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護誓散華  作者: くじゃく
人間と邪祟
207/220

最終話 華を護る誓い(3)

 小さな沈黙の後に肖関羽が息を吐いた。

 「……これが本当に、よかったのかは分からない。宁浩然からは撒けることに成功したが、その頃に桃灼はお前を身ごもって洞窟から出られなくなった。私もその頃から宗主として生きなければならなかったし、娘子との結婚もさせられた」

 宁麗文は目の前の肖関羽、肖子涵のへその緒、そして肖子涵へと目を向ける。へその緒を見つめている彼は一度も発することはなく、瞬きを一、二回するだけだった。

 「そうして阿明も阿憂も生まれて。少し時が経って瑚雀森に行ったのだ。湖を通って、あの岩肌の元へ行って。……その時に、洞窟の穴があった」

 「穴が?」

 肖子涵が顔を上げる。

 「最初に入れないと言ったが、あれは彼女が想えば入れるんだ。私があの洞窟に入れたのも、彼女が私を想って入れさせたのだろう」

 肖関羽は卓に乗せている手を互いに絡め合う。瞼を伏せてまた息をつく。

 「中に入って、螺旋を下って。桃灼が中にいて、お前を産んだ」

 声は段々と小さくなっていく。しかし、二人はそれでも聞こえていた。

 「数年も経ったというのに、私が来る直前に産んだ。それまではずっと身ごもっていたんだ」

 「……ではなぜ、兄上たちよりも早く生まれなかったのですか」

 「お前が本当に出逢うべき人間と逢うためだ」

 肖子涵と宁麗文は互いの顔を見る。肖子涵にとっての逢うべき人はもう既に決まっていたのだ。

 ──その人間が、宁麗文そのものだった。

 「……なら……」

 肖子涵は宁麗文と肖関羽を交互に見て、それでもまだ戸惑って声を震わせる。

 「俺が、俺一人だけで瑚雀森に行っても……なんで、あの洞窟を見つけられなかったんだ……」

 肖子涵の両手は卓の下で、拳を強く作って膝の上に置かれている。宁麗文はそれを見てからまた彼の戸惑う横顔を見た。

 「おそらくだが。お前自身の正解を……宁麗文を連れてくるまで、姿を見せなかったのだと思う」

 「俺自身の、正解」

 肖関羽は頷いた。肖子涵の瞼を一度瞬いてから顔を少し隣にいる彼に向けて見る。宁麗文は話を聞いて驚きながら彼を見つめ返していた。

 「お前が時を廻っているのも知っている。それも桃灼から予め聞いていた。だからお前がどのような行動を取っていたとしても、私は止めなかった」

 それは、彼が世長会へ一人で行くことも、一人で勝手に家を出ることも、肖関羽にとっては肖子涵の思う答えを探しているのだと分かっていた。どれだけ時を廻っていたのかまでは知らないが、それでも息子の行く末を見守っていたのだろう。

 肖子涵はまた肖関羽に顔を向けて、視線をあちらこちらへと動かして口ごもる。宁麗文はそれに苦笑して、目の前にいる宗主に顔を向けた。

 「もし、私がいなかったら。どうなっていたんですか?」

 「ずっと洞窟を見れないままでいただろうな」

 「肖寧が瑚雀森に洞窟があるっていうのは、元から知っていたんですか?」

 肖関羽の代わりに肖子涵が頷いた。宁麗文が彼に顔を向けると、肖子涵もまた彼に顔を向けていた。

 「父上から聞いた。湖を通り過ぎたところにあると。……だけど、湖までに辿り着けなくて」

 「そうだったんだ……」

 肖子涵はまたへその緒を見た。肖関羽はそれを見て、少しだけ口元を綻ばせる。

 「お前たちを紹介しなかったのは、宁浩然が私たちの子供を……子子を殺すかもしれないと思ったからだ。ただそれだけの理由だよ」

 そして席を立って卓から離れる。二人は彼の背中を見た。

 「子子」

 「はい」

 「その箱は、お前が持っていろ」

 「え」

 肖関羽が振り向いてまた小さく笑う。肖子涵は目を微かに見開いて口を開ける。

 「私が持つべき理由はもうない。これからはお前が持つべき理由のために、それを身に離さず持ちなさい」

 「……父上……」

 「生まれてきてくれて、ありがとう」

 肖子涵は勢いよく立ち上がる。宁麗文が驚いて椅子から転げ落ちそうになって、彼の腕を掴んで支えた。

 「……ありがとうございます」

 肖子涵の眉が顰め、その目には泣きそうに、目元を引き攣らせていた。口を震わせて、固く握られていた拳を開いてその場で拱手をした。宁麗文も二人を交互に見て立ち上がって隣の彼と同じように肖関羽に向けて拱手をする。身体を振り返って腰を折っている二人に向けた肖関羽も手を合わせて、三人で片手を重ねて礼をした。

 腕を下ろした肖関羽が客室から去ってその場で二人は残される。二人も共に腕を下ろして顔を見合わせた。

 「はは。肖寧ったら、また泣きそうになってる」

 肖子涵は困ったように口を噤んで、しかし優しく笑う。ぎこちない笑顔ではあるが、それは泣きかけるのを目元を顰めて我慢しているからだ。宁麗文は彼の、前髪のある方の頬に触れてから抱き締める。背中を優しく擦って、肖子涵も彼を抱き締めた。宁麗文の首元に顔を埋めてぐりぐりと押しつける。宁麗文はそれに笑って頭も撫でた。肩を震わせている肖子涵に厭うことは決してしなかった。

 「肖寧」

 「……うん」

 「たまに瑚雀森に行ってさ。挨拶もしていこうよ」

 「うん」

 宁麗文の温かい手が肖子涵の背中を優しく叩く。子供を慰めるような、安心させるような叩き方だった。肖子涵は埋めた顔で、泣きそうになりながら、それでもぎこちなく笑う。二人は離れて、肖子涵はもらった箱を閉じて懐に入れた。

 「そのままだと落として中身が出ちゃうかもだろ。嚢に入れよう」

 宁麗文が微苦笑を浮かべているのを見て、口元を綻ばせてから頷いて箱を取り出す。

 「持っていて」

 「うん」

 肖子涵はまた懐から小さな嚢を取り出して、宁麗文から箱を受け取って中に入れる。それをまた懐に入れたのを見て、宁麗文は眉を上げた。

 「さて、そろそろ兄上のところに行こっか。もうずっと待たせてる」

 「うん」

 客室を出て邸宅の中を歩く。遠く、横の方から宁雲嵐の笑い声が響いていた。宁麗文と肖子涵は互いに顔を見合わせてから声のする方へ歩いていって、壁の向こうに顔を出す。

 「だはははははは! お前っ、あの肖子涵殿に呆れられるとか。そんな兄貴初めて見たぞ!」

 「うるさい! 大体お前んとこの弟がうちの子子に引っついてくるからだろーが!!」

 しきりに笑う宁雲嵐は目を吊り上げてぎゃんぎゃんと喚く肖明豪の肩に腕を回していた。それに宁麗文と肖子涵は呆れながら彼らの元へ行く。その気配に気付いた兄二人は弟二人を見て、片方は目を弧に描き、もう片方はまだ目を吊り上げている。

 「宁ーー麗ーー文ーー!! いい加減子子から離れろ!」

 巻物を持っていない肖明豪が宁雲嵐の回していた腕を振り払って、ずんずんと宁麗文の元へ向かう。宁麗文はすぐに肖子涵の後ろに回って目を吊り上げながら威嚇する。間に挟まれた肖子涵はまた呆れて頭を振り、宁麗文を守るように腕を一本横に出す。

 「兄上。やめてください」

 「嫌だ。殴らせろ」

 「はあ……」

 肖子涵の横に出していた腕が後ろに回って彼の腰を更に奥へと押し込む。宁麗文も押されて反対側から顔を出した。

 「俺の。かわいい人なので。やめてください。二度も言わせないでください」

 肖子涵は呆れたまま、一言ずつはっきりと申し出る。それに肖明豪はまた衝撃を受け、宁麗文は顔を輝かせて肖子涵を後ろから抱き締め、遠くにいる宁雲嵐もにっこり笑いながら三人の元へ来た。

 「ははははは! また呆れられてやんの!」

 「ぐぐ……」

 「まあ、俺の弟はかわいいからな。肖子涵殿も言うのも当たり前だ」

 「兄上も私のことをかわいいって思ってるのか……」

 宁麗文は肖子涵に抱きつきながら半ば呆れ笑う。拳を作った両手をそれぞれ腰に当てた宁雲嵐はまた口角を上げる。

 「さ、帰ろう。忘れものはないか?」

 宁麗文は肖子涵から離れて手を取って、笑顔で頷いた。

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