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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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五 思い出話(1)

 宁麗文が帰宅した頃には寝静まっていたが、宁雲嵐と共に中に入れば書室に灯りが点いていて、中に宁浩然が座っていることに気が付いた。

 「ただいま戻りました」

 宁浩然は彼ら二人の声を聞いて「おかえり」とだけ呟いて目の前に置いた巻物に目を通している。宁麗文は一歩踏み出して勇気を出した。

 「父上。埜湖森の奥に洞窟があるのはご存知ですか?」

 「ああ。あそこは陰の気が強いから誰も入りたがらないがな」

 「そこに凶鶏がいました」

 宁浩然は驚愕したと同時に顔を上げる。そこには黒い血で染まった宁麗文と一歩奥にいる、気難しそうな顔をして自分の外衣を腕に抱えている宁雲嵐が立っていた。宁浩然は次男のその姿に卒倒しそうになったが、眉間を揉んで何とか耐えた。

 「凶鶏は全て退治したはずだが」

 「はい。私も聞きました。しかし、いたのは事実です」

 「それで……お前はそれを見てどうした?」

 「肖子涵殿が倒してくださいました」

 この答えに宁浩然と宁雲嵐も驚く。「まさかのお前じゃないのか」と言いたげに目を丸くしていたが何も言わないことにした。

 「父上。そこで分かったのですが、凶鶏には脳がありません。彼らは完全な動物ではなく、あくまで模したものです。それに……」

 「それに?」

 「彼らは、普通の動物と同じ繁殖方法ではありませんでした。屍の山から生まれたのです」

 宁雲嵐は驚いて自分の外衣を落としてしまう。

 「な、なんだそれ!? 親から生まれるんじゃないのか? 読んだやつと全然違うじゃないか!」

 「阿雲」

 宁浩然は宁雲嵐の名前を呼んで黙らせる。宁雲嵐はバツが悪そうに渋々と口を閉ざして、落とした外衣を拾った。本人のみの報告が欲しいだけであり、それに関与していない者からの言葉は耳に入れたくないのだろう。気持ちは分かるが、実の息子にまでも黙らせる行為は如何なものだろうか。宁麗文は二人が決して仲がよくないというわけではないことを知ってはいるが、どこか一線引いている事実だけは知っている。

 宁浩然は一つ咳払いをして巻物を片付ける。二人に「下がっていい」と手をひらひらと振って退出させた。宁麗文は懐から扇子を取り出して顎の下につける。

 (これは世長会で議題に出すだろうな。出すんだったらせめて、私の名前を出さないでほしいんだけど……)

 「麗文、お前は沐浴に行け。いつまでもそんな格好じゃ気持ち悪いだろ」

 宁雲嵐は先程の空気をなかったことにして宁麗文の肘を突く。宁麗文はその態度にあっけらかんとした表情を浮かべたが、特に何も言うわけでもなく頷いた。そのまま宁雲嵐と別れて無名へ行き、近くにいた家僕に頼んで風呂桶を準備して沐浴をする。しっとりと濡れた髪を櫛で梳かしながら乾くのを待ち、その間に肖子涵を憂っていた。

 「肖寧、今頃宿に着いてるかな……」

 帰宅する前の宁雲嵐の、肖子涵に対する態度が何とも不思議だった。いつもなら年齢問わず誰にでも豪快に笑い飛ばすような、竹の割った態度を見せていたが、あの時とは打って変わって反対の態度で接していた。宁麗文は謎を紐解くように瞼を瞑って思考を巡らせていたが、結局は何も分からなかったので考えるのをやめた。

 翌日の朝に宁麗文は驚くべき事実を目の当たりにする。

 「肖子涵さんは洛陽に帰ったわよ」

 朝餉の支度をする青鈴からその話を聞いて立ちくらみをした。まさか、最後の別れがあの埜湖森の入口付近だなんて。しかも宁雲嵐に連れ帰らされて、ちゃんとした挨拶もできなかった。宁麗文はよろよろと厨房を後にして近くの廊下にある、屋根を支える柱に頭を一度打ちつける。

 (クソ、兄上め……どうせあんな別れになるならちゃんと挨拶すればよかった……!)

 しかし、今頃悔やんでも仕方がない。一期一会……というものではないが、縁があれば再び巡り会えるだろう。宁麗文は柱から頭を離して宁雲嵐の部屋──『滅法めっぽう』へ訪れる。声を掛けても戸に音を立てても一向に反応がないので少しだけ開けてみた。しかし彼はそこにはおらず、だとしたら鍛錬だと思い直して開けた草原へ向かう。案の定、宁雲嵐はそこにいて汗をかきながら素振りをしていた。彼は宁麗文が訪れたことに気が付いて歯を見せながら笑う。

 「どうした? そんな神妙な面して」

 「兄上に文句の一つでも言ってやろうと思って」

 宁麗文は腕を組んで片頬を膨らませる。すぐ傍に大木があったので寄りかかった。

 「どうして昨日の夜、肖寧と挨拶をさせてくれなかったんだ? しかももう洛陽に戻ったなんて。次に会ったら気まずくなるだろ」

 「仕方ないだろ。あの時は切羽詰まってたんだ。母上も青鈴もお前がどこに行ったのかも知らなかったし、俺も伝達術がなかったらお前を探すのに時間が掛かってた。そうしたらあの森の前で肖子涵殿と血まみれになってたなんてな」

 「それは、そう……んん、確かに行き先を伝えなかった私が悪い。あんな夜更けまで外にいたのも悪い。けど、肖寧にあの態度はないだろ? いつもなら笑って背中を叩いたりしてるのに」

 宁雲嵐は素振りを終えた豪静を鞘に戻す。その表情はいつにも増して顰めっ面だった。

 「本当は俺だってちゃんと挨拶してから別れたかったよ」

 横を向いて溜息を吐いて、頭を掻きむしる。

 「兄上?」

 「……肖子涵殿は洛陽から家出していたんだと」

 予想外の言葉に頭がついていけなかった宁麗文は口を開ける。家出したからなんだと言うのだ。人間、嫌なことがあれば誰だって消えたがるだろうし、現に宁麗文も行き先を伝えずに勝手に出ていった。だから肖子涵の行動には何となく理解はしているが、どういう意味での家出なのかは分からなかった。

 「でももう洛陽には戻ってるよな?」

 「当たり前だ。彼も分かってるよ。ただ、彼にはあんまり関わらない方がいいってさ」

 「なんで?」

 宁雲嵐は宁麗文の言葉に一度首を傾げ、そして頭を振った。

 「父上が話してるのを聞いただけだ。よく分からんが、そうした方がいいんだろうな」

 彼の言葉に宁麗文は口をへの字にしてムッとした顔をする。瞼を閉じて下唇を噛み、宁浩然に対して心の中のいろんなところにいろんな不満をぶつけた。

 (なんで関わっちゃいけないとか言われなきゃいけないんだよ! 私にとっての初めての友人だぞ!? なんでそこまでされなきゃいけないんだよ!)

 「麗文? どうした?」

 唸りながら下唇を噛む宁麗文に宁雲嵐は怪訝な顔をする。瞼を開けても尚、宁浩然に対する怒りで唸っていた。

 「父上になんて言われても私は絶っっ対関わってやるもん! 兄上、絶っっ対止めるなよ!」

 急な言葉にぽかんと口を開けて瞬く宁雲嵐は次第に口元をぴくつかせながら眉を顰める。

 「お前、話聞いてた?」

 「聞いたから言ったんだよ。そもそも肖寧は私の一番最初の友人なんだ。それなのに関わるなって言われるのが嫌だ」

 腕を組んでまた口をへの字にする。宁雲嵐は呆れの溜息を吐き、片手で額を押さえながら頭を振る。手を離してからは豪静の柄の先に掌を乗せて呆れながら弟を見る。

 「だから私と肖寧が一緒にいても、絶対父上に言うなよ」

 「分かったから……言わない。言わないから落ち着けよ」

 宁麗文は頬を膨らませてもまだ、宁浩然に対する不満でいっぱいだった。

 

 あれから数日経ったが、肖子涵は今だに江陵へ顔を出していない。宁麗文はそのことをずっと憂うように溜息をついて、相変わらず瞑想にふけっていた。

 かなり込み入った事情ならば仕方がない。あちらから話をされるまではこちらからは聞くことはできない。それも仕方がない。だが、初めてできた友人だからこそ心配になってしまうのだ。

 瞑想を終えて無名から出る。その日は先日の雨のせいで鬱陶しい湿気が身を包んでいた。扇子を取り出して扇いでも湿気は消えない。何もかも考えすぎると頭が気持ち悪くなってしまい、青鈴がいる厨房へ向かおうと足早に廊下を歩いていった。

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