表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
31/221

十 綻び(2)

 そして最終日。宁麗文の腰はまあまあよくなりつつあり、最後の茶を飲んで畑仕事へ向かう。鋤を持って固い土を解してから新しい種を植える。水やりは他の住民に任せてまた土を起こす。それを二時辰ほどしてから汗を拭い、遠くから唐秀英が来るのを見た。

 「宁公子」

 「唐公子? どうしました?」

 唐秀英は胸元で片手で拳を作って口元を上げる。

 「明日から町を出ます。そのためにはそろそろ準備をしないと」

 宁麗文ははっと思い出し、鋤を抱えながら「分かりました!」と返す。唐秀英は先に空き家へ戻って支度を始め、宁麗文は仕事を最後までやってから準備をすることにした。住民から声を掛けられてようやく仕事を終えたところで空き家へ戻る。

 唐秀英は既にどこかへ行ってしまったようで、中には整理整頓のされた箪笥の引き出しが開いていた。宁麗文は箪笥の引き出しを仕舞おうとして思い出し、土埃だらけで元の白に戻らなくなった服を少し伸ばして見る。

 (半年間見ないふりしてたから、今改めて見るとすっごく汚いな……あんまり箪笥に触るのもよくない気がする。でも今は一張羅だから他のは持ってきてない。このまま他の町に行っても何か言われるだけだ)

 「宁公子? もしかして服ですか?」

 いつの間にか戻ってきたのか、空き家の出入り口に唐秀英が顔を覗かせる。宁麗文は振り向いて困ったように眉を下げた。

 「はい。この服しか持ってきてなかったので……」

 「ご家族に伝達術を使って持ってきてもらいましょう」

 宁麗文は伝達術のことなぞ頭になかったので、言われて気付いた。袖口や懐に入れていた荷物は空き家の奥に置いてあった箪笥に仕舞っていて、泥がついてしまうと心配したが心を鬼にして手を突っ込んで中身を探る。一枚の札を見つけてそれを手に取り、瞼を閉じて宁雲嵐宛に要件を頼んだ。

 そして半時辰ほど経った頃によく晴れた空から御剣している宁雲嵐を見つけた。桂城唐氏に寄って剣をもらい、また自宅から別の服を持ってきてそれを包んでいるものを手にしていた。

 「兄上! こっちだ」

 宁麗文が手を振って兄を呼ぶ。剣を降下させて降り、豪静を鞘に仕舞う。宁雲嵐はボロボロになってどこもかしこも土だらけになっている弟を見て眉を顰めた。

 「お前なあ……服と剣を持ってこいって言うから何だと思ったら……どうしてそうなったんだよ」

 「これには訳があるんだ。詳しくは唐公子に聞いてくれ。それで服は持ってきてくれた?」

 「当たり前だ。ちゃんと嚢に包んである。着る前に沐浴しろよ」

 「分かってるよ。ありがとう」

 宁麗文は宁雲嵐から服が入っている嚢を受け取り、空き家へ向かおうと踵を返す。と、一歩踏み出した所で宁雲嵐が彼の後ろ襟を掴んだ。

 「え、なんだよ。なんで襟を掴むんだ?」

 「今何の任務やってるんだ? 唐秀英殿もいるなんて聞いてないぞ。お前ら二人だけ世長会に出てないから、父上はどう説明しようか悩んでるし唐宗主は何も言わない。しっっっかり説明してもらえるか?」

 宁雲嵐の声色に宁麗文は身を硬くする。この声の調子に身に覚えがあった。

 宁雲嵐はいつも頭にきている時はいつもよりも声の調子を落として、顔もいつもの自信げのある勇敢な顔つきよりも何を考えているかすら分からないような真顔になる。そして何も言わずに相手の言い分を聞く。その時の状況といったら、第三者からしてみれば気まずく、また彼の前にするとどんな言い訳も通じないと背中が小さくなるような気分になるのだ。宁麗文はこれまで幾度も経験しており、その度に宁雲嵐から逃げようともがいても結局は捕まって泣きながらつらつらと言い訳を述べて反省するのだ。

 (ちょっと待って。これは……怒られてるのか? いや、そうだ、絶対そうだ。怒られてる! うわ! 最悪だ!)

 宁麗文は後ろ襟を掴まれながら顔を青ざめ、そして世長会の存在を完全に忘れていたことにも気付いた。おそらく唐秀英も完全に忘れているだろう。

 いつまで経っても宁麗文が来ないと気付いたからか、宁麗文と同じように土まみれになって汚くなっている唐秀英が町の入口へやって来た。宁雲嵐と彼に後ろ襟を掴まれている宁麗文を見た唐秀英は「何が起こっているんだ」と言わんばかりの唖然とした表情を浮かべている。

 「唐秀英殿。久しぶりだな」

 宁雲嵐からの声に我に返り、慌てて拱手をする。その顔はまだ困惑に満ちたままだった。

 「宁雲嵐さん。ご無沙汰しております。……えっと、なぜ宁麗文さんの襟を掴んでいらっしゃるんですか……?」

 「ちょっとお二人に話を伺おうと思ってな。あんたもこっちに来てくれや」

 宁雲嵐のにっこりとした笑顔に唐秀英も小さく震え上がりながら顔を青ざめる。宁麗文に目配せをすると、宁麗文は彼に向けて首を横に振った。

 

 宁麗文と唐秀英は掃除をして多少まともになった空き家に宁雲嵐を招いてその場で正座をする。どう説明しようか迷っていても、彼は腕を組みながら二人を見つめていた。宁麗文と唐秀英は冷や汗を流し、半泣きになりながらことの経緯を全て話す。所々入り組んだ話もして、宁雲嵐は眉間を揉みながら呆れていた。

 「つまり、お前らは唐宗主からの任務に追われていて、家に帰る暇さえなかったわけだ。それで二つの件に今から手をつけると」

 「そうだよ……だから服と剣を持ってきてもらったんだ……」

 「お前また泣いてんのか」

 宁雲嵐は呆れながら宁麗文にそう言って溜息をついた。宁麗文は嚢を両手で抱えながら宁雲嵐に「泣いてないし……」と答える。

 「ていうか、もう着替えさせてくれよ……今から町を出るところなんだ」

 「待て。どこに行くんだ?」

 その問いに今度は唐秀英が答える。

 「ここの住民だった男性たちが誘拐された町です。もう特定済みなので、早く向かって彼らを救出しに行かなければなりません。一刻を争うのです、宁雲嵐さん、どうかお願いします」

 唐秀英はこの半年で汚れに汚れきった服を気にせず、その場で床に額を押しつける。宁麗文と宁雲嵐はそれに驚いて彼の顔を上がらせた。宁雲嵐は頭を掻きながら難しい顔をして「あのな、唐秀英殿」と口を開く。

 「別にあんたのやることに文句を言うわけじゃない。だけどな、救出も大事だが餓蝗って奴はどうするんだ? 人が増えてもまた襲来されたら元も子もない。彼女たちだって今を生きるのに必死なんだ。せっかく積み上げてきた生活をまた壊すつもりか?」

 「あ……」

 唐秀英は人を救うための選択肢を間違えてしまったようで、顔を赤に染め上げる。そのまま俯いて何も言えなくなったところを宁麗文が心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。

 「そう、ですね……僕としたことが。確かに宁雲嵐さんの言う通りです。先に彼女たちの安全を完全に確保してから彼らを救出する。餓蝗はまたいつ襲ってくるか分からない。まずは根本的な問題から解決しなければならない。こんな大事なことを忘れていたなんて、僕は……僕は……」

 「唐公子? あの……」

 宁麗文は宁雲嵐に苦い顔を向けた。

 「あのな、兄上。唐公子はこう見えて繊細なんだから、言い方に気をつけて……」

 「いえ、宁麗文さん。これは完全に僕の落ち度なんです。ちゃんとできてなかったなんて……やっぱり僕は父みたいにはなれないんだ……」

 言う度言う度に唐秀英は顔を両手で覆いながら、また額を床に押しつけてしまった。完全に籠りきった猫のようにじっと動かないまま、口からは後悔の念の独り言が流れている。それを見た宁麗文と宁雲嵐は互いに顔を見合せ、宁雲嵐はよく分かっていない顔をしていた。

 「唐秀英殿はこんなに気が弱いのか?」

 「兄上! 言い方に気をつけろ! ちょっと繊細なだけだ!」

 「お前も言い方に気をつけろよ。同じこと言ってるぞ」

 「そんなわけないだろ! 何でそんなこと言うんだよ⁉︎」

 宁麗文は嚢を顔に押しつけながら宁雲嵐に対する恨み言を垂れ流す。宁雲嵐の前には顔を床に押しつけながら後悔を垂れ流し、嚢を顔に押しつけながら恨み言を垂れ流している土まみれの二人がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ