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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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六 出発(1)

宁麗文、青鈴、そして唐秀英と後ろ襟を掴まれた少年は近くの茶屋へ寄って卓を囲んでいた。少年は隣にいる唐秀英を睨みながらも長椅子の上で正座をさせられていた。

 「えっと……その子は君の知り合いですか?」

 「はい」

 茶髪を上に一つに結い上げられていて軽やかな服装を身にまとう彼は爽やかに笑みを浮かべながら茶を少し啜る。宁麗文と青鈴は顔を合わせ、そして唐秀英を見た。

 「ほら、宁二の若様に財囊を返しなさい」

 「けっ、誰が返すかよ。これはおれのだって言ってるだろ」

 「阿瑾アージン

 「……」

 阿瑾と呼ばれた少年は渋々と宁麗文に財囊を返す。宁麗文は「ありがとう」と言い、それを受け取って袖口の中へ入れた。

 「阿瑾、言うことはあるよな?」

 「言わない」

 「言いなさい。はい、ごめんなさい」

 唐秀英は阿瑾の頭を下に押し、自らも頭を下げる。「……ごめんなさい」と憎たらしく零すその口からは嫌々と言わされていた。

 「いえ、お気になさらず。私も不注意があってのことですし」

 宁麗文は両手を横に振って二人の顔を上がらせる。唐秀英は眉を下げて笑っていた。

 「彼とはどういった関係で?」

 「この子とは数日前に会いました。あまりにもお腹が空きすぎて苦しんでいたので食べものをあげたんです。それからしばらく行動を共にして、江陵へ着いたら『お返ししてやる』だなんて走って……」

 「いいじゃんか、公子様からお金奪って返したって!」

 「ダメだろ」

 宁麗文は一口、二口と茶を飲んでから「ま、まあ。今は喧嘩しないでください」と苦笑をする。

 「唐公子はなぜこちらへ?」

 問いを出したのは青鈴だった。唐秀英は茶を飲み、それを卓に置く。

 「父から暇を出されまして。最近は修練に根を詰めすぎて心配されたんです」

 「兄さんみたい。あれ、そういえば兄さんは?」

 青鈴は宁麗文に小声で問う。そういえば瞑想をして、青鈴と町へ行くまでの間に宁雲嵐を見かけていない。となれば、別の怨詛浄化へ向かったか、それとも宁浩然と話をしにいったか。はたまた滅法で寝ているのかもしれない。

 「分からない。でも兄上のことだし、今は特に気にしなくてもいいんじゃないか? 彼には関係なさそうだし」

 「それもそっか」

 宁麗文は茶を完全に飲みきってから卓に置いて、唐秀英に向き直る。唐秀英は首をやや傾げながら「どうかしましたか?」とだけ言った。

 「いえ。暇を出されたのなら、なぜここへ来たのかなって。江陵より賑やかな町はあるのでは?」

 「ああ、いや、そういう理由で来たわけじゃないんです。あなたに会おうと思って来ました」

 「私に?」

 あまりにも単純な理由で、しかも宁麗文に会いに来たという理由で青鈴と共に瞬きをした。阿瑾も唐秀英の顔を覗き込みながら首を傾げていた。

 「なんで秀英兄ちゃんは公子様に会いに来たんだ? 別に違うとこでも会えるだろ?」

 「子供にはまだ早いよ。ここからは大人の話だから」

 「ちぇ、つまんねーーの」

 唐秀英は二人に向き直り、特に宁麗文に顔を向ける。宁麗文も彼に顔を向け、口角を上げたままでいた。

 「あなたはここから出たことはありますか?」

 「ここって? 江陵のことですか?」

 「はい」

 宁麗文は頭を横に振って「一度もありません」と答える。厳密に言えば埜湖森に行ったのだから、出た事実になるのだが、宁麗文は特に言う必要性はないと考えた。

 「それでしたら、共に旅をしませんか?」

 「旅?」

 宁麗文と青鈴は唖然とする。急な提案に二人は一言しか言葉を発することができなかった。

 「な、なぜ麗文と旅を? 行く道中に危険なものもあるでしょう? それにこの子には一緒に行きたがってる人がいます」

 青鈴はここ江陵へ着くまでに様々な場所を浮浪していた。全部の場所とまではいかなかったが、それでもある程度の町の様子は知っていたのだ。

 唐秀英は目を丸くする。

 「行きたがってる人? 誰なんです?」

 「肖子涵さんです」

 「肖子涵? 世長会にたまにしか来ない、あの洛陽肖氏の息子ですか?」

 宁麗文は頷いた。青鈴は茶を空っぽにして「ね、麗文」と声を掛ける。

 「そうだったんですね。今は彼はどちらに?」

 「……あの……閉関中でして。しばらくは会えません」

 「閉関中」

 唐秀英はその三文字を反芻し、長い溜息をついた。自分で言っておきながら自分で傷口を抉ってしまった宁麗文は、なぜ彼が溜息をついたのか分からなかった。唐秀英は怪訝な顔をする彼に慌てて胸の前で両手を横に振る。

 「ああ、いえ。すみません、なんでもありません。あなたが江陵から出たことがないと父から聞きまして。……えっと、実は父からあなたに家に来てほしいとのことで……あの、つい、旅を……口実に……」

 唐秀英は言葉を続けながら恥ずかしさに顔を赤くして俯かせていく。どうやら彼は父親であり桂城唐氏の宗主でもある唐暁明トウシュウメイから言伝をもらったらしい。しかし率直に伝えてしまっては宁麗文を困らせてしまう。実際に会う直前まで内容を伝えるのに一苦労して、口に出たのが旅、という言葉だった。

 宁麗文は世長会でしか見たことのない唐暁明からの言伝に驚いた。なぜ彼が自分に、それも宁浩然を通さずに伝えたのかは不明だが、宗主直々からの願いということは何かしらの事情があるのは明白だ。

 「別に気にしてないですよ。でも、普通は宗主同士で話をしてから本人に伝えるものでは? 父上からはそのような話は聞かされていませんが」

 「父は宁宗主へ伝えるのを面倒くさがっていて……根を詰めている僕を暇に出すついでに言うように伝えられたのです」

 唐暁明はよく言えば奔放、悪く言えば面倒臭がりの人間だ。世長会でも卓に肘をつきながら欠伸をしたり眠そうにしたりと、とにかく自分を軸にして生きている人なのだ。しかし、彼の政治能力は宗主になる前から今までも高く評されている。

 ──聞いた話では、桂城唐氏の管轄区域の貧しい町に視察に来て、骨と皮のみで今にも死にそうになる住民に炊き出しのもち米の粥を振舞ったそうだ。その町にいた住民は老若男女全てで五十人ほどだったが、その全員になみなみと椀いっぱいに注がれたもち米粥を提供したのだ!

 これに唐暁明は「これぐらいしないでどう宗主が務まるんだ?」と怪訝そうな顔を浮かべていたが、その後もその貧しい町の復興を奮い、今では他の町とは劣らない賑やかな場所へと変貌した。

 「唐宗主は私に来てほしいほどの事情を抱えているんですか?」

 「そうらしいです。ただ、今すぐというわけではありません。宁公子のご予定がなく、すぐに出発できるというなら話は別ですが……」

 「今? 行けますよ」

 宁麗文は口角を上げながらあっけらかんとした答えを出す。これに彼と阿瑾以外の二人は片方の肩を思わず下げた。意外な反応に愕然としたのだ。青鈴は慌てて宁麗文の腕を掴んだ。

 「ちょっと待って麗文。今からって無理でしょ。おじ様にどう説明するの? まさか『唐宗主に来いって言われたので行きます』だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」

 「そのまさかだよ」

 「嘘!?」

 青鈴はまた驚き、宁麗文から手を離す。唐秀英は拳を口元へ寄せて一つ空咳をし「それなら準備をしてから行きましょう」と笑みを浮かべた。

 

 「あ、ちょっと待ってください。人を探してたんだった」

 茶屋から出て数歩したところで宁麗文が三人を止める。それに青鈴も思い出して辺りを見渡した。

 「人を?」

 「はい」

 宁麗文は頷く。

 「初めて青天郷を訪れたときに山査子飴を食べた屋台の女性の店主を探しているんです。また買いに来るって約束をしたので」

 「女の店主? おれ知ってるよ! 春おばちゃんだろ?」

 阿瑾は手を挙げて高らかに声を上げる。宁麗文は彼の前で屈んで「春さんって言うんだ」と返した。

 「どこにいるかは知ってる?」

 「うん。こっちをまっすぐ行ったらいるよ」

 阿瑾の細くて小さい手が左を指す。宁麗文は立ち上がって「ありがとう」と言って彼の頭をぽんぽんと軽く叩いた。阿瑾は一瞬呆然としたが、瞬きをして口元に笑みを浮かべて宁麗文の手を引く。急に引っ張られた宁麗文も彼に続き、青鈴と唐秀英も追いかけた。

 一炷香もしないうちに様々な屋台から赤い山査子飴が見えた。阿瑾に引っ張られた手が少し動き、彼が次第に走る速度を落とす。二人がゆったりと歩いたところで宁麗文が初めて飴を食べた屋台に着いた。

 「春おばちゃん! この人に見覚えはない?」

 阿瑾が破顔しながら屋台の卓に腕を投げ出す。春と呼ばれた女はまさに、宁麗文に飴を与えた女店主だった。彼女は阿瑾の顔を見て視線を上げると宁麗文を視界に入れる。途端に顔を明るく見せて「宁二の若様!」と声を上げた。

 「お久しぶりです」

 「ええ、本当に久しぶりね。ああ、やだ、あたしってば、あなたのことをよく知らないまま子供扱いしちゃってたわ」

 春は頬に手を当てて顔を少し赤らめながら過去に恥じらう。宁麗文は笑って首を横に振った。

 「気にしないで。私も自分のことを言わなかったから。今日はまた飴を買いに来たんです」

 「そうなの? あの男の人は? 一緒じゃないの?」

 彼女の言う「あの男の人」とは肖子涵のことだろう。宁麗文は心の中で少し傷んだものの、「事情があって会えていないんです」と答えた。それでも心は傷んだままなので、宁麗文は二度と思い出させないでほしいとまで思った。

 「あら……彼もかっこいいお人だったわ。もし会うことがあれば今度も一緒に来なさい。あなたたちほど気品の溢れる人はいないのよ」

 「それって秀英兄ちゃんは入らないの?」

 阿瑾の言葉に春は「そんなことないわよ」と返す。どうやら唐秀英とも既に知り合っていたようだ。後から青鈴と唐秀英が到着し、宁麗文は阿瑾と自分、そして青鈴の分の山査子飴を買った。唐秀英は甘いものはあまり好みではなかったらしく受け取らなかった。

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