第2話 最強使徒 白狐(びゃっこ)になる
ガイアが目を開くと川岸に打ち上げられていた。
少しづつ思い出してきた。
帝国軍の魔獣に追い詰められて崖から落ちた下は河だった。
深い川底に沈み、その後流されながら川面まで浮かんだ。
そのまま流されているうちに意識を失ったのだ。
戦闘服は破れ、防具も失い、体は傷だらけでボロボロだった。
だが手足は失っておらず、内蔵に深いダメージもなかった。
とりあえず生きていた。
よろよろと立ち上がった。
奇跡的に剣も失っていなかった。
ガイアは耳をすませた。
あたりからは戦場の騒然とした響きは聞こえてこない。
戦いが終わったのか、それとも戦場から遠くに流されたのか。
おそらくはその両方だろうとガイアは思った。
河沿いに歩くことにした。
森や平原は装備を失い一人で彷徨うと、同じところをぐるぐる回っていることがある。しかし、河に沿って歩けばそういうことにはならない。それに河のそばには必ず町や村がある。歩き続ければいつかは、どこかに行き着くだろう。それに飲料水にも困らない。
しばらく歩くと騒がしい気配を感じた。
ガイアは剣の柄を握りしめた。
河の近くの洞窟の中で何かが戦っているようだった。
(まさかあの中に逃げ延びた仲間がいて、帝国軍に対して最後の抵抗を試みているのか)
ガイアは迷った。
一人で何ができるのだろう。
飛び込んだところで何になろう。
だが、自分たちを利用して逃げた大佐への怒りが込み上げてきた。
(俺は、裏切られ、見捨てられてきた。だが、俺は仲間を見捨てない。裏切らない)
そんな自己満足にしか過ぎない思いが今のガイアを支える力だった。
正直もう戦う力も逃げる力も残っておらず、仮に逃げることを選んでも遅かれ早かれ見つかり終わりだろう。
だからと言って、ここで力を振り絞って戦っても、その先に何もないことも分かっている。
死ぬだけだ。
だが、同じ死ぬのであれば戦士の誇りだけは失いたくない。
ガイアは決意した。
洞窟に足を踏み入れた。
少し進むと戦いの場に遭遇した。
「な、なんだ!」
それはガイアが想像していたのと異なっていた。
傷を負って血を流している巨大な白い狐がいた。
狐はふさふさした立派な尾を9つ持っていた。
伝説や神話で聞いたことのある神の使いと同じだった。
その周りに剣を持ったゴブリンが群がっていた。
(伝説の白狐なのか?)
白狐は無敵の神の使徒と言われていた。
ところが眼の前にいる白狐はゴブリンに何の抵抗もできず、剣を突き立てられていた。
何度も刺されて、その度に体をのたうち回らせて出血していて、白い毛皮が赤く染まっている。
それを見たらガイアの中で何かが弾けた。
「うおおおおおおおお」
どこにそんな力が残っていたのか不思議だが、ガイアは剣を担ぐように立てると叫びながらゴブリンの群れに向かって行った。
ゴブリンの群れを剣で斬り、払い、刺し、倒していった。
だが、倒しても倒してもゴブリンは湧いてきた。
ガイアも傷を負った。
防具も回復術師も無い戦いだ。
既に戦い始めた時から限界状態にあった。
大量の出血で意識が薄れてゆくのを感じた。
『力が与えられると聞いたら、お前はそれを受け取るか』
どこからか声がした。
自分の脳内に響くような声だ。
死ぬ間際になると、人はさまざまな幻覚を見たり、幻聴を聞くという。
死線をくぐってきた傭兵仲間からそんな話を聞いたことがある。
(幻聴が聞こえるなんて死期が迫っているのか)
思えば短い人生だった。
あの日までは楽しい日々だった。
(ローズ……)
裏切られても、まだローズのことを忘れられなかった。
剣を下ろした。
もう腕を上げているだけの力も残っていなかったからだ。
(これまでか)
『もう一度訊く。力を受け入れるか』
ハッとしてあたりを見回す。
醜悪な顔をしたゴブリンに囲まれていた。
声の主は見当たらない。
ふと、白狐を見た。
目が合った。
(まさか、お前なのか?)
声に出さなかったのに白狐が頷いた。
もう時間が無い。
「受け入れる」
反射的にそう叫んだ。
白狐の赤い目の光が消えた。
白狐は動かなくなった。
(死んだのか?)
するとその体が輝き、閃光が飛んで来た。
避ける間もなく、閃光がガイアを貫いた。
「ウッ」
ガイアは洞窟の壁面に飛ばされた。
何が起きているのか分からなかった。
飛びそうになった意識をつなぎとめ正面を見る。
ゴブリンたちが武器を構えて醜悪な笑いを浮かべて近づいてくるところだった。
気のせいか、数がまた増えたように見えた。
どうやっても倒せる数ではない。
壁面に飛ばされた時に剣を取り落としていた。
(さっきのは何だったんだろう。だがあの白狐は死んだ。そして俺も終わりだ)
ところが不思議なことに何だか体が軽かった。
どこも痛くないし、疲れてもいない。
ガイアは立ち上がった。
力が全身にみなぎってくるのを感じた。
(どうなっているんだ)
戸惑うガイアのもとにゴブリンが押し寄せ、剣を振るった。
カキーン!
剣がガイアに当たった。
だが、ガイアの体は剣を弾き返した。
剣を振ったゴブリンは反動で尻もちをついていた。
(なんだ?)
次々とゴブリンが刺そうとしたり、斬ろうとするが、全く痛くないし、刃はガイアには通らない。
手前のゴブリンを手で払った。
ゴブリンは吹っ飛んで洞窟の壁に激突してバウンドした。
次に軽く蹴ってみた。
ゴブリンが破裂した。
(ウッ、ゲゲ)
蹴り足はゴブリンの体を貫通して肉片や血が付着している。
(このとてつもない威力はいったい何なんだ)
自分の力にぼう然としていると再び声が響いた。
『そんな非効率なやり方でなく、こんな雑魚どもは一瞬で殲滅させてしまえ』
「どうしたらいい?」
『焼き払うのはどうだ?』
「焼き払う? どうやって?」
『火炎をイメージしろ』
ガイアは言われた通り、ゴブリンが燃え盛る火に焼かれるのをイメージしてみた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー
瞬く間にあたりは火の海になった。
ゴブリンが人形のように火炎に舞った。
そして灰に化した。
ガイアは火炎の中にいるのに熱くないし、息もできた。
ゴブリンを焼き尽くすと火は突然消えた。
何が起きたのか理解できなかった。
ガイアは洞窟の外に出た。
「どういうことだ」
脳内の声に向かって独り言のように言った。
『お前の体を憑代にさせてもらった』
「憑代だと?」
『そうだ。お前の体に憑依した』
「待ってくれ、お前は何者だ?」
『白狐だ』
「白狐ならどうして、ゴブリンごときに殺されそうになった?」
『話せば長くなるがいいか』
「ああ」
白狐はガイアに語った。
まず、人間に害をなすことを好む野狐が、神界に通じる場所にある神殿に忍び込み、強力な神通力を得ることのてきる神水を盗んで、飲んでしまった。
それにより野狐は白狐にも匹敵する強大な力を得た。
神は白狐に野狐を成敗するように命じた。
そこで、白狐は野狐を倒し、神通力を無効化する楔を打って封印した。
ところがその後、野狐は自ら死んで人間に憑依して、自分に打たれた楔を回収し、隙きを狙い白狐にそれを打ち、今度は白狐があの洞窟に封印されてしまい、すべての力を使えなくなったのだという。
さらに、野狐はその場で白狐を殺さず、ゴブリンが生成される魔石を洞窟に設置して、白狐が時間をかけてゴブリンにいたぶられて死ぬようにして行ったのだという。
『ちょうどワレの生命が尽きる寸前にお前が来たのだ』
「ちょっと待て、どうやって野狐は封印を解いた。それに神通力を失ったのなら、どうして俺に憑依して力を発揮できるんだ?」
『神通力を無効化する楔は死ぬ寸前になると効果が薄れ、近くにいる人間に憑依できるのだ。そして、ワレラは人間を憑代にして力を維持したまま生きてゆける』
「だったら、俺でなくても、ゴブリンに憑依していればよかったじゃないか」
『憑依できるのは人間だけだ。もともと人間は神の似姿と言われて、肉体は神霊を祀る祭壇として機能がある。だから憑依できるのだ』
「そんなことを言われてもわからん」
『まあ、神界の秘密に類する話だからな』
「もし、あのままだったら、お前はどうなっていた?」
『力を封じ込められたまま死ぬと奈落の底に沈み、数千年は浮かんでこれなかっただろう』
「俺に憑依しているとどうなる?」
『基本的に元の状態と変わらない。ただ人間の肉体は元々が弱いので、自分の体の時に比べて力は6割程度しか出せないだろう』
「6割だと弱くないか?」
『いや、3割でも人類最強と言われる勇者に簡単に勝てる。だから6割の力なら、いかなる魔物の牙や爪、そして人間の武器もお前を傷つけることはできない。それに特級レベルの魔法を無詠唱で発動できる。魔法は全属性が使えるし、MPも無尽蔵で切れることはない。まあ、地上では最強だ』
ガイアは驚きを禁じ得なかった。
「これからどうするつもりだ」
『ワレに協力してもらえないか』
「協力?」
『人間に憑依している野狐を捕まえないといけない。放っておくと人間界は野狐に滅ぼされ、神界にも悪い影響が及ぶ』
「……」
『だから力を貸してくれ』
「断るとどうなる?」
『この世界は滅びる』
ガイアはため息をついた。
「協力するしかないようだな」
『頼んだぞ』
そうしてガイアは地上最強の力を得、さらに自分と同じように野狐が憑依している者を探し出して、討伐するというミッションを遂行することになった。
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