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護誓散華  作者: くじゃく
夢幻との燈
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三十五 炉(3)

 全員食事を済ませて亞夢が皿を洗っている間に、肖子涵が先程まで宁麗文に貸していた外衣を羽織って廓偲を佩く。それを見た万燈実が「どうした?」と問う。

 「少し外に」

 それに宁麗文が顔を上げる。その顔にはお気に入りのものを奪われて泣く寸前の、子供のような表情を浮かべていた。

 「どこに……?」

 肖子涵は息を少し吸って瞼を伏せて「洛陽に」と返す。宁麗文はこの言葉に衝撃を受けて更に悲しくなった。

 「大丈夫だ。すぐ戻る」

 「……本当に?」

 「ああ」

 肖子涵は身体を万燈実に向けて廓偲の柄の先に掌を置く。

 「戻ってくるまでに宁巴を頼む」

 「分かった。外はまだ降ってるから、くれぐれも気をつけて」

 「ああ」

 そして肖子涵は外に繋がる戸を開けて、そのまま銀世界へ足を踏み入れた。閉ざされた戸を宁麗文はただずっと見ていて、そして顔を卓に向ける。万燈実は少し困り笑いを浮かべながら茶を置いた。

 「すぐ戻ってくるから安心しなよ」

 「うん……」

 「御剣で行くだろうし、二日や三日で帰ってくるとは思えない。何か用があったから出たんだろ。それまでにさ、俺たちと何か話しようよ」

 宁麗文は顔を上げて困り笑いを浮かべてから頷いて茶を飲んだ。亞夢も万燈実の隣に戻って茶を飲む。少し間を置いて宁麗文の口が開いた。

 「昨日から気になってたんだけど。なんで君は肖寧だって分かったんだ?」

 宁麗文からの問いに万燈実が苦笑する。

 「そりゃあ四年前のあの世長会で、あいつだけ前に出てたら覚えちゃうよ。今まで俺たちの中でそうやって出てきたことがなかったんだ」

 「そうなんだ」

 「うん。元々肖子涵は長男でもないし、極たまに長男の肖明豪シャオミンハオがいない時に連れてかれてる程度だ。でも、世長会での話は全く聞かないし飯を食ってすぐに帰るような奴だったよ。だからあんまり姿は見えないしそんなに記憶に残るような奴でもなかった」

 宁麗文は肖子涵の話を聞いてどこか解れるような感覚がした。自分のことを話さない彼の話を人から聞いて、少し彼に近付いた気になったのだ。一つ息をついて瞼を伏せてから彼を見る。

 「でも肖寧は三男だよ。次男はいないの?」

 万燈実はそれに眉を顰めて腕を組んで背もたれに背中を預ける。

 「次男な。一回も見かけたことがない。ほとんどの人が肖子涵のことを次男だと思ってた。だから、君が初めて出た世長会で三男だって知って驚いたんだ」

 「見かけたことないの?」

 万燈実は頷いた。亞夢は話がよく分かっておらず両手で茶器を包む。

 「なんにもない。肖宗主も何も言わなかったしその後も一切出なかっただろ。それに元々そんなに出てもなかったけど、君が世長会に出た日から肖明豪も出なくなった。最終的には肖宗主も出てこなくなったし。洛陽に何かあったのかなって思ってるけど……」

 「うん……肖寧のお兄さんも見たことない。私が出るまではいたんだね」

 「そうだな。まあ、もしかしたら出た日もあるんだろうけど、彼は自分から影を消すような人だからなぁ。もし君がいる時に出たとしたら、多分気付いてなかっただけだと思う」

 宁麗文はそれに呆れて茶を飲む。自ら影を消すようなバカがどこにいるのだろうか。何の目的を持ってしてそこまでやるのか。きっと世長会に出たくなさすぎて、存在を消そうと思っているのだろう。四年前の肖子涵の言葉を思い出しては微かに笑って口を開く。

 「肖宗主だけしか見たことないって思ってたけど、そういうこともあるのか……」

 「ははっ。でも今は世長会に出てないんだろ? 俺たちも宗主以外は自由参加になったし、気が楽になったってことだ。もうあんな変な依頼の押しつけはたくさんだよ」

 万燈実は腕を解いて卓に肘をつけて掌で頭を抱える。

 宁麗文はあり日を思い出しては遠い目をした。宗主たちからの変な依頼は各世家の各次期宗主も然り、宁麗文にも吹っ掛けられるので、その度に無名で嘆いていたのだ。

 しかし、それも今はなくなった。それは病であまり動けない宁浩然の代わりに宁雲嵐が進行をしているからだ。彼に関しては宗主同士の会議や情報をまとめたりと重い心労が窺えるが、宁麗文はそれをどう労わろうか今でも悩んでいる。

 「兄上のお陰だよ。父上は今動けないし、代わりにやってる。けど、肖寧と旅に出る前に寄ったらすごく疲れててさ。どうすればいい?」

 「宁公子……大変だな……」

 抱えていた頭から頬に、拳に変えて支える万燈実に宁麗文は苦笑した。亞夢は首を傾げて口角を少し上げながら話を聞いている。宁麗文は次に話を聞くだけで何も言わない彼に顔を向けた。

 「えっと、亞夢さん、でしたっけ」

 「はい」

 「二人はいつから一緒にいるんですか?」

 亞夢は背筋を伸ばして万燈実を見る。彼も亞夢を見て、背中を軽く叩いて緊張感を解してから「二年ぐらい前かな」と答える。

 「その時も確か雪で。今年よりも豪雪だったんだ。そこで遭難しちゃってさ。霊力もそんなに残ってないから御剣もできないし、腹も減ってるし、まともに動けないしで。それでたまたま魚を釣りに行ってた亞夢が俺を見つけてくれてさ。ここに連れてきてくれて命拾いしたんだ」

 亞夢は一度茶を啜って万燈実の続きを言う。

 「あの日はすごく降雪量が多かったんです。他の皆さんも外に出られるなんて以ての外で。でも、その時はちょうど、何も食べるものがなくて、仕方なく外に出たんです。そしたら燈実が倒れてるのを見つけて……本当に死ぬ寸前だったよね」

 「そうだよ。お前に見つけてもらえなかったら、今頃ここにいないって。次期宗主が弟になってたよ」

 万燈実は亞夢の背中をバンバンと叩きながら笑う。亞夢も少しむせてから笑った。宁麗文は瞬きをして少し笑う。

 「それからずっと過ごしてるの? 万燈実はちゃんと家に帰ってるのか?」

 「当たり前だ。たまには帰ってこないと心配されるし、ここもそんなに来ることはない。大体冬の期間だけかな。ここら一帯に邪祟なんてほとんど出ないし、しばらくの休暇ってやつ」

 「へえ。やっぱり雪が多いところだと邪祟は寄ってこないんだな。邪祟も寒いのは嫌なのかな?」

 それに亞夢が反応しそうになって、慌てて茶を飲んで誤魔化す。宁麗文はそれに気付かないまま話を聞いていた。

 「だろうな。クマとか鹿みたいに冬眠でもしてるんじゃないか?」

 「そんな動物みたいなことするのかな。不思議だな」

 片肘を支えてそのまま二本の指で顎を支える宁麗文は首を傾げながら少しだけ唸った。亞夢はその間も少しの焦りを見せていて、気付いた万燈実は目配せで安心させる。亞夢は彼の目で一つ息をして宁麗文に顔を向ける。

 「お茶のおかわりはいかがですか?」

 「あ、じゃあもらいます」

 宁麗文が空になった茶器を亞夢に渡す。彼はにっこりと笑って厨房へ持っていった。その間に万燈実は卓から腕を離して茶を飲む。宁麗文はゆっくりと瞬きをして、炉に目を向けた。それはまだ火は消えていない。

 「肖寧、今頃大丈夫かな」

 ぽつりと呟いたその言葉に万燈実は優しく笑う。

 「大丈夫だろ。昨日、君に外衣を貸して普通にここを訪ねてきたんだ。ちょっとやそっとじゃ死なないと思う」

 「うん……」

 「なあ、肖子涵のことはどう思ってるんだ?」

 炉から万燈実に顔を向けた宁麗文は口を開きかけて俯く。視線をあちらこちらへと動かしてしばらく言葉に迷った。

 「……友人だって、一番最初で一番仲のいい友人だと思ってる。……けど、その……最近、そう思っていいのかなって」

 「どういうこと?」

 「分からない。分からないんだけど、不安なんだ」

 宁麗文は卓の下で膝の上の布を掴む。俯いた顔を少し上げても尚、また視線を迷うように動かす。万燈実は何も思わずに彼を見ていた。そのうち亞夢が宁麗文の茶を持ってきて卓に置く。

 「分からなくても、そのうち分かるんじゃないかな。人生はいつか答えの一つや二つぐらい出てくるだろうし」

 亞夢に空の茶器を渡す。彼はそれを受け取って頷いた。

 「そうなのかな」

 「そうだよ。今のうちにいっぱい考えればいいし、悩めばいい。それでも分からなかったら今みたいに俺たちに聞けばいい。もちろん肖子涵にも聞けばいいよ」

 宁麗文は顔を上げて温まった茶器を両手で包む。少し熱くて一瞬だけ手が強ばってしまったが、それでも包んだ。

 ほどなくして万燈実に注がれた茶を渡して亞夢はやっと席に着く。

 「あ、そうだ。宁麗文、亞夢に対してはそんなにかしこまらなくていいよ」

 「えっ? なんで?」

 「君より年下なんだ。亞夢のこの話し方は癖になってるし、君まで合わせる必要はない」

 宁麗文は軽く驚いて亞夢を見る。彼ははみかみながら頬を指で掻いた。

 「はい。えっと……僕はまだ二十歳で。だから皆さんより若輩者なんです。なので、話し方はいつもこうで」

 「でも、万燈実にはくだけた口調ですよね?」

 亞夢は困りながら笑う。宁麗文は先程の話していたことを思い出して「そういえばそうだった」と心の中で少し後悔した。万燈実も亞夢と同じく苦笑しながら茶を啜る。

 「まあ、そういう言い方にさせたのは俺の方だ。俺も最初はかしこまられたんだけど、そういうのは嫌で。だから今みたいな話し方にしてもらってる」

 「へえ、そうなんだね」

 「はい。本当に癖みたいなもので。気にしないでください」

 亞夢は気恥ずかしさから茶を飲み始め、ゆっくりとそれを空にした。

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