十四 世長会(3)
その後、残った酒を全員で飲んだところ、宁麗文は盃を持ちながら半目で薄ら笑いを浮かべ、唐秀英は泣きながら卓に突っ伏して自分のやらかした過去を暴露する。秦麗孝は更に陽気な性格に変わって唐秀英の背中をバンバンと叩いていて漢沐熙は酒に強いのかその様子を見て呆れたように笑っていた。
漢沐熙は自分を除いた三人の中でまだまともな宁麗文の肩に肘を掛ける。
「やっぱりこいつらの飲み方は前と変わんねえな……その点、あんたはすごいよ。ここの地酒って辛口なくせして後味はすっきりしてる。確かに度数は高いだろうが、町の様子を見るに万人受けはしてるだろうな。こんな酒を飲める江陵の人が羨ましいよ。土産にひとかめ買って帰ろうかな?」
漢沐熙はまだ残っている酒をかめのまま飲み干す。口端に残った酒をひと舐めして卓に置いて宁麗文を見る。何も反応しない彼に漢沐熙は眉を上げながら肘で肩を揺らすと、宁麗文は頭を横と上下に揺らした。異変に気付いた漢沐熙は肩から肘を離して宁麗文の前に手を振ると、宁麗文は泣き始める。その様子を見た漢沐熙は驚いて宁麗文の顔を覗いた。
「おーい? 宁麗文くん? あれ、あんたって酒に強いんじゃなかったのか? なんで唐秀英と同じくらい泣いてんだ? いや、こいつよりかはマシか?」
「……肖寧……」
「え?」
漢沐熙は聞き間違えたのかと思った。宁麗文の口から『本当は会いたかった人』の名前が出たのだ。宁麗文は絹のように繊細で、真珠のような白い肌に様々な感情を乗せた涙を滑らかに落としていく。その薄い唇からは小さく肖子涵の名前を出していた。
「はあ、あんたの会いたい人ってのは肖子涵のことか。そりゃあがっかりするのも納得だ。唐秀英から聞いたんだが、確か数年前から閉関してるんだったか? 俺たちの誰もが彼を見てないし伝達術だって使わない。彼は元々気難しい性格をしてるだろうし、実際どこか避けられている気がするんだよな。……でも、あんたのその様子だと、彼とすごく仲がよさそうだな?」
「うん……」
宁麗文は一つ瞬きをしてまた涙を零す。小さい嗚咽を出してから鼻水をすすり始めた。
「肖寧は……私の一番最初にできた友人なんだ。二日ほどしかいられなかったけど、華伝投にも見に来てくれたし、外の世界を知らなかった私に、買い物の仕方も、教えてもらった……埜湖森で、御剣の練習にも、付き合ってくれて……凶鶏、から守っ、てくれた、のもっ……」
肖子涵との思い出を次々に吐き出しては涙も鼻水の量も増えてきて、しまいには嗚咽を盛大に撒き散らしながら泣き喚き始めた。盃の中の酒を一気に飲み干して、唐秀英と同様に卓に突っ伏して腕で顔を押さえながら小さい子供のように泣く。
「なんでだよお! なんで閉関なんてしたんだよお! 私が未熟だからなのか!? 御剣のことだって、修士だから、やって当たり前だから、練習見てくれただけなのかよお! このバカ! バカバカバカ! 許すかバカ! 許さないぞ! うわああああああん!」
漢沐熙は彼の行動に引いていた。また、とんでもないことを聞いてしまったとも後悔した。彼はどういう感情を持ってして宁麗文に声を掛ければいいかも分からなかった。もう空になった酒かめを持っても酒は一滴も残っていないので呑めやしない。
漢沐熙はこの三人の様子に途方に暮れるしかなかった。
彼は秦麗孝が陽気になっている姿を見て仕方なく立ち上がり、彼の頭を軽く叩いてから隣に座る。秦麗孝は子供のような無邪気な笑顔で「なんだ? なんで俺の頭叩いたんだ?」と笑いかける。漢沐熙は片頬を上げて鼻から息を少し吐いた。
「いや、世の中にはいろんな人がいるなって思ってさ」
「そりゃあ当たり前だろ。俺みたいな曠世之才もいるし、お前みたいな面倒見のある奴もいる。唐秀英みたいな優男もいれば宁麗文のような世間知らずもいるんだ。十人十色だぜ? むしろ同じ性格の奴がいたら気持ち悪いだろ!」
「お前さあ。唐秀英と宁麗文くんに聞こえたらどうするんだよ。まあ確かに全員同じではないのはそうだな。姉さんもお前と同じ性格だったら俺の負担が更に大きくなるし、そう考えたらまだまともでよかったよ」
「何だよ、姉ちゃんの悪口か?」
「違えよ。そんなわけあるか」
彼の言葉に眉を顰めた漢沐熙は眉間を揉み、秦麗孝は彼の肩に腕を回した。秦麗孝は盃に開けた酒を一気に飲み干して小さくゲップをする。浅黒い肌が赤みがかっていてもお構いなしというようにへらへらと笑っていた。
漢沐熙はこの三人を置いて帰ってしまうのもなんだか申し訳ないと考え、しかしここは食事処なのだから長居するわけにもいかないとも考える。しばらく熟考した結果、仕方なく店員を呼んで近くの宿へ五、六人がかりで宁麗文、唐秀英、秦麗孝を運んでいく。宁麗文に関しては邸宅があるのだが、このまま帰してしまっては宁浩然に何か説明をせざるを得ない。三人を部屋に届けた漢沐熙は伝達術で宁雲嵐を呼んで宁麗文を迎えに来てもらった。
「申し訳ありません。完全に俺の落ち度です」
「ははは、いいよ。それにしても、麗文はたくさんの友人を作ったんだな」
漢沐熙は苦笑する。
「最初は俺たちのことを友だちだと思っていなかったみたいです。でも最後は笑ってましたよ」
宁雲嵐は破顔して漢沐熙の肩に腕を回す。暗くなり、所々星が見える空を仰いで「あいつには人が必要だからな」と零した。
「四年前までは病弱に病弱を重ねたぐらいに身体が弱かったんだ。それで何度も友人を作りたいだの外の飯を食べたいだの、いろんな場所に行きたいだの……それがようやく叶い始めてきたんだ。俺が無理やり怨詛浄化に連れてっているんだが、それでも楽しそうにあっちこっち見てまわってる。友人だって、最初は肖子涵殿だけだったんだ。でも、今はこうやってあんたらとも飯を食ってる。俺からも感謝するぜ。ありがとうな」
「えっ、い、いや。俺たちは特に……でも、宁公子にそう言われるのは光栄です」
宁雲嵐の腕が肩から離れて漢沐熙の背中を叩く。思ったよりも力が強かったらしく彼はむせてしまった。
「それで、明日はどうするんだ? もう世長会は終わったし、多分だけどこの先は怨詛浄化の依頼も少なくなる。まだウチの青天郷を見てまわるのか?」
漢沐熙は口角を上げて首を横に振った。
「いえ、明日は彼らと膳無へ。秦麗孝の姉さん……秦雪玲さんが宁麗文くんに会いたがっているので、連れていこうかと思いまして。彼も行きたいと言っていたので、連れていくつもりです」
「そうか。まあ、明日は宿にいてくれ。俺から麗文に行くよう伝えておくから、あんたはもう戻って寝な」
「はい、ありがとうございます。宁麗文くんは部屋にいます」
「分かった」
宁雲嵐は漢沐熙に着いていき、三人分の部屋に入って漢沐熙と宁雲嵐以外の三人が各自の寝台に横になっているのを見る。漢沐熙の寝台には泣き疲れて目を腫らしている宁麗文がいた。宁雲嵐は驚きに眉を上げて「これはどうしたんだ?」と漢沐熙に聞く。彼の口からは乾いた笑いしか出なかった。
「色々あったんですよ……」
その彼の表情からして、宁麗文は相当迷惑を掛けたんだろうと宁雲嵐は呆れる。そのまま弟をおぶって漢沐熙に顔を向けた。
「それじゃ、明日はよろしく頼む」
「はい」
漢沐熙は彼に拱手をして、宁雲嵐は拱手の代わりに片方の口を上げた。会釈を交わしてから宿を出て、また夜空を見上げる。
「麗文、本当によかったな」
その言葉は宁麗文に届いているだろうか。少し笑って顔を前に向けて、宁麗文をおぶり直してから邸宅へと向かう。その間も弟の生きている温もりを感じて、これまでの思い出に浸りながら歩いて帰った。




