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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
22/220

七 初任務(2)

 饅頭を全て食べ終えた頃に食事処に着いた。唐秀英が先に入ってその後に宁麗文が入る。そこは江陵とは違った賑やかさに満ちていた。基本的には江陵と変わらない食事ではあったが、所々に目につくのが野菜の多さだった。唐秀英は店員に「二階へ行きます」と告げて階段を昇る。宁麗文はその店員に会釈をして唐秀英と共に二階の個室へ入った。

 「ここは僕ら唐氏の部屋です。たまに橙花坊へ訪れる時は必ずここで食事をしています」

 その部屋の中は所々に橙色の装飾が施されていた。決して豪華とは言えないが、階下よりも華やかだ。宁麗文は落ち着きのない様子で見回していて、唐秀英は彼の行動に噴き出して笑う。宁麗文は途端にまた恥ずかしくなって俯きながら顔を赤らめた。戸が叩かれて店員が扉越しに注文を呼びかける。唐秀英はいくつか頼んで店員を下がらせた。

 その間の宁麗文は頭の中で唐秀英が苦しそうな表情を浮かべながら吐いた言葉を思い出していた。人でなし、というのはどういう意味なのだろうか。なぜ、唐暁明が代わりに貧困の町の復興を遂げたのか。色々と聞きたくなった宁麗文は唐秀英に何から聞こうかと口を開いては閉じるのを繰り返す。唐秀英は彼が何をしたいのかを察して「さっきの話の続きをしましょうか」と微笑む。

 「はい。人でなし……というのは?」

 「言葉の通りです。僕もですが彼は裕福な身であり、栄えている町でしか目を向けませんでした。同じ桂城の中でも貧富の差は天と地の差と同然で、自分の中での華やかな町は援助をして決して途切れることのない未来を与える。逆に貧しい町は人が人ならざるものになっても見ないふりをして消滅する未来を見届ける。そのせいで貧富の差は余計に広がって、民の間でも裕福な方と貧しい方の諍いが絶えない過去もあったそうです。酷い話ですけれど、前宗主はそういうお方でした」

 口から紡ぐ言葉を吐く唐秀英は次第に俯いて身体を震わせる。きっと卓の下に置いた手は拳を作って痛むほどの力を込めているのだろう。宁麗文は彼から告げられる桂城唐氏の過去を知って心の中で驚愕する。それと同時に人間というのはなんと残酷で浅はかなんだろうと桂城唐氏の前宗主を軽蔑した。

 「その前宗主のやり方に父は真っ向から反抗したのです。『宗主のくせに貧富の差をなくさないのは、人としてどうなんだ』と。しかし、前宗主は父に『それならお前が復興させろ。どれだけ難しいかその目で確かめてみろ』と仰ったのです」

 「もしかして、それで視察をしに行って害虫駆除をしたのですか?」

 唐秀英は頷いた。宁麗文の言葉に少し気が緩んだのだろう。 

 「はい。父は視察に行った町で人が人を喰らう場面を見たと言いました。それは魔のようだったと……もし今も変わらないままでいたら、この桂城は今頃滅んでいたのかもしれません。父はそれを引き剥がして、持ってきた饅頭を飢餓状態の彼に押し込んだのです」

 若かりし頃の唐暁明を想像し、死ぬほど腹を空かしていた民に饅頭を押し込んだ図も考えた。今の唐暁明とは全く似ても似つかない行動だ。

 「でも、昨日言ったのはもち米粥を奮った、ですよね? なぜ饅頭を?」

 唐秀英は少し恥じらいながら「……あまりの突然のことで、気が付いたら押し込んでいたようです」と言った。

 「その後はちゃんと炊き出しもしました! 饅頭を与えたのは人を喰いかけていた一人だけで、他はちゃんと粥を与えています。もちろん彼にも与えてますよ!」

 手を懸命に横に振りながら唐秀英は弁解する。宁麗文はその様子が面白くて噴き出して笑った。

 「分かってます。でも、唐宗主は本当にすごいですね。実の父親に無茶ぶりを掛けられたのに、それを見事に成し遂げただなんて」

 「はは、ありがとうございます。と言っても、これは僕の功績ではないので賞賛は受け取れません」

 「そうでもないですよ。今こうやって私に歴史を話してくれました。私は……世長会で得た情報以外の世情は何も知らないんです。こうやって誰かから話してくれないと、何も知らないままでいるんです。なので話してくれたことに感謝しています。ありがとうございます」

 宁麗文が頭を下げると唐秀英は慌てながら頭を下げて、顔を上げてから「そこまでしなくても!」と赤い顔をしながら宁麗文の肩を持った。宁麗文は顔を上げて目を細めて口角を上げながら笑った。唐秀英が宁麗文の肩から手を離した辺りで頼んだ料理が次々と運ばれてきて、二人はそれに舌鼓を打ちながら料理を味わう。様々な料理に手をつけていく宁麗文は唐秀英からの視線に気付いて顔を上げた。

 「どうされました?」

 「……昨日、自分で少食って言ってませんでした?」

 「……」

 食事を堪能した後は急いで邸宅へ戻って宁麗文は客室へ通された。沐浴を済ませて用意された寝台の上で少しの間だけ瞑想をして瞼を開ける。ろうそくに灯された火を消して布団の中に潜り込んで瞼をきつく閉じた。

 (肖寧は今、閉関をしながら飲まず食わずの日々を過ごしてるのかな。ちゃんと食べてるといいんだけど……)

 心が傷付くとは分かっていても、彼は肖子涵を思うことをやめられる度胸がなかった。初めての友人だという理由からだが、それでも片時も忘れることはできなかった。頭を振って下唇を噛む。

 (もう寝よう。明日からは唐公子と任務に行くんだ)

 宁麗文は胎児のように身体を丸めて瞼に込めた力を緩めた。

 

 そして翌朝。宁麗文は桂城唐氏に仕える家僕に起こされ、身支度を済ませてから広間へ向かう。着いた頃には唐秀英がおり、その前には朝餉が置いてあった。唐秀英は来た宁麗文に気付いて振り返り「こちらへ」と手の示す方へ促す。宁麗文も会釈をして唐秀英の隣に座り、朝餉を済ませる。家僕が空になった椀を乗せた盆を回収するとまた唐暁明が広間に入って玉座に座った。

 「おはよう。よく眠れたか?」

 「おはようございます。お陰様ですっきり眠れました」

 「上出来だ」

 唐暁明はにこにこと笑みを浮かべながら席を立つ。そして二人の前まで歩いて二人の腕を持ち上げて立たせた。宁麗文と唐秀英はその笑顔が何を意味するのかを瞬時に理解して、スッと真顔になる。

 「行こうや」

 「……はい」

 これから投獄されるかのようなお通夜気分を味わう二人は、言われるがままに広間を後にした。

 唐氏の邸宅から馬車で揺られて半時辰ほど経った頃、着いたのは寂れた家屋や荒れ果てた畑が広がる土地だった。宁麗文と唐秀英は事前に普段着から農作をしやすいように簡素な服に着替えたものの、この光景を見てすぐに引き返したくなった。しかし、二人が降りた後の馬車はその場を後にしてしまったせいで帰れなくなってしまった。

 「これは……すごいですね」

 宁麗文はひくひくと口元を引き攣らせながら現状に卒倒しそうになる。唐秀英は薄目で荒れた土地を見ながら両手で自分の頬を叩く。

 「行きましょう。まずは住民の確認から始めましょうか」

 「は、はい」

 唐秀英は背筋を伸ばして歩き始める。宁麗文も着いていって町の入口から入って大通りを通る。何も気配はなく、びゅうびゅうと風が吹き荒れる。もしかしてここに住んでいる人はもういないんじゃないか? と宁麗文は歩きながら思うが、それでも歩みを止める必要はなかった。

 微かな音にも注意しながらそれぞれの家屋の扉に手の甲で叩いて生存確認をしたり、格子状の窓から様子を窺う。ろうそくもない暗がりの中に微かに動くものが見えた。土だらけで清潔の欠片もない、五歳ほどの子供が祖父らしき老人に擦り寄っていた。しかし、その老人は項垂れていてまるで生気を感じられなかった。

 (いる。……けど、酷く怯えてるようだ)

 「唐公子。ここの人たちは私たちに怯えているようです。やっぱり畑から始めませんか?」

 唐秀英に小声で話した宁麗文は民家がない平らな地面へ向かった。彼の言葉を聞いた唐秀英も頷いて着いていく。

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