起きの顰めっ面のまま片手で耳を塞ぎながら着替えて外衣を羽織って客室から出た。

 食室に着くと夜とは違った食事の風景が広がっていた。艶のあるあわの飯に乳牛の乳で煮込んだキジの肉、彩られている野菜の上には大きめの小籠包があり、そして別の皿にはてらてらと焼かれている羊の肉も置いてあった。どうやら秦麗孝は厨房で家僕に『宁麗文は羊肉が好きだから出しておけ』と告げたらしい。

 宁麗文は昨夜と同じ席に座って隣にいる漢沐熙に顔を向ける。

 「朝ってこんな感じなのか?」

 「そうだよ。というか昨日は大丈夫だったか?」

 「何が?」

 宁麗文は首を傾げる。

 「あんた、酒飲んでる時ああなってただろ。だから姉さんに送ってもらってる間泣いてなかったかなって思って」

 「なっ……」

 漢沐熙は片方の口の端を上げてからかうように笑う。宁麗文はまだ覚えられていたことに少し腹が立った。

 秦麗孝も秦雪玲も席に着いて食事を始める。乳牛の乳で煮込まれたキジはふわりとしていて飲めるような柔らかさだった。そして羊の肉は昨夜も同様に彼を虜にしている。宁麗文は食事に舌鼓を打ちながら瞼を閉じてにこにこと笑う。

 (やっぱり美味しい。江陵にも出してほしい……本当にいつでも食べたい……)

 しかし、やはり別の地域に出すとなっても鮮度はやや落ちてしまう。生肉なら尚更であり、荷車で運ぶとなると慣れない者だと数日も掛かってしまうだろう。宁麗文はそれに憂いを感じて落ち込みながら食べていく。その隣で漢沐熙が思い出したように口を開いた。

 「そういや昨日、広場で猿の芸達者を見たんだ。いつから外部の芸達者を入れるようになったんだ?」

 秦麗孝は眉を上げて箸で粟を食べながら「先週からだよ」ともごもごと言う。秦雪玲は彼の口元についた粟を指で拭って続けた。

 「ほら最近、江陵でもお店を出し始めたじゃない。お父さんがもっと膳無のお肉とか乳製品を広めたいからって。あと皆の娯楽の一種になってほしいからって言ってたわ」

 「へえ」

 漢沐熙は興味のなさそうな返事をして羊肉を頬張る。秦麗孝は粟をかき込んでからキジの肉を食べる。宁麗文はやや呆れながら彼らの食べっぷりを見ていた。

 (従兄弟でも似すぎてないか?)

 「あ、そだ。今日は俺も姉ちゃんも仕事がないから観光に付き合ってやるよ」

 秦麗孝が食べている途中で箸を止める。宁麗文は瞬きをして「そういえば」とあることを思い出した。

 「君、よく散歩に行ってるって言ってたけど。仕事ってどのぐらいの頻度でやってるの?」

 それに秦雪玲が答える。

 「私たちの仕事は月に二回よ。体調管理以外のそれぞれ細かい担当は違うけど、小麗は牛の搾乳中心で、私は羊の毛刈り中心なの。だから小麗はよく外に出ているし、私もお家でのんびりしてるわ」

 「たまには姉ちゃんも一緒に来てくれよ。俺一人だけだと淋しいよ」

 宁麗文は初めて会った日のことを思い出す。その時は豪快に笑っていたのに、その実淋しい面もあったのかと考えていた。考えれば考えるほど分かるようで分からないのがこの秦麗孝という男なのかもしれない。

 その後はトントン拍子で秦姉弟と漢沐熙との四人で膳無をまわることになった。

 秦氏の邸宅から出て蒼茫亭に着き、秦麗孝は秦雪玲と相変わらず手を繋ぎながら住民に声を掛けられていればそれに応じていたし、秦雪玲のことを褒めれば「そうだろ!」と自分のこと以上に喜ぶ。二人の後ろを着いていく宁麗文は隣にいる漢沐熙に扇子で口元を隠しながら聞いた。

 「あのさ、漢沐熙。秦麗孝が泣き虫だってこと知ってる?」

 漢沐熙は瞬きをして腕を組む。

 「当たり前だろ。昔から喧嘩する度にあいつが先に泣いてたし、姉さんがいなくて一人だった時はしょっちゅうだったぞ」

 「喧嘩の時でも泣いてたのかよ……」

 宁麗文は呆れながら扇子で軽く扇ぐ。視線を様々な場所に動かしていると昨日の広場が目に映った。そこは人はまばらで昨日のような騒ぎはなく閑散としていた。宁麗文はふと立ち止まって広場を見る。隣で立ち止まったのを見た漢沐熙が彼を見た。

 「宁麗文くん? どうしたんだ?」

 「あ、いや、なんでもない」

 宁麗文は我に返って三人の元へ慌てて着いていく。広場に人がまばらであっても、数人の様子のおかしい男がいた。芸達者というわけではないがやたらと大きい荷物を持っており、話しているその表情にはどこかニヤリと口端を上げていて第三者からしてとてもいい顔とは言えない。しかし、ただ談笑をしているだけで特に変な行動をしているわけではなさそうだった。大きい荷物があるということはどこかで商売を始めるためで今はその準備の段階なのだろう。ほんの些細なことだったので気にするほどでもないと考えを捨てた。

 秦麗孝は乳製品を取り扱っている店に入って適当に注文する。いくつか買っていたので流石に秦雪玲と手を離していた。両手に乳を固めた何かを何種類か持っていた。それを三人の元へ持っていって目の前で見せる。

 「これは乾酪チーズって言うんだ。俺たちの先祖がずっと作ってて、今も続いてる。多分だけど江陵にはないんじゃないか?」

 宁麗文は扇子を閉じてそれをよく見る。乾酪からは少し乳の匂いがした。

 「ないかな。初めて見る」

 「だろうな。一応保存が効くようにはしてあるけど、夏場だとあんまり長くは続かないから結局はここだけだ」

 秦麗孝は秦雪玲の口に一口分の乾酪を入れる。秦雪玲はゆっくりと噛み締めていて、それを見てにこにこと笑う秦麗孝は次々に漢沐熙と宁麗文の口に乾酪を詰め込んだ。強引に詰められた二人は息を詰まらせて口から乾酪を吐いて大きく咳をする。

 「おい死ぬだろうが! せめて渡すなりなんなりあるだろ!」

 漢沐熙は目を吊り上げて彼に怒りを向ける。秦麗孝は乾酪を自分の口に放り込みながらただただ笑うだけだった。

 四人で秦麗孝が買った乾酪を食べながら話をして歩き、蒼茫亭をぐるりとまわる。戻ってきて広場に足を運んで座れる石段に秦雪玲を座らせてから自分たちも座った。

 「宁麗文。膳無は楽しいだろ?」

 秦麗孝がにこにこと歯を見せながら笑顔を見せる。宁麗文は扇子を開いて口元を隠しながら「楽しいな」とふわりと笑う。

 「桂城でも思ってたけど各世家の特色がすごく現れているし、特産品もちゃんとある。しかもここに関しては鮮度も落ちずに新鮮なままだ。もちろん、加工品もあるけど江陵で食べるのよりもずっと美味しい。すごくいいところだな」

 つらつらと自分の感じたことを述べる宁麗文は流し目で自分以外の三人を見る。三人は瞬きをしてぽかんと口を開けていた。

 「……え、何?」

 「いや、そこまで褒めてくれるとは思わなかったから。姉ちゃん、聞いた? 膳無ってやっぱりすごくいいところだって!」

 「聞いてたよ。ふふ、褒めてくれるってこんなに嬉しいのね。宁麗文さんが楽しんでくれているなんて、これ以上ない喜びよ」

 双子の喜びを目の当たりにした宁麗文は気恥ずかしくなってきて扇子で顔を全部隠す。扇子の中では顔を赤くしながらはにかんでいた。

 宁麗文の隣に座っていた漢沐熙は彼の肩に肘を乗せて片方の口を上げる。

 「あんたは素直に感想が言える人なんだな。そういう人間は中々いないから嬉しいよ」

 「そうかな? 普通は皆、いいと思ったことを言わないのか?」

 「言わない時もある。自分ではいいと思っても相手にしてみりゃ悪いと思ってるかもしれないからな。そういうところは難しいんだよ」

 「うぅん……」

 宁麗文は顔の熱さを逃すために扇子を動かしながら首を傾げる。乾酪の最後の一口をよく噛んでから飲み込んで、宁麗文は一度瞼を閉じて開けた。ふと江陵にいる宁雲嵐と青鈴を思い出した。

 「ねえ、今から兄上と青鈴を呼んでもいいかな? 二人に羊肉を食べさせたいんだ」

 秦麗孝に声を掛けると彼は眉を上げて親指を上げる。

 「当たり前だろ! 姉ちゃんもそれがいいよな? 人数が多ければ多いほど楽しくなるんだよ。せっかくだし、一緒に食べよう!」

 「いいよ。私もちょうど青鈴さんに会ってみたかったところなの」

 嬉しそうにはしゃぐ双子を見た宁麗文は扇子を閉じて懐から札を出す。石段の上でやるには何かと邪魔になりそうなので自分の膝の上でやることにした。膝をしっかりと閉じて札に霊力を込めて宁雲嵐に連絡をする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ