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護誓散華  作者: くじゃく
人間と邪祟
213/222

番外編 酒肆の柳絮(3)

 宴もたけなわ、それぞれは江陵を始めとした各世家の料理を楽しみ、そして酒を飲んだ。辺りには既に酔いつぶれて卓に突っ伏す者やら今だに飯を食って舌鼓を打つ者、そして会話をしながらまだ酒を呷る者もいた。その中でも唐秀英は酒を飲まず、そして飯をある程度食べてから宁兄弟の元へ足を伸ばした。

 「唐秀英殿? どうかしたのか?」

 先に気付いた宁雲嵐が飲んでいた酒の残る盃を卓に置く。二人を見下ろす唐秀英は気恥ずかしそうに頬を指で掻いた。

 「実は、知らせたいことがあるんです」

 「知らせたいこと?」

 唐秀英は頷いて掻いていた腕を下ろす。

 「阿鈴との子供が、できました」

 宁兄弟は揃って椅子を倒さんばかりに席から立つ。飯を食っていた者、そして酒を呷っていた者が二人を見て目を点にしていた。

 「こ、子供!?」

 「はい」

 「いつからだ? いつできたんだ?」

 「二週間ほど前です。ここ最近のあの子は悪阻(つわり)が酷くて。中々こちらに来られませんでした」

 互いに顔を見合わせる兄弟は共に頬を緩める。唐秀英は彼らの表情に穏やかな顔を浮かべていた。

 「そうなんですね。そっか……」

 宁麗文は次第に目元から涙が膨らみ、そして鼻をすすって慌てて顔を俯かせる。宁雲嵐は弟の背中を摩っていながらも、自身も泣きそうに顔を顰めていた。

 「今度、そっちに行ってもいいか。青鈴に会いたいんだ」

 「もちろんです。あの子にも伝えておきます」

 唐秀英は二人の前で手を掲げる。彼へ同様に返して、席へ戻った頃でも兄弟は喜びで緩む頬を直すことなく再び着席した。

 「子供かぁ。青鈴と唐公子の子だったら絶対かわいいだろうな」

 「そうだな。最近会えてなかったし、いい機会かもしれない」

 「あれ、兄上って結局桂城に行けてなかったの?」

 宁雲嵐は頷く。

 「行きたくても怨詛浄化やら手配やらでてんてこ舞いだったんだよ。今日だって仕事を終わらせてからすぐに来たんだ。まあ、その途中で肖明豪と会ったから一緒に仲良く来たけどな」

 豪快に笑いながら酒を浴びるように飲む兄に呆れ笑いをしながらも肖子涵のその隣を見る。肖明豪は自分の名前が出たことに面食らってこちらを見ていた。

 「何見てるんだよ」

 「うるさい」

 「はあ? 別にうるさくなんかしてないだろ」

 また二人は肖子涵を挟んで火花を生み出しながら睨む。それに気付いた肖子涵が屈んだ状態から背筋を伸ばして宁麗文に身体を寄せた。

 「兄上。やめてください」

 「やめろって言うならそいつに言えよ。さっきお前のこと話してただろ」

 「それとこれとは別です」

 肖明豪と宁雲嵐はそれに表情を消す。「別ではないだろ」と言いたいところではあったが、彼がまた何かと反論しかねないし、何をどうしても宁麗文を徹底的に庇うのだから諦めることにした。肖明豪は深く息を吐いてから身体を弟に向けて腕を組む。宁麗文は目の前の彼の背中から少しだけ顔を出した。

 「子子。なんでそいつなんかと暮らしてるんだ?」

 「愛しているからです」

 「少しでもいいからこっちにも帰ってこいよ」

 「嫌です」

 「はあ……」

 肖明豪はまた、それも悲しそうに息を吐いて項垂れる。肖子涵はそんな兄を目の前にしても尚、後ろにいる彼から離れようとはしなかった。宁麗文は目の前の彼を見てから奥の肖明豪を見て、半分嬉しいと同時に半分肖明豪に同情した。

 「肖寧、肖寧」

 肖子涵は後ろ目で彼を見る。宁麗文はひっそりと聴こえるように耳元に手をかざす。

 「私のこと大好きすぎるのは分かってるけど。でも、肖明豪にまでそんな態度はよくないんじゃないか?」

 肖子涵は兄から背を向けて宁麗文の話を聞こうと身を屈めた。宁麗文もまた小さく屈んでから囁くように手を下ろさない。

 「君の兄上だろ。一線引いてるのは知ってるけど、そろそろいいんじゃないか? あいつだって、肖憂炎のことで本気で反省してるんだし。君のことを本当の弟だって想ってるんだから、あいつにも笑った顔とかいろんな表情を見せたっていいと思うよ」

 「……でも、兄上はあなたを睨むから。あなたのことを良く思っていないから、あなたから遠ざけようとしているだけ」

 渋々と嫌そうに返す肖子涵に宁麗文は呆れて眉を顰めて薄目で彼を見る。手を下ろして屈んだ姿勢を正して腕を組み、瞼を一度閉じてから細く瞼を開けた。

 「肖子涵」

 少し低い声で彼の字を呼ぶ。肖子涵は一度も聞いたことのない声色に背中を震わせて彼を見上げた。その低い声に宁雲嵐も肖明豪も驚いて彼を見る。普段は口角を上げる人畜無害な宁麗文は無表情で目の前の肖子涵を睨んでいた。

 「いい加減にしろよ」

 「……」

 宁雲嵐は気まずさで酒を一気に呷って弟を(たしな)めようと身体を向ける。しかし彼の背中からも怒りと呆れが漂っているのに気付いて口元をひくつかせた。

 肖明豪はというと、いつもは突っかかって威嚇をするような、弟の恋仲の初めて見る顔に目を点に、そして口をぽかんと開けていた。

 「いつまでも身内にそんな態度していられると思うなよ。もし私が君から離れて、君が洛陽に帰ったら、肖明豪を含めた肖氏は君を出迎えてくれない」

 「……はい……」

 「君から一線を引いているなら、今すぐその線を消せ。君のやるべきことは全部終わったんだから、これまでとこれからの自分の行いに責任を持って行動しろ。私ばかり構う必要なんてない」

 「……ごめんなさい……」

 珍しく叱られている肖子涵の背中はしおしおと小さくなっていく。宁麗文から発せられる異様な圧に卓の向こうの飯を食ったり酒に酔って寝ていた万燈実たちも起こされて面食らうばかりだ。しかし状況は掴めないので江陵宁氏の宗主へ顔を向ける。とてもだが、自ら宁麗文へ説明を求める度胸はなかった。

 宁雲嵐は口元をひくつかせながら瞼を閉じて頭を振る。宁麗文は彼らの困惑する視線に気付かずにまだ腕を下ろさない。

 「謝るべき相手は私じゃない」

 「はい……」

 肖子涵は瞼を伏せて身体を反対の兄へ向ける。唖然としていた肖明豪は我に返って弟へ身体を向けた。

 「……兄上」

 「な、なんだ」

 「今まで、ごめんなさい……」

 「え」

 想像もしなかった言葉を聞いた兄に肖子涵は瞼を閉じて俯いた。弟の珍しく情けない姿に瞬いた肖明豪は弟の肩を掴んで名前を呼んで顔を上げさせる。

 「別にいい。あの時、俺もお前に酷いことをした。俺の方がよっぽど最低な奴なんだから、お前は謝るな」

 「……でも……」

 「でもじゃない」

 肩から手を離して微苦笑する。

 「……お前のその顔、久しぶりに見たよ」

 優しく笑うその顔に肖子涵は、かつての三人で過ごしていたあの日常を思い出した。少し恥ずかしそうに目線を斜め下に向けて、それでもまた目線を兄に向ける。おそるおそると小さく動かした手で兄の服を掴み、肖明豪は弟の手にまた小さく笑ってから頭を撫でた。

 宁麗文はそれを見て腕を下ろし、口元を小さく上げてから息を吐いた。隣の宁雲嵐は卓に肘を立てて弟の頭をまた手の甲で小突いた。

 「麗文、お前。ここで説教なんかしてどうするんだよ。皆困ってるぞ」

 宁麗文は振り返ってから卓の向こうを見て苦笑う。身体を卓に向けて一つ息をついた。

 「確かに。機会を考えればよかったな。皆、ごめん」

 彼の苦笑いに目の前の子供たちも同じように笑い、その中で万燈実が「いいよ」と返す。

 「君のお陰で酒の酔いから醒められたし。……って言ったらおかしいか」

 笑いながら隣の万燗流の肩に手を置く彼に宁麗文は気まずそうに頬を指で掻いてから立ち上がる。

 「ちょっと外の空気吸ってくる。頭冷やしてくるよ」

 席から離れて自分の傍を通り過ぎる彼を見た肖子涵も立ち上がろうとしたが、眉を顰めて下唇を噛むその表情を見て動けなくなってしまった。肖明豪がその様子に気付いてから後ろ目で宁麗文を見上げてまた弟を見る。

 「行かないのか?」

 「……行くべきではないと思って」

 弱々しく呟く弟に心配を掛け、しかし宁麗文に怒りを向けるには違うと考えて「そうか」と瞼を伏せる。弟の背中を見てから肖兄弟を見る宁雲嵐は卓に置いた肘の力をなくして腕も卓に乗せる。何も言わないまま右眼を一度瞬かせて去っていった弟の歩いた道に焦点を合わせて立ち上がった。

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