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第3話 宿屋と冒険者ギルド


「腹が減った」


 ガイアは歩きながらそうボヤいた。


『そうだな』


「白狐も空腹を感じるのか?」


『今は、お前と一体化しているから、お前の体が感じていることはワレも感じる』


「このまま食べないと俺たち死ぬのか?」


『ワレが憑依しているから、そう簡単には死なない。飲まず食わずでも普通の人間の何倍もの時間平気だ』


「でも、この空腹感をなんとかして欲しいよ」


『この体に本来備わっているものだから仕方ない』


「そんな」


『町に着くまで我慢せい』


「ああ。言われなくても分かっているよ」


 ガイアは憑依している白狐とそんな会話をかわしながら街道を歩いていた。


 ほどなくして町が見えてきた。


 周囲を囲む城壁があり、盗賊や魔物への防備がなされていた。


「結構、栄えている町みたいだね」


 白狐は何も言わなかった。


 門で衛兵に止められた。


「何者だ」


「冒険者です。ガイアと言いいます」


 傭兵といえど、脱走兵とみなされるとやっかいなので、昔登録した冒険者ギルトの会員証を見せた。


「Eクラスか」


 冒険者のクラスは傭兵になる以前の4年前と変わっていない。


「そうです」


「その格好はなんだ。それに臭いな」


 ガイアは傭兵団の制服を着ていたが、戦いでボロボロになってすでに原型を留めていなかった。自分の血と倒したゴブリンの血と肉がこびりついて乾いて暗い赤褐色の布の切れ端になっていた。


「戦闘の結果です」


「何と戦った」


 帝国の魔獣とは言えず「ゴブリン」だと答えた。


「たかがゴブリンとの戦いでこんなになっただと」


 衛兵の一人が馬鹿にしたように言った。


「武器と防具はどうした?」


「戦いで失いました」


「それで何匹討伐した。討伐証明の耳は持っているか?」


「何匹かは覚えていません。それから討伐証明は持っていません」


 衛兵だけでなく、門の前に並んでいた商人や旅人からも失笑が漏れた。


「さすがEクラスだ」


「あの様子だとゴブリン相手に完敗して逃げてきたんだな」


「それにしても臭いな。近寄るな」


 ガイアは何か言おうかと思ったがやめた。


「よし、通っていいぞ」


 守衛から許可が出たのでガイアは町に入った。


 メインストリートを歩くと広場の屋台から串に刺した肉を焼く食欲をそそる匂いが漂ってきた。


 ぐるるるるるるう


 お腹が鳴った。


「まずは腹ごしらえからだ」


『金は持っているのか』


 神の使徒のくせに妙に細かいことに気がつくなとガイアは思った。


「ああ、いざって時のためにズボンの裏側に銀貨を数枚縫い付けてある」


 ガイアはズボンの裏地を破り銀貨を取り出した。それによりさらに服はボロボロになり、かろうじて裸にはならない程度だ。


「すみません」


 屋台の親父が焼台から顔を上げた。


 ガイアを見るとギョッとした顔をした。


「その焼肉を一串ください」


「よそに行ってくれ」


「えっ?」


「お前に売るものはない。商売の邪魔だ。立ち去れ。治安部隊を呼ぶぞ」


「そんな。金ならあります」


 ガイアは銀貨を取り出した。


「誰か治安部隊を呼んでくれ!」


 屋台の親父が大声を上げた。


 ガイアは舌打ちをして屋台を離れた。


 少し離れた公園の池に来ると自分の姿を見た。


 ボロボロの血痕まみれの布切れにおおわれた体は、返り血や、ゴブリンの肉片や、火炎の煤がこびりついていた。顔も黒かった。


(これじゃあ敬遠されるわけだ)


 とりあえず、風呂に入り、服を着替えないとならない。


 公園の水で顔を洗い、その後、宿屋を回ったが、どこもガイアを一目見るなり追い払った。


「困ったな。これじゃあ体も洗えないし、着替えも、食事もできない」


『こればかりはワレも助けようがないな……』


 白狐にまで見放される始末だった。


 最後の宿屋に来た。


「すみません」


「はい」


 受付のカウンターにいたのは少女1人だった。


「あのう、泊めてもらえないでしょうか」


 少女は困ったような顔をした。


「お金ならご心配なく。あります」


 ガイアはカウンターに銀貨を数枚置いた。この宿の宿泊費としてなら十分な額なはずだった。世界を傭兵として旅してきたガイアは宿の相場は熟知していた。


「でも……」


「私は冒険者で世界を旅しています。今回、魔物との戦いでこんな姿になってしまいましたが、怪しい者ではありません。体を洗い、新しい服に着替えて、食事をして休みたいだけです」


「冒険者の方が魔物との戦いで……」


「はい」


(もちろん、ここでゴブリンの名は出さなかった。尊敬するような眼差しをガイアに向けて来たので、きっと強力な魔物と戦ったのだと少女は思っているのだろう)


 ガイアはいつも首から下げていたギルトが発行した冒険者証を見せた。


「わかりました。あまりいいお部屋ではありませんが、よろしいでしょうか」


「泊めてもらえるんですか!」


 少女がうなづいた。


「ありがとうございます」


 思わず感謝のあまり少女の手を握ろうとしたら、少女が怯えた様子で後退りした。


「あっ、ごめんなさい」


「では、お部屋にご案内します」


「その前に、体をまず洗いたいのですが」


「お部屋にお風呂があります」


 ガイアは喜んだ。この規模の宿で部屋に風呂があるのはラッキーだった。


「こちらです」


 こじんまりとした清潔な部屋だった。何より風呂があるのがありがたかった。


「ありがとう。それからもう一つ頼んでもいいかな」


「何でしょう?」


「服がほしい」


「そうですね」


 すぐに了解したようだ。


「これで買ってきてもらえないか」


 少女に金を渡した。


「分かりました。どんなものがいいですか」


「何でもいい」


 少女は少し考えてから「分かりました」と言った。


 その後、ガイアは風呂に入った。風呂は1ヶ月以上ぶりだった。


 体を洗うと湯は泥水のような色になった。


 何度も体を洗った結果、表皮が一枚むけたような感じがした。


 風呂から上がると、鏡の前で自分で髪も切った。


 ちょうど散髪が終わったところでドアがノックされた。


「はい」


「ミサです」


「ミサ?」


「先程の宿の者です。服を買ってきました」


「ありがとう! ドアの前に置いておいてくれ」


 裸なのでドアは開けられなかった。


 それからガイアは新しい服を着ると宿のロビーに行った。


 カウンターの奥にはミサだけでなく大人の男がいた。


「さっきはありがとう」


 ミサはきょとんとした顔をした。


「ガイアだよ」


「ええええ! ガイアさん?」


「ミサが言っていた新しい泊まり客の方ですね」


「そうです」


「この宿の主人です。この度はご利用ありがとうございます」


 風呂に入り、髪を切り、服を着替えただけで、対応がまるっきり変わった。


「食事をしたいのですが」


「それなら、ここでお出しできますが」


 ロビーの横は宿泊者向けの食堂になっていた。


「では、お願いします」


「何にいたしますか?」


「定食はありますか」


「ございます」


「とりあえずそれを3人前」


「お連れ様がお見えになるのですか?」


「いや。全部、俺が食べる」


 宿の主人は目を丸くしたが「分かりました」と言って奥に引っ込んだ。


 それからガイアは3人前の定食をぺろりと完食し、さらに2人前を追加した。




 翌朝、ガイアは町の冒険者ギルトに向かった。


 ズボンに縫い付けていた銀貨の大半は昨日で遣ってしまったので、お金を稼がなくてはならなかった。


 すぐにできる仕事といえば冒険者しかない。幸い、冒険者ギルトは世界中にあり会員証も共通だった。


 ミサに教えてもらった冒険者ギルドは、大きくない町なのですぐに分かった。


 冒険者ギルトはどこに行っても変わらない。クエストを受け付けるカウンター、クエストの掲示板、そして併設してある酒場があった。見慣れた光景だ。

 

 酒場には冒険者たちがたむろしていた。


 とりあえず、カウンターに行くと、すぐに金になりそうなクエストを訊いた。


「会員証を見せてください」


 受付嬢は眉をひそめた。


「Eランクですと、薬草採取、ゴブリンの討伐くらいしかありません」


 それは聞かなくても分かっていた。


「でも、エンカウントした魔物は自分の身を守るためだったらランクに関わらず討伐してもいいんだよね」


「生きて帰ることができればですけど」


「強い魔物がいるのはどの辺りか教えてくれる?」


「討伐するつもりなら教えませんよ」


「違うよ。ここに来たばかりだから、危険を避けるつもりで、危険な魔物がいる場所を知りたいだけだ。君もEランク冒険者が知らないで危険な場所に薬草を摘みに行き、帰って来なくなったら困るだろう。捜索隊とかも出さないといけなくなるし」


「それはそうですが……」


「で、どこにヤバイのが出るの?」


 少し迷った表情を浮かべてから受付嬢が言った。


「西の森の奥です」


「分かった。ありがとう」


 それだけ聞けば十分だった。西の森に行き、報酬が高そうな魔物を狩ってくるだけだった。


 ギルトを出ようとすると「待ちなさい」と呼び止められた。


 振り向くと声の主は酒場にいる3人組のパーテイの1人のようだった。


 革製の鎧を着ている金髪の青年だった。腰には剣をさげていた。


「君はまさか1人で西の森に行くつもりじゃないだろうね」


「それに答える義務がありますか」


「なんだと!」


「ジョン、そんな言い方をしてはだめよ」


 珍しい紫色のロングヘアーの女性が金髪の男をいなすように言った。ワンドを持っており魔道士のようだった。


ジョンと呼ばれた男は、女性を見てからガイアの方に向き直った。


「君のことを心配して言っているんだ。はっきり言って西の森の奥に生息する魔物はCランク以上でないと討伐できない。それに最近、妙に魔物が強くなり、しかも統率(とうそつ)の取れた動きをしているという情報もある」


「ご指導、ありがとうございました」


「待て」


「まだあるんですか」


「この町は初めてだろう? よければ臨時のパーティを組んでやっていい。そして君でも倒せる相手がいる場所を教えてやる」


 ガイアは首をかしげた。


(どうしてこいつは、見ず知らずの俺におせっかいを焼くんだ)


 ガイアは親切そうに近づいてきた大佐に騙されて捨て駒にされたことを思い出した。


(下手に関わり合いにならない方がいいな)


 ガイアは黙ってギルドを出た。


 すると、さっきの紫色の髪の女が駆けて追いかけて来た。


 ガイアは警戒しながら振り向いた。


(もう騙されないぞ)


「ごめんなさい。私はバイオレットというの」


「それで用件は」


「気を悪くしたのなら、謝ろうと思って」


「どうして俺に関わる」


「実はジョンには弟がいて、ジョンに憧れて冒険者になったの。あなたと同じEランクだった。そして自分の力を過信して西の森に1人で行き、魔物に殺されたの……。それからまだ3ヶ月しか経っていない」


 バイオレットは目に涙を浮かべていた。


「だから、ジョンは無謀なことをしようとするEランクの冒険者を放っておけないのよ」


「そうだったのか……」


「決して無理しないで」


「ああ。だが、関係ない君がそこまで気を遣うのはどうしてだ」


「ジョンは私の婚約者なの。だからジョンの問題は私の問題でもあるの」


「そうか……」


 ガイアはバイオレットと別れると町の外に出た。


『装備は整えなくても良いのか?』


 外に出ると白狐が話しかけてきた。


「金がない。それにお前が憑依しているのにその辺で買えるような安い剣とか防具が必要か?」


『そうだな』


 ガイアは西の森に行った。


『さっきの女の忠告を守ろうとしないのか?』


「おいおい。俺は地上最強じゃなかったのか?」


『まあ、一応そうだ。だが、お前はまだワレの力の使い方を知らない』


「だから来たんだ。実地で使い方を学ぶ」


『ならよかろう』


 ガイアは暗い森の中に入っていった。




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