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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
26/220

八 復興活動(3)

 食事を済ませ、勢いよく転げ落ちた宁麗文は腰を擦りながら空き家へ戻る。意外にも当たりどころが悪かったらしく、腰に強い衝撃が走ってしまったようだ。

 (本っ当に情けない……男なのに……情けない……)

 宁麗文は半泣きになりながら戸を閉めて椅子に座る。空き家の中も二人で掃除をして、必要最低限の生活を過ごせるまでの清潔感を保てている。しかし、宁麗文と唐秀英の二人は昼夜問わずに働き詰めだったので、どれだけ清潔感のある部屋でも二人の存在は異質だった。水を拝借して洗顔するなり布を濡らして身体を拭くなりしたが、やはり宁麗文は沐浴をしようか迷ってはいた。しかし、彼女たちのいる手前「風呂桶を貸してください」とは言えないし、そもそも女と男という異性の差だ。宁麗文は歳の近い青鈴と共に過ごしているからこそ分かるが、女と生活を共にするのは難しい。食事や仕事、衣食住のそのどれもが些細な違いがあるので、互いに遠慮しながら過ごさなければならないことを知っている。

 (でも流石に、沐浴しないとだよな……唐公子は聞いてるのかな)

 痛む腰を擦りながら卓に顔を突っ伏していると、戸が叩かれる音が聞こえた。宁麗文は短めに応答をすると、外から「紅花です」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 「紅花さん?」

 宁麗文は意外な客に驚き、腰を押さえながら戸を開ける。外にいたのは様々な種類の薬草を乗せている籠を持っている紅花だった。

 「宁公子が腰を痛めたと聞きまして。中に入ってもよろしいでしょうか?」

 「あ、どうぞどうぞ」

 宁麗文が戸を開けながら紅花を迎え入れる。紅花は卓に籠を置いて近くにあった卓に座った。宁麗文も続いて卓に座り、大量の薬草に目を向ける。紅花は籠から一つ一つ薬草を取り出して「それぞれ効能が違うんです」と口を開く。

 「宁公子は何で腰を痛めたんですか? ぎっくり腰かしら」

 宁麗文は食堂のことを思い出し、顔を赤くして瞼を閉じながら頭を振る。

 「あの……前に唐公子がいたことに気付かなくて、驚いて椅子から転んじゃったんです……」

 恥ずかしくなり段々と声が小さくなりながら両手で顔を覆う。理由を聞いた紅花はぽかんと口を開けてから大声で笑い始める。急な笑い声に宁麗文は顔から手を離して唖然としていた。

 「す、すみません。笑っちゃいけないのに……宁公子もあたしたちみたいなことをするんだなって思っちゃって」

 「えっ」

 「ああいや、変な意味じゃないんです。あたしたち、宁公子も唐公子もずっと偉いお方でどんな仕草も作法も美しくて近寄り難いんだと思ってたので……お二人がこんなにもあたしたちと同じように接してくれて、それで一緒に仕事をしてくれてるのを見て、すごく親近感が湧いたんです」

 宁麗文は自分自身の評価を他人からされるのは初めてで、しかもそれが思っていたよりも高く称賛されていたことに驚いた。紅花の前で両手を横に振りながら慌てて口を開く。

 「わ、私たちはそんな高貴な者じゃないです。唐公子は分かりませんけど、私はただの人間なだけで。……しかも、つい最近まで身体がよくなかったものですから」

 「そうなんですか? でも、今のあなたは丈夫でいられていますけど。修士様ですよね? あたしたちと違うんじゃないんですか?」

 「あはは……」

 宁麗文はかつて肖子涵に言った言葉を思い出す。とんでもない勢いで支離滅裂な発言だったと自分で反省しているので、深く話そうとしても上手く言葉が選べないのだ。

 (まともな食事と睡眠とちゃんとした投与治療で元気になれました、だなんて当たり前なことを言えるわけないだろ。はぁ、どうやら皆、修士のことを常人よりもずっとすごい人間だと思ってるみたいだ)

 宁麗文にとっての修士は、一般人よりかは能力は高いが、所詮はただの人間だと思っている節がある。金丹がある人間と言えども必ず寿命はあるし、不慮の事故で亡くなることもある。そう踏まえた上で修士は一般人と同じ『人間』だと考えているのだ。

 「まあいいや、椅子から落ちたんですよね? 落下した衝撃であれば煎じたお茶の方がいいですね。甘草と芍薬を配合して淹れてきます」

 紅花は籠の中からそれぞれ細かく粒切りになっている甘草と芍薬が入っている小瓶を取りだし、袖口から古紙を取り出す。そこに二本の小瓶から半量ずつの生薬を乗せて折り目をつけて包んだ。

 「少し時間が掛かりますが、お待ちくださいね」

 「あ、は、はい。ありがとうございます」

 紅花は口角を上げて「どういたしまして!」と返し、空き家から外へ出ていった。半時辰もせずにまた宁麗文を訪れ、中身の入っている茶壺と茶器を盆に乗せたまま中に入ってくる。卓に盆を置いて慣れた手つきで茶壺から茶を注いだ。

 「はい、どうぞ。すぐには治りませんけれど、多少はマシになるかと思います」

 「ありがとうございます」

 宁麗文は眉を下げながらお礼を述べて茶の入っている茶器を持って飲む。するりと甘い味が喉を通り、胃を温めた。

 「茶壺にはまだ入っていますので、全部お飲みください。夕餉はここで召し上がりますか?」

 宁麗文は困り笑いで軽く頷く。

 「はい。このまま食堂に行くと皆さんに心配されそうなので」

 それに紅花は小さく噴き出して笑う。

 「そうですね。分かりました、可馨にも伝えておきます」

 「お願いします」

 紅花は盆をそのままにしてまた外へ出た。宁麗文は一人残された状態で空になった茶器に茶壺からまた湯を出す。甘草と芍薬の湯にふやかされた匂いが家を包んだ。

 今まで何かしら病に罹っていた宁麗文は、家僕や深緑が連れてきた医師に診てもらい、即効性のある調合した薬ですぐに回復していたが、このような民間医療には経験がなかった。確かに効き目は薄いが、これはしばらく常用するためのものなのだろう。宁麗文は一発で効く薬ももちろんありがたいことではあったが、紅花に煎じてもらった甘草と芍薬の茶もありがたかった。

 (やっぱり外に出ないと知らないことだらけだな。唐宗主に呼ばれてなかったらずっと分からなかった)

 唐暁明のことを思い出すと「暇そうだったから」という言葉も思い出して心の中をぐっさりと刺してしまう。半年も前の言葉なのに今だに忘れられることができない。その度に気落ちしてしまい、どうにも立ち上がれないのだ。宁麗文は勢いよく漢方茶を飲み干して自分の布団へ移動する。姿勢を正して瞼を閉じて、目が覚めた頃には既に夕方に差し掛かっていた。

 戸を叩く音で宁麗文は起き上がり、間抜けな声で「はい」と返事をする。

 「唐秀英です」

 まさかの唐秀英が来るとは思っておらず、宁麗文は口をぽかんと開けた。唐秀英は戸を開けて片手に二人分の夕餉を持ったまま中に入る。後ろ足で戸を閉めてから卓に置いて宁麗文を見た。

 「僕もご一緒させてもよろしいですか?」

 「は、はい。どうぞ」

 宁麗文は布団から出て唐秀英と卓を囲む。

 「てっきり可馨さんか紅花さんが夕餉を持ってくるのだと思ってました」

 「本当は彼女たちに任せようか迷ってたんですけどね。けど、宁公子と任務をこなしてますし、僕たちでしかできない話もあると思ったので。だから代わりに持ってきました」

 「なるほど……」

 二人は用意された食事にそれぞれ手をつけていく。

 「そういえば、僕たちがここに来て半年ぐらい経ちましたよね。宁公子はここの環境に慣れましたか?」

 「? なんでですか?」

 「いや、江陵から出たことがなかったでしょう。いきなりこっちに任務で来たとなったら、色々と大変だったんじゃないかなって」

 「ああ、まあ……」

 宁麗文は箸を持ちながら苦笑する。

 確かに最初は慣れない地、しかもよりによって復興という任務に放り出されてしまった。そこに滞在して半年もの時が過ぎても慣れないとの反応を出すのは難しいだろう。宁麗文は様々な方法や住民たちとの会話を重ねていって、家の中にいる時よりも生きる力を得てきている。唐秀英の言う通り、江陵から出て大変な思いをすることはあったが、それを上回るほどに喜びや楽しさを感じていた。

 「最初は大変でしたよ。こんなに荒れた地域あったなんて知らなかったし、そもそも復興っていう任務を任されるのも正直言うと辛かったです。でも、可馨さんや紅花さんたちと協力して彼女たちの思う元通りの生活に戻せる手伝いができていますし、半年も経って慣れてきてもいます。きっと唐公子がいてくれるお陰ですね」

 「そうですか? 僕こそ宁公子がいてくれたお陰でより任務が進んだと思ってますよ」

 にっこりと笑う宁麗文を超えるほどに更ににっこりと、それを重ねるほどに眩しい笑みを浮かべる唐秀英に目が潰されそうになる。

 (うっ、眩しい!)

 この唐秀英という男は大変爽やかそうに見え、まるで太陽の化身かのように思える。宁麗文たちは度々見る彼の眩しい笑顔に何度も目を潰されそうになり、その度に瞼の上に手をかざして影を作るほどだった。

 「そういえば、餓蝗なんですが」

 唐秀英は笑顔を戻して話題を切り替える。

 「ここ最近は全く動きが見られませんでした。宁公子はどこかで見かけましたか?」

 宁麗文は顔を上げて汁物を湯匙で飲みながら首を横に振る。

 最初で最後に見たのは宁麗文が襲われかけた初日の夜だった。それ以来、餓蝗は忽然こつぜんと消えてしまったかのように全く現れなくなったのだ。これはまさか他の町に行ったのか、はたまたあれが最後の集団だったのかは分からない。本来なら喜ぶべきだろうが、二人はそう考えられなかった。

 「変ですよね。あの夜だけ現れた餓蝗が、その後に急にいなくなるなんておかしすぎる。本来なら日中でも集団なり単体なりで襲うことだって可能なのに……」

 「確かに。邪祟だとは確定してますし当然夜に活発になるのは当たり前です。けれど、最初に紅花さんが『あたしたちでなんとか撃退なり対策なりした』と言っていた通り、餓蝗は日中にも出没するはずです。それなのに一切姿が見えなかった。可能性があるとしたら三つが挙げられると思います」

 「三つ?」

 唐秀英は食べ終えた箸を器に置く。

 「一つは本当に巣がなくなって本当に綺麗さっぱり消えてしまったこと。もう一つは別の町に向かって被害を及ぼしているかもしれないこと。そして最後は誰かに寄生しているかもしれないこと」

 「──寄生」

 微かに目元を歪ませる宁麗文に唐秀英は微苦笑を浮かべる。

 「まだ分かりません。寄生なんてする邪祟なんて聞いたこともないのでそれはまずないでしょう。けれど、前者の二つのどちらかの可能性は高いです。違和感だらけでまだ何が原因なのかは分かりません。最後まで気を抜かずにやりましょう」

 唐秀英は空になった器をそれぞれ重ね合わせ、食べ終わった宁麗文の分もまとめて盆に乗せる。宁麗文も頷いて盆に乗せられていく皿を見つめる。その時に今やりたいことを思い出した。

 「あの、唐公子」

 「なんでしょう?」

 「風呂桶ってありますか?」

 「……」

 宁麗文は、どうしても沐浴をしたかった。

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