第7話 トロイの沐浴
俺たちの旅は今始まったばかりだ。
-完-
「いや、終わっちゃだめでしょ!」
……えー。
……。
立ちつくす少年と鎧であった。……いや、鎧は立たないか。
立ちつくす少年と置きつくす鎧であった。……なんか違う。
「な、なぁ……」
口火を切ったのは鎧、もといトロイであった。
「さっそくではあるが、わしを着てみんか?」
「え、やだ」
「がーん……」
「……よしっ」
「どうしてそこで『よしっ』ってなる……?」
「だって、『がーん』って僕ばっかり言っている気がするから、トロイにも『がーん』って言わせないと。……ま、これで五分五分かな」
「何を言っとる。わしはまだ2回しか言っておらんぞ。おぬしはもう9回も言っとる」
「……数えてたの!?」
……(出会ったばかりなのに)相変わらずの二人であった(鎧を一人と数えれば、だけど)。
「そんなに僕、『がーん』って言ってたかなぁ……」
「……10回目」
「えっ、こ、これは違うよ、ちゃんと『がーん』って言った場合だけを『がーん』回数に含めないと?」
「……12回目。……おぬし、わざとやっとらん?」
「わざと『がーん』なんて言うわけないじゃないか」
「13回目。そもそも、どうしてわしを着るのを拒む?パーティでの移動考えると、それが一番手っ取り早そうじゃろうが」
「だって、トロイ汚れているから。汚いし、臭そうだし、……おっさんだし」
「がーん……」
「あ、『がーん』って言ったね。『がーん』って。よし、これで差が縮まって……ない!?」
「わし3回、おぬし15回じゃな……いやいやそれよりも、おっさんは関係ないじゃろう、おっさんは?」
「……誰が好き好んで、汗臭い、脂性のおっさんと肌を合わせようと思う?」
トロイは項垂れた……鎧ってどううなだれるんだろう、というツッコミはなしの方向で。
「わ、わしは……汚れてしまっていた……」
「ううん、最初から汚らしい鎧だったよ?」
「……おぬし、容赦ないな?」
「うん、だって、そんな薄汚れた鎧、我慢してまで着たくないし」
「わ、わかった、清潔にする、風呂入って体洗うからっ」
「……風呂?ダンジョンにそんなのあるの?……あっ、ミミックさんの中に?」
「ミミックの中は火気や湿気は厳禁じゃ。下手に焦がしたり濡らしたりすると怒られてしまうでな……」
「……怒られるって、誰に?」
トロイは言葉を失った。そんな季節でもないのにだらだらと汗をかいている。鎧だからよくわからないけれど、表面を伝う水分は……たぶん汗だ。
「……こっちじゃ。ついて来い」
ごまかすようにぴょんぴょんともと来た道を戻っていく。今度はラケルもあきらめて後に続いた。ミミック……宝箱をそこに置いて。
ダンジョンの入口に戻った。
トロイはそのままダンジョンの中に飛び込むが、ラケルの足はそこで止まってしまう。
「どうした?早く来んか」
立ち止まったトロイが振り返ってラケルに声をかけるが、ラケルの足は止まったままだ。
「あ、僕、弱いから……ダンジョンの中は、ちょっと……」
「……大丈夫じゃぞ?もうわしらはパーティじゃしな、ちょっとやそっとの敵ぐらいわしが蹴散らしてやる。……それに、この辺は出たとしてもスライム程度じゃぞ?」
「僕一人だと、スライムにも勝ったことないよ?」
「……それは……うむ……まぁ……え?勝ったこと……ないの?」
「うん、弱いからね!」
「そこ、胸張って言うこと?……まあ、口だけ達者でもいざ現場で役に立たない奴よりはずっと良いけれど……」
「うん、戦いでも役に立たないからね、僕!」
「口は達者だったな……ダンジョンボスいなくなったから、スライムもめったには出て来んじゃろう。そんな深くに入るわけでもないしな」
「本当だね?……出てきたら速攻で逃げるよ?」
「おぬし、本当になんで冒険者やっとるんじゃ……」
「えーと、この辺じゃったかな……」
「……いつから風呂入ってないの……」
ラケルを説き伏せ、ほどなくトロイの言う『風呂』までたどり着いた。とは言っても、ダンジョンの隅に『盥』っぽいものが置いてあっただけである。……念のため書いておくが、いくらトロイが鎧でもあったのは『兜』ではなく『盥』である。
「では、わしは風呂に入るからな。こっち見るなよ?」
「なんでここまで連れてきたの!?」
「わしも入浴中は無防備になるからな。念のため見張っておいてくれ」
「僕、逃げるって言ったよね!?それに、無防備な鎧って何!?」
「うぬぅ……こんなときでもツッコミを忘れんとは。さすがラケル」
「嬉しくないんだけど!?」
「大丈夫じゃ。ラケルが逃げ出している間に、わしも身支度整えるから。……こっち見るなよ」
「鎧の入浴シーンなんて別に見たくないよ!」
ラケルはトロイに背中を向けた。
背後でごそごそと物音がし、静かになったかと思うと、今度は小さく水音が響く。
……ちゃぷ……ちゃぷん……。
静寂の中、ラケルはその音に背中がむず痒くなる。
(これは……お約束だと、鎧から人の姿に戻ったトロイさんが水浴びをしている……とか?『わし』とか言ってても人化したらお姉さんだったりするとか、『見るなよ』ってことは見られて恥ずかしい姿になるということで……やばい、どきどきしてきた)……どこの世界のお約束かはさておき。
……ちゃぷん……。
(ラノベだったらここに確実にイラストページ入るかな)……いやちょっと待て。
……ちゃぷ……ガサッ!
突然の物音にラケルは振り返った。振り返ってしまった。
そして、ラケルは見てしまった。
……水を張ったたらいの上で、浸されている鎧を!
「うん、そうだよね……」
ラケルは脱力しきって、その場に座り込んだ。
「こっちを見るでない!」
「……別に見られて困るようなものでもないでしょー……」
声からも力が抜けている。
「いいのか、そっちからスライムが近づいてきているようじゃが……」
「えっ、嘘っ!」
ラケルは慌てて振り返り、脱兎のごとく逃げ出した。ダンジョンの奥の方へと!(よりにもよって)
「あーあ……。だからそっちを見張っておけって言ったのに。……仕方ない、助けに行くとするか」
トロイはたらいからぴょんと飛び出ると、ラケルの向かった方へ歩き始めた。
ラケル「そうして、ダンジョンの外、その場に置いていかれたミミックのもとに現れた人影……全身を覆うマント、フードの下はご丁寧にも仮面で隠されており、男か女かすら判別できない……そもそも人であるかすらもわからない。マントの下からのびた手がミミックの蓋にかかり、くくっと小さな笑いが仮面の下からこぼれる。この人物とミミックとの過去の因縁とは何か、そしてラケルたちの背後に忍び寄る仮面邪教集団の真の目的とは!」
トロイ「いや、ちょっと待て!」
ラケル「……何?」
トロイ「これそんな話じゃったっけ?」
ラケル「知らない」
トロイ「……たぶん違うと思うぞ」
ラケル「えー」