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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
24/220

八 復興活動(1)

 「なっ……⁉︎」

 宁麗文はあまりの光景に思わず口を開けてしまう。唐突な出来事に身を硬くすることしかできず、また次の札を出す余裕もない。

 (しまった、さっきの光か!)

 思考では分かっているものの、瞬時には身体は動けない。万事休す、宁麗文はその言葉だけ思考にねじ込みながら両腕で受け身の体勢を取り、瞼を閉じた。そして、餓蝗が宁麗文の腕に触れる瞬間だった。

 突如、宁麗文の手首に掛かっている腕輪から眩い光が飛び出した!

 その光は強く、目を開けていられなくなる。餓蝗のけたたましく鳴る羽音がジュッと音を鳴らして掻き消え、光は次第に小さくなり、そして暗くなる。宁麗文はおそるおそる瞼を開けて腕を下ろす。そこには一瞬にして塵になった餓蝗の塵が落ちていた。

 「宁公子!」

 唐秀英が宁麗文を呼びながら駆け寄る。青い顔をしながら宁麗文の周りをぐるぐると回っていた。

 「お怪我は? どこか痛むところはありませんか? ああ、すみません、僕としたことが、すぐに外に出なければ……」

 「と、唐公子」

 唐秀英は頭を抱えながらその場にへたり込む。酷く落ち込んだ様子に宁麗文は困りながら片膝を立てた。

 「唐公子、私は無事です。父上からもらった腕輪が護ってくれたんです」

 「腕輪……昨日の言っていた物ですか?」

 「はい。とりあえず戻りましょう。休まないと明日に響きます」

 宁麗文は立ち上がって蹲っている唐秀英に手を伸ばす。唐秀英は彼の手を取って立ち上がり、「はい」と返して空き家へ戻った。

 

 日が昇った二人は簡単な朝餉を済ませて汚れた姿のまま外へ出る。最初は畑へ向かって様子を確認し、何も異常がないことを見てから民家が集合している大通りへ向かう。朝になっていても町の中は活気がなく、吹き荒れる風の音だけが耳を触る。宁麗文と唐秀英は二手に別れてそれぞれの住民の生存確認を行った。

 古くなって風で軋む扉に手の甲で軽く叩いて「おはようございます」と声を掛ける。中からの返事は当然なく、裂けて穴が空いている箇所からそっと覗く。暗い中の奥に少しだけ動きが見られた。

 「すみません、お邪魔しますね」

 扉をゆっくりと開けるとそれは力尽きたようにぐらりと傾いた。宁麗文は慌てて扉の両端を掴んで音を立てないように壁に掛ける。一息ついてから中を再度覗くと、頬は痩け、横にまとめている髪に艶もなく、生きている屍のような女が怯えているのを見つける。彼女の顔つきや身の細さからして宁麗文とほぼ同じかやや下の年齢だと伺える。彼女は身体を震わせながら声を出さず、両腕で自分の身体を抱き締めていた。宁麗文は女の前に片膝を立てて拱手をする。

 「初めまして。私は江陵宁氏の次男、宁麗文です。今日はあなたたちの生存確認に参りました。昨日はいきなり覗いたりしてすみません。でも安心してください、私たちはあなたたちの町の復興のお手伝いをしに来ました。元通りになれるまでしばらく滞在いたします」

 腕を下ろすと生気のない女の目から涙が一筋流れる。何か言いたげに口を震わせていたが、おそらく声が出ないのだろう、何も言えないままでいた。宁麗文は袖口からもし住民が水を欲していた時に備えた小さな瓢箪を取り出して彼女に渡す。彼女は震える手でそれを受け取ってちびちびと飲み始めた。それはゆっくりと味わっているようで、涙を零して嗚咽を漏らしながら全て飲みきった。

 「あ……あ、あり、がとう……ござ、い……ます……」

 「いいえ。お礼を述べるのは復興が終わってからにしてほしいです。身体は痛みませんか? 立てますか?」

 宁麗文は女に手を伸ばす。彼女は彼の手に掌を置いて膝に力を入れた。宁麗文は優しく握って女の背中に手を回して支えながら立たせる。栄養が回っていないその華奢な身体はふらついて宁麗文にもたれかかった。

 「歩けますか? 眩しいですが、外に出ましょう」

 女は頷いて宁麗文に支えられながら一歩一歩進み、扉のない出入り口から出た。しばらく見なかった陽の光に照らされたからか、彼女は立ちくらみを起こす。宁麗文は慌てて彼女の身体を支えた。

 「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。何と呼べばいいですか?」

 「可馨クァシン……可馨です」

 「可馨さん。ここから広場まで歩きますが、大丈夫ですか?」

 「はい……」

 宁麗文と可馨という女はゆっくり、ゆっくりと歩き、時間を掛けて広場へと向かう。そこには朽ちている屋台が倒れていたり、崩れた石段などが散乱していた。宁麗文は彼女が座れる場所を探し、比較的崩れていない石段に座らせた。

 「しばらくここで待っていてください。もし太陽の光が辛かったら近くの影で休んでいてくださいね」

 「あ……宁公子は、どちらへ……?」

 「私はもう少し他の方の確認をしてきます。ある程度終わりましたら唐公子と戻ってきます」

 可馨は目を丸くして、俯きながらボロボロの服の袖を握る。

 「……もう、ほとんどいません。私と、紅花ホンファと、阿晴アーセイビンお爺さん……他もいますけど、生きているかは、分かりません……男の人はみんな、外に連れていかれて。ここにいるのは皆、女の人か子ども、そして年を召された方だけです」

 「なぜ男性だけ連れていかれたのですか?」

 可馨は口を噤んで首を横に振る。どこに連れていかれたのかは知らないようだ。宁麗文は「そうですか」とだけ呟いて、彼女に微笑んでから「では行ってきます」と言った。

 

 しばらく扉を叩きながらまわって行くと、ほとんどが空き家だと分かった。中を覗いても誰もおらず、家具が散乱していたりそもそもなかったりと状況は様々だった。確かに男はどこにもおらず、女子供、そして辛うじて生きている男の老人のみだった。宁麗文が見つけて保護した人数は可馨を含め八人だった。

 残っている住民を時間を掛けて全員広場へ集める。同じ頃に唐秀英も一人の少年をおぶりながら広場に戻ってきていた。唐秀英が見つけた住民も含めると十五か六人ほどの数が集まっている。

 「宁公子、残っている方はここで全員ですか?」

 「はい。唐公子も男性がいた民家は確認できましたか?」

 唐公子は少年を降ろしながら首を横に振る。広場に集まっている残された住民を見渡してから微笑んで「皆さん」と口を開いた。

 「改めまして、僕は桂城唐氏の息子の唐秀英と申します。こちらは江陵宁氏の宁麗文殿です。皆さんはご存知だとは思いますが、僕たちは昨日からこの町の復興へ参りました。畑に関しては現在倉庫にあった種を全て植えて育てています。現在の様子を皆さんにお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 すらりと細長い手が真っ直ぐと伸びる。その女は可馨の隣にいて、やや茶色がかった髪を上に結んで一つ垂れ流していた。

 「紅花さん」

 唐秀英が彼女の名前を呼ぶ。紅花と呼ばれた女は頷いてよろめきながらもしっかりと踏ん張って立ち上がった。宁麗文に向けて細すぎる腕で拱手をして挨拶をする。彼も拱手をした。

 「宁公子、初めまして。あたしは紅花です。唐宗主に伝えたので唐公子もご存知でしょうが、餓蝗が発生してあたしたちの畑を荒らしました」

 「餓蝗はいつ頃から発生したかは覚えていますか?」

 「約二ヶ月ほど前です」

 宁麗文と唐秀英は驚いて顔を見合わせる。それほど前に被害に遭っていたのなら、どうして唐暁明は早く任務を彼らに預けなかったのだろう?

 「最初はあたしたちだけでなんとか撃退なり対策なりしたんです。けど……男の人たちが連れ去られてしまってからは、何もできなくなって……」

 「その男性たちはどちらへ連れ去られてしまったのかはご存知ですか?」

 宁麗文は可馨も知らなかった事情を聞く。紅花は眉に皺を寄せて瞼をきつく閉じた。

 「分かりません。けれど、他の町の人がここを訪れる日が何度もあって……その人たちと口論をしてから一人ずついなくなったんです」

 「他の町? 最近人が増えた情報はなかったはずなんだけど……」

 唐秀英の小さく呟いた言葉に紅花の目が見開いた。聞こえてしまったのだろう、同時に顔がサッと白くなってその場に崩れ落ちる。隣の可馨が彼女の名前を叫びながら抱き寄せていた。

 宁麗文と唐秀英はその光景に目配せをして、微かに頷く。考えられる可能性は一つしかない。

 ──拷問。

 桂城唐氏の前宗主の政策によって拡がった貧富の差。それ故に弱肉強食のような状態になってしまい、貧困の町の住民が裕福な町の住民により連れ去られ、拷問を受けさせられる事件が度々発生していた。それは爪を剥がす、舌を抜く、餓死させる、睡眠を許さない労働……聞けば聞くほど耳を塞ぎたくなるような事例ばかりだった。それを唐暁明は視察や調査に巡り、貧困を完全に、そして確実になくしたのだ。

 しかし、何故今になってまた貧困の町が現れたのだろう? 彼女たち曰く餓蝗が発生したからという理由だが、それ以外の理由もありそうだ。

 唐秀英はしばらく考え込み、自分の両頬を軽く叩く。住民を全員見渡して微笑んだ。

 「行方の分からない男性に関してはこちらから調査を依頼します。とにかく、今は腹を満たしましょう」

 「腹を満たす? 唐公子、ここには何も食べるものがないのでは……」

 「昨日の夜、あなたが寝た後に伝達術で持ってくるよう頼みました。あと少しで着くと思われます」

 唐秀英は宁麗文にそう言い、「町の入口まで行ってきます」と告げてその場を去った。呆然としていた住民に宁麗文はにこやかに口元を上げることしかできず、彼女たちと同じように地面に座った。それに住民たちは驚いて慌てふためく。

 「宁公子、あなたはちゃんとした所でお座りになってください」

 口を開いたのは敏と呼ばれた老人だ。随分と痩せ細っており、しわがれた頭皮からは白髪がほとんど見られない。髭はあるものの、綺麗に整えられていないので無精髭になっている。唯一綺麗に見えるものと言えばきちんと並んでいて健康な歯だけだった。

 「大丈夫です。昨夜は空き家をお借りして過ごしましたし、昨日の日中も畑仕事でこんなに汚れているんです。今更綺麗な石段に座っても意味ないですよ」

 「しかし、あなたは尊い方だ。儂たちと同じ場所に座らないでください」

 「敏さんでしたっけ? 私はこう見えて頑固なんです。私がこうしたいからこうしているので、どうぞお構いなく」

 宁麗文はにこにこと笑みを絶やさずに敏に言い返す。敏は眉を顰めながら、困った顔をして「は、はあ……」と弱々しく返した。

 宁麗文は座りながら腕を組み、頭の中で思考を繰り広げる。もちろん餓蝗の件だ。それらはどこからやって来たのかも分からない。しかも三十年ほど前に発生して、一度絶滅したはずだ。それがどうして今になってまた現れたのだろう?

 (何か原因はあるはず。でないとまた被害が出てしまう……。ここの地にも何か関係してるのかな。唐公子と注意深く調査するしかないな)

 宁麗文がうんうんと唸っている頃に馬のいななきが聴こえた。顔を馬に向けると唐秀英が大きな包み袋を持ってきていた。

 「お待たせしました。もち米です」

 その言葉に中年の女数人が安堵の溜息をついた。彼女たちはきっと、これが二度目なのだろう。唐秀英は包み袋を広げて大量のもち米を出す。馬に乗せられている箱には多くの椀が積まれていた。

 宁麗文と唐秀英はまだ辛うじて使えるであろう厨房へ行き、二人でもち米粥を多く作る。それを椀に注いで住民たちに振舞った。可馨と紅花はそれを食べながら涙を零し、それに釣られて他の住民も鼻をすすりながら食べていた。宁麗文と唐秀英はおかわりを待ちながらその様子を見て自然に頬を緩める。命が失われていないことに安堵したのだ。

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