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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
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十六 双子(2)

 結局のところ、宁麗文は一つも慣れることができずにところどころムラのある羊を完成させてしまった。はさみを持ちながら膝と手を地面につけてしばらく落ち込んでいた。宁麗文は羊の毛を刈る前に頭の中をぐるぐると回して、あれがどうだのこれがこうだのと考えすぎた結果よく分からなくなってしまったのだ。

 「まあ、あれだ。やっぱり慣れるところとそうでないところはあるし、人に向き不向きはある。お前は乳搾りは得意だけど羊毛の刈りはできない。これで分かったんだからいいだろ!」

 秦麗孝は豪快に笑いながら宁麗文の背中を叩く。宁麗文は「やかましい」と怒りたかったが、あまりにもできていなさすぎた悲しい衝撃でそれどころではなかった。

 「お前は背中を叩きすぎだ。宁麗文くんが泣いたらどうするんだよ」

 「え? こいつ泣くのか?」

 「……ちょっと黙ってもらえるか……二人共……」

 宁麗文は手を地面から離してその場で座り込み、はさみを持ったまま身体を震わせる。叩かれすぎて痛くなってきている背中もだが、漢沐熙が知っている宁麗文のあの泣きようまではやめてほしいと切実に思っている。宁麗文はあの日の夜に死ぬほど泣いたことを思い出して羞恥に駆られていた。

 「それぐらいにしておきなさい。もう夕方だから家に帰りましょう」

 秦雪玲が彼に手を差し出した。宁麗文は顔を上げてから手を取って立ち上がる。周りを見ると牛や羊たちはもうどこにもおらず、きっとそれぞれの小屋に帰ったのだろう。空にはカラスがカァカァと鳴いていて空を羽ばたいている。宁麗文は少しかいた汗を乾かすように扇子を取って扇ぐ。

 「私は宿を取って寝ます」

 その言葉に宁麗文以外の三人は面食らう。宁麗文は彼らがなぜそんな態度に出たのか分からなかった。その中で秦雪玲は頬に片手を添えながら首を手の方に傾げる。

 「別に家に泊まってもいいのよ?」

 「え!?」

 「そうそう。無理に宿なんて探すなよ。しかもこの時間だから行っても無駄だ。大人しく俺と姉ちゃんの家に泊まれ!」

 秦麗孝は宁麗文の肩に腕を回して頬をぐりぐりと拳で突く。宁麗文は唖然としながら、秦麗孝の押しつけてくる拳を引き剥がそうと必死になる。そのうち扇子で彼の顔を離すように押しつけていた。

 「泊まれよ! 肉いっぱい食わせてやるよ。なんの肉がいい?」

 『肉』という言葉に引き剥がそうとした手が止まり、扇子を下ろして秦麗孝に顔を向けた。口内に溢れんばかりの唾液が出る。

 「羊が食べたい」

 「まさかずっと顔を隠してたのはそういうことだったのか?」

 驚く漢沐熙に宁麗文は頷き、また思い出したムラのある羊を忘れようと手を振った。

 

 四人は秦氏の邸宅に戻ってすぐに食卓へ向かう。宁麗文は自分まで行っていいのかと不安になったが、それに気付いた秦麗孝が歯を見せて笑いながら半ば強制的に連れていった。

 「俺たちは着替えてくるから二人はそこで待ってな。すぐに戻るから寝るなよ!」

 「寝ない寝ない。早く行け」

 秦麗孝は漢沐熙の呆れ顔と手を振る様子にへらへらしながら退室し、秦雪玲も秦麗孝に手を引かれながら退室していく。残された宁麗文と漢沐熙はそれぞれ顔を見合せて「本当に仲がいいんだな」と宁麗文が言った。

 「私には青鈴がいるけど、秦麗孝と秦雪玲さんみたいにあんなに手は繋がないぞ」

 「青鈴さんって養子の子か? たまに買い物してるのを見かけるぞ」

 「そうなの? あの子、よく買い物に出てるから見かけやすいのかも」

 宁麗文は視線を上に向けて思い出す。

 青鈴は元から外に出るのが好きなのだ。それが普通の買い物でも、外でできた友人と遊びに行く時でも機嫌よく門をくぐり抜ける。青天郷では彼女をよく見かける人が多いので、江陵宁氏の世家内では一番親しみがある人物と言えるだろう。

 漢沐熙は腕を組んで「そうなんだ」と笑う。背もたれに自身の背中を預けて眉を上げた。

 「秦麗孝と姉さんは特別でさ。実は双子なんだ」

 「双子!?」

 意外な事実に驚く宁麗文に漢沐熙が頷く。

 「二人は春生まれで。花が芽吹いた後に生まれたんだって。生まれた後に隣に並べるんだけど、その時に二人共手を握りあって離れなかったんだとよ」

 漢沐熙は腕を解いて卓に肘をついて頬を支える。その先には食室の空いている戸から見えた、廊下で手を握りながら歩く二人が見えた。宁麗文も漢沐熙と同じ方向を向いて話を聞いていた。

 「二人は喧嘩なんてしたことないんだって。たまに俺と秦麗孝が喧嘩するけど、姉さんはちゃんと止めてくれるし、なんなら秦麗孝と一緒に怒られるんだよ」

 「はは、子供だ」

 「うるさい。今はしてないぞ」

 「はいはい。でも、不思議だな。生まれた後に手を握ってたって。何をしたらそんなに仲よくなれるんだろう」

 「さあな。でも、少なくともあの二人の間には、俺たちに言わない何かがあるんだろうな」

 秦麗孝と秦雪玲が楽しそうに話をしているのを見つめながら、宁麗文は肖子涵のことを思い出した。四年経った今もどうしているか分からない彼を気になりだして、二人を自分と肖子涵に重ねて見ていた。

 (肖寧は私のことをどう思ってるんだろう。大切な友人だと思ってくれてたら嬉しいんだけどな)

 ぼんやりと彼を思い出して、それから瞼を一度、二度と瞬く。あの夜の日を思い出して、また瞬いた。

 (私に言えないことも、いつか教えてくれたらいいな)

 瞼を伏せて卓に視線を移す。俯きがちのその表情は少し引き攣らせながら、無理やり笑うことしかできなかった。

 それからしばらくして秦姉弟が元の服に戻って帰ってきた。既に厨房で頼んでいたらしく、二人が帰ってきた途端に料理が並べられる。ほとんどが肉だったが、それでも野菜と一緒で彩りがなされていた。宁麗文の目の前には昼に食べた羊の蒸しものが置かれており、彼の口は涎でいっぱいになった。四人は酒も入れて肉を食い語らう。特に宁麗文という来客もいてか、その時間は大いに楽しく過ごしていた。

 程よく酒が回り始めたところで秦麗孝が秦雪玲の肩に頭を乗せる。浅黒い彼の顔は少し赤らんでいた。

 「あら、小麗。眠くなったの?」

 「ううん……」

 秦麗孝は小さく頭を振る。その声は小さい子供のような甘えた声だった。

 「あなたったら、嘘ついちゃって。ごめんね、小麗はいつもこうなの。お腹いっぱいで眠くなったらこうやって私の肩に頭を乗せてこのまま寝ちゃうのよ」

 「まだ眠くないよ、姉ちゃん……」

 秦麗孝は彼女の首元に深く顔を埋める。秦雪玲は秦麗孝の肩を抱いて背中を軽く叩く。宁麗文は漢沐熙に顔を向けると、彼は苦笑しながら肩を少し上げてから落とした。秦麗孝に顔を向けるとややつり目の切れ長はうとうとと瞼を動かしていて、口は半開きになっている。しばらくじっとしていると、秦麗孝はとうとう寝始めた。

 (あれ、秦麗孝って昨日はすっごい笑いながら唐公子の背中叩いてなかったっけ……あんまり覚えてないけど……覚えたくないものしか覚えてないけど……)

 宁麗文は昨夜の様子を片手で額を押さえながら思い出す。けれども自分が言ったことしか出てこずに諦めた。秦雪玲は困って苦笑を浮かべながら漢沐熙に顔を向ける。漢沐熙は鼻で一つ息をして立ち上がって彼の脇に腕を通して秦雪玲から剥がした。秦麗孝は口を開けたまま小さいいびきをかいていて、漢沐熙の腕を振りほどこうともしなかった。

 「部屋に放りこんでおくよ」

 「あんまり乱暴しちゃダメよ」

 「分かってるって。宁麗文くん、姉さんに部屋を教えてもらってくれ」

 宁麗文は彼の言葉に頷いて寝ている秦麗孝に困ったように笑った。

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