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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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三十二 児を持つ母(3)

 そして、二ヶ月が過ぎた。華伝投のために江陵へ帰った宁麗文は邸宅に戻って毎年の嫌すぎる慌ただしさのある準備に気分を沈めていた。今にも飛び出したい気持ちになり、飯を食べながら溜息をつく。

 「そんな辛気臭い顔するなよ」

 既に着替えを済ませた宁雲嵐が呆れたように彼を見る。宁麗文はまた溜息をついた。

 「旅の途中なのになんで華伝投に参加しなきゃいけないんだよ」

 「仕方ないだろ。先祖の祭りなんだから。青鈴もいるんだし、少しぐらい話をしに行ったらどうだ?」

 客間の奥に家僕と話をしながら髪を整えられている青鈴がいる。宁麗文は彼女を見ながら「うん……」と気だるげに返事をする。

 「なんでまたそんな顔をするんだよ。青鈴と会えて嬉しいんじゃないのか?」

 「違うよ。肖寧と離れたことが淋しいんだよ」

 最後の一口を食べ終えて家僕の最終確認を終える。宁雲嵐は視線を斜めに上げて呆れながら肩を上げて落とした。

 「またしつこくしてんのか」

 「違うし。肖寧からしつこいとか言われたことないもん」

 「でも心の中ではそう思ってるかもしんないぞ」

 宁麗文は彼からの言葉で少しずつ顔を青ざめる。

 もしかして、口では言わないだけで本当は鬱陶しがられているのか? そんなに我慢して一緒にいてくれてたのか!? 友人なのに!?

 ゆっくりと両手で顔を覆いながら肩を震わせる。宁雲嵐は「やべ」と心の中で後悔しながら口元をひくつかせた。

 「あ、あー、えっとだな。もしかしての話であって本当はそうじゃないかもしれない。お前との旅が楽しすぎてそんな距離も感じたことがないってこともあるぞ!?」

 「……この前、近いって言われた……」

 宁雲嵐は片手で顔を覆って仰いだ。「もう言われてたのかよ、というかどこで言われたんだ!」と叫びたくなったがそれをしてしまえば彼の心に更なる棘を突き刺してしまうだろう。

 両手で顔を覆って嘆き悲しむ宁麗文と、片手で顔を覆って仰ぎながら次の言葉に考えあぐねている宁雲嵐の元に青鈴が立つ。怪訝そうに首を傾げながら二人を交互に見る。

 「あんたたち、何してるの?」

 宁雲嵐が手を下ろして宁麗文に顎を向ける。彼はまだ手を下ろさないまま悲しんでいた。青鈴はまた下らないことで悲しんでいるのだろうと呆れながら、宁麗文の顔を覗き込んで片手を離す。

 「ねえ麗文。今日はお祭りが終わったら、今度こそ肖子涵さんと遊びに行きなさいよ。そんなしょげてないで」

 「……行く……」

 「うん、何があったのかは聞かないけど。とりあえず今のことに集中しなさい」

 「はい……」

 宁麗文のもう片手が下りられ、なんとか持ち堪えながら会場へと向かった。

 舞台に上がって民衆を見下ろす。見渡してみると今度は最初から肖子涵がいた。宁麗文が小さく手を振れば彼も小さく手を振り返す。先程はあんなに憂鬱そうな顔をしていたくせに、今は彼を見て笑顔に切り替わっていると、宁雲嵐と青鈴は彼に顔を向けながら半ば呆れながらまた前に向けた。宁浩然は病から少し回復したようで、しかしまだ弱々しい。家僕に支えられながら祝詞を唱え、青鈴以外の家族で霊力を注いで空から花を降らせた。

 宁麗文は空からひらひらと、まるで煌びやかな蝶が美しい花に舞い降りるような、たくさんの種類の花たちが落ちていくのを見上げる。色とりどりではあるが、派手な花ばかりだ。宁麗文にとって優しくて柔らかい花はあまり見えない。それはそれで淋しいと見下ろすとまた一輪の竜胆の花が落ちる。

 「あ」

 小さく声を漏らしてその花の行く先を見届ける。落ちた先には四年前と同じ、肖子涵の手の元だった。

 (確か、四年前もそうだったな。あの後の華伝投に竜胆は落ちてなかった。何か条件とかもあるのかな)

 宁麗文はぼんやりと考えながらその花を見る。そして視線をずらせば肖子涵が彼を見ていた。宁麗文は微笑んでは彼も花を手にして頷いた。

 そうして華伝投が終わり、宁麗文は邸宅へ戻る。急いで服を替えて客間から無名へ向かい、そこで祓邪を佩いて部屋から出る。その足取りは大変軽く、そして鼻歌交じり機嫌のいい笑みを浮かべていた。門へ近付くと外側の壁に風に煽られている、髪を高く一本に結い上げた臙脂色の髪紐が見える。宁麗文は顔を明るくして少し駆け足で門を出て、すぐ隣にいる人物の顔を覗いた。

 「肖寧!」

 腕を組んで壁にもたれかかっていた肖子涵は彼の顔を見て微かに笑い、腕を解いて壁から離れて彼の名前を呼び返す。二人は歩き出して青天郷に向かった。

 久しぶりの青天郷の大通りを歩けば、先程の華伝投での興奮が冷めやらない住民たちが花を持って舞台に立っていた彼に手を振っていた。宁麗文は愛想笑いを浮かべながら振り返して肖子涵を見る。

 「君、また竜胆の花を取っただろ。四年ぶりじゃないか」

 「ああ」

 「あの時は聞きそびれてたんだけど、その後の花はどうしてるんだ?」

 肖子涵は立ち止まって一枚の折り畳まれた懐紙を懐から取り出す。開いてみれば、そこには綺麗に平べったくなった竜胆があった。

 「押し花にした」

 宁麗文は目を輝かせながら「すごい」と声を漏らす。

 「そっか、押し花にすれば枯れないんだ。君、頭がいいな」

 「それほどでも」

 懐紙を畳んで懐に入れた肖子涵は彼を見る。宁麗文は首を傾げながら彼を見返していた。

 「また近くなっている」

 「えっ」

 改めて距離を見れば、楠塔森の穴ぐらの時よりかは少し離れてはいるが、やや密着していた。宁麗文は慌てて後ずさって顔を赤くする。両手で顔を覆いながらそっぽを向いた。

 「ご、ごめん、本当にわざとじゃない……」

 「分かっている」

 おそるおそる指の間から肖子涵を見る。彼は宁麗文の片手を優しく剥がした。宁麗文はその手を振りほどこうもせずにはにかみながらもう片手で顔を扇ぐ。

 「春さんのところに行こう。ほら、君に最初に山査子飴を買ってくれたところだよ」

 「ああ。行こう」

 二人はまた歩き出して、肖子涵にとっては四年ぶりに春の経営する店に向かった。歩く途中で宁麗文に花のお返しにと様々な菓子や酒をあげる人々が所々にいて、瞬く間にもらい物を両手で抱えることになってしまった。宁麗文は苦笑しながら袖口に入れられるものだけ入れていく。それでも塵も積もれば山となるという言葉がある通り、徐々に重たくなってまた困ってしまった。

 隣でそれを見ていた肖子涵は近くの店に彼を引っ張っていき、いくつかの嚢を買って店を出て人の邪魔にならないように端へ移動する。そしてしゃがみ込んで嚢を広げて彼へのもらいものを入れていく。それも菓子と酒、その他のものと順番に分けて入れて、宁麗文はてきぱきと仕分ける彼に呆気に取られたが次第に口元が緩やかになる。

 「本当に君って奴は、優しすぎるな」

 宁麗文もしゃがみ込んで膝に両肘をつけ、その両手で顎を支える。肖子涵は何も言わなかったが、彼の顔を見て目を細めた。立ち上がってからほとんどを自分で持ち、宁麗文には一つだけ嚢を渡した。宁麗文は肖子涵から嚢をもらって口をぽかんと開けたがそれも噤む。不服そうに眉を顰めて彼の手の中の嚢を二つ奪って持った。全部で六つの嚢に入っており、これで二人はそれぞれ三つずつ持ったままになる。肖子涵は目を丸くして「ダメだ」と宁麗文から二つの嚢を奪った。

 「何がダメなんだ?」

 「あなたに負担を掛けたくない」

 「そんなのどうでもいいよ。私だって持てるものは持つし、肖寧が全部やらなくてもいいんだ。ほら、返して」

 宁麗文は肖子涵からまた二つ奪って腕に抱き、今度は取られないようにと彼から身体を少し逸らす。肖子涵は少し眉を下げて唇をへの字に曲げた。宁麗文はその顔を見て折れそうになったが、何とか堪えてそのまま春の元へ駆け出した。

 「宁巴。待ってくれ」

 肖子涵も続けて彼を追い、やっとのことで山査子飴の店に着く。二人の前でできたての山査子飴を用意していた春は目を見開いて、「宁二の若様!」と叫ぶ。

 「春さん、お久しぶりです。今度こそ連れてきました!」

 宁麗文は荷物を腕に抱えながら身体を肖子涵に向ける。流れるように肖子涵を見た彼女は口元を両手で押さえた。

 「久しぶりね。ずっと見ないままだったけれど、元気にしてたかしら」

 「はい」

 肖子涵は短く返事をして、宁麗文は思いっきり口角を上げてから「山査子飴を二つお願いします」と言う。春も返事をしてできたての二本の山査子飴を二人に渡す。金は財嚢を取り出そうと袖口に手を突っ込んだ彼を差し置いて、肖子涵が手早く銀貨を置いた。宁麗文はそれに呆れるしかなく、そのまま山査子飴を受け取って視線を斜め上にして溜息を吐いた。

 「今日の飴は失敗しちゃって。でも華伝投があるから、あなたが来ると思って用意したのよ」

 「そうだったんですか? もし私が来なかったらどうしてたんですか?」

 「ずっと待ってたわね」

 笑う春に宁麗文と肖子涵は互いに顔を見合せて瞬く。宁麗文がまた彼女に向き直って少し笑った。その後の二人はそれぞれ右手に持って春とまだ世間話をする。

 「二人共、元気そうでよかったわ。宁の若様からお聞きしたんだけど、今は旅に出ているのよね?」

 「はい。数ヶ月前から彼……肖寧といろんなところに行ってます」

 肖子涵は彼女に「肖子涵です」と訂正する。春は片手で口を押さえながらにっこりと笑った。

 「ほら、早く食べないと飴が溶けちゃうわよ」

 言われて宁麗文は慌てて一口目を口に含む。冬に近くなっていくとはいえ、今日は珍しく暖かい。それで春が飴作りに失敗したのもあり、余計に山査子に掛けている飴はいつもより緩くなっていた。ガリガリと飴を噛んで中の山査子を楽しむ。続けて何個か食べて、後ろに人がいることに気付く。

 「春さん、ありがとうございました。また来ますね」

 屋台から離れて飴を持つ手で春に大きく振る。彼女も振り返して「飴溶けてるわよ!」と大きく声を上げた。

 「えっ。わぁー!?」

 宁麗文は指に溶けた飴が掛かってしまい、慌てて舐めていく。その傍らで肖子涵は静かに食べ終えて片手に嚢を持ち、もう片手で串だけを持っていた。飴を舐めながら歩いている宁麗文の耳の前にある髪がそれにつきそうになり、肖子涵が持っていた串を荷物を抱えている方の手に移して彼のそのひと房を空いた手で取る。それに気付いた宁麗文は「ありがとう」とにこやかに笑ってから全て食べ終えた。

 「串を」

 「はい」

 肖子涵に串を渡してまだ指に残っている飴を舐める。指と指の間にも入ってしまっていて江陵の門の下で立ち止まって必死に舐めとる。肖子涵も止まってしばらく彼の行動を見ていた。

 「ごめん。全然取れなくて……先に行ってていいよ」

 宁麗文は苦笑しながら掌も舐める。行儀の悪いことだと承知しているが、このままだと手に飴がついたままでは不愉快な気分になってしまう。肖子涵は懐紙に串を包んでから懐に仕舞い、続けてその手で彼の腕を引っ張った。宁麗文は驚いてその手の行方を見る。

 「えっ、ちょ」

 宁麗文は急に顔を真っ赤にして愕然とする。なんと、肖子涵は彼の掌に垂れた飴を舐め始めたのだ。手を震わせて引っ張って振りほどこうとするが、肖子涵はそれを力を込めて止める。黒色の双眸は少し伏せられてから宁麗文の顔を見つめた。

 「な、ちょっと、肖寧……」

 「ん」

 「ん、じゃなくて。ひっ、人がいるから」

 秋から冬へと変わっていくというのに、宁麗文はダラダラと汗を流し始める。周りを見てみると数人はちらちらとこちらを見ていて、羞恥にいたたまれなくなって思いきり振り払う。肖子涵は思わず手を離してしまって唖然と口を少し開けた。

 「も、もう行こうよ。このままいると恥ずかしすぎる。一応ここは私の住むところでもあるんだからな!?」

 顔を真っ赤にしながら舐められた掌をぐっと握り締めて、彼の隣を追い越して大股でずんずんと早歩きで外に出る。肖子涵は開いた口を閉じて鼻で息を吐いて彼の後を追っていく。

 (もう、なんなんだよ。すっごく恥ずかしい。でも、それに嫌って思わなかった自分にも恥ずかしいし情けない……!)

 宁麗文は震える手を開いては握り、手の甲で自分の額を拭う。その手には肖子涵の手の温もりと舌の感触が残ったままだった。

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