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護誓散華  作者: くじゃく
夢幻との燈
110/221

三十六 酒の乾酪割り(1)

 近くの酒場に肖子涵は宁麗文と肖明豪の二人を連れて空いた卓へ通されて座り、宁麗文から乾酪をもらう。

 「それで、なぜ兄上はここにいるのですか」

 肖明豪は決まりの悪い顔をして腕を組む。

 「普通に買い物だよ。冬は保存が効くからいつもここで乾酪を買って、いろんなところをほっつき歩いてんだ」

 「秦麗孝じゃないか……」

 ぽつりと呟いた宁麗文に頬を少しぴくつかせ、続けて肖明豪が二人に問う。

 「お前たちもなんでここにいる? それに、子子はなんで去年は一瞬だけ帰ってきたんだ?」

 「この方の外衣を買いに」

 「俺たちに会いに帰ったんじゃなかったのかよ」

 唇を尖らせながら不服そうに返す肖明豪に、宁麗文はにんまりとバカにするような笑顔で肖子涵の二の腕に頭を寄せる。

 「ふふん、肖寧は私のためだけに洛陽に行ってくれたんだよ。私とお前の優先順位を間違えたな」

 「このクソガキ……」

 「だから二十三だって言ってるだろ!」

 また卓に乗り上げて威嚇をする彼の両肩を肖子涵が掴んで元に戻す。それでも目を吊り上げたまま歯を剥き出しにして彼に押さえつけられたまま肖明豪を睨む。彼は組んだ腕の上の片手で苛立つように指で二の腕を叩いていた。

 このピリピリとした雰囲気に肖子涵はまた溜息をついて彼の肩を離す。宁麗文は離された瞬間にすぐに彼に抱きついて、肖明豪に舌を出しながら威嚇をし始めた。それに愕然とする肖子涵と、更に頬を引き攣らせた肖明豪は「子子から離れろ!」と叫ぶ。

 「嫌だね! 私と肖寧は知己だもん! 肖寧だって私から離れたくないって思ってるもんな!」

 「もんってなんだよ気色悪い!」

 肖子涵はほとほと困り果てた。酒場であろうとも人の目は気になるものだ。呆れた顔をしながら宁麗文を下ろすこともせず、むしろ彼の腰を掴む。

 「……あの、兄上」

 「なんだ」

 「しばらく帰りませんので」

 弟からの言葉に肖明豪は組んだ腕を離すほどの衝撃を受ける。

 い、今なんて言った? 帰らない? なんで?

 動揺しながら出された茶を飲もうとする。しかしあまりの衝撃に茶器に触れた手が横に揺れて自分の手を濡らしていく。掛かってしまっても酷い戸惑いのせいで気にする余裕がなかった。

 「き、去年のあれからもう帰ってきてないのに? ここからまた帰ってこないのか?」

 「はい」

 「なんで? え、もしかして俺があの時必死に止めたから?」

 宁麗文は動揺しすぎている肖明豪を不思議に思いながら肖子涵の顔を見る。彼は宁麗文に見られていることに気付いていながらも視線は兄に向けていた。

 「いえ、俺がただ単にこの方と旅に出ているだけです」

 「いやいやいや、それだけのために帰ってこないって……お前の住む場所でもあるんだから今すぐ帰ってこいよ。父上も心配してるんだよ」

 「心配されても伝達術を使えば大丈夫です」

 「伝達術だけじゃなくて! 身ごと帰ってこい!」

 狼狽える肖明豪に平然と淡々と返す肖子涵に、宁麗文はまた抱きつく。「よく分からないけど肖寧は私とまだ一緒にいてくれるんだな!」と思ってはまたにんまりと笑った。

 「そろそろ宿に戻ります」

 宁麗文の腰を掴んだまま立ち上がって金を置く。肖明豪は宁麗文の腰が掴まれていることにようやく気付いて「クソガキ!」とまた目を吊り上げるが、弟から言われた衝撃のせいで立ち上がれない。宁麗文はまた舌を出して挑発をしてから肖子涵の身体に更に抱きついてそのまま店を出た。

 酒場から出た二人は身を離して宿へ向かう。宁麗文はその間も上機嫌で、対して肖子涵はまだ呆れていた。いくつもの店を通り過ぎた辺りでふと思い出した宁麗文が彼を見上げる。

 「ねえ、肖寧」

 「どうした」

 「君、五年前に家族から除け者にされてるって言ってたよな。覚えてる?」

 肖子涵は宁麗文を見下ろして頷いた。宁麗文は酒場のある方向にちらりと見てから首を少し傾げる。

 「あの感じだと、君は除け者にされてないと思うんだけど。他に何かあったのか?」

 「……それは……」

 肖子涵は口ごもって顔を逸らした。何か言えない事情でもあるのだと分かってから、宁麗文は「まあいいや」と顔を前に向ける。

 「それも、いつか話す」

 「本当? 言ったな?」

 宁麗文と肖子涵は互いに顔を見合せて、宁麗文はじとりと彼を見つめる。肖子涵は彼のその目に微笑んでから小さく頷いた。

 宿に戻った頃には夕方に暮れていた。乾酪を卓の上に置いてまた外に出て次は食事処へ向かう。そこで宁麗文はいつものように羊肉を頼み、肖子涵は適当に注文をした。運ばれた料理に、特に宁麗文は目を輝かせながら箸で摘んで食べ始める。片頬を片手で押さえながら目を弧にしてよく味わっていた。

 「やっぱり美味しい。いくら食べても飽きないよ」

 肖子涵の目はうっとりと肉を食べながら眺める宁麗文に細まる。少しずつ料理がなくなってきた頃に彼の口元にタレがついているのを見て、名前を呼んでから親指で拭う。宁麗文は瞬きをして食べるのを一瞬だけ止めてから、笑って「ありがとう」と返した。肖子涵はそのまま拭ったタレを舐めてからまた食べ始める。

 「帰ったら乾酪を食べよう。いっぱい買っちゃったし、腐る前に全部食べなきゃ」

 「そうだな」

 「あ、でもそうしたらあんまり注文しなきゃよかったかな?」

 首を傾げる宁麗文に肖子涵が首を横に振る。大丈夫という意味だと分かってから口元を上げて、そして全て平らげた。

 食事処を出てまた宿へ戻る途中で、所々に橙色の灯りが点いていた。宁麗文はまだ開店している店を横目で見ながら、閑散という言葉を知らないかのような人通りの中で肖子涵の腕にしがみつく。彼はそれに何も思わず、そして振り払うこともせずに受け入れた。宿に着くまでに様々な話をして、部屋に着いても話を繰り広げる。卓の前に二人並んで座って、置いていた乾酪を入れてある嚢を開いた。

 「まずはこれなんだけど。私が一番最初に食べたものなんだ」

 宁麗文が一つの乾酪を取り出して一口分にちぎってから彼に渡す。受け取った肖子涵がそれを口に入れて何度も噛んで、その味を体験する。塩っぱい味が広がって少し眉を顰めるが、その後に続くまろやかさが舌を包んだ。どう形容しようするか悩むほどの不思議な味に、肖子涵は彼を見てから瞬かせる。宁麗文は何を言おうとしてるのかを大体分かっていてにっこりと笑った。

 「ふふ、不思議だろ。これ、牛の乳を使って作られてるんだって。すごいよね、動物の乳ってこんなに加工ができるなんて」

 「ああ。初めて聞いた」

 「だろうね。私も初めて聞いた時はびっくりしたよ」

 宁麗文は他の乾酪に手をつける。一口食べて舌鼓を打つ彼を見てから肖子涵は今食べているものを全て咀嚼して飲み込んだ。

 「こういうものには、お酒が合うんだろうな」

 彼のぽつりと呟く言葉に肖子涵の頭がぴくりと動く。じっとりと彼を見て、宁麗文はそれに気付いて首を傾げながら彼を見る。

 「……呑むのか?」

 「え? ダメなの?」

 肖子涵は首を横に振る。宁麗文は次第に不満げになって唇を尖らせた。

 「いいだろ一杯ぐらい。それに、君に呑み方を教えてもらってない。だから呑ませてよ」

 「ダメなものはダメだ。呑むな」

 頬を膨らませて拳で肖子涵の二の腕を小突く。驚いた彼に宁麗文はまだぷんぷんと怒っていた。

 「肖寧のケチ! いいもん勝手に頼むから」

 「え」

 肖子涵が止めるより先に宁麗文が立ち上がって部屋を出ていった。肖子涵の止めようと上げた手は宙を掴んだままで、しばらくそのまま固まっていた。そしてしばらくも経たないうちに宁麗文はなんと、二かめの酒と二人分の盃を持って戻ってきたのだ。それでようやく我に返った肖子涵は腕を下ろして彼の元に向かい、目の前で酒かめを奪おうとする。宁麗文はそれに気付いて身体を捻って酒かめを死守して舌を出す。

 「もうお金払ったから返品できないよ!」

 肖子涵は諦めて折れてしまい、勝手にしろと言わんばかりに頭を振った。

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