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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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五 思い出話(3)

 途中で会った深緑に青天郷へ行くことを伝えて門を開ける。一炷香も掛からずに青天郷に到着して甘いものが置いてある店へと顔を見せる。宁麗文は視界の端に写った山査子飴を見て、ふいにあの女の店主を思い出した。

 「ねえ青鈴、山査子飴を売っていたお姉さんのこと知らない? また買いに行くって言ったんだ」

 「お姉さん? じゃあ歩いて探そっか」

 山査子飴が売られている店は指を折る中にいるが、至る所に様々な店が出回っているせいで見つかりにくい。あの時の女店主はどこにいて売っていたのか、宁麗文は必死に思い出していた。

 (ほとんど肖寧に任せてたから、思い出せない……!)

 宁麗文は片手で頭を押さえて唸っていると青鈴に心配されてしまったが、記憶の中を探っている最中なので特に目もくれることはなかった。

 青鈴は周りを見回してみる。宁麗文はこれで三回目の散策だからか周りの住民たちは二人をちらちらと見たり、少女は宁麗文を見て頬を赤らめていたり、子供たちは目を輝かせていた。青鈴は困り笑いを浮かべながら「いつか見つかるわよ」と背中を軽く叩く。

 「そうだ。さっきはゴマ団子だけだったでしょ。お腹は空いてない?」

 「ちょっとだけ」

 宁麗文は青鈴の問いに答えると、青鈴が笑みを浮かべて茶楼へ連れていく。宁麗文はその時にやっと自分と青鈴が注目の的に当たっていることに気が付いた。あちこち見ては手を振ったり会釈をして過ぎる。着いた茶楼へ入って卓に着き、青鈴が適当に甘味を中心とした料理を頼んだ。

 「そういえば、麗文とここに行くのって初めてね」

 「確かに。前までは肖寧とだったから……何だか新鮮な気分だ」

 「ふふ、あたしも。ねえ、聞きたかったんだけど、肖子涵さんって何か頼んだりしてるの?」

 その問いに宁麗文は言葉を詰まらせる。肖子涵が頼んだものといえば、自分のために買うものではなくほとんどが宁麗文へ向けたものだったのだ。それが例えば山査子飴だったり、馬拉糕だったり、饅頭マントウだったり……ほとんどが宁麗文の好物だった。しかも本人が欲しいと言ったからではなく、肖子涵自らが買ったのだ。

 青鈴の前では嘘がつけない宁麗文はしばらく黙り込んでから「実は……」と口を開く。

 「肖寧は私の好きなものばっかり買ってくれるんだ」

 青鈴は予想外の返答に口を開けて唖然とする。やっぱり、と宁麗文は軽く頭を横に振った。しかし、彼女の口から次に出る言葉は宁麗文の想像していた返事とは違っていた。

 「すごいね。麗文ってさ、今まで町に行けなかったじゃん。だから買い物の仕方も分からないし、何があるかすらも分からないわけでしょ。そうなったら肖子涵さんが代わりに買ってもらうのは当たり前よね」

 「え? でも肖寧は自分の欲しいものなんて買ってないけど」

 「バカ。自分の欲しいものなんて一人の時でも買えるわよ。麗文は彼と一緒にいる時に買い物の仕方を覚えたの?」

 宁麗文は呆気に取られて瞬きをしてから「まあ、少しは」と答える。その頃には頼んだ甘味が卓に並べられた。二人はそれぞれの甘味に手を出しては食べ、その度に頬を緩めていた。

 「美味しいな。やっぱりいつ食べても最高だ」

 「あたしもそう思う。家で食べるのと違うね」

 青鈴は慌てて「どっちも好きよ」と訂正する。宁麗文は笑いながら「分かってるよ」と返した。食べている途中で気付いたのだが、彼ら二人の周りには興味津々と見ている住民たちが座っていた。宁麗文は恥ずかしくなり始めて顔を赤くしながら食べる口を小さくする。それに気付いた青鈴が口角を上げた。

 「今更何に恥じらってるの? あたしは何度も向けられて慣れてるのよ。あんたも堂々としなさいよ」

 「だって……落ち着かないんだ。華伝投の時も思ってたけど、青鈴は恥ずかしくなかったのか?」

 「恥ずかしいって何? あたしは物乞いの頃の方が恥ずかしかったから、こんなの大したことないわよ」

 言う途中で彼女は一つ思い出した。

 「そうだ。麗文、あたしたちが初めて会った時のこと、覚えてる?」

 宁麗文は豆花を一口食べて「当たり前だよ」と答える。

 「あの頃の君はすごく怯えてた」

 「そう、すごく怖かった。両親は山賊に殺されてあたしは見逃された。……後から知ったけど、あたしのお父さんは昔、偉い人だったんだって」

 宁麗文は驚く。それはおそらく、青鈴自身が宁浩然から聞かされた過去なのだろう。

 「江陵宁氏の家僕じゃなくて、琳玩龔氏のお仕え……しかも汚職事件に関わってた。山賊の中には琳玩の人間がいて、お父さんをすごく憎んでた。まあ、今となってはどうでもいいんだけど」

 青鈴の言う「どうでもいい」はすごく淡々としていて、父親と彼女自身は全く別の人間であり全く関与していないという意味だ。

 「それで、両親がいないあたしは色々な道を歩いて。もちろん、野犬に追われたり見つけたねぐらも土砂崩れでぺしゃんこになってたりもしてたけどさ。それで辿り着いた江陵で夫人があたしを見つけたんだよね」

 「うん。母上は困ってる人を見て見ぬふりなんてできないから」

 宁麗文の母、深緑は根っからの『いい人』であり、その夫である宁浩然に負けず劣らずの優しい夫人だ。家族を大事にしており、特に過保護になるほど溺愛しているのは次男の宁麗文そのものだった。彼は愛されていると同時に過保護で少し鬱陶しくも思っている。しかし愛され続けているお陰で今も生きていけているのは事実なので、深緑の厚意は無下にできないのだ。

 「そうそう。麗文には言ったっけ? 夫人があたしを拾ってくれた時に言ったこと」

 「え、聞いてないかも。それか覚えてないのかな」

 青鈴は肩をおどけ、片眉を上げる。

 「あたしも誰に言ったか忘れちゃった。それとも誰にも言ってないのかも。まあいいや、夫人はね、あたしが不安になってた時に『誰にもあなたを殺させもしない。悪くも言わせない』って言ってくれたんだ。落ち着いた頃にあたしの過去を全部話したらずっと抱き締めてくれて。初めて人の温もりを知ったのよ」

 話を聞きながら宁麗文は豆花トウファの最後の一口を口に含んで舌で潰していた。その言葉にどこか聞き覚えがあったのだ。しかし、いくら記憶を呼び起こしても浮かび上がらない。仕方なしに思い出すのはやめようと小さく頭を横に振った。

 「君が家に来た時のことも覚えてる? 初めて会った時、お互いに怖がってたよね」

 青鈴は宁麗文の言葉に思わず噴き出した。「覚えてる!」と笑って、宁麗文もそれに釣られて笑う。

 「初めて顔を合わせた時の君はすごく怖い顔をしてたんだよな。それで余計に体調を崩しちゃって……しばらくは顔も合わせてなかったよな」

 「そうそう。でも麗文の体調がよくなった頃にあたしも結構綺麗にされてきたからさ。今こうやって話ができてるんだもんね」

 宁麗文は青鈴の言葉に頷き、青鈴はにっこりと笑いながら茶を飲んだ。

 「はぁ。久しぶりに昔の話したね。そろそろお姉さん探しに戻ろうか」

 宁麗文は頷き、青鈴から持たされた財囊を袖口から取り出して銀貨を卓に置いて立ち上がる。二人で茶楼の外へ出て歩き出していると、宁麗文にぶつかった子供が転んだ。

 「わ、ごめん。痛かっただろ?」

 少年はすぐに起き上がって「大丈夫!」と一部だけ欠けた歯を見せて笑い、そのまま走り去る。元気だなと思っていた宁麗文だが、何か袖の中が軽く感じた。顔から色がサッと失せ、慌てて中身を確認すると、一つなくなっているものがあった。

 「財囊!」

 「えっ?」

 青鈴が驚きの声を上げたと同時に宁麗文も少年が向かった先へ走り出す。愕然としたままの青鈴も我に返って宁麗文の名前を呼びながら走った。

 「こら! 財囊を返しなさい!」

 「ふふん、やだね! これはおれのだ! 公子様だったらこれの一つや二つぐらいあるだろ? だったら一個ぐらい譲ってやってもいいじゃないか!」

 「そんなわけあるか! 君のやっていることは窃盗だぞ!」

 勝気になっている少年はすばしっこく蛇行するので、宁麗文はそれに着いていけずに息を荒くし始める。二人の走る道を妨げてしまっている人々は目を丸くしたりガヤを起こしながら立ち止まったり避けたりしている。

 (クソ、なんて速い子供なんだ! 後ろには青鈴がいるし、見逃したらどうなるか。ていうかここでもスリなんかあるのか!?)

 宁麗文は脚を速く進めながら心の中で罵倒なり疑問なり散らばせる。この時肖子涵ならどうするか。それも考えていた頃、彼より一歩速く走って少年の後ろ襟を掴んだ人物がいた。

 後ろから宁麗文、そして青鈴が肩を上下しながら息を荒らげている中、暴れている後ろ襟を掴まれた少年から財囊を取り返した青年だけが涼しい顔をしていた。

 「君は、確か……」

 宁麗文は彼に見覚えがあった。

 「お久しぶりです、宁公子」

 彼は世長会に出席している桂城唐氏の一人息子の、唐秀英トウシュウエイだった。

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