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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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四 凶窟(2)

 月光に照らされた屍たちにはぬらりとした血がとめどなく流れている。それは四肢が本来曲がらない方向へ捻れていたり、頭部が破損していたり、真っ二つに割れていたりと死因は様々だった。そのどれもが苦痛に満ちた顔を剥き出しにしており、見るに堪えない状態だ。宁麗文はまだ目が慣れていないようで、何度も吐き気を堪える。肖子涵が彼を見ると、宁麗文は「大丈夫」とだけ呟いた。

 「それにしても、なんでこんなに死因が違うんだろう。穴から転落しただけでこれだけ違うのか?」

 「落ち方によれば大抵のことはありえる。しかし、これは他より違う」

 肖子涵は一つの屍の前に跪いて状態を確認する。宁麗文も続けてその様子を見ると、明らかに他のものと違う死に方をしていた。

 「これは……頭部がない!?」

 「ああ。凶鶏と同じ捕食の仕方だ」

 「でも、事件はもう終わったんじゃ……」

 二人がその屍に頭を悩ませていた頃にまた悲鳴が聴こえた。それも、また、同じ人間の声で。二人は今まで思い巡らせていたことを改めて変えた。

 「まだ、ここに凶鶏がいる」

 その悲鳴は段々と大きくなり、洞窟内にこだまする。宁麗文は扇子を両手で持ちながら辺りを見回し、肖子涵は立ち上がって廓偲の柄に手を掛ける。懐からまた札を取り出し、少し抜いた刃に自身の指を切ってそれに文字を書く。札を前に向ければそれはすぐに四散して二人を包み込んだ。宁麗文はその術に見覚えがあった。

 「守霊術しゅれいじゅつか」

 「ああ」

 宁雲嵐のときは如何なる被害を出さぬように音が聴こえないほどの厚い術だったが、肖子涵のこれは音が今よりもよく聴こえる。しかしながら、決して小さな打撃でも壊れることのない強度を持っているようだ。

 悲鳴と共に地響きのような轟音が洞窟内を響かせ、地面が揺れる。宁麗文は思わず扇子を閉じて肖子涵に掴まる。肖子涵は彼の腰を引き寄せて倒れないように掴む。

 「助けて、たすけて、たすけて」

 「いたいぃ。いたいよぉ」

 「おかあさぁん。しにたくなぁい」

 悲痛な声は聴いた人々を不安に、そして恐怖に陥れる。宁麗文はこれまでどれだけの人間が犠牲になってしまったのだろうと考えながら怯える。肖子涵は廓偲を抜いて音の鳴る方に構えた。

 そして遂に、奥から一里より高い魔が現れた。

 それは黒い身体で、紫色の双眸で彼らを見つける。それは品定めをしているかのようで、そのおぞましい迫力に宁麗文の膝は笑い始める。

 「見るな」

 肖子涵が怯えきって息を浅くする彼に耳打ちをする。宁麗文はその言葉に首を横に振った。

 「今更見ないなんて無理だ。あいつは私たちを食べようとしてる。あんな大きい化け物なんてどうやって倒せって言うんだ!?」

 「大丈夫。俺がいる」

 宁麗文は肖子涵を見る。肖子涵もまた、彼を見ていた。

 「俺を信じて」

 肖子涵は宁麗文の腰から手を離して廓偲を完全に抜き、守霊術から出る。宁麗文は慌てて彼の服を掴んで引き戻そうとしたが、肖子涵はその手を拒んだ。

 「肖寧!」

 宁麗文が彼を呼ぶ声と同時に凶鶏も鳴く。肖子涵は廓偲を片手で持ちながら札を何枚か取り出し、凶鶏に投げつける。頭を中心にびたりと札がつき、そこから炎が上がる。凶鶏は突然の熱さに苦しみもがきながら火を消そうと首を振り始めた。肖子涵はその隙を見極めて駆け出し、壁を足で蹴ってそれの首より下を狙って斬り裂いた!

 彼が地面に着地してからわずかな時が流れ、首を斬られ大量の黒い血を流した凶鶏はその場に崩れ落ちた。廓偲を鞘に戻して顔に着いてしまった血を拭いとる。宁麗文はその鮮やかな仕留め方に唖然としたまま見ていた。肖子涵が声を掛けるまで頭の中は真っ白で「夢なのか」とふざけた考えも持っていた。

 「宁巴」

 二度目の呼びかけで宁麗文は我に返る。いつの間にか肖子涵が目の前に立っていて、守霊術は既に解かれていた。

 「他にはいないようだ」

 「え、あ、うん……」

 淡々と凶鶏の処理を進め、廓偲でそれの腹部を静かに斬る。中から大量の砂が出てきた。宁麗文は本で読んだ記憶を掻き集めて、それは腹部を攻撃された際に体内に潜んでいる砂で嵐を巻き起こし他にいる凶鶏が反撃をする隙を狙うためだと思い出す。そのためにわざと腹部を主張し、弱点の首よりやや下を守っている。凶鶏は基本的には一般的な鶏と構造は変わらなく、退治をする際にはその弱点を理解しなければならない。しかも彼らは死んだ後も厄介であり、直後に腹を裂いて砂を出さなければ爆破して棘のような砂嵐を起こし、そうしてやっと塵になって消えるのだ。

 魔は人の怨念から誕生するものなのだが、誕生するにも様々な形で生まれる。それは食虫植物だったり、動物だったり。その中でも凶鶏は知識に飢えており、それはかつての恵まれない地域で生まれ死んだ者たちが恨み憎しみを募らせてできたものだ。そしてなぜ家畜の中でも鶏を選んだか、その理由は「動物の脳は頭にあり、鶏の脳は頭に非ず」という、その構造を熟知したが故だった。

 「……凶鶏の脳は、普通の鶏と同じ場所にあるって聞くけど。肖寧は見たことある?」

 肖子涵は「ない」と首を振って答える。宁麗文は今しがた倒れ腹部を裂かれた凶鶏の元へ寄る。切断された頭部と身体の境目から脳を視認できるか覗く。月明かりで照らされているはずの中身は暗く、そこも裂かねなければ分からなかった。宁麗文は生唾を飲み込み、そっと祓邪に触れる。肖子涵は彼の行動を見て見ぬふりをした。

 宁麗文は祓邪を抜き取り、凶鶏の身体を横にゆっくりと刃を入れる。丁寧に磨かれたその刃は豆腐を切るようにわずかな力で肉を破る。彼は死にそうなくらいに高鳴る心臓の音に包まれながら、両手で柄を掴んで思いきり横に斬り裂いた。

 血肉を破られ、もう出ない悲鳴が聴こえた気がした。そこから血が吹き出てしまい宁麗文の身体をいとも簡単に血にまみれさせる。彼はしばらくの間心ここに在らずのままで立ち、我に返って祓邪を片手で持ち替えてから斬った肉を持ち上げる。そこから見えたのは本来はあるはずの脳、ではなく何も入っていない空洞だった。

 「ない」

 宁麗文はただそれだけ呟くと肖子涵も彼の隣に立って肉をちぎりながら持ち上げる。

 「ないな」

 「凶鶏はただの鶏じゃない。あくまでこの形を模しただけであって、魔は完全な動物にはなれないんだ」

 呟いた後に裂かれた凶鶏は塵になって消えた。肖子涵は祓邪を彼の手から優しく剥がし、服の裾で血を拭って渡す。宁麗文は「ありがとう」とだけ返し鞘に納めた。

 「自分のことは自分でやるよ」

 宁麗文は袖で自身の顔を拭う。肖子涵は渡した後の宙を掴んだままの掌を握って下ろす。小さい音が聞こえて振り返れば、月光の下で一本の棒が上へと伸び上がっていた。肖子涵は正体を掴むために、廓偲に手を伸ばしながらそこへ向かう。顔を拭き終わった宁麗文は目の前にいるはずの肖子涵を見失い、音の方へ顔を向けた。彼に追いつこうと一本踏み出すと、青白く照らされている棒が軽い音を立てて曲がり、屍たちを叩きながらもう一本の棒を出す。その動きは生きている人間のようで、気味の悪い光景だった。青から白へと顔色を変える宁麗文は肖子涵を見たが、彼は至って平然とした佇まいでそれの足元にまで登った。屈んだ瞬間、二本の棒は忙しなく動き、屍で作られた地面を力を込めて押し、その反動にその穴から無数の薄くて細い棘が飛び出してくる!

 「危ない!」

 宁麗文は彼の元へ走り、屈んだ体勢を崩し始める肖子涵の脇腹を押す。彼は宁麗文の声、そして行動に愕然とした。穴から出たものからは音が響き、宁麗文へ突進する。肖子涵は彼への危機を感じ、咄嗟に廓偲を抜いて攻撃を塞いだ。ガキンッと鋭い音が聞こえ、まるで硬い金属と刃を交じったかのようだった。

 肖子涵は片手で攻撃を塞ぎ、もう片手で屍の山から転げ落ちそうになる宁麗文を支える。一度に二つの行動を行ったせいか、彼は足を滑らせて宁麗文と共に山から転げ落ちた。頭から落ちたのにも関わらず、下には多くの屍がいたからか、多少の緩衝となったらしい。怪我もなく済んだものだが、二人は改めて山の頂点に立つ何かを見上げる。

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