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護誓散華  作者: くじゃく
夢幻との燈
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三十八 亞夢(1)

 宁麗文は剣を握り締めながら気を失いかける。削った先にはずるりと落ちた頭皮が見え隠れしていて、その中に真っ白な頭蓋骨が顔を覗かせている。そしてそこから発せられる異臭に急いで袖で鼻を覆う。

 (なんで私がこの中にいるんだよ! もしかして死んだのか?)

 しかし、今こうやって削ることもでき、尚且つ嗅覚も含め五感は健在だ。だから彼は死んでいない。だが、この状況は未だかつて経験をしたことがなかった。

 宁麗文は懐から札を出して点火符を使おうとしたが、それを使ってしまえば酸素を奪われて窒息死してしまうだろう。伝達術を使っていても土の中では伝わるのかも不明だ。

 (何もできない。このままこのくっさい場所で死ぬのは嫌だ! どうせ死ぬなら地上の方がマシだよ!)

 宁麗文は板と土の境目の天井を見上げて助けを求めるように柄の先で板を何度も叩く。しかし、どれだけ叩いても何も反応は返ってこない。その間の異臭はずっと彼の鼻を掠めていく。宁麗文は咳をして脂汗をかき始めた。

 (肖寧、気付いてくれたらいいんだけど。今頃万燈実と亞夢もどうなってるのかも分からない。クソ、なんで離れちゃったんだよ……!)

 宁麗文はまた咳をして目が眩み始める。心の中で自分を埋めた奴に罵詈雑言を述べても伝わることはできないのだから為す術もない。祓邪を握り締めながらまた咳をした。酸素が薄くなっていく。彼の手から力が抜けていく。

 (誰か、助けて)

 瞼が痙攣していき、宁麗文は脂汗を噴き出したまま、徐々に瞼を閉じてしまった。

 

 その頃、三人は南下を続けて吹雪からようやく抜け出すことに成功した。そこはちょうど唐厭の近くだった。万燈実は亞夢を隠しながら歩き始める。

 「お前たちは近くの洞窟で身を潜めていろ」

 肖子涵が二人に向き直って声を掛けるが、万燈実はそれでも頑なに断る。

 「俺と亞夢が引き起こしたことだ。最後まで宁麗文を探す。誰が来ても倒すつもりだよ」

 「……勝手にしろ」

 肖子涵は諦めて前に向けて唐厭に向かう。その行き先に万燈実は驚き、亞夢は怯える。勝手にしろと言われた二人はそれでも意を決して彼に着いていった。

 昼の町は昨日より閑散としていた。万燈実は不思議に思い辺りを見回す。今まで人で賑わっていたはずの町は瞬く間に綺麗さっぱり消えてしまったかのように思う。

 ──たった一日で、自分の住む場所はこんなにも変わってしまうものなのか?

 戸惑う万燈実に肖子涵は彼を見もせずにただただ邸宅へと進んでいく。

 「亞夢は見つからないような場所に行け。万燈実は墓地への案内を」

 「ちょっと待て。亞夢だけ残すのは反対だ。もし見つかったらどうなるかは君も分かるだろ!?」

 立ち止まった万燈実の腕が亞夢の前に制する。亞夢は彼の腕の後ろで手を前にして服を握った。同じく立ち止まった肖子涵は二人に見向きもせずに淡々と受け答えを進める。

 「俺の術を使えば時間稼ぎはできる。それに、宁巴を連れ戻しに行かなければいけない」

 「宁麗文を連れ戻しになんでわざわざうちを訪ねるんだ?」

 肖子涵はそれに目を伏せて唾を飲み込んだ。

 「なんとなく、そこにいそうだから」

 その後、亞夢は端の民家に身を潜めることにした。肖子涵が彼に札を渡して「それをずっと持っていろ」と告げて万燈実と共に家を出る。万燈実は戸を閉めるまで、彼を心配するように見ていて、それを亞夢は優しく笑って見送った。

 二人は邸宅へ向けて駆けていく。なぜ宁麗文が自分の家にいるのか、そしてなぜ肖子涵は墓地へ案内してもらいたがるのか。万燈実はわけが分からないまま走っていき、いつもはいるはずの人々を探せないまま邸宅へ辿り着く。息を潜めながら万燈実が指で墓地を案内する。一炷香ほどゆっくりと進んで墓地へ着いた頃、そこには複数人の人影が見えて思わず二人は影へ身を隠した。

 「あれは……うちの仕えだ。いつもは管理なんてしないのに……なんでそこにいるんだ?」

 万燈実は小さく呟く。肖子涵は目を細めながら今いる仕えの数を頭の中で数えて廓偲を左手で支える。そして指を廓偲の柄に掛けた。

 「そこで待っていろ」

 「え?」

 万燈実が次の言葉を言う前に、肖子涵が一歩踏み、そして急に駆け出した!

 「え、あ、ちょ!?」

 万燈実の手は彼を捕まえようとするが、それも虚しく掠めて宙を掴む。肖子涵は廓偲を引き抜いて重くまた一歩踏み出して飛び上がり、仕えの二人の間を振り下ろす!

 彼ら二人は急に肖子涵が現れたことで驚き腰を抜かし、悲鳴を上げながら慌ててその場から逃げ出した。土埃が周りに散る中、肖子涵は辺りを見回す。墓地は真っ平らの上にいくつもの卒塔婆が並んでいる。民間用の墓地のようで、だだっ広い。万燈実が掘り起こしたであろう穴は点々と存在してはいるが、新しく土を被ったものもあった。おそらくその中に宁麗文も埋まっているのではないかと考えた彼は、手当り次第に手で土を掘り起こす。後ろから別の仕えが襲い掛かって来れば片手に持った廓偲で攻撃を塞いで薙ぎ倒す。肖子涵は焦りから汗を出し、宁麗文を必死に探していく。万燈実は懸命に探す彼を見ていてもたってもいられずに影から飛び出して共に探し始めた。

 「宁巴!」

 「宁麗文!」

 二人で探し続けて、中を掘っていく。しかし、掘れば掘るほど中にあるのは死体、死体、そして、生き埋めの生者。万燈実は顔をサッと青ざめて生者を土から引っ張り上げていく。

 「なんで、なんで生きてる人まで中にいるんだよ!?」

 万燈実は混乱しながらもまだ血色のいい人間だけを引っ張り上げて丁寧に端に連れていく。その間にも肖子涵は片手で廓偲を握り、もう片手で土を掘り続けていた。

 「宁巴! お願いだ、返事をしてくれ!!」

 肖子涵は声を裏返し、鳴り響く心臓の速さを無視しながら探していき、万燈実は生者を連れていく。仕えはまだ二人を襲っていく。万燈実は顔を顰めながら彼らを剣で遠ざけて肖子涵を守っていく。

 掘られた土は所々に盛り上がっていく。卒塔婆が倒れていく。それでも構わず肖子涵は止まらない。掘っても白骨を見せる死体ばかり。顔色のいい生者は万燈実が引っ張り上げて避難させる。宁麗文を探す肖子涵は次第に息も絶え絶えになり、掘っていく指先は擦れて血を滲ませていく。震える手に叱咤しながらも宁麗文を探す。

 ずっと、ずっと、彼の死を零さないように。

 

 ──暗闇の中にいた。宁麗文は寝そべったまま目を覚ます。

 上半身を起こして周りを見渡す。ここはどうやらどこか開けた岩の洞窟のようだった。宁麗文は起き上がって一歩踏む。しかし、もう一歩踏み出すところで鎖の音が聞こえ、足が何かに引き止められたかのように動けなくなった。下を見れば一つの足枷に囚われていたようだった。見上げれば広く高い岩の天井が見える。薄暗いが目を慣らせば様子を確認することができた。岩肌は険しく、空気はあれどどこからそよいでいるかは分からない。足元には砂利があって、その中には血なまぐさい臭いも混じっていた。光は見えず、まるで牢獄のようだ。

 宁麗文は声を出さずに足枷を見つめる。当然の報いをしたんだと自分の中で、不思議とそう思った。何をしたのかは思い出せない。思い出さない方が幾分と幸せなのだろう。

 その場にしゃがみ込んで膝を抱える。見上げて顔を出す岩肌を見つめた。宁麗文はぼんやりとした頭の中で走馬灯を見る。

 ──あとどのぐらいで私は死ねるのだろう。

 空腹を感じ、聴力の衰えも、手先の冷たさも、眠気も全て感じる。宁麗文はその場でまた寝そべった。絹のような茶色の髪は澄んだ川のように流れる。

 ──これならいっそ、誰かに殺された方がマシだった。

 震える瞼の奥から訳の分からない一筋の涙が零れる。こめかみから零れて地面に吸われていった時に、ふと頭の中に人影が過ぎった。それはとうの昔から心の底から想っていた人だった。瞬きをしてまた零す。それは何の涙なのかは自分でも分からない。

 「──」

 そっと名前を呼ぶ。彼の目の前には現れない。

 「──」

 また名前を呼ぶ。暗闇の中はまた暗くなる。灯されもしないそこには彼の目の光さえも奪っていく。

 「……──……」

 宁麗文は霞んでいく目の前で、冷たくなる自分の身体の体温に寄り添いながら、そっと瞼を閉じた。

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