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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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一 宁麗文という男(1)

 この世界にはかつて、様々な世家が存在したと言う。しかし、彼らは幾度の戦争や内戦により、次々と滅亡していった。

 それでも民を取りまとめ、各々の生活の保護の確立ができた世家たちがあった。その実、十世家。その中でも世家を強くまとめられる、中心となる世家が『江陵宁氏こうりょうニンし』と呼ばれている。

 この世家の初代はただの放浪者でありながらも、芸達者であり、剣技も弓技も右に出る者はいないといった、天下一品を手にした男だった。そして彼は人一倍情に満ちた人間であり、どんな依頼をも引き受け、どんな依頼をも成し遂げるような男でもあった。

 そうして回数を重ねに重ねて、ある日、男は気付いた。

 ──どうして身体が弱らない?

 男はしばらく疑問に満ちたまま様々な道を歩いた。様々な依頼を引き受け、成し遂げた。様々な困難に立ち向かい、そして、分かった。

 男は、金丹を手にしていたのだ。

 彼は腑に落ちた顔つきで、それも穏やかな顔で日々を過ごしていた。気が付けば男の周りに人が集まっていた。最初はするつもりもなかったが、次第に門弟を取り始めた。そうしてついに、江陵の場で『宁氏』として宗主を務めたのだ。

 彼は更なる修練を積むために、最愛の妻へ閉関をすると告げた。彼女はそれをよしとはしなかったが、男が強い思いを抱いていることを知っていたために何も言わないで見送った。男は妻を抱きしめ、そして閉関を始めた。その実百年も経っていた。

 閉関を終え修練も高くなった男は邸宅へ戻る。しかし、そこにはかつての門弟も家僕も、そして妻すらもいなかった。

 男は途方に暮れた。

 もしかして、自分が閉関している間に江陵宁氏は滅びてしまったのか? どうして誰もいないのか?

 男は死にたくなった。

 どうして自分は閉関なんてしてしまったのか。修練を高めるべきではなかった。

 酷く死にそうな顔をした男は邸宅の門に手をつける。すると、中から麗しい女が顔を見せた。その女は気品が溢れ、佇まいも上品だった。その様子はかつての妻を想起させた。

 女は男を見て唇を震わせる。

 「あなたは……江陵宁氏の初代の宗主ですか?」

 男は驚いた。

 「私を知っているのか? 頼む、教えてくれ。私には最愛の妻がいる。あなたみたいに綺麗で、お淑やかで、私をいつも心配してくれていた女性なのだ」

 女は泣きそうな顔をして、男に拱手をする。

 「あなたの言う妻は、私の曾祖母にあたります」

 女の目尻から流れる涙に男は絶望した。

 自分が閉関した期間は、とても長く、そして短い。男も女に拱手をして、背を向ける。女は彼に告げた。

 「曾お爺様。彼女はあなたをずっと、死んでしまうまでお待ちしておりました。いつ開関するのか、戻ってきたらどう歓迎しようか。祖父も父も、そして私もずっとあなたを待っていました。曾お祖母様は……もし、自分が亡くなったらと私たちに聞かせてくださいました」

 男は振り向く。曾孫は涙を流しながら、拱手を続けた。その姿はとても妻に似ていて、絶望と共に懐古の念をも感じた。

 「それは、何と?」

 女はにこりと笑いかける。

 「『あなたの子供たちは、この地を大切に受け継ぎます。私はこの子たちを見守るだけ。修士であり、宗主でもあるあなたは、子供たちに大切なものを教えてあげてください』──と」

 男の目尻から一筋の涙が流れた。男にとって生涯、大切で最愛の妻は、最愛の子供たちを自分に託したのだ。

 男は涙を拭い、絶望のその眼に光を取り戻す。そして、踵を返して女がいる江陵宁氏こうりょうにんしの門を通った。

 男は心の中で決めた。

 ──この子たちは正義で溢れ、民にも天にも優しくあるべきだ、と。


 「これが私たち宁氏の歴史よ」

 一人の少年が寝台の上で、寝台に腰掛けている女の話を聞いていた。彼の肌は透き通っている真珠のように白く、穢れを知らず光を宿らせている茶色の瞳は理解ができずに彼女を見上げている。

 「分からないです」

 「ふふ、阿麗アーレイには分かりづらかったみたい」

 「他に何か面白い話はないんですか?」

 「残念ながらこれしかないのよ。ごめんなさいね」

 阿麗と呼ばれた少年は不満げに頬を膨らませた。次に言おうと息を吸ったところで酷く咳き込んでしまう。女は眉を顰めて阿麗の背中を擦る。

 「阿麗、大丈夫?」

 「けほっけほっ」

 いくらか擦り、阿麗は少しずつ小さい息を吸って吐く。先程より弱々しくなる声に彼は酷く悲しげな表情を浮かべる。

 「ごめんなさい、母上」

 「構わないわ。それじゃ、今日はここまでにしましょう。明日は先生が来るから早く寝なさい」

 「はい」

 女は阿麗の部屋から立ち去って、そして彼は一人になった。彼はまた咳をして、それを抑えながら寝台の上で横になり、瞼を閉じる。

 ──民にも天にも優しくあれ。

 ──正義を貫け。

 自分の一族の歴史は難解で理解できなくとも、家訓だけは理解していた。

 (僕も、そんな人になれるのかな)

 少年の意識は次第に暗転へと誘った。

 

 宁氏は父親である宁浩然ニンハオランで十二代目だ。彼より何代か前には邪祟との大きな戦争があった。その中心には宁氏がいて、当時の宗主は戦争を終わらせるために『世長会せちょうかい』を開いた。彼らは同盟の誓いを結ぶと同時に『怨詛浄化えんそじょうか』──つまり邪祟を退治することに専念した。世長会は邪祟をこの世からなくすために情報収集と退治方法を考え、それが何代も続き、現在へと続いていった。

 宁氏は中心の地であるため、世長会は江陵宁氏の邸宅の中で一番広い客間で行われる。そこにその他九世家も参加し、宁氏だけは一族直系のみの出席となる。宁浩然は当然の如く、彼の妻である深緑シェンリュと長男の宁雲嵐ニンウンランも参加している。

 ──さて、ここで疑問が浮かび上がるだろう。先程の『阿麗』と呼ばれた少年である。彼は宁巴ニンバー、字は麗文レイブェンと呼ぶ。彼は不幸にも産まれてから身体が弱く、毎日のように何かしらの病に罹っていた。それを見かねた宁浩然が宁麗文だけ不参加を決定づけたのだ。

 だが、宁麗文は十、十一、十二と成長していく毎に身体が丈夫になっていき、遂には病に罹ることさえなくなった。これは彼の一族皆の誰もが歓喜すべき出来事だろう。宁浩然は彼を世長会への参加を問い、宁麗文はそれに応えたことで、ようやく宁氏は全員の出席となったのだ。

 それまで宁麗文が出ていなかった世長会では「誰なのか」「どこの世家の者なのか」と噂をはやし立てていたが、宁浩然が正式に発表したことでその場は騒然とした。

 「まさか次男もいたとは」

 「それならなぜ、今までの世長会に出席しなかったのだ」

 「これは彼に対する侮辱なのではないか?」

 次々と宗主から出る言葉に宁麗文は苦笑するしかなかった。

 (侮辱って。元々身体が弱くて出席しなかっただけなのに、なんでそこまで言われなきゃいけないかな)

 宁浩然は口元に拳を寄せて一つ咳払いをして辺りを見回す。彼の咳払いを聴いた宗主たちは一斉に口を閉じた。

 「今回は私の息子の話のために集まってもらったわけではない。本題を忘れないようにしていただきたい」

 それまで騒然としていた客間は一瞬にして静寂を保ち、宁浩然は手元にあった巻物を取り出す。木の板が机に当たった音を始めに客間の中心で静かに机に置かれた。

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