最終話 華を護る誓い(4)
三人は邸宅の門の下をくぐって、そのまま穹盧里も抜ける。帰りは御剣で江陵に戻り、青天郷の上を通ってから邸宅に着いた。宁麗文は抱きついていた肖子涵から降りてまた手を繋ぐ。宁雲嵐が書室に行ったのを見送って二人は無名に戻った。
「いつ頃出る? もうここでやり残したことはない?」
宁麗文は脱いだ靴を綺麗に揃えてあぐらをかく。肖子涵も靴を、今度は彼と同じように綺麗に並べて隣に置いた。
「あなたは?」
「私?」
片手で肘を支え、もう片手で顎を支えながら瞼を閉じて唸る。しばらく考えて瞼を開けた。
「もうないかな。ここも結構進んだし、後は兄上がどう進めるかだ。それに青天郷にはいつでも行けるし、そんなに急かすことでもない」
「そうか」
肖子涵は宁麗文の隣で正座をしながら彼の顔を見る。宁麗文も見上げて姿勢を正した。
「肖寧は?」
宁麗文は腕を下ろして彼の両膝の隣に手を置いて前のめりになる。肖子涵は微笑んで彼の頬を撫でて顎も撫でた。宁麗文はくすぐったくなるような触り方に子供のように目を弧にする。
「俺もない。でも、あなたがここにいたいならずっといる」
「あははっ」
二人は身体を互いに向けて顔を合わせた。共に笑って、宁麗文はいつものように彼の膝に乗る。肖子涵は彼の腰に手を回してしっかりと支えた。首元に腕を回して互いに額を合わせる。
「じゃあ。明日、出よっか。出て、また旅をしよう」
「うん」
「あの家に行って掃除もして。瑚雀森に行って君のお母さんに会いに行こう」
「行く」
宁麗文はまた笑って自分から口付けをした。肖子涵も目を細めて返すように口付けをする。
「次はどこに行きたい?」
宁麗文は視線を斜め上にして少し考える。視線を前の彼に向けて額を離した。
「どこでもいいや。今度は君が決めてよ」
「俺もどこでもいい。あなたが決めて」
また額を合わせる。互いの双眸を見つめる。黒色と茶色の中には、互いの優しい顔が映っていた。
「私が行きたいところは、君の行きたいところだよ」
肖子涵は口を開けて笑う。また口付けをして顔を離した。
「もし、俺の行きたいところがなかったら?」
閉じた口を優しく上げる。歯を見せて笑って足を肖子涵の腰に巻きつけた。
「行き先が決まるまで、歩こう。そうしたら、いつかは決まるだろ?」
「そうだな」
「それに、皆にも会いに行こう。いろんな話もして。いろんなご飯も食べて」
二人の腕に力が入って、更に密着する。宁麗文は彼の頬に自分の頬を擦り寄せて、肖子涵は彼の温もりに瞼を閉じる。
「君と、またいろんなところを歩きたい。どんなに歩きにくい道でも、高くて登り辛そうな山でも、流れが速くて通れなさそうな河でも。だって、君がいればどこにでも行けそうなんだもん」
顔を離して、また額を合わせる。
「付き合ってくれる?」
「うん」
「ふふ。そんな君も大好きだ」
「俺も、そんなあなたも大好きだ」
宁麗文は瞼を閉じて笑って彼にまた口付ける。肖子涵もそれを受け入れて何度も口付ける。
「はは、何回やっても嬉しい」
「俺もだ」
「飽きたりしない?」
「しない」
首元から手が離れて、肖子涵の頬を包む。むにむにと遊んでみて柔らかいその頬に笑ってからまた口付けた。
「あなたは飽きない?」
「飽きない。口が腫れちゃってもやるよ」
「そこまでやる必要はない」
「なんでだよ。やらせてくれよ」
唇を尖らせて小さく不満を吐く宁麗文に笑う。肖子涵の片手が頭に回ってまた口付ける。何度も何度もやっていても、全く嫌にならない。宁麗文はまた首元に腕を回して、身体が後ろに倒されていても厭うことなどしなかった。
二人が寝台の上で寝転んでいても、それでも唇を合わせることをやめなかった。今まで想っていた分の、この五年という長い時間を全て埋めるように、笑いながら唇を合わせる。
「肖寧」
「うん?」
「ちょっと仰向けになってよ」
肖子涵は言われるがままに彼の隣で仰向けになって、宁麗文が彼の上に跨る。流れる絹のような茶色を片側に寄せてまた彼の頬を包んで口を合わせる。肖子涵は腕を伸ばして彼の頭を撫でて、腰を押さえて抱き締める。宁麗文が彼の首元に顔を埋めて彼の髪紐を緩めて取った。
「ねえ、肖寧」
「うん」
「この髪紐で私の髪の毛を結んで」
肖子涵の手の力が弱まって、宁麗文が上半身を上げる。一度瞬いた黒色に微笑んで自分の髪飾りを外して敷布に置く。髪を揺らすように頭を振って臙脂色の髪紐を両手で抱える。
「どんな髪型がいい?」
「君と同じ髪型!」
肖子涵の腕は寝台を押して上半身を上げる。宁麗文が落ちないように腰を支えて抱き締めた。
「あなたが望むなら」
宁麗文は目を細めて彼から離れる。背を向けてあぐらをかいて後ろ手で臙脂色の髪紐を渡した。肖子涵はゆっくりと、慈しむように彼の茶色の髪を梳く。自分の髪紐を口で軽く咥えながら彼の髪の毛を高く結い上げる。一本の長い房に自分の臙脂色の髪紐で結んで背中から抱き締める。宁麗文は振り返って彼の手を握った。
「どう? 私、かわいい?」
「かわいい」
「えへへ」
一度離れてから宁麗文は膝を動かしてまた彼に身体を向ける。髪を揺らしてみて背中に当たる臙脂色を感じる。それにまた嬉しくなって目を弧に描いた。
「君にも結んであげる。私の髪紐で結ぶよ」
「うん」
宁麗文は一度寝台から降りて棚から自分の白い髪紐を取った。また寝台に上がって肖子涵の艶のある黒髪を梳く。白色の髪紐を口で軽く咥えながら優しく撫でるようにひと房に上げて結んだ。肖子涵は振り返って「どう?」と優しく問う。
「すごくかっこいい。最高だよ」
「そうか」
君は私の名前を呼ぶ。私は君にまた乗って、何度も口付けをする。恥ずかしいけれど、それが心地いい。どんな甘味よりも甘くて愛おしい。
額を合わせて目も合わせる。互いの目の中には互いを愛している。生きているあなたがいる。それが何よりも嬉しくて嬉しくてたまらない。
また口付けをする。この幸せに唇が腫れてしまっていても、二人はやめることすらしなかった。やめたいとも思わなかった。
宁麗文はまた一つ、口付けをして肖子涵から顔を離す。
「肖寧」
「うん?」
「ずっと聞きたかったことがあるんだ」
肖子涵は目を細める。その笑顔も大好き。
宁麗文も目を弧に描く。その笑顔もかわいい。
「君の願いごとは何?」
肖子涵は今まで見てきていた宁麗文を瞳の奥で思い出した。目の前にいる彼はもうあの優しい死に顔をしていない。それが何よりも嬉しくてたまらなかった。
もうあの時の彼はいない。目の前にいる彼は自分と同じ生きている彼だ。
「あなたと生きる、未来だ」
宁麗文は初めて見た肖子涵に懐かしい思いを抱いていた。それは初めて見た悪夢での記憶からだった。酷く焼けた世界の中で、目の前にたった一人だけが立っていた。それが肖子涵、彼自身だった。
宁麗文の瞳の奥に愛おしく笑う肖子涵がいる。あの時の絶望を浮かべた彼ではない。
(私は君の描いた未来の中を生きたい)
(俺はあなたと生きる人生を歩みたい)
二つの想いはやがて一つに包まれる。それは温かく、凍えることのない静かな愛になる。
全てを分かち合う二人のこの幸せに名前はつけない。ありふれたものよりも特別なものでありたい。
宁麗文は首元に腕を回して頭を優しく撫でてから、彼の頬に口付けを落とす。彼に結んでもらった臙脂色は輝いている。
肖子涵は茶色の愛しい髪を慈しんで、頬に伝わる温もりに目を細めて微笑む。彼に結んでもらった白色はとても美しい。
「あなたの願いごとは?」
宁麗文はこれ以上にない、幸せな笑顔を浮かべた。
「君と生きる、未来!」
二人の人生は、ここから始まる。




