八 復興活動(2)
住民たちの腹が膨れたところで唐秀英は簡単な運動を始める。とは言うものの、軽く歩くだけだが、それでも彼女たちにとっては困難を極めていた。何かに掴まらないと立ち上がることすらできず、周りにあった朽ちた木の柱を杖代わりにして歩く。どのぐらいかは分からないが、彼女たちはここまで衰弱しきっていたのだ。
宁麗文は中年の女の手を取って足を動かさせる。「大丈夫ですよ」と声を掛けながら励ましていた。二時辰ほど休み休み動き、また食事を挟む。一刻を争う事態だが、宁麗文も唐秀英も焦りはしなかった。
住民たちが食事をしている間、宁麗文と唐秀英は隣に並んでもち米粥を食べていた。
「どこの町が彼らを連れ去ったんでしょうか」
「分かりません。分かり次第連絡をしてくれるでしょうが、特定には時間が掛かるでしょう。もしかしたら今の間にも亡くなっている方もいるかもしれません」
「……ですよね」
「でも、今の僕たちはあの人たちを元気にすることを最優先にしましょう。もちろん農作物もですが、まずは体調を万全にしてからです。彼女たちが農耕に手をつけられるまでは僕たちだけで畑仕事をしましょう」
唐秀英はもち米粥をかき込んで飲み込む。宁麗文もかき込み、咀嚼をして飲み込んだ。
それからしばらくして、半年が過ぎた。最初は荒れ果てていた畑も宁麗文と唐秀英が懸命に仕事をしたお陰で多少はマシになり、住民たちも毎日の桂城唐氏からの食糧によって肉がつくようになった。軽い運動もこなしながらそれぞれの民家の掃除をし、大通りの屋台も崩してまっさらな状態にする。雪が降ることもあってそれで復興どころではない日々も続いていたが、今日に至るまでに多くの時間を費やした。しかし、それでも宁麗文と唐秀英はさして問題はなかった。
「ようやく皆さんも畑に手をつけ始められましたね」
宁麗文は土にまみれた手を払い落としながら言う。
「本当によかったです。このまま彼女たちに任せて、僕たちは餓蝗の件と誘拐の件を探りましょう。先程仕事をしている間に誘拐した町や人物の特定がなされました。こちらからも父に餓蝗の件も伝えましたので、後は僕たちの任務を遂行するまでです」
「もう特定されたんですか? もっと掛かるものかと思ってた……」
唐秀英は目も口も弧に描く。頷いて「はい」と返した。
「どうやら複数の町の人々が連携していたようです。元々この町の男女比率は著しく、男性が多くの割合でいたそうで。だから餓蝗に対して対策や撃退を講じることができた。しかし、彼らがいなくなってからは女性と子供、そしてあの敏と呼ばれるお爺さんのみです。そりゃあ餓蝗に対して歯が立ちませんよね」
「そうだったんですね……じゃあ彼らが戻ってくる前までに元の活気に戻さないといけないですね」
宁麗文の言葉に唐秀英も頷き、鋤の柄をぐっと握りしめた。
餓蝗は宁麗文を襲ったあの夜のみ発生してそれ以降はまだ襲われてはいない。しかし、また来る可能性があるので原因を探って徹底的に殲滅しなければならないのだ。
その後いつ特定した町へ向かうかの日取りを決め、まだ自分たちの手が必要だろうということで二週間後ほどに向かうことを決めた。その間は唐氏が詳しい調査を行い、男たちの保護を進めるという。だが、急に町から離れてしまっては住民の困惑を誘うだろう。そう考えて二人は町の長の敏の家へ向かった。
「敏さん。失礼します」
唐秀英が戸を叩くと、中から酷く嗄れた声が聞こえた。少し音の鳴る戸を開けて唐秀英と宁麗文は入り、ボロボロで薄い布団に包まれている敏の姿を見る。
ここ数週間、彼の身体は徐々に弱っていた。元々初めて見た時からは随分老体だったから仕方がないとは思ってはいたが、唐秀英の中では些か怪訝な部分があった。他の老人よりも弱る速度が速すぎるのだ。それに、数週間前から急に体調を崩し始め、咳、熱はもちろん、えずき、頭痛、身体的能力の減衰などが見えたのだ。元々敏に持病があったのかと思い聞いたが「ない」との言葉しかなく、もしかして衰弱が始まったのではないか? と唐秀英は考えていたのだ。
「僕たちは二週間後、誘拐された男性たちの救出に向かいます。少し早いですが、お世話になりました」
敏は布団から腕を出して唐秀英の手を握る。「ありがとう」と伝えたいのだろう、唐秀英は口元を綻ばせて握り返した。敏の目が宁麗文に向けられ、宁麗文も傍に寄ってもう片方の手を握る。
「もし……その間に、儂が……死んだら、紅花に、……それを伝えてくれ……」
「はい。伝えます。また来ますね」
敏はしっかりと握手を交わしてから頷いた。
敏の家から出た二人はそれぞれ別れ、唐秀英は畑を、宁麗文は大通りへ向かった。着々と進んでいる大通りの復興は、それぞれ人々が最低限の生活ができる程度の店や設備を並べ始められている。宁麗文は人手が足りていなさそうな場所を探し、可馨と苑と呼ぶ中年の女が石段の上に乗せた角材をのこぎりで切っているのを見つける。宁麗文は彼女たちの元へ歩き「手伝います」と声を掛けて可馨が持っているのこぎりを借りて角材を切り落とす。
「宁公子。ありがとうございます」
可馨は額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら感謝を述べる。宁麗文は頭を振った。
「これも私の仕事ですから。他に切るものはありますか? 全部終わらせてしまいましょう」
「でしたらここに。あと五本ほどあります」
苑が傍に置いてある角材を地面へ転がす。どれもが長く、これを女二人が細かく切るのは困難だ。宁麗文はのこぎりを地面に置いて角材を石段に乗せて二人に押さえるよう指示する。彼女たちは宁麗文が切りやすいように押さえ、宁麗文はのこぎりで木をある程度切り落とした。
全て切り、近くにあった数箱の籠にそれぞれの長さの木材を入れる。小さく短いものは可馨と苑が、長いものは宁麗文が運びまだ補強が足りない場所へと運んでいく。それを何往復かして全て運び終えたところで宁麗文の腹の音が鳴った。それに気付いた二人は少し噴き出し、宁麗文は顔を真っ赤にする。
「もうこんな時間ですもの、ご飯を用意してきますね。苑おばさんは宁公子を食堂に連れて行ってもらえる?」
「ええ、いいわよ。くれぐれも怪我はしないでね?」
「もう、私は子供じゃないって!」
頬を膨らませながらぷんぷんと子供のように怒る。そのかわいらしい様子に宁麗文と苑は笑った。可馨が踵を返して厨房へ向かい、宁麗文は苑に連れられて食堂へ向かった。
「可馨さんはとても素晴らしい女性ですね。紅花さんと率先して復興活動に励んでいて、一切の愚痴も零さない。まだお若いのに偉いです」
苑は皺が見え始めている手で自分の頬を包みながら「あの子は事情がありますから」と口を開く。
「あの子は紅花ちゃんと一番仲が良くて、そして皆から愛されているのです。半年前の飢饉が始まった時も紅花ちゃんと協力して皆のために食糧の節制をしたり、二人が限界になるまで畑を耕してくれたり……今は彼女たちも一緒に仕事をしていますが、いつかあの子たちが楽に過ごせるようにって、私たちも小さなことから手をつけているんです」
苑の目線には石段の割れ目から小さく芽を出している植物があった。彼女は足を止めて植物の前で屈んでそっと指で触れる。宁麗文は彼女の行動を足を止めて見下ろしていた。
「可馨ちゃんはこの町の生まれではないのです。違う町から引っ越してきて……」
そこで彼女は一度口を噤む。瞼を伏せてから口を開いた。
「いえ、ここから先はあの子から聞いた方がいいでしょう」
「? それはどうしてですか?」
苑は顔を宁麗文に向けて微笑む。
「あの子は、自分の過去は自分で話したがる子なので」
彼女は立ち上がってまた歩き始めた。一歩遅れた宁麗文は、ただ瞬きをするだけだった。
食堂に着いた宁麗文は一番奥へ通された。中には一人、二人ほどの女しかおらず、彼女たちは卓を布巾で拭いている途中だった。苑は彼女たちに飯の時間だと知らせて厨房へ向かわせる。それに苑も続き、「宁公子はここでお待ちください」とお辞儀をして食堂から去った。
宁麗文は綺麗に拭かれている卓を見ながらここ半年間の出来事を思い返す。最初はボロボロに荒れ果て、どこもかしこもくたびれたように朽ちていた町が、今ではすっかり見違えた。宁麗文の中では復興はまだまだ先の掛かるものだと考えていたが、時折やって来る桂城唐氏の門弟の応援や食糧、そして定期的な医師の検査によって徐々に活気が戻ってきたのだ。このまま上手くいけば任務は遂行完了となるだろう。宁麗文はそう考え、口角を上げながら前を見た。
「宁公子? なんで笑ってるんですか?」
音が聞こえなかったのか、前に唐秀英が座っていることに気付かなかった宁麗文は、驚いて声を出しながら椅子から転げ落ちてしまった。




