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護誓散華  作者: くじゃく
夢幻との燈
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三十九 また来てよ(2)

 自分と宁麗文の外衣を外して、彼をあぐらの中に入れて暖める。肖子涵は伝達術で汪仔空に連絡をして、彼女が到着するのを待った。一炷香ほどして背中を向けた戸に音が鳴って振り返る。眠ってしまった宁麗文を優しく寝かせて戸を開けると、そこにいたのは防寒具を羽織っている知らない男だった。

 「……兄さんの、お友だちですか」

 その顔つきはどことなく万燈実に似ていた。肖子涵が「万燈実の弟か」と問うと彼は小さく頷いて拱手をした。肖子涵も拱手を返して彼を中に入れる。

 「僕は万燗流バンカンルーと申します。兄の……万燈実の弟です」

 炉の中の火が炭を鳴らす。万燗流は炉を見て、眠る宁麗文を見て、最後に肖子涵を見た。一度口を噤んでから小さく開く。

 「兄の、話をしていいですか」

 肖子涵はそれに頷く。万燗流は小さく、優しく笑った。

 「……兄は、次期宗主として生きていかなくちゃいけなくて。そのためにはどんなことも制限されなくちゃいけなかったんです。お友だちのこととか、怨詛浄化以外の行ける場所とかの制限を今までずっとされていました。だから、父上が憎くて憎くてたまらなかった」

 瞼を伏せて卓を見て、顔を上げずに声を震わせる。

 「だから……だから、あの時、あなたたちの目の前で殺したんです。亞夢さんのことがなくても、別に違う口実で殺していたと思ってます。それが、亞夢さん……一番の親友が殺されたことが最悪の引き金になって……」

 彼の膝の上に乗せられている拳に力が入る。肖子涵は何も言わなかった。万燗流は瞼を震わせてから閉じた。

 「……兄は、僕によく、亞夢さんのことを話してくださりました。とても優しくて、邪祟だけど人と同じで、きっと必ず会わせるって。言ってくれて……」

 万燗流は最後まで亞夢を見ることは叶わなかった。彼の声すらも聴けなかっただろう。丸まった背中を震わせて頭を振る。

 「僕も、亞夢さんに……会って、話したかった……父上に殺されてほしくなかったな……」

 瞼から大粒の涙が流れて顎を伝う。ぽたりぽたりと落ちて自分の手の甲を濡らした。肖子涵は瞼を伏せて息を吐く。

 「もう、時は戻れない。万燈実は罪人に、万克勤は死んだ。亞夢も……浄化されてしまった。万氏の血族はお前と夫人だけだ」

 万燗流は泣きながら頷く。拳で服を握り締めて嗚咽を漏らす。

 「これからはお前が巻き返すしかない。唐厭万氏はしばらく世長会にも出ることはできないだろう」

 「……はい、そのつもりでいます。亞夢さんのことは……世長会に報告します。兄のことも、報告します。きっと裁判では有罪になりますが、その後の処置はうちでするつもりです」

 「処刑を考えているのか?」

 万燗流は首を横に振った。

 「しません。兄が回復次第、今後のことを聞きます」

 肖子涵は溜息混じりに「そうか」とだけ返した。万燗流は腕で目元を擦ってから鼻をすすって顔を上げた。

 「あの」

 彼の言葉に肖子涵は顔を上げる。

 「兄と亞夢さんのこと、ありがとうございました」

 肖子涵は微かに眉を上げる。万燗流は鼻をすすって席を立つ。

 「僕は何もできなかったけど。でも、お二人のお陰で、兄と亞夢さんは幸せだったと思います。本当に、ありがとうございました」

 万燗流はその場でまた拱手をする。肖子涵も席を立って戸の近くに移動した彼に拱手を返し、戸を開けて彼の姿が見えなくなるまで見送った。

 戸を閉めて炉に追加の炭を入れる。泣き疲れて眠っている宁麗文を優しく抱き起こしてそのまま暖めるように抱き締める。掘っていた土で掠った指の先の痛みは気にしなかった。

 そして再び戸に音が鳴る。二人の名前を呼ぶその声は女だった。

 「入っていい」

 肖子涵がそう言って戸が開かれる。そこにいたのは薬を持つ汪仔空だった。彼女は背筋を伸ばしたまま二人の前に膝を立てる。

 「これは屍毒に対する解毒剤よ。こっちは喉の炎症を抑えるもの。あとは血の巡りをよくするものよ」

 テキパキと薬の説明を簡単にして、そして起きた宁麗文を見る。汪仔空は肖子涵に彼を垂直に座らせるよう指示をした。その通りに直した宁麗文に一言声を掛けた彼女の掌が思いきり彼の胸を叩く。

 「ゴボッ!?」

 急に胸に衝撃を喰らって赤黒い血を吐く宁麗文と、その行動を見てしまった肖子涵は目を丸くして汪仔空を見る。彼女はすぐに霊脈の滞りがないかを診て優しく笑った。

 「最初にほとんどの瘀血おけつを吐き出していたみたいね。これで全てなくなったわ。後はちゃんと薬を飲んで安静に寝てね」

 意外と力の強い汪仔空に、宁麗文は掠れた声で返事をした。彼を抱えて動けない肖子涵の代わりに汪仔空が水や炉の状態などを確認し、また元に戻れば次は肖子涵の指を見た。

 「あなたの指も手当てするわ。出して」

 「いや、別に……」

 「死にたくないのかしら」

 女としては低い声に肖子涵は身体を強ばらせ、渋々と指を汪仔空の目の前に差し出す。彼女は腰に携えていた青色の嚢から包帯を取り出し、別に持ってきた水で洗浄してから一本一本と指を白いそれで巻きつける。

 「汪仔空」

 全て巻いてくれた指を動かして肖子涵は彼女に声を掛ける。汪仔空は顔を上げて彼を見た。

 「何か、食いものは持っているか」

 「……まさか今日、何も食べてないの……?」

 それに頷く二人に汪仔空は片手で額を押さえ、頭を振りながら溜息を吐いた。

 厨房に案内してくれた汪仔空は何かないかを探す。隅の方に小さな氷室を見つけて、中を見れば数匹の魚が入っていた。汪仔空はその不思議な光景に首を傾げたが、ないよりはマシだと考え直して魚を取り出した。点火符でかまどに火をつけて鍋に脂を入れてよく溶かす。その間に魚を手際よく捌いて部位ごとに分けた。

 汪仔空が作る料理の匂いが鼻を掠って宁麗文の腹の音が鳴った。赤くも青くもできない顔で口を噤んだまま黙り込む彼に肖子涵は微かに笑って頬を撫でる。水を少し飲ませて嚥下するのを見つめて彼の状態を確認する。

 「……君は、お腹は減ってないの」

 弱々しく声を出す宁麗文に肖子涵は首を横に振る。

 「大丈夫」

 「無理しないで」

 「無理してない」

 「はは」

 宁麗文は弱く、しかし優しく笑う。抱き締めてくれる彼の頬に冷たい掌を当てて親指で撫でる。肖子涵はその冷たさに一瞬だけ動いてしまったが、それもすぐに受け入れた。黙ったまま瞼を伏せて宁麗文の掌に寄り添うように頬を揺らす。

 「宁巴、寒いか」

 宁麗文は首を横に振る。

 「温かい。肖寧のお陰だよ」

 彼の体温がじんわりと宁麗文の掌に伝う。肖子涵は彼を抱え直して優しく笑った。


 料理を作り終えた汪仔空が卓に一つ一つ置いていく。

 「厨房にあるもので作ったわ。……二人はここでしばらく生活でもしていたの?」

 肖子涵は首を横に振って口を開く。

 「万燈実と人を喰わない妖が暮らしていた」

 彼女は一瞬だけ目を見開いて、瞼を伏せて「そう」と返す。

 「通りで生活感があると思った。氷室に魚も入っていたし、清潔な布も布団もあった。村には誰一人もいなかったのにおかしかったのよ。でも、そっか……万燈実が妖をここに匿っていたのね」

 「悪だと思うか?」

 汪仔空は肖子涵を見る。

 「妖を匿った彼を悪だと思うか?」

 「いいえ」

 肖子涵からの問いに否定を即答する。

 「邪祟は邪祟でも、人間のように暮らしていて何も害を成していないのなら浄化の対象にはならないわ。それに、まだ特定はしていないけど、ここではないどこかの村では邪祟と生活している人たちが住んでいるらしいのよ。だから万燈実を悪だとは思わない」

 汪仔空は一つ息をついて優しく笑う。

 「それに、時代は変わるわ。邪祟のほとんどは実害を成すでしょうが、こういった例外の彼たちもいる。全員が全員、邪祟を浄化をしてしまえば、それまで共に生活していた人々は虚空を見ることになる。これからは、私たちも彼らにちゃんと目を向けないとね」

 肖子涵は微かに目を見開いて宁麗文を見た。彼は自分に向けた黒色の奥を覗こうとしたが、なぜこちらを向けたのか不思議で仕方なかった。汪仔空は片眉を上げて「冷める前に食べなさい」と宁麗文に催促する。

 宁麗文は肖子涵に支えられながら席に着いて湯匙で粥を食べた。温かい味が口の中に広がって、自然と笑みが溢れる。隣にいる肖子涵も彼に続けて食べ始めた。向こう側に座る汪仔空は卓に両腕をつけてじっと彼らを見る。

 「……そういえば、汪仔空」

 水で少し治まった喉から声を出す宁麗文に彼女は一つ返事をする。

 「あれから、君は出産をしたんだろ? 今は体調とか、子供の様子とか。どう?」

 その問いを待ってましたと言わんばかりに、汪仔空は二人の前で破顔した。

 「もうすっかり元気よ。じゃないと今頃ここになんて来られてない。子供だって元気。この前は掴まり立ちもしたのよ」

 彼女は卓に両肘をつけて両手で頬を支える。その顔は母のように変わっていて、慈愛に満ちていた。

 「男の子が生まれたわ。それでも次期宗主は私だけど。名前も……字だけど、あの時までは阿鳴と何度も相談していて、結局最後まで決められなかった。でも、彼も納得するものにしたわ」

 「それって?」

 瞬きをした宁麗文に汪仔空はまた優しく笑った。

 「哉藍セイランよ」

 「汪、哉藍」

 彼女は宁麗文の反芻する声に頷く。

 「阿鳴と夜空を見ながら考えていたの。他にもあったんだけど、でも、私の中ではこれが一番想い入れがあるから。だからこれにしたわ」

 瞼を伏せながら微笑む汪仔空に、宁麗文も優しく温かい気持ちになっていく。

 彼女の中にはまだ湯一鳴がいて、彼女は北武汪氏と神呉湯氏との縁として生きていく。湯一鳴との間に生まれた子供と共にこの未来を歩むのだろう。

 湯匙を持つ手に力を込めて元気よく食べて全て平らげる。その様子に眉を上げる彼女に宁麗文はにっこりと笑った。

 「今度、家に行かせてよ。君の子供を見てみたいんだ」

 彼の血色の戻った顔に、汪仔空も目を細めて口角を上げる。

 「ええ。待ってるわ」

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