表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護誓散華  作者: くじゃく
夢幻との燈
113/221

三十七 雛(1)

 亞夢と万燈実が外に出たのを見た宁麗文と肖子涵も門弟を蹴散らした後に御剣をしてその場からすぐに離れる。唐厭の壁を過ぎてから降りれば近くに二人がいた。

 「万燈実! 亞夢!」

 宁麗文が二人を呼ぶ。彼ら二人は既に息を切らして互いに汗をかき、青い顔をしていた。宁麗文は今にも信じ難いという顔をしながら亞夢を見る。彼はその顔を見てすぐに背けた。

 「先に隠れられる場所に移動しよう」

 肖子涵は先に早足で歩き出す。三人も頷いて彼に続き、万氏の門弟たちに見つからないように隠れながら進む。かなり長い時間が掛かった頃に一つの狭い洞窟を見つけた四人はそこに滑り込むように身を隠した。すぐに肖子涵が守霊術を掛けて点火符を燃やす。

 「寒くは?」

 「ない。平気だ」

 万燈実は鼻と耳を赤くし、白い息を吐きながら答える。亞夢はその隣で防寒具を万燈実に掛けてやる。彼はそれに「ありがとう」と汗を拭ってから苦笑した。

 「それで、なんで亞夢は妖なんだ?」

 宁麗文からの問いに万燈実と亞夢は口を閉ざす。二人で目配せをしてから、亞夢がおそるおそる口を開いた。

 「……実は、僕は森の洞窟の中で生まれたんです」

 「森の洞窟」に宁麗文と肖子涵は互いに顔を合わせて、万燈実に目を向ける。彼は二人の顔を見ないように瞼を伏せて俯いた。

 森ということはもしかして、埜湖森のことなのではないか。あの中の屍の山は五年前にあったはずだが、それも全て消えてなくなっている。宁雲嵐が言っていた、凶鶏が残すはずの歯すらもなくなっていて、本当に何もなかったのだ。宁麗文は確かめるように亞夢に問いを投げた。

 「……その、屍の山があったところだよね? 君はそれを全て喰ったのか?」

 亞夢は頷いて続けて口を開く。

 「はい、食べました。けど、生きている人は食べたことはないです」

 それに次は肖子涵が問いを投げる。

 「死人だけか?」

 「死んだ人だけです。分からないけど、生きた人は食べられなくて……」

 凶鶏を始め邪祟の大体は生者を喰らう。そうすることによって成長の糧となって進化を遂げるのだ。しかし、この場にいる亞夢だけは食べなかった、いや、食べられないと言う。では、なぜ彼は人として生きていられるのだろう。その答えは万燈実が俯いたまま彼の代わりに答えた。

 「五年前、亞夢は埜湖森のあの洞窟の真ん中で人として倒れていたんだ。その時にはもう何もなかった。調査に向かってた時だったんだけど、その時はもう夜になってて。周りも皆引き上げて俺だけがそこにいたんだ」

 顔を上げた万燈実は唾を飲んでからまた口を開く。

 「その日は今日みたいな冬だった。外に出れば当然だけど、雪で埋まってて。亞夢は服も何も着てない状態で、このままじゃ凍えて死んでしまうって思って家を探したんだ」

 「それであの民家を?」

 肖子涵の問いに万燈実が頷く。

 「埜湖森から遠く離れてるし、唐厭を過ぎた場所になってしまったけど。あの家はまだ生きていたから、入って炉に炭を入れて亞夢を温めて、急いで粥を食べさせて、どこの人なのかも聞いた。けど、亞夢は邪祟だし生まれたばっかりだから何も答えられないし、言葉だってすぐに理解できてるわけでもない。だからこの時期だけ俺が勝手に家を出て亞夢のところにいたんだ」

 宁麗文は瞼を伏せてからまた上げる。

 「あの村は君たち以外の人たちを見たことがなかったけど……それに家は生きていたってどういうこと?」

 それに亞夢が答えた。

 「あの村は、本当は誰もいない廃村です。どこにも明かりは点いてないし、人も誰も生きていません。むしろそれがいいって、燈実が僕のために決めたんです」

 万燈実は彼を横目で見て、瞼を震わせてからまた二人を見る。彼の手は拳を握っていて、寒さからか少し震えていた。

 「亞夢は俺といても一切俺を食べようとはしなかった。粥だけ食べても不十分だから魚を釣りに行って、持って帰ったらそれをすぐに食べようとしてた。それで分かったんだ。亞夢は、生きているものが嫌いなんだ。生きてるものは受けつけられなくて、死んだものしか食べられない。だから五年前、あの屍の山を食べて、生きているものはそのままにしておいたんだ。君たち、五年前にあの洞窟に来ていたんだろ?」

 宁麗文と肖子涵は驚いて、宁麗文が声を出す。

 「た、確かにそうだけど。なんで知ってるの?」

 「宁公子が言ってたのを聞いたんだよ」

 「兄上……」

 どこの場で言ったのかは定かではない。少なくとも、世長会では言っていないと発言したのだから、なんらかの機会に万燈実に言ったのだろう。宁麗文は片手で頭を押さえて頭を振る。

 「ていうことは、去年私に話してくれたあれは全部嘘だったんだな」

 「うん。先に肖子涵が亞夢のことを妖だって気付いてて。でも、その時の君は体調が悪かったし、そのまま伝えたらどうなってしまうか分からなかった。だから肖子涵には黙ってもらって、今まで隠し通してたんだ。ごめん」

 宁麗文はそれに首を横に振る。腕を下ろして少し悲しげに重たく口を開いた。

 「別に、あの時言ってもらってもよかったのに。肖寧から聞いたかは分からないけど、私は妖と一緒に過ごす人の生活を見てみたかったんだ。だから言ってくれれば、他にもいろんな話を聞けたのに。残念だ……」

 それに万燈実と亞夢は驚いた。本当に、肖子涵の言う通りに彼は二人の生活を知りたがっていたのだ。亞夢はそれに申し訳なくなって口を開く。

 「でも、僕が被害を出したら浄化をするんでしょう? だったら言わなくてよかった……」

 「あのなあ」

 宁麗文は呆れて腰に拳を当てる。

 「今の話を聞く限り、君は死んだ人しか食べられないんだろ? だから生きてる私たちを襲う必要性なんてない。それに、君は凍えてる私を助けてくれたし、私と肖寧をあの家に泊めさせてくれた。さっきみたいに、万燈実を心配して私たちに着いてきてくれた。そんなの、普通の邪祟じゃできないしやらないよ。君は人間そのものに見える」

 亞夢の肩に宁麗文の手が置かれる。びくりと肩を震わせたがその後は肩の力が抜けた。どうやら、唐厭に行く前から今までの亞夢は肩に力を入れていたらしく、今の宁麗文の手によってようやく緊張が解れたようだ。宁麗文は彼から手を離して口角を上げながら肖子涵を横目で見る。

 「ね。肖寧、そうだよな?」

 肖子涵は彼の声に同意するように頷く。そして亞夢に目を向けた。

 「去年、お前は俺たちを吹雪から守ってくれた。そして万燈実を連れ戻しに俺たちと共に唐厭に来た。人々に恐れられながらも決して引き返すことはしなかった。あの邸宅の書室に入って万燈実を連れて外に出るぐらいなのだから、自信を持っていい。邪祟だからと言って卑下するのはよくない」

 亞夢は二人の言葉を聞いて瞼を伏せ、そして震わせる。少し間を置いて鼻を小さくすすって口を震わせた。

 「……僕は、邪祟なのに。どうして、お二人は、僕に優しくなんてするんですか。優しくするべきじゃないのに、……なんで、そこまで言ってくれるんですか?」

 手の甲で何度も黒色の目から溢れる涙を拭い続ける。嗚咽を零し、自分の胸元を掴んですすり泣き始めた。万燈実は小さく口を開いて、何も言わないまま閉じて彼の背中を擦る。

 「ずっと、怖かったんです。燈実はずっと僕を庇って、あの家に匿ってくれて。まだ何も言えなくて、何も分からない僕にずっと、言葉とかものとか、いろんなことを教えてくれた。僕は生まれた時から、邪祟だって知ってたし分かってたんです。死体を喰って、誰もいないあの洞窟にいて。ずっと一人ぼっちだった僕を燈実が、燈実だけが見つけてくれた。……僕には、僕には……燈実しか、頼れる人がいないんです。皆が僕を浄化するかもしれなくて、だから……。お二人が優しくしてくれる意味が分からない……」

 泣きながら言う亞夢に宁麗文と肖子涵は眉を上げて互いを見てから亞夢を見る。

 「私たちは被害を出した邪祟だけを浄化するんだ。君みたいな、何も実害を出さない邪祟には手を出さないよ」

 万燈実は彼ら二人を見てから亞夢を見る。そしてにっこりと笑って何も言わないまま彼の擦っていた背中をバンバンと叩いた。

 亞夢は涙を流しながら、叩かれた背中の痛みで咳をし、それでも彼らを見る。宁麗文は瞼を瞬かせて片肘を支えてから顎を支え、そのまま首を傾げる。

 「あれ、もしかしてこういうのって私だけなのかな? 肖寧はどう? 君もそう思ってる?」

 肖子涵は宁麗文の声に瞼を伏せる。一つ息を吐いてから瞼を開けて「あなたと同じだ」と答えた。宁麗文は彼から顔を背けてまた万燈実と亞夢を見て、腕を下ろす。

 「うん。そういうこと。別に君が私たちに優しくされる意味が分かってなくてもいいんだ。私たちがやりたいからこうしてるだけだよ。だから気にしないで」

 宁麗文はにっこりと笑って自分より背の低い亞夢の頭をぽんぽんと軽く叩く。見上げた亞夢は一つ瞬いて涙を零し、そして眉を顰めながら笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ