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護誓散華  作者: くじゃく
人間と邪祟
212/222

番外編 酒肆の柳絮(2)

 一炷香ほどした頃に再び開かれた戸の奥に現れたのは嫌そうな顔をする肖明豪と、彼の首に腕を回して口角を上げている宁雲嵐だった。

 「お、全員集まってるみたいだな」

 二人以外の次期宗主、そして現宗主たちが一斉に顔を向けて胸の前で手を掲げる。宁雲嵐は手を横に振って苦笑った。

 「楽しんでるか?」

 「楽しんでます!」

 へべれけの状態で宁雲嵐に元気よく挙手をしたのは漢沐熙だった。彼の手元には既に開けられている五本の酒かめが転がっていて、誰もが見たことがないほどに顔が赤らんでいる。それに加えて隣の弟の漢沐阳の首に腕を回しているもので、漢沐阳は兄の酔っ払いぶりに呆れて顔を両手で覆っている。

 「……すみません、うちの兄が……」

 「はは、まあ楽しんでるんならいいぞ。今日は貸切だから、満足いくまで食べてくれ」

 宁雲嵐の声にほとんどが声を上げる。宁雲嵐と肖明豪は弟二人の空いている席にそれぞれ着席して出されていた料理に手をつける。この時の肖明豪は宁麗文を睨んでいて、宁麗文もまた彼に睨みを効かせていた。間に挟まれている肖子涵は困りと呆れに肖明豪から宁麗文を隠すように身を屈ませる。

 「兄上。ここは食事処です。宁巴にちょっかいを掛けないでください」

 「掛けるも何も、あいつが先に掛けるだろ」

 宁麗文はそれに口元をひくつかせる。

 「誰が掛けるか! お前が先に掛けるんだろ!」

 「言ってろクソガキ」

 「二十五だってば!!」

 互いに目を吊り上げて睨む二人に肖子涵は更に気まずくなって救いを求めるように宁麗文の隣の宁雲嵐を見やる。彼もまた微苦笑を浮かべながら弟の頭を手の甲で軽く叩いた。

 「ほら食べろ」

 宁麗文はそれに唇を尖らせながら渋々と食を進めていく。それでも尚、まだ肖明豪を睨んでいて、食べながら肖子涵の腕を取っていた。

 「宁巴。俺が食べられない」

 「いいよ。私が君に食べさせるんだから」

 それに肖子涵は一度、二度と瞬き、そして瞼を閉じて下唇を噛みながら幸せを噛み締める。瞼を開けて頷いて彼からもらう飯をよく味わっていた。弟の顔が見られない肖明豪は目を吊り上げながら不機嫌な様子で宁麗文を睨んでいた。

 二人の目の前の器がなくなりかける頃に再び新しい料理が運ばれる。宁麗文は肖子涵に飯を与えながらも、自分も彼に与えた湯匙で飯を食っていた。

 「そういえば。今までこんなに広い場所なんてなかったと思うんだけどさ。いつできたんだ?」

 それに三杯目の酒を呷る宁雲嵐が目を斜め上に向けてから弟に顔を向ける。

 「つい先月かな。一応再建はしたけど、俺ら江陵宁氏を労わろうってことで建てられたらしい。まあ、でも、普通の食事処とは変わらんな」

 「専用ってわけじゃないんだ」

 「そういうこと」

 宁麗文は軽く相槌を打ってからまた飯を食う。隣にいる肖子涵は目で次の飯の催促をしていて、それに微苦笑を浮かべながらまた与えた。それを見る卓の向こう側の湯皓宇は気まずそうに飯を食っていて、万燈実とは逆側に座っている汪仔空は何も見ないふりをして食べていた。

 汪仔空は以前までしていた紗をしていない。それはあの銀世界の後、次の世長会の時に自ら紗を外して参加したからだ。それに汪俊杰は心配を掛けていて、予想通り彼女に目線がいった。しかし当の本人は何事にも動じない佇まいでいて、各世家の宗主は一度驚いたもののすぐに慣れた。

 また、汪仔空は怨詛浄化の際にもやはり紗を着けることをせず、そして北武汪氏の服を身にまとって遂行していた。たまに他世家の人間と鉢合わせていても驚かれることはあるが、それでも彼女は何も気にしなかった。それは宁麗文と肖子涵、そして湯一鳴のお陰だろう。彼らは汪仔空が女性だと知っていながらも普通に接していたのだ。汪仔空はそれに救われ、そして己の殻を破ったのだ。

 飯を食べているうちに彼女が思い出したように声を上げ、そして宁麗文と肖子涵の二人に顔を向ける。

 「あなたたち、河の前の村のことは覚えてる?」

 二人はそれに首を傾げる。

 「河の前の村?」

 「私と阿鳴が夜逃げした先の村よ」

 彼女の言葉には、と以前訪れた、威嚇する宁麗文に酷く怯えていた男二人組を思い出した。あのあとは特に気にも留めることはなかったが、それでも肖子涵への恋心を知らなかった宁麗文が苛立ちをぶつけていたことは覚えていた。途端に半ば呆れた肖子涵からの視線から逃げる宁麗文に汪仔空は首を傾げるだけで何も言わなかったが、それでも箸を卓に置いて二人をまっすぐと見つめる。

 「実は……邪祟で潰れてしまったの」

 「……えっ!?」

 目を丸くする二人に頷いて、そして少し目を伏せた。

 「あなたの裁判の前に急いで駆けつけたのよ。そうしたら、もう……家の中でも外でも大惨事になっちゃって。ほとんどの人は喰われてしまったわ」

 「ほとんどとは?」

 次に挟んだのは肖子涵だ。汪仔空は瞼を開けて小さく笑う。

 「夫婦だけ、残ったのよ。名前は確か……奕沢さんだったかしら」

 「奕沢さん? あの人たちだけ残ったのか?」

 それに今度は彼女が目を丸くする。宁麗文は一口を肖子涵に与えてから腕を戻した。

 「あなたたち、奕沢さんのことを知ってるの?」

 「知ってるよ。彼から君と湯一鳴のことを聞かせてくれたんだ」

 「そう……」

 「それで、その人たちは今はどこにいるんだ?」

 汪仔空はそれに眉を上げて箸を持つ。

 「今はうちの世家に住んでるわ。元々北武に近いところだったもの、それならってことで手配も進めたのよ」

 「そうなんだ。それならよかった」

 宁麗文は頭の中で夫婦に会いに行こうかと考えていたが、肖子涵との関係は以前と違ってしまった。今はほぼ壊滅状態と言えど、二人に会いに行ってしまえば何かと言われてしまうだろう。そこまで考えて溜息を吐いてまた一口食べた。汪仔空も頷いて自分の目の前の飯をまた食べ始めた。

 目の前の皿の上がなくなったところでまた新しい料理が運ばれる。次に来たのは羊肉で、宁麗文は目を点にして思わず秦麗孝を見た。少し遠くにいる彼はもう完全にベロベロに酔っていて起きているかも不明だ。

 「どうした?」

 肖子涵が驚いている彼に首を傾げる。我に返った宁麗文は微笑んで「これ見てよ」と羊肉を指す。

 「二年前まではここになかったのに。いつからここまで運ばれるようになったんだろ」

 再び秦麗孝に目を向ければ、彼はこちらに顔を向けたまま卓の上で上半身だけうつ伏せになっている。じっと見つめていると目を覚ましたようで、そして上半身を上げた。

 「秦麗孝。ちょっとこっち来てもらってもいい?」

 目を擦って気だるげに欠伸をしてから席を立ち、そのまま二人の真ん中へ来る。秦麗孝はまだ赤らんでいる顔で再び欠伸をした。

 「なんだよぉ……」

 「羊肉のことを聞きたくて。いつ保存方法が確立したんだ?」

 それに彼はにんまりと口端を上げる。

 「つい最近だよ。父さんが半年ぐらい前から試行錯誤を繰り返して、それで決まった。相変わらず商人に任せる仕組みにはなってるけど、邪祟と盗賊対策として術を仕込んだんだ」

 「術? 君のところって、気温が安定する術もなかった?」

 「それ以外にもできたんだよ。多分、他の世家でも俺んとこみたいに新しい術でも生み出してるんじゃないかな」

 「へえ、そうなんだ。でも江陵でも羊肉が食べられるようになっただなんてありがたいな。ありがとう」

 にっこりと笑う彼に秦麗孝も目を弧にして歯を見せて笑った。肖子涵は宁麗文を見てから秦麗孝を見て、それから不機嫌そうに眉を顰めて頬を小さく膨らませる。前髪の掛かっている方ではない頬で膨らませていて、それを二人が見た。

 「え、肖子涵って不機嫌になることあるんだ」

 それに肖明豪が勢いよくこちらへ振り向いて弟の肩を掴んで引き寄せる。宁麗文、秦麗孝は面食らって、肖子涵は膨らませていた頬を戻した。

 「子子? お前、不機嫌になることなんてあるのか!?」

 「……ありますが」

 「なんで俺の時はそんな顔しないんだよ!」

 「する理由がないからです」

 素っ気のない返答に肖明豪は眉を下げて肩から手を離す。肖子涵はまた宁麗文に向き直っていて、面食らっていた秦麗孝はつい噴き出してしまった。

 「へえ。お前も人間らしいとこあんじゃん。俺たちの前でもそうすりゃいいのに」

 「……するところがないだけだ」

 ややぶっきらぼうに返す肖子涵に眉を上げて頭の後ろで手を組みながら「皆にも言おーっと」と酔ったまま自分の席へと戻る。宁麗文は戻っていった彼を見てから目の前の肖子涵を見て、膨らんでいる方の頬を指で突いて笑う。

 「そんなことで不機嫌になるなよ。君ってば本当に子供だな」

 「……」

 唇を尖らせて宁麗文から目を逸らし、また戻してから口を開ける。

 「一口」

 「はいはい」

 二人の様子を見ていた周辺は肖子涵の行動に面食らうままだったが、次第に見えてくる二人の(ねんご)ろな様子に呆れていく。宁麗文の隣の宁雲嵐もまたそのうちの一人だった。

 「麗文。お前なあ、そういうのはよそでやってくれよ」

 兄の声に振り向く宁麗文は顰めっ面で首を傾げていた。

 「そんなこと言われても。肖寧がこうなってるだけなんだから別に私のせいじゃないだろ。それにこれはまだマシな方だよ」

 「マシ?」

 宁麗文は頷いて肖子涵を一瞥してからまた兄を見る。

 「一昨日は私だけ怨詛浄化に行ってただろ。肖寧はその日何もなかったから家にいたんだ。それで、帰ってきたら寝間着のままで泣きそうな犬みたいに私を待ってたんだよ。私のことが好きすぎるのは分かってるけど、肖寧はここまで淋しくなっちゃうのは仕方ないんだ」

 弟の話の内容に面食らって思わず彼の隣の男を見る。肖子涵は即座に宁雲嵐から顔を背けて瞼を閉じて俯く。

 (これ言われたくなかったんだろうな……)

 この宁麗文という男は正直者で思っていたことはほぼと言っていいほど口に出す。自分が今、惚気けていることにも気が付いていないのだろう。これまで覚えている限り自分の恥を感じた出来事を青鈴たちに暴露されたことがあった宁雲嵐は肖子涵に心底同情した。

 「な、なあ……」

 慌てて別の話で遮ろうとしたが、悲しいかな、宁麗文はまだ止まらない。

 「私が帰ってきてなんで寝間着のままなんだって聞いたら『あなたが一瞬でも傍にいないのは辛くて何もできなかった』って言うんだ。全く、子供みたいなことするよな。でもそういうところも好きなんだけど」

 宁麗文はまるで愚痴を言うかのようにぶつくさと話しながら正面を向いて湯匙で点心を口に運ぶ。そして屈んで何も言わない肖子涵を見て怪訝そうに首を傾げて名前を呼びながら二の腕で彼の二の腕を小さく揺さぶっていた。

 この時の二人以外の子供たちは思った。

 こいつ、よくそんなことを本人の前で言えるよな……。

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